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「あああああああああ!!!」

「おらあああああああああ!!!」

先ほどから凄まじい銃撃戦が繰り広げられている。
互いに銃火器を魔術で作り出し、構え、同時に放つ。
全ての魔力弾は相殺されて相手に届く前に消滅する。
一歩も引かぬ攻防が続く。

「クソッ!バカ埒があかねぇ!おんなじ魔術を使ってりゃあ互角にもなるか!」

「厳密には同じではないけれどね」

「うっせぇ!知るかぺたんこ女!」

「黙りなさいな肉女。ビッチ」

「ビッチじゃねえよバカヤロウ!!」

ついには銃撃戦どころか罵りあいまで始まってしまった。
こちらはどうやら瑠璃のほうが優勢なようだが。
明らかにジークは煽られるのに弱い。沸点が低い。
人は頭に血が上れば適切な判断ができなくなる。
判断が鈍ればそれに比例して体の動きも鈍くなる。
つまりそれは、こちらが有利になれるということだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。

「あなたその脂肪の塊に栄養とられて脳みそまでいきわたってないんじゃないかしら?」

「んだとぉ!?」

「あ、それともその頭の中にも脂肪が詰まってるのかしら。全身お肉ね(笑)」

「てっめえええええ!!!ぶっ殺してやる!!」

作戦成功。ジークは顔を真っ赤にして怒り狂っている。
アサルトライフルを取り出して撃ちまくってくるが、精度が悪い。
その場でピタリと止まっていても魔力弾が掠りもしない。
完全に頭に血が上っている。もはや前もまともに見えていないだろう。
――――勝てる。瑠璃は確信した。

「ほらほら、当たってないわよ?」

「てっめぇ……(こうなったら一気に……)」

「『ケルベロス・カノンで消し飛ばしてやる』かしら?」

「なにっ!?(こいつ、アタシの思考を読みやがった!?)」

「ええ読んだわ。読んだわよ。私の持つ魔術のひとつ、“壁に耳あり障子に眼あり《ワールドレコード》”でね」

「人の頭ん中勝手に覗きやがって、許可取りやがれ!」

許可取れば覗いてもいいのか。
とかそんな呑気なことを考えながら瑠璃はジークの思考を読む。
今ほど単純で単調な思考になっていれば読むのは容易い。
「ぶっ飛ばす」「ブチ殺す」「ぶん殴る」そんなのばかり。
攻めるのなら今。最大戦力を持ってして一気に畳み掛ける。

「そろそろ、こっちも切り札を出すわ」

「あぁん?」

「――――おいで。」

右手を天へと高く掲げる。
波紋のように魔力が周囲へと広がった。
魔力は瑠璃から艦全体、いや、海域全てへと広がっていく。
それはやがて――天へと、至る。

「……一体何をしやがった?」

「言ったでしょ。切り札を出すって」

「だから何を……うわっ!?」

突如、空から何かの咆哮が聞こえてきた。
それはとても荒々しく、凶暴で、何かに飢えているようだった。
そして空から風を切る音と共に、何かが降って来た。
掲げたままの右手で降って来たそれを掴み取る。
それは、豪奢な装飾の施された剣だった。

「ふふ、いい子ね。よしよし」

愛おしそうに剣の鞘を優しく手のひらで撫でる。
慈愛の表情に満ちたそれは、剣に対するものとは思えない。
明らかに、何かある。

「てめぇ、まさかその剣が切り札だってのか?
 アタシもバカ舐められたもんだ。そんな剣でアタシを倒そうなんてな」

「そんな剣かどうかは、この子の実力を見てからでも遅くはないんじゃないかしら?
 さ、いくわよ。“獣道具《ビーストレンジ》”」

剣を鞘から抜き放ち、ジークへ突きつけるように構えた。
――すると、剣に異様な変化が起こった。

刀身がぐにゃりと折れ曲がり――否、まるで生物のように動いた。
まるでそれは竜が首をもたげるかのように変化していく。
さらにはそのサイズをも変え、どんどん大きくなっていく。
刀身は首となり、鍔と柄は胴体と翼と尾。
やがて一本の剣は、あるものへと変貌した。

「ワイバーン……!」

「そ。“獣道具《ビーストレンジ》”、武器を幻獣へと変化させる魔術よ」

その魔術は瑠璃が魔術学園に滞在していたときに会得した魔術。
元は誰のものかは、おそらく言うまでも無いだろう。
幻獣を武器へと変える“幻獣兵装”の使い手。
杉崎衛からコピーしたものだ。

剣から生まれた竜は雄々しく吼える。
ビリビリと激しく周囲の空気が振動する。
まるで全身が切り刻まれるかのような感覚に襲われる。
ジークがその身に感じるのは圧倒的な恐怖。
無意識の間に脚が震えていた。
額から汗が流れ、顎から滴り落ちる。

「なんなんだよ……なんなんだよ!それは!!」

「はぁ……何度も言わせないでくれるかしら。切り札よ、切り札。
 ジョーカーであり、ワイルドカード。奥の手とも言うのかしらね」

「聞いてねえ……聞いてねえよそんなバカふざけた魔術!」

「だって他人に見せるのはこれが初めてだもの。これがこの子の初お披露目ってわけ。
 さあ、いくわよスラッシュワイバーン。終わらせましょう。
 ――――この戦いを」



剣から生み出されたワイバーンは通常の固体とは容姿が異なっていた。
まずひとつに、身体の随所に剣の意匠があるということだ。
胴体から頭部にかけての首の部分はおしなべて鋭い刃になっている。
頭部には角の代わりに大きな剣が生えている。
両腕の翼の部分と長い尾も勿論全て剣になっている。
まさに全身武器、存在自体が凶器であり、脅威となっているのだ。

「全力でやらねぇとこっちがやられる……躊躇はしねぇ!
 アタシの全てを!バッド・マッド・ドッグの全てを!
 出し切ってテメェを喰らい殺してやる!!」

ウェポンコンテナへと手を伸ばし、魔力チェーンソーを取り出す。
回転する刃が魔力で構成されており、常に高速で回転し続けている。
さらにもう一方の手にはそれとは別の大型魔力ブレードが装備されている。
膨大なエネルギーを垂れ流しにしているそれには触れるだけでも危険だろう。
恐ろしく凶暴で強大な武器を手にして、ジークが吼える。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

スラスターからバーニアを噴射して、凄まじいスピードで飛んで来る。
戦闘機さながらの速度で一気に瑠璃へと迫る。
すれ違いざまに魔力ブレードを振りかぶり、振るった。
しかし、ほんの僅か、刹那のタイミングで遅かった。
ギィンッ!鋭い金属音が周囲に響き渡る。
その攻撃はワイバーンによって防がれ、瑠璃に届くことはなかった。

「チィッ!邪魔すんじゃねぇよトカゲ野郎が!“フェンリルカノン”!」

バーニアを噴射して上空へと飛び、ワイバーンと距離を取る。
ガコン、とコンテナが開き、魔犬の頭の形をした砲塔が現れる。
口腔内に魔力が集中していき、砲撃準備を整える。
狙いを定め、収束魔力砲をワイバーンへと向けて放つ。
直撃。収束魔力砲はワイバーンの胴体へと寸分違わず命中した。
――したにも関わらず、ワイバーンにはダメージが見受けられない。

「なんだあの体!バカ硬ぇ!ケルベロスカノンじゃねぇと貫けないってか……うおっ!!」

油断をしていたジークへとワイバーンが突進を仕掛ける。
空気を切り裂き、空気抵抗を限りなくゼロへと近づける。
音速に近い速度によるそれは尋常ではない威力を秘めていた。
両手の武器を交差させて構えて、突進を受け止めるために備える。
ジークとワイバーンが接触した瞬間、凄まじい衝撃波が発生する。
空気が震え、波が荒れ、下方の無人の艦が大きく揺れる。

「……無人?そういやあのバカ女は……」

「ここよ」

「んなっ!?」

瑠璃がいたのはワイバーンの頭の上だった。
いつの間にか飛び乗っており、共に突進をしてきたらしい。
今現在ジークはワイバーンの攻撃を受け止め続けている。
僅かにでも力を抜けば胴体を貫かれてしまうかもしれない。
そうこうしている間にも、瑠璃はワイバーンの頭の上を歩いてこちらに近づいている。
もはや手段を選んでいる暇などない。

「使えるもんは、最大限に利用してやる!」

コンテナが開き、なにやら細長いワイヤーのようなものが出てきた。
しかしそれは瑠璃やワイバーンを狙うことはなく、下へと伸びていった。
ジークが狙っていたのは下で揺れている戦艦一隻。
甲板へとワイヤーの先端が何本も突き刺さっていく。

「一体何を……」

「“オルトロス――」

「あ、やばっ。ワイバーン!」

「――カノン”!!」

今度は両側のコンテナから魔犬の砲塔が現れる。
収束魔力砲が合わせて二本放たれた。
すぐさまワイバーンへ指示を出して上空へと逃れる。
間一髪、魔力砲を避けることができた。
しかし今度は下方から何か巨大な物体が飛んできた。
と、いうよりも投げ上げられたような。

「喰らいやがれぇ!!」

「せっ、戦艦!?」

先ほど突き刺したワイヤーを利用して戦艦を瑠璃へと投げ飛ばしてきた。
圧倒的質量を誇るそれは十二分に武器としての役目を果たしていた。
避けようにも相手が大きすぎて避けきることができない。
受け止めるか。無理だ、質量が大きすぎる。
ならば、残る答えは――

「スラッシュワイバーン!」

正面から迎え討つのみ。
ワイバーンが長く鋭い尾を振り、戦艦へとその刃を突き立てる。
一刀両断。あっさりと、豆腐でも切るかのように戦艦は真っ二つになった。
戦艦は切った際に燃料に引火でもしたのか、大爆発を起こした。
爆煙と炎によって前方の視界が大きく遮られる。
そしてその煙の中から、数本のワイヤーが突如伸びてきた。
それは瑠璃の右腕に絡みつき、ワイバーンの上から彼女を引き摺り下ろした。

「くうっ……!」

「バカ油断したな!」

煙の中からジークが突如現れ、ワイヤーを引っ張りながら瑠璃の目の前までくる。
もはや距離は数メートルしか離れていない。どんな攻撃だろうと大体は当たる距離だ。
ウェポンコンテナからは魔犬の砲塔が二つ伸びており、さらには胸の前にももうひとつ砲塔がある。
計三門の砲塔、それこそが彼女の最強にして最大の攻撃。ケルベロスカノン。

「この瞬間を待っていた!空中でテメェが逃れる術はない!
 今度こそ、消え去れ!“ケルベロスカノン”!!」

「――――“消去砲《ロスト・ゼロ》”」

三門の砲塔から収束魔力砲が凄まじい勢いで放たれる。
それと同時に、瑠璃が手の平を前に突き出した。
手のひらからは真っ白な球体がゆっくりと放たれた。
球体と魔力砲がぶつかり合うと、一方的に魔力砲が消え去った。

「んなっ!?」

ジークの表情が余裕から驚愕へと一変する。
すぐさまシールドを出して防ごうとしたが、それは誤りであり、無意味だった。
不気味なほどに真っ白な球体はシールドを抉って円形の孔を穿つ。
そしてそのまま、ジークの胴体をもを抉った。

「ごめんなさいね。私の切り札はひとつだけじゃないのよ」



「が、はっ……」

抉られたのは脇腹から右肩にかけての大部分。
内蔵の大半は失われ、傷口からは多量の血液があふれ出す。
右腕は胴体との繋がりを失い、もぎ取れてしまった。
致命傷と呼ぶにはあまりにも大きすぎる損傷だ。

「て、て……めぇ……」

「まだ意識があるのね。これでもう終わりだと思ったのに。
 でも今度こそ終わりね。そのコンテナも、もう使い物にはならないでしょう?」

そう、抉られたのは肉体だけではない。
彼女の戦力の要であるAOVも、大半を失っていた。
右のコンテナは完全に消失、左のコンテナもろくに使えない。
今はかろうじてスラスターで宙に浮いているという状態だ。
むしろ起動していることが奇跡とも言える。

「いい加減、死んでしまったほうが楽になるのに」

「うるせぇ!アタシにもなぁ……アタシにも意地があるんだよ!」

「意地を張って、死んでしまったら元も子もないわよ?」

「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
 殺してやる……片腕だろうと!腹が抉れてようが関係ねえ!
 てめぇはアタシが殺してやる!ヴァルハラ師団副団長の名にかけて!」

残った右腕を振りかぶり、無理矢理バーニアを噴射して、瑠璃に突貫する。
それを迎え撃つかの如く、瑠璃もスラッシュワイバーンの上から跳んだ。
互いに拳を振りかぶった状態で、距離はみるみるうちに縮まっていく。
そして、拳と拳が接触する――ことはなかった。
その刹那に瑠璃の姿が消えたのだ。

「な、消え……ぐあっ!!」

突然、脳天を凄まじい衝撃が襲う。
飛びそうになる意識を必死で保ちながら上に目をやる。
そこには、先ほど消えたはずの瑠璃がいた。
何故だ。何故そこにいるんだ。
驚愕と激昂に満ちた表情で瑠璃を睨みつける。
なんでもないように、瑠璃は淡々と答える。

「“お気に入り登録《マーキングプレイス》”。私が、一度でも踏んだことのある場所に瞬間移動できる魔術よ」

「踏んだ……場所……」

薄れ行く意識の中、必死に思考を巡らせる。
記憶の糸を手繰り寄せ、答えを引っ張り出す。
そうだ。確かに自分は踏みつけられていた。
影の騎士に偽装していた、彼女に。

「今度こそ終わりよ。せめて最期くらいは、あたな自身の魔術でトドメをさしてあげる」

銃召喚者を発動させ、その手に一丁の拳銃を創造する。
そしてそのままジークの体の上へと無造作に乗りかかった。
右腕に脚を絡ませて、無理矢理体を拘束して、抵抗できなくする。
引き金に指をかけてジークの額へと突き当てる。

「ところで、あなたの敗因って何か分かるかしら?」

「……慢心。AOVの力に、頼りすぎたことか?」

「違うわ、不正解よ」

「なら、なんだってんだ……」

「私を相手にしたこと、相手が私だったことよ」

真顔で、自信満々に瑠璃はそう告げる。
そのあまりにも堂々たる態度にジークは苦笑し、呆れてしまう。
こんな奴に自分は負けてしまったのか、と。

「ははっ……最後の最後で笑わせやがって……。
 最期に相応しい、楽しい戦いだったぜ、ありがとよ」

「ええ、それじゃあさようなら」

静かに、ゆっくりと、引き金を引く。
広い海に、無常な銃声が響き渡る。
身に纏っていたAOVは粒子となって消え去った。
頭部から脳漿を撒き散らしながらジークが海へと落ちた。
その光景を瑠璃はワイバーンの上から静かに見つめていた。
長き戦いに、終止符が打たれた。



「はぁ……疲れた。魔結晶の魔力残量もほとんどないわ……。
 もしもしーヴァイオレットー聞こえるかしらー?」

『はい、聞こえています先輩。お疲れ様でした』

耳につけられた光のイヤリングに軽く触れる。
ほのかな光を放ち、ヴァイオレットと通信を繋ぐ。
ほどなくしてイヤリングからヴァイオレットの声が聞こえてくる。
戦いの様子を見ていたのか、最初に出てきたのは労いの言葉だった。

「まだ終わっちゃいないけれどね。他の連中の様子は?」

『ノーカラー先輩とは未だ連絡がとれていません。
 スカーレット先輩は問題ないようです。任務を続行中です。
 インディゴ先輩とこちらも未だ異常はありません』

「そう、わかったわ。私はとりあえずそっち帰るわ。
 魔力の残量がカラッポでね。このコもいつまで持つかわからないの。
 ガソリンランプが点灯したまんまの車で走っているような気分よ」

自分が今現在乗っているワイバーンを指して言う。
このワイバーンは瑠璃の魔術によって幻獣化している。
無論瑠璃の魔力が切れてしまえば元の剣の姿に戻ってしまうのだ。
今は急いでその身に宿す魔結晶へと魔力を充填しなければならない。
フルに充填するにはおそらく5時間程度要するだろうが、仕方ない。

『了解です。すぐに魔水の用意をしておきますね』

「お風呂にでも溜めておいてくれると助かるわ」

『申し訳ありません。この艦にはシャワーしか……』

「冗談よ冗談、洗面器でもタライでもなんでもいいわ」

冗談を真に受けてしょんぼりするヴァイオレットを慌ててフォローする。
どうにもヴァイオレットは真面目すぎて対応が難しい。
杉崎や蘇芳を相手にしているときは楽なのに。
そんなことを思いながらワイバーンに指示を出す。

「スラッシュワイバーン。急いで艦に向かって。
 でもあんまり魔力を消耗しちゃダメよ?
 できる限り節約しながら、でも全速力で」

容赦のない無茶な注文を受けてワイバーンが辟易したように見えた。
が、すぐに咆哮して、ヴァイオレットの待つ艦の方角へと飛んだ。
空気を切り裂き、空気抵抗を限りなくゼロにして飛ぶため、その速度は音速を超える。
ほどなくして、遠方にCOLORSの軍艦が見えてきた。

「魔力はギリギリ……いけるかしら。――――あらっ?」

いけなかった。
ふっと突然体が中に浮いた。いや、乗っていたワイバーンが消えたのだ。
今現在の体内の魔結晶の残留魔力は完全にゼロとなった。
もはやどうすることもできない。重力に従い、落ちてゆくだけだ。
このまま海面へと叩きつけられれば、いくら瑠璃といえどタダでは済まないだろう。
みるみるうちに海面が迫ってくる。残り数メートル。ダメだ。間に合わない。

「くっ……!」

反射的に、本能的に、命の危険を感じて目を瞑る。
凄まじい水しぶきを上げて、瑠璃が海に落ちた。
飛沫は海上に漂い、真っ白に視界を遮る。
一陣の風が吹き、飛沫が晴れた。

「大丈夫ですか?先輩」

「ヴァイオレット……。助かったわ、ありがとう」

「いえいえ」

そこにいたのは、頭上に天使のような光の輪をつけ、光の翼を生やしたヴァイオレットだった。
瑠璃は海に落ちてなどいなかったのだ。水しぶきはヴァイオレットが急停止した際のものだったらしい。
間一髪、海面スレスレでヴァイオレットが瑠璃を受け止め、現在に至るようだ。
それにしてもそのスピード。まるで一筋の光線が迸ったかのようだった。
おそらく助けられた瑠璃自身でも、何が起こったのか理解できていなかっただろう。
気づいたらヴァイオレットに抱きかかえられていた。そんな感じだ。

「さてと、いつまでも艦を他の人たちに任せてはいられませんね。
 一瞬で戻りますから、少し目を閉じていてください。5秒ほどで構いません」

「ええ、分かったわ」

ふっと瑠璃が言われた通りに目を閉じる。
それを確認するとヴァイオレットが光の翼を羽ばたかせた。
頭上の光の輪が光を放つ。光の翼が美しく煌く。
次の瞬間、ヴァイオレットは閃光となった。
あまりの速さに一瞬消えたかと錯覚したほどだった。
そして次の瞬間には、COLORS軍艦へと到着していた。
甲板へと着地し、瑠璃をゆっくりと優しく降ろす。

「魔水の用意は出来ています。すぐに魔力を補充しましょう」

「ありがとうヴァイオレット」

「いえいえ」

ヴァイオレットに連れられ、瑠璃は艦内部へと進んでいった。



瑠璃とジークの戦いの決着がついた頃から、時間は少し遡る。
未だ残るヴァルハラ師団の戦艦数隻――そのほとんどが無人だが。
その艦隊の真下、要するに海中を泳ぐものがいた。
それは魚でもなく、潜水艦でもない、人の姿をしていた。
そう、海に落とされたはずのスカーレット、本人だ。
彼はあれからというもの、ずっと海中を泳ぎ続けていた。
誰にも知られることなく、悟られることなく、気づかれることなく。
ただ静かに、常人ならば水圧で死ぬような水深を、無呼吸で、何十分も。
長時間に渡る潜水の末、ある場所へとたどり着いた。

(この戦艦だけ他のより大きい……。おそらくこれがそうだな)

ゆっくりとヴァルハラ師団の主要艦、アノマロカリスへと近づいていく。
艦にたどりつくと、血液でハーケンを作り出し、突き刺して登り始める。
海中から海上へ。そして徐々に甲板が近づいてくる。
長い時間を掛けて、ようやっと甲板へとよじ登ることができた。
幸い、甲板には誰もいなかった。

「はぁ疲れた……俺も飛べたら楽なのに」

その場に座り込み、水浸しの軍服を絞って水をきる。
シャツなどが体にへばりついてとても気持ち悪い。
しかも海水だから余計にベタベタするのだ。
はやく帰ってシャワーを浴びたい。

「さて、と。まずはグレイのやつを探さなきゃな」

「その必要はないぞ、スカーレットよ。我輩は既にここにいるのだからな」

突然、甲板に聞き覚えのある声が響きわたる。
すぐさまそちらに目をやると、これまた見覚えのある顔があった。
鋭い目つきに全体的に細い顔つき、まるで毒蛇のようだ。
真っ白なスーツを着込み、さらに白衣まで羽織っている。
しかしその外見とは逆に、腹の中身は闇のように真っ黒だ。
懐かしき元同胞の姿を見て、僅かに表情を緩めるスカーレット。

「やあ、グレイ。久しぶり」

「久しいなスカーレットよ。相変わらず間抜けな顔をしているな」

「キミの毒舌っぷりも相変わらずだ」

緩めた表情を元に戻し、再び神経を研ぎ澄ませる。
目の前にいるのは元仲間であり、現敵。
しかも相手は狡猾、卑怯、目的のためならなんでもするような男だ。
一瞬たりとも気を抜いてはならない。

「当たり前だ。毒を吐き、毒を撒き、毒を喰らう。
 それこそが我輩、シアン・V・アルヴァーナだ。
 で、何の用件だスカーレットよ。昔話をしに来たわけじゃあるまい」

「ああ、一発殴りにきたのさ。いや二発かな?
 俺の分と、ラピスの分さ。彼女に頼まれちゃったからね」

「ラピス……ああ、敵討ち、ではないか。ジークのやつが交戦中らしいからな。
 しかし我輩の毒が効かなかったわけじゃあるまい。と、なると、貴様かスカーレット?」

「ご名答。まあ、ちょちょいっとね」

指をくるくる回しながら笑ってみせる。
瑠璃に血を飲ませるために噛んだ傷はとっくに治っている。
腹の傷も既に完治しており、そこだけ服が破れている状態だ。
そのスカーレットの姿を見てシアンが口を開く。

「その馬鹿げた修復速度、知っているぞ。貴様の体に流れる血が原因なのだろう。
 なあスカーレット。いや、むしろ『M-103』とでも呼んだほうがいいか」

「なっ!?グレイ、何故それを……!」

「グレイではない、我輩の名はシアンだ。その名で呼ぶな虫唾が走る」

心底嫌そうな顔をしてスカーレットを睨みつける。
それもそうだ、シアンはあくまでスパイのためにCOLORSにいたのだ。
そこに所属していたときのコードネームなど、誰が好き好んで使うだろう。
既にCOLORSから脱退した自分が、未だ名乗る必要などないのだ。

「我輩とてCOLORSでのうのうと戦っていただけではないのだよ。
 調べられることは全て調べたのだ。貴様の秘密も知っている。
 これは貴様以外はノーカラーとインディゴしか知らないのだそうだな。
 まあ、それもそうか。このようなこと、人に話せることではない。
 だろう?『人造人型キメラ、M-103』よ」

「…………。」

唇を噛み締めたまま、スカーレットは黙っている。
自分が今まで秘匿としてきたことを、よりにもよって外部の人間が知っている。
未だに瑠璃や他の仲間にすら話していなかったというのに。
この男は「何処まで知っている」のだろうか。
自分の秘密を、忌むべき過去を。

「まだあるぞ。貴様の血液には約100万種もの生物、幻獣のDNAが混ざっている。
 そして貴様は、その能力を意のままに自在に使用できる、ということだ。
 たとえば、解毒にはフェニックスの癒しの力。硬化はゴーゴンの石化。
 ここまで来るには泳いできたようだが、それはマーマンの能力か?」

どれもこれも大正解だ。
まったくプライベートもあったもんじゃない。
知りすぎている。お仕事頑張りすぎだろう。
あんたは一流のスパイだよコンチクショウ。

「ふむ、図星のようだな。それでは最後にもうひとつ。
 貴様はとあるキメラ研究施設で生み出されたそうだな。
 しかしその直後に貴様は暴走。施設を破壊し逃亡。
 そしてその際、一名の研究員が命を落とした。
 研究員の名はレフティー・マッガーレ、とかいったな」

淡々と、もったいぶるように言葉を続ける。
まるでスカーレットの心を揺さぶるかのように。
彼の精神に直接攻撃を仕掛けるかのように。
彼の過去を、つらつらと述べていく。

「その研究員にはひとつふたつ歳の離れた弟がいるそうだ。
 無論だがそいつも貴様の研究に参加、携わっていた。
 今は研究員を辞めて、どこかの国で教師をやっているとか……。
 男の名は……なんだったかな。忘れてしまったよ」


「ミギニー・マッガーレ」


「ん?ああそうだ、それだ。流石に生みの親の名前くらいは覚えているようだな」

「……ああ。まあね」
最終更新:2012年03月02日 01:27