「で、人の過去を話し出したりしてどうしたんだい。
昔話をしたいわけじゃあないんだろう?」
「我輩の真似をするな気持ち悪い。なぁに、少し貴様に相談があってな」
「相談?キミが俺に相談なんて珍しい。いいさ、聞いてあげようじゃないか」
「スカーレットよ。貴様、我輩たちと共に来ないか?」
「……なんだって?」
シアンの口から出た言葉は意外な言葉だった。
基本的に彼は他人を見下すような男だ。
特に彼は自分を非常に嫌っていた。
そんな彼がスカウト?信じられない。
疑問を抱くスカーレットへとシアンが再び声を掛けた。
「なぁに、本当は貴様らの誰でも良かったんだ。
だがノーカラーの奴は人の下につく男ではない。
ラピスの奴も同様。あの女は手に負えん。
インディゴ。あやつはどうも好かん。
そしてヴァイオレット。あれは論外だ。ガキはいらん。
こうして吟味した結果、貴様が残ったというわけだ」
「俺はスーパーの半額弁当かよ……。そんな失礼な奴とは一緒にはいられないね。
それに俺がそっちにいったら、ラピスの敵になるってことになる。
彼女は、彼女だけは敵には回したくない。いろんな意味でね」
それだけ言うと、スカーレットはニッと爽やかに笑った。
シアンは納得したような、案の定かと悟ったような、そんな顔をした。
「ふむ、やはりそうか。断られると思っていたよスカーレット。
ならば交渉決裂だ。我輩たちは敵同士、戦わねばならんようだ」
「そのようだね。キミと戦うのは久しぶりだな。申し訳ないけれど、ここは勝たせてもらうよ」
「いいや、負けるよ、貴様は。我輩たちヴァルハラ師団の手によってな」
「言うねぇ“クリムゾンサイズ”!」
スカーレットの手のひらから血があふれ出す。
そのまま手を強く握ると、血液が細長く形を成していく。
血液はそのまま固まり、真紅の鎌を作り出した。
両手で鎌を構え、シアンと向かい合う。
「貴様とやりあうのは久々だな。いいだろう、その刃、我輩に届かせてみせろ」
真っ白なスーツの懐から、これまた真っ白な手袋を取り出した。
清潔感溢れるそれを手にはめると2,3度指を閉じたり開いたりする。
手首を曲げ、首を軽く動かし、地面をつま先でトントンと叩く。
戦いの準備は整った。互いに視線をぶつけ合う。
甲板を、一陣の海風が撫でた。
「やああああっ!!」
甲板を蹴り、スカーレットが駆けた。
体勢をできるだけ低くして一気に走りこむ。
鎌を下から上へと力任せに振り上げる。
シアンはそれを紙一重のところで横に避けてかわす。
反撃するべくシアンが手を伸ばそうとすると、突然突風が吹き荒れた。
突風によって強制的に二人の距離は引き離された。
「ほう、風か。今度は何の能力を使った?」
「さぁてね。当ててごらんよ」
「シルフの類か?いや、違うな、もっと凶悪なやつだ。これは……」
「ほうらもう一回!」
今度は鎌を横薙ぎに振るった。
先ほどと同じように突風が吹き荒れる。
両腕を風から自らの身を守るように構える。
強風が一瞬にしてシアンの周囲を駆け抜ける。
すると白衣の何箇所かに裂け目が入った。
「この風……そうか、その鎌はカマイタチの鎌か」
「大正解さ。さてさてお次は避けられるかな」
「なに、タネが分かれば容易いものだ。貴様に一撃叩き込んでやろう」
「やって、みなよっ!!」
再び鎌を構えて、大きく振るった。
しかしシアンはまったく怯むことなく、風の中を走り抜ける。
全身の至る場所に傷を負いながらもスカーレットまで迫った。
拳を強く握り、強く踏み込み、全身全霊で拳を振るった。
鎌を目の前で横にして構えて拳を防御する。
拳と鎌がぶつかり合うと、凄まじい衝撃波が発生した。
そして一方的に、スカーレットが吹っ飛ばされた。
地面に叩きつけられると同時に鎌が元の血液へと戻った。
「うごおっ!!」
「鎌越しではあるが、まずは宣言どおり一撃だ」
拳を振りぬいた状態で、シアンは不気味に笑った。
参謀、となると普通は知能派のイメージがあるだろう。
運動など全く出来ない。戦いなど持ってのほか。
しかしそれは先入観による勝手なイメージであり、誤りだ。
彼にとって頭を使うことは数ある特技の中のひとつにしか過ぎない。
彼の本質は、自らの肉体で戦う、武闘派なのだ。
「げほっげほっ……。いやいや、そういうキミだって切り傷だらけじゃないか」
「ほざけ。この程度は傷にもならんよ」
「言うねぇ。流石はラピスの師匠だ」
「師匠になった覚えなどない。奴が勝手に我輩の技を盗んだのだ。
あの小娘、我輩の我流武術を盗みよってからに。盗人猛々しいとはこのことだ」
忌々しそうに、唇を噛み締めて毒を吐く。
自分が苦労して編み出した技をあっさりと会得され、我が物顔で使われている。
それならばその怒りも頷けることかもしれない。
だがスカーレットはその怒りを静めるように語りかける。
「それが彼女の性分だから仕方ないさ。諦めるんだね。
それにただ盗むだけじゃなく、上手く扱いきれるのは彼女の才能だろう?」
「えらくあの小娘の肩を持つな。やはり貴様あの女に惚れているのか?」
「ああ勿論。大好きさ」
恥ずかしがる様子など微塵も無く、自身を持ってそう宣言する。
その姿には一切の迷いも、躊躇いもない。
それは自分を信じきっていることの現われだ。
「たとえ一方的な片思いだろうと構わない。
たとえ振り向いてくれなくても構わない。
彼女にずっと好きな人がいても構わない。
ラピスのためならば、たとえ死んだって構わない。
それが俺の最も俺らしい生き方だと思ってる」
「……ふん。愛情など実にくだらんものだ。
いいだろう、そんなに死にたいのならばすぐに殺してくれよう。
ところで貴様、即効性の毒と、遅効性の毒、どっちが好みだ?」
「どっちも嫌いだね。ついでに言うとキミのことも大嫌いだ」
「ふっ、そうか。ならば致死性の猛毒で、死なない程度に殺してやろう……!」
シアンはそう言って酷く不気味な笑みを浮かべた。
それはまるで、毒蛇が獲物の蛙を見つけたかのようだった。
「“ディープキラー”」
「“ヴァーミリオンアームズ”!」
ゴポッと音を立てて、シアンの手から毒々しい色の液体があふれ出す。
みるみるうちに真っ白な手袋はその液体で毒々しく染められた。
対するスカーレットも腕から血液を噴出し、その腕に纏わせた。
血液の腕は肩のあたりから枝分かれしており、さらに二本ずつ、計六本の腕となる。
「その姿、まさしく化物だな。実に気味が悪い」
「キミを殴るためだったら化物だろうが人外だろうが、なんだってなってやるさ」
「その威勢がしばらく続けばいいがな」
先に動いたのはシアンだった。
すぐさまスカーレットも反応して、六本の腕を伸ばす。
器用に最小限の動きで迫る腕を避けていく。
凄まじいスピードで一気に間合いを詰めると、拳を突き出した。
しかしその腕は振りかぶった時点で動きを止めていた。
シアンに右腕にスカーレットの血の腕が絡みついていたのだ。
その隙をみて、スカーレットが残りの拳をシアンへと叩き込む。
左腕と脚を駆使して無理矢理防御をする。が、喰らうものは喰らってしまう。
すぐさま腰のベルトから高周波振動ナイフを取り出し、血の腕を切り裂く。
スカーレットの拘束から自由になり、後ろ跳びに距離を取る。
ちなみに切り裂かれた血の腕はすぐに再生した。
「くく……今のは効いたぞ。やるではないか、スカーレット」
「まーね。でもキミだってこれで終わりじゃないだろう?」
「ああ当たり前だ。うぷっ…………ごぼおおおおお!!」
「うわああっ!?」
何が起きたのか、突然シアンが吐いた。
しかし口から出てきたのは吐瀉物ではなかった。
それはダチョウの卵ほどもある、紫色の妙な物体。
次から次へと出てくるそれは計四個も吐き出された。
「…………なんだい?それ」
「くくく、すぐに分かるさ。さあ目覚めろ“ヴェノムローチ”……!」
「ええっ!ちょ、それは!嘘だろやめて!!」
吐き出された物体がひび割れ、中からある生物が這い出してくる。
それは恐竜が生きていた時代から存在する、生きた化石。
そして人類の永遠の敵ともいえる、忌むべき怨敵。
その動きはすばしっこく、人の目で捉えることは難しい。
油を塗ったように光るその体躯は見るもの全てを恐怖させる。
好むのは暗く、ジメジメとした、狭い場所。
もはやその生物が何かは言うまでもないだろう。
「ご、ゴ○ブリぃぃぃぃぃ!!!!」
「ふはははは!さあかかれ!」
卵から孵化した毒蟲共が一斉にスカーレットへと襲い掛かる。
ひとつの卵から生まれたのは5匹ずつ。計20匹。しかも50センチくらいある。
それどころか無茶苦茶なまでの機動性。ギュンギュン走りビュンビュン飛ぶ。
ついでに全身に猛毒を持っているという凶悪なおまけつき。
存在変態生物兵器、とでも名付けてくれようか。
「うおおおお!こうなったらヤケだ!おらおらおらおら!!!」
襲い来る毒蟲共に向けてがむしゃらに六本の腕を振るう。
しかしいかんせんスピードが速すぎてどうしようもない。
ことごとく避けられ、周囲を飛び回られまくる。ウザいことこの上ない。
背中に張り付かれた。何か針のようなものがズグリと突き刺さる。
「ぐああっ!くっ、このっ!!」
血の腕を後ろに回して無理矢理背中から引き剥がす。
少し背中の皮と肉を持っていかれたが、背に腹はかえられない。
床に思い切り叩きつけ、拳を振り下ろして叩き潰す。
毒蟲が潰れ、紫色やら気持ち悪い色の液体が飛び散った。
残り19匹。1匹相手にするだけでこれは正直キツい。
それに……。
「さっきから体が上手く動かない……麻痺毒か?でも俺の体に毒は……」
「効くさ。なぜならそれは麻痺毒などではないからだ」
「……なんだって?」
「言っただろう。致死性の猛毒を使ってやるとな。常人なら刺された瞬間あの世行きだ。
貴様の体が丈夫すぎるからこそ、身体の麻痺程度で済んでいるのだよ」
「あぁー。なーるほどね……」
納得して肩をすくめるスカーレット。
そして自分の体の強靭っぷりに感謝する。
「だがひとつ残念なお知らせだ。その毒は貴様用に用意した中で『一番弱い毒』だ」
「へ?嘘だろう?」
「我輩は嘘は嫌いでな。これから毒の濃度と毒性はさらに上がっていくぞ。
いくら貴様の体が頑丈とはいえ、いつまで耐えることができるかな?
これはゲームだ。貴様が毒で死ぬか、それとも我輩が貴様に殺されるかのな」
「……へっ、面白いね。俺もゲームは好きだよ。永遠の任天堂派だけれどね」
「さあ掛かれ“ヴェノムローチ”!」
「簡単にはやられないさ!“ヴァーミリオンアームズ”!!」
残る19匹の毒蟲を一斉にスカーレットへとけしかける。
地面を走り回り、空中を飛び回り、凄まじいスピードで襲い掛かる。
肩から伸びる六本の血の腕で迎え討つが、やはり速い。避けられる。
腕を振り回したところで掠りすらせず、毒蟲は縦横無尽に翻弄してくる。
逆に毒蟲が体を掠るたびに全身を猛毒が一瞬にして蝕む。
防戦一方。手出しすることすらままならない。
「どうしたスカーレットよ。我輩が手を下すまでもなく負ける気か?」
「ハァ……ハァ……そう、かもね……」
「……そうか。つまらんな」
「うぐぶっ!」
シアンの鋭い拳が無防備なスカーレットの腹へと突き刺さる。
しかし体が吹っ飛ぶようなことはない。衝撃は全て体内へと駆け抜ける。
深くめり込んだ拳が骨を砕き、内蔵を潰し、甚大なダメージを与える。
それだけではない。なんだか妙な感覚が体の中で渦巻いている。
体の中を直接ミキサーでぐちゃぐちゃに混ぜられたような感覚。
ただ殴られただけではこうはならない。明らかに秘密がありそうだ。
そう、例えばさっき使った魔術とか――
「そうか……体内を破壊する毒……」
「察しがいいな。体内の奥深くに潜り込み、中から体を破壊する。それこそが“ディープキラー”」
「名前どおりの効力ってわけだ。こりゃあ、かなりキツいね……」
「貴様用の毒だからな。一滴でドラゴンすら即死させるものだ。生きているのがおかしい」
「いやいや、超キツいよこれは。本当に死んじゃうってうん」
「ならば死ね」
「いっやだねっ!!」
「ぬっ!?」
六本の血の腕が血液に戻り、弾けて血飛沫となる。
それはシアンに対する充分な目くらましとなった。
その隙に後ろを向いて全力で走る。が、途中で脚がもつれて倒れてしまった。
顔に付着したスカーレットの血液を拭いながら、シアンが歩いてくる。
「ふん、姑息な真似をする。だが、どうやら蓄積した毒は無駄ではないようだな」
「へへ……そうっぽいね」
「さて。このまま苦しんで死ぬか、それとも我輩に頭を踏み潰されて死ぬか?」
「……そうやって、キミは人を見下すことが大好きだよな。
だけれど、人のことばっかり見ていて、自分の足元が見えてないんじゃないかい?」
「何を……むっこれは!?」
シアンの足元には血溜まりが広がっていた。無論自分のではなく、スカーレットのものだ。
その血は先ほどまで血の腕に使っていた、目くらましにも使われた大量の血液だった。
血溜まりというか、もはやこれは血の海だ。辺り一帯スカーレットの血で埋まっている。
「んじゃま、そろそろ反撃させてもらうさ……“レッドカーペット”!!」
スカーレットの掛け声と共に血の海から鋭い槍が伸びる。
その真紅の槍は地を駆け回り、宙を飛び回る毒蟲を確実に貫いた。
一匹たりとも外さず、逃すことなく、完璧に捉え、串刺しにした。
奇妙な液体を撒き散らして毒蟲が砕け散った。
そしてその槍は、シアンにも平等に襲い掛かる。
腕や脚に槍が突き刺さっていく。
「ぐぬうっ……!」
「どうだい、俺のとっておきさ。使うのに時間掛かるからイマイチ使い勝手悪いんだけどさ」
ゆっくりと立ち上がり、勝ち誇ったようにドヤ顔をする。
その表情に先ほどまでの苦痛は見られない。
どうやら毒の解析と解毒が完了したようだ。
ここからが本番だと言わんばかりに構えるスカーレットを見てシアンが不気味に笑う。
「……くくく、見事な反撃だ。いいだろう、賞賛してやる。我輩にここまでの傷を負わせたことをな。
これはもう、貴様を野放しにはできなくなったなぁ。だろう?マリアンヌ、シズミよ」
「ええ、そうだわね」
「こうなったらもう、この場で殺すしかないにゃあ」
「!? な、キミ一人じゃなかったのか……!」
艦の中から二人の女が歩いてきた。
一人は真っ黒なフリルのついた、要するにゴスロリ服を身に纏った「少女」。
もう一人は巫女服を着た、なんだか猫のような印象を受ける女。
しかしその身から発せられる殺意と気迫と魔力は只者ではない。
本能的に、スカーレットは彼女らを脅威だと感じ取った。
「不思議の国のアリス(ラビリンス・ラプソディ)のマリアンヌ・ジェルロゼッタなのだわ」
「我輩は猫である(ノーネーム)の沼名前 静美。まあ仲良くしてくれにゃ」
「さあ、ここからは1対3だ。一方的な戦いになるだろうが、恨むなよ。
貴様の存在自体が罪なのだからな。はははは……」
「……まったく、用意周到すぎて怖いよ。キミは」
スカーレットが感心したような呆れたような顔をすると、額から一筋の汗が垂れた。
足元へと汗が落ちると同時に、スカーレットは地面を蹴った。
場所は変わり、COLORSの軍艦。その多目的室。
先ほど艦へと戻った瑠璃は魔力を補給するために魔水へと体を浸けていた。
とはいっても映画とかでよくある、液体の入ったカプセルの中で全裸でぷかぷか浮いているわけではない。
体を浸けるのは最低限一部分だけで構わない。手や足を浸す程度でいい。
そういうわけで今現在瑠璃はこんな感じの格好になっている。
「はぁ……」
軍服の上着を脱ぎ、シャツの袖をめいっぱい捲り、ズボンの裾も太腿のあたりまで捲り上げる。
その状態で魔水で満たされたふたつのタライに手と足を突っ込んでいる。
手足を浸したままで、気持ち良さそうに恍惚な表情を浮かべている。
ゆらゆらと揺れる水面はきらきらと光を反射し、ちゃぷちゃぷと音を立てる。
「身体にじんわりと魔力が浸透していくのがわかる……ちょーきもちいい」
「ゆっくりと身体を休めてくださいね先輩」
「はいはーい。ところでヴァイオレット。まだノーカラーと通信は繋がらないの?」
「はい……何度もやってみてはいるのですが……。もし場所さえ分かれば、なんとかなるかもしれませんが」
「場所、ねぇ。そうだわ、ヴァイオレット、ちょっと手貸してくれる?」
「え?あ、はい。どうぞ」
魔水でしっとりと濡れた手でヴァイオレットと手を繋いだ。
手の冷たさに一瞬驚いたようだが、ヴァイオレットもしっかりと繋ぎ返してくる。
手を繋ぐと、瑠璃はゆっくりと目を閉じて集中し始めた。
「あの、先輩、何を……?」
「ちょっとノーカラーの位置をサーチしてみようかと思って」
「出来るんですかっ!?」
「ええ、忘れてたけど私のとある魔術を使えば大体の位置くらいはつかめるのよ。
でも今の私の魔力じゃあ魔術を使うには全然足りないの。だから少し分けてもらおうかと思って。
ヴァイオレット、手伝ってくれるかしら?」
「はい、勿論です。それで先輩の居場所が分かるのなら、ボクの魔力を使ってください」
「ん、いい返事ね。少しキツいかもしれないけど、我慢して頂戴」
ぽっ、と繋いだ手がぼんやりと光を帯びる。
手を伝わってヴァイオレットの魔力が少しずつ瑠璃へと流れ込んでくる。
みるみるうちに身体の中が魔力で満たされていく。
やがて、最低限の魔術を使用できるまでに魔力の補充が完了した。
「――――“壁に耳あり障子に眼あり《ワールドレコード》”」
目を閉じた瑠璃の頭の中に無数の景色が一瞬にして流れ込んでくる。
世界中のあらゆる人、物、場所にかんする情報で一気に溢れかえる。
さらに意識を集中させて、今度は頭の中にノーカラーの情報をイメージする。
外見、声、性格、あらゆるデータを頭の中にイメージして、まとめあげる。
そのデータを元にして、流れ込んできた情報を整理して、検索する。
まるで砂漠の中から一本の針を探すかのような作業。
だがしかし、ほどなくしてその針は見つかった。
「いた……!ここから8時の方向、約2500km、おそらくバルバロイ山脈かしら」
「バルバロイ山脈!?まさかそんなところにいたなんて……」
「そりゃヴァイオレットのリングも通信できないわけだわ。
ちょっと待ってなさい。無理矢理リンクを繋ぐわ」
「出来るんですかっ!?」
「さっきも見たわねその反応。私は出来ないことはやらない主義よ」
そう言ってヴァイオレットの耳に軽く、優しく触れた。
そこには最初にヴァイオレットが皆に配ったものと同じ光のリングがついていた。
指先とリングが激しく光を放ち、強く明滅し始めた。
突然ヴァイオレットの耳にノイズ音が聞こえてきた。
ノイズに混じって声のようなものが聞こえる。覚えのある声だ。
「ノーカラー先輩!聞こえていたら応答してください!」
『……の……えは……オレット…………』
「大丈夫ですか!聞こえていますか!?」
『…………い丈夫だ。聞こえている……』
「先輩!よかった……」
通信が安定したのか、はっきりと声が聞こえてくる。
映像までは流石に映ってはくれなかったが、この際贅沢は言えない。
通信が出来るようになった。それだけでも大収穫だ。
どうやら無事そうな声を聞いて安堵し、つい足の力が抜けてしまった。
ぺたり、と地面にそのまま座り込んでしまう。
そして改めて瑠璃のほうを見上げた。
瑠璃は消費した魔力を補充するため、再び魔水に手足を浸けていた。
「ありがとうございます、ラピス先輩。とても助かりました」
「私にお礼を言っている暇があったら状況報告でもしてなさいな」
顔だけヴァイオレットのほうに向けて言い捨てる。
私の出番はこれで終わったと言わんばかりに。
「あ、はいっ。えっと、今現在こちらはヴァルハラ師団と交戦中です。
ラピス先輩は副師団長を倒し、スカーレット先輩が、その……」
『グレイ、シアンの奴と交戦中だな』
「……知っていたんですか?」
『ああ、ご親切にもフロイツェンの奴が教えてくれ……っ!!』
「どうしました先輩!」
『いや、問題ない。民家が頬を掠めただけだ』
「問題だらけのように聞こえるのですがっ!?」
民家が頬を掠めるってどんな状況なのだろうか。
頭の中で想像してみようとするがとても想像できる状況じゃなかった。
一体全体、はるか遠く離れた先でノーカラーはどんな戦いを繰り広げているというのだろうか。
『まあ心配するな。俺は負けん。お前達は精々、そっちでの仕事を遂げることだ』
「了解しました。ですが、その、あまり無理はしないでくださいね」
『……ああ』
戦いに集中するためか、そこでノーカラーの声は途絶えた。
おそらくあちらから無線を切ったのだろう。リンクはまだ繋がってはいるが。
今もノーカラーは遠く離れた場所で、死闘を繰り広げていることだろう。
それならばこっちの自分達も頑張らないわけにはいかない。
気合を入れなおし、スカーレットの状況を確認しようとした、その時。
耳を劈くように、けたたましくアラート音が艦内に鳴り響いた。
「どうしましたかっ!」
『艦前方から敵影が接近中!数は四!うち二つはもう一方の艦へ向かっているようです!
残る二つはこちらへ向かってきています!凄まじい速度です!』
「ボクが迎え撃ちます!ラピス先輩はここで待機していてください!」
「りょーかい」
魔水に手足をつけたまんまの瑠璃を多目的室に置いて、甲板へと向かう。
途中で待機していたCOLORSの部下の面々とも合流する。
最終的に10人程度の集まりとなって、甲板へと飛び出た。
そこには同じように何名かの部下たちが集まっており、海の向こうへ目を向けていた。
「状況は?」
「ヴァイオレット様。あちらをご覧ください」
「あちらって、あれは……」
同じように海の向こうへと目を向けた。
するとそこには二人の男がいた。
一人は西部劇に出てきそうな格好をした、顎に無精髭を生やした男。
もう一人は真っ黒なローブを被り、全身を隠した怪しげな男。
二人はなんでもないように「海の上を走っている」。
沈むことも、溺れることもなく、普通に走っている。
そして思い切り水面を蹴って、跳んだ。
男二人は同時にCOLORS軍艦の甲板へと着地した。
「へへっ。お出迎えご苦労皆の諸君!殺しに来てあげましたよっと」
「面白いくらいにいるな、呪いがいがあるというものだ」
「……ボクはCOLORS幹部のヴァイオレットです。貴方達はヴァルハラ師団の方々ですか」
「おっと可愛い子ちゃんはっけーん♪おれっちはヴァルハラ師団のD・Dってもんさ」
「我は偉大で寛大で壮大な劉小龍である」
男二人はきちんと自己紹介をした。どうやら礼儀はわきまえているようだ。
漂ってくる雰囲気は、まあそこまで危険なものではない。そこそこの実力者のようだが。
瑠璃が戦ったジークリンデの姿を映像越しに見ていたが、それだけでもかなりの殺気を感じた。
しかし目の前の男達からはそこまでの脅威を感じない。
これなら――――自分でもやれる。
「とりあえず、ボクは幹部として貴方達の相手をしなくてはなりません。よろしいですよね?」
「ひゅう♪シビれるねぇ。真面目で可愛い子は大好きだぜ」
「フン、年増が……」
「と、としっ!?」
一応は16歳なのだが、これでも年増なのだろうか。
それとも大分年上に見えたとか?いやそれでも……
「やはり女は3歳未満に限る」
「…………。」
――――パニック!
とんでもないのが来てしまった。とても相手にしたくないです。
ヴァイオレット的にこういう人たちはのーさんきゅーです。
スカーレット先輩もたまに駄目人間とは思うけれど、この人たちはレベルが違いました。
こんな人たちが同じ人類だと思うと根絶やしにしたくなります。
うん。決めました。とりあえず拘束しましょう。光速で。
「“バインドリング”!!」
「おおっと」「むっ」
手のひらからフラフープ大の光のリングを飛ばす。
二人は左右に跳んでそれを軽々と避けた。
続けて放つが、それも避けられた。
放つリングはことごとく回避された。
意外にもすばしっこいようだ。
「そろそろ頼むぜぃ小龍」
「我に任せよ。我が偉大なる力によって奴を阻止してみせよう。“悪魔は捕縛する”」
「一体何を……っ!?これは!」
男の一人がこちらに手のひらを向けると、異変が起こった。
身体が突然気だるくなり、力が入らなくなったのだ。
それどころではなく、体内の魔力が乱れ、魔術が上手く使えない。
光のリングを作ろうとすると、霧散してしまって形にならない。
その症状はあちらで待機している部下たちにも現れているようだ。
「これは闇属性の……いえ、もっと悪質な……呪術ですか」
「そうだ、我が得意とする魔術は呪術。呪うことで相手を弱体化させるのだ。
今発動している魔術無効化の呪いは、この軍艦全体に効果を及ぼしている」
「んでその弱っちくなった相手を倒すのがおれっちの役目ってわけよ。
悪いが、あんたらには踏み台になってもらうぜぃ。“弾種・雷”!」
そう言うと、D・Dとか言う男がホルスターから回転式拳銃を二丁抜いた。
世に出回っている物の、どの型とも当てはまらない、見たことの無いモデルだ。
その拳銃を構えると、引き金を引いた。銃口からは「迸る雷の弾丸」が放たれた。
魔術が使えないため防御ができない。後ろに跳んで回避する。足元に雷が着弾した。
「改めて自己紹介だ。魔砲使い《銃とチョコレート(マシンガンズ・クラウン)》のD・Dだぜぃ」
「呪術使い《罪と罰(マインドレス)》の劉小龍だ」
「「さあ、ヴァルハラ師団の前に平伏すがいい!!」」
「くっ……!」
男達の堂々たる名乗りに気圧される。
油断していた。完全に甘くみてしまっていた。
自分の未熟さをとことん思い知らされてしまった。
唇を噛み締め、歯を食いしばって悔しがる。
やはり自分では無理なのだろうか。
ヴァイオレットがそう痛感した、その時だった。
「仲間はずれはよくないわねぇヴァイオレット。私も、混ぜてくれないと」
「え!?せ、せんぱいっ!」
後ろを振り返るとそこには瑠璃が立っていた。
鷹のような目で威嚇をするように二人を睨みつけている。
そのあまりの威圧感と殺気に、身体が勝手に後ずさりをする。
一瞬だがヴァイオレット自身も畏怖したほどだ。
「手こずってるようじゃない、手を貸しましょ。ところでヴァイオレット……」
「えっ、は、はい?なんでしょうか」
「文章だけだから読んでる人には分からないけれど、戦闘中あなたぱんつ見えまくりだったわよ?」
「う、嘘ですっ!」
「マジよ。可愛らしいしましまぱんつが……」
「わー!わー!!」
どうやら本当だったらしい。あわてて大声を出して瑠璃を制止する。
しかし時既に遅し。後ろで待機していた部下たちに目をやると不自然に目を逸らされた。
それが意味することは「見てません。全く見てません」というバレバレな気遣い。
要するに「見ちゃったけど見てないことにします」ということだ。
顔を真っ赤にするヴァイオレット。それを見て笑う瑠璃。
なんだか戦場の空気が一気に変わってしまった。
「で。そこのお二人さんが私の妹分のぱんつを大公開した輩かしら」
「「我々はぱんつの件に関しては一切関与していないぞ!?」」
「もうその話題やめにしませんっ!?」
「そうね。少しいじりすぎたかしらね。ごめんなさいね、ふふ」
笑いながらヴァイオレットに謝罪する。気持ちがまったくこもっていない。
あまりの恥ずかしさと怒りでヴァイオレットの顔は真っ赤になっていた。
因みに後ろの部下達はというと、相変わらず妙な目線の逸らし方をしていた。
乱されたペースを戻すべく、D・Dが口を開いた。
「君、ラピスか。そうか、君がいるってことはジーク副師団長はやられたのか」
「驚いたな。あの方が負けるなどとは想定外だった。やはり奴はCOLORSでも最強か……」
「最強だなんて買い被り過ぎよ。私は私。それ以上でも以下でも、なんでもないわ」
だがやはりその身体全身から放たれるオーラは強者のものだ。
洗練された肉体と技術があってこそ、人はその領域にたどり着ける。
ただ立っているだけ。しかしそれは二人に対して充分な威嚇となった。
不意に額から汗が垂れ、顎から滴り落ちる。
「へへ、けど今この艦は小龍の呪いで俺たち以外は魔術が使えないんだぜぃ」
「左様。貴様が出てきたところで勝てる道理な――――おごおっ!?」
「うっさいわね」
「しゃ、小龍!?」
目にも留まらぬ速度で距離を詰め、渾身の拳を小龍の腹へと叩き込む。
すさまじい一撃によって体のバランスが強制的に崩され、乱される。
左足を軸にし、身体を一回転。右足による強力な回し蹴りをさらに叩き込んだ。
防ぐのに使った腕は歪な方向へと折れ曲がり、そのまま彼は甲板へ叩きつけられた。
気絶をしたのか、単に動けないのか分からないが、小龍は立ち上がってこなかった。
一瞬でやられた相棒を見て、D・Dが狼狽する。
「く、くそっ!“弾種・炎雷”!」
拳銃を瑠璃へと向けて炎と雷の弾丸を放つ。
瑠璃はそれを軽快なステップで左右に避け、そのままD・Dへと迫る。
たまに避けられないこともあったが、それは腕や脚で弾いて逸らした。
いとも容易く弾丸の雨を退けてD・Dの目の前まで詰め寄った。
「このっ!“弾種――――」
「はい却下」
「なっ!?」
自分へと向けられる銃口へ、素早く瑠璃は人差し指を突っ込んだ。
魔術の銃弾が暴発し、拳銃が弾けて砕け、D・Dの手に甚大な深手を負わせる。
一方の瑠璃はというと指先を多少怪我した程度で、ほとんど被害はない。
そして、両腕を押さえようとしているD・Dの顎を思いっきり蹴り上げた。
脳が強く揺さぶられ、そのままD・Dは気絶した。
なんという強さ。なんという速さ。なんという実力。
あっという間にヴァルハラ師団からの刺客は倒されてしまった。
「まったくバカね。魔術に頼らなくても、私が負けるわけがないじゃないの。
ヴァイオレット、魔術が使えるようになったならこいつら拘束して」
「え、あ、はいっ!そうだ、先輩の手の怪我も治しますね」
「いいわよこんなの。衛くんに舐めてもらえば治るわよ」
「人物が限定されているっ!?」
術者が気絶したためか魔術は問題なく使えるようになっていた。
言われたとおり光のリングを使い、二人の手足および胴体を完全に拘束する。
もはやどんなに力があろうと、どんな魔術を使おうと、このリングからは逃れられない。
しばらくすると、二人が目を覚ました。さっそく瑠璃は二人に尋問をする。
「さてと、あなたたち以外にも刺客はいるのよね?多分だけれど」
「いないよ」「知らんな」
「おっけ。どうやら股間の俗物をもぎ取られたいようね。二度と使えないように」
「偉大なる我が教えよう!残りはスカーレットとインディゴを殺しに行った!」
「言っちゃうの早いなオイ!」
小龍はさっさと口を割ってしまった。まだ10秒も経っていないのだが。
それほどまでに股間のアレが惜しかったのだろうか。
その後も彼はペラペラと秘密を喋りに喋った。
自分達は本隊とは別に行動している部隊だと。
目的はスカーレットとヴァイオレットとインディゴの始末。
瑠璃とノーカラーは師団長と副師団長が倒すと思っていたらしい。
だからこそ、瑠璃がこの艦にいたのは想定外だったのだ。
「とりあえず彼らはここで見張っておきます。しかし、インディゴ先輩とスカーレット先輩は……」
「ま、インディゴは大丈夫でしょ。こんなの奴等にやられるアイツじゃないわよ」
「そう、ですよね。それじゃあ先にスカーレット先輩の様子を……あれっ?」
耳元のリングに触れたヴァイオレットが首をかしげた。
不思議に思った瑠璃が声を掛ける。
「どうしたのよヴァイオレット?」
「いえ、通信が乱れているのか、スカーレット先輩に繋がらないんです」
「叩けば直るんじゃないかしら」
「旧時代のテレビじゃないんですから……あ、繋がりました。スカーレット先輩?」
『いいや、我輩だ。雌餓鬼』
リングから聞こえてきたのはまったく別人の声だった。
しかしこの声をヴァイオレットは知っている。
低く、毒を含んだこの声。間違えるわけがない。
「グレイさん……!」
『シアンだ。人の名も覚えられんのか最近の若いものは』
「え、あ……」
「お生憎様。あんたの名前なんて誰も覚えたくないわよ。
で、なんであんたがこの通信に出るのよ。スカーレットはどうしたのよ」
オープンチャンネルで瑠璃が会話に割り込んでくる
シアンから舌打ちのようなものが聞こえたが、気のせいだ。
構わず瑠璃は疑問を一番にぶつけた。
ほどなくして答えが返ってくる。
『それならばそこら辺で肉片になって転がっているが?』
「…………えっ?」
『言葉の意味が理解できなかったか?スカーレットは死んだ。我輩たちの手によってな』
返ってきた答えは、彼女らが想像していなかったものだった。
「死んだって……あの殺しても死なないようなあいつが?」
「そんなっ嘘です!」
『ならば直接確かめるといい。この光の輪は映像も視れるのだろう?
自らの目で真実を確かめるといい。あの化物の最期をな』
言われるがままに、大きなリングを展開して、モニターのように映像を映す。
しばらくは画面は砂嵐ばかりでノイズが混じっていたが、やがて画面に風景が映し出された。
そこに映っていたのは、ただどこまでも真っ赤な、血みどろの世界だった。
あまりにも凄惨な光景に、ヴァイオレットは声が出なかった。
何かを喋ろうとしても喉に突っ掛かってとどまってそれっきり。
額から滝のように流れる汗と、背筋を走る悪寒が体温を急激に下げる。
身体の力が抜け、膝をつき、前のめりに倒れこみそうになる。
すかさずそれを瑠璃が受け止めて支えた。
「あ…………あ、ああぁ……せ、せん……ぱい……?」
「ヴァイオレット、気をしっかりと保ちなさい。人が死ぬ光景くらい、何度も見ているでしょう」
「ですが……ですけど…………」
「それに、まだ完全に死んだと決まったわけじゃないわ」
『何を寝ぼけたことを。生物が肉塊と血液だけの破片になって、生きているわけがないだろう。
いい加減頭がイカれたか?ぬるま湯に浸かりすぎるからそうなるのだよ』
「生きているわよ。たとえ肉体が失せようとも、魂さえ折れなければ、生物は生きていられる」
『…………はっ、世迷言を。次は貴様の番だラピス。奴と同じように、肉塊に変えてやろう』
それだけ言い残し、シアンは通信を一方的に遮断した。
スカーレットの耳から奪った光のリングを握りつぶして。
最終更新:2012年03月02日 01:27