「さて、奴等の元へはD・Dと小龍が向かったはずだが、あの様子だとやられたな」
「にゃあ。あいつら口ばっかりでまだまだだにゃあ」
「どうするのだわ?あいつらの処遇は」
「負け犬に用などない。あのまま放置だ。助ける必要などない」
「だにゃあ」「だわね」
冷酷に敗者を切り捨てる。
この世界では強さがものを言う。
負けて捕虜になるようなものなど必要ない。
助ける必要などもっとない。そのまま死ね。
「あんな奴等など惨めに死ねばよいのだ。そこのスカーレットだったもののようにな」
「まったく……にゃ?」
「どうしたのだわ?何かおかしなものでも見つけたのだわ」
「いにゃ、なんか今、そこの肉片が動いたように見えたんだにゃ……にゃあ?」
血の海の中に点在するスカーレットの真っ赤な肉片へと目をやる。
しかしそんなものが動くわけもない。どうみてもただの肉でしかない。
気のせいだ、もしくは幻覚でも見たんだろう、そう思った。
その瞬間だった――――肉片が勝手に動いたのは。
「「「!?」」」
信じられない光景だった。
何かに引っ張られるように肉片が動いているではないか。
散らばっていた肉片はズルズルと一箇所に集まろうとしている。
血の海もそうだ。広がっていたはずの血液はどんどん範囲を狭めている。
まるでそれ自体が意思を持っているかのようだ。
一箇所に集まった赤い物体たちは、形を成していく。
「なんだ……貴様は、スカーレットなのか……!?」
物体は答えない。そもそもまだ返事が出来るような形状をしていない。
今はまだ不定形。どんな姿になろうか迷っているかのようだ。
ぐちゅぐちゅと音を立てて、怪しく、奇妙に蠢いている。
腕のようなものが出来、続いて脚、頭、胴体、様々なパーツが出来ていく。
最終的にそれは、等身大の180cm程度の人型へと落ち着いた。
しかし人というよりも、酷く無機質な真っ赤なマネキンのように思えた。
それはしばらくは微動だにしていなかったが、突然ある変化が起こった。
その真っ赤なドロドロとした全身に、ギラリと光る目が現れたのだ。
何十、いや何百というほどの目玉はギョロギョロと視点を変化させる。
やがてその何かは、口を開いた。
「「「「「オ ハ ヨ ウ」」」」」
エコーが掛かったような、何人かが同時に喋ったような不可解な声。
しかも大人や子ども、女や男、あらゆる声質が混じっている。
もともとのスカーレットのものとは全く違うものだった。
というか面影など一切残っていない。完全に別人、いや別物だ。
その謎の存在に、再びシアンは問いかける。
「貴様は、スカーレットかと聞いているのだ……答えよ!」
「ソウダヨ」「セイカイダゼ」「ゴメイトウ」
「何……?」
真紅の生物は答える。
片言の、幾重にも重なり合った不気味な声で。
全身の目玉すべてをシアンたちに向けて。
むせ返るほどの血液の匂いを充満させて。
「ボクガ」「ワタシガ」「オレガ」「ワレガ」「ジブンガ」「ワシガ」「オイラガ」
「「「「「スカーレットダ」」」」」
刹那、全ての目玉が同時に笑った。
「フフフフ……」「アハハハ……」「クスクス……」
いくつもの笑い声が重なり合って聞こえる。
それは酷く歪で、不恰好で、不安定だった。
生物と判断することすら憚られるあの存在は自らをスカーレットだと言った。
しかしあのどこにもスカーレットの存在を感じることはできない。
彼という存在は奥底で眠っているのか、それとも消えてしまったのか。
「キエテイナイヨ」「カレハイキテイルワ」「ナゼナラ」
「「「ボクラガ、スカーレットジシンダカラ」」」
「……理解できんな。貴様等はなんだ?貴様等はスカーレットのなんなのだ?」
「ナンドモイッテルジャネーカ」「ワタシタチハワタシタチ」「ソレイガイノ、ナニモノデモナイ」
「……話の通じない奴等だわね。なんなのだわこいつらは」
「わからないにゃ。シアンが分からないんじゃあたしらにもわからないにゃ」
「いいや……分かってきたぞ、奴等がなんなのか」
スカーレットと名乗るあの存在は奴を殺すまではその存在を欠片ほども見せなかった。
しかし殺した途端、まるで封印を解かれたかのように表へと現れてきた。
そして老若男女、あらゆる声質がたった一体から聞き取れる。
つまりは「そういう存在」なのだろう。あのいくつもの声たちは。
「あれこそが、スカーレットが内包する血液の真の姿。
100万を越える生物のDNAの中の意識の集合体だ」
「だわっ!?」「にゃにゃあ!?」
「ウフフ、ゴメイサツネ」「ダイタイアッテイルヨ」「ト、イウカ、ダイセイカイ?」
「口調が安定しないことと、複数の声質、そして貴様等がスカーレット自身だという発言から推測したまでだ」
「スゴイナーアコガレチャウナー」「オレラモアタマイイホウガヨカッタゼ」
「まぁいい。貴様等がスカーレットだとそこまで言い張るのならば話は変わらん」
指を立てて、そのままスカーレットだったものへと突きつける。
鋭く、蛇のような目で睨みつけるが、一切怯む様子はない。
そもそも脅しが効きそうな様子もないわけだが。
あんな人外に人間と同じ対応をしたところで意味がないだろう。
「貴様等は我輩の毒の餌食にしてくれる。1対3だ。貴様に勝ち目などないと見えるが?」
「……ヤッテミルトイイ」「キミラガボクラニカテルトハ」「オモエナイケドナ」
「抜かせゴミが。“デッドリースモーク”」
「危ないのだわっ!」「にゃにゃっ!」
思い切り息を吸い込み、吐き出す。吐き出されたのは息ではなく、どす黒い煙。
無論、この煙にも毒が大量に含まれている。しかも瑠璃に使ったものよりも強力なものだ。
吐き出された煙は辺りに充満していき、スカーレットを飲み込んだ。
慌てて離れたマリアンヌと静美が様子を窺っている。
「やった……のだわ?」
「そんなわけにゃいとは思うけどにゃ」
「油断するなよ、来るぞ」
「フフフフフ」「アハハハハ」「ケラケラケラ」「ヒャハハハハ」
ボッ、と煙の中から赤い鞭のようなものが伸びてきた。
よくみるとそれは腕のようだった。手や指が見て取れる。
反応して横に体をずらし、攻撃を回避しようとした。
しかし避けたと同時に腕についていた目玉がこちらをギョロリと見る。
突如腕からさらに腕が枝のように伸びる。腕が三人をしっかりと捕らえた。
「ツカマエタ」「コノママツブシテヤロウカ?」「ソレトモタタキツケル?」
「さて、果たしてそれはどうだわね?シズミ!!」
「にゃにゃっ!!」
いつの間にか静美がスカーレットの背後に移動していた。
――否。さっきから彼女はスカーレットの後ろにずっといたのだ。
マリアンヌの得意とする魔術、それは幻術。人の目を騙し、偽り、惑わせる魔術。
彼女は得意の幻術を使い、あたかも目の前に静美がいるかのように思わせていたのだ。
スカーレットの腕の一本は今も静美を捕らえているように見えている。
しかしそれは幻であり、さきほど捕まえたはずの静美は腕の中にはいない。
だって彼女は捕まる前から彼の後ろにいたのだから。
静美が魔術を発動する。爪が長く鋭い、刃物のように伸びた。
渾身の力を込めて腕を振るう。スカーレットの真っ赤な胴体は真っ二つになった。
「やったにゃ!」
「バカが、まだだ!」
「にゃあっ?――――にゃがあっ!?」
「ザンネンデシタ」「オシイオシイ」「ソレジャワタシタチハコロセナイ」
静美の胴体に真っ赤な杭が突き刺さっている。
その杭はスカーレットの胴体、背中からまっすぐに伸びている。
体はもう元に戻っていた。そもそもが血と肉片で出来ているのだ。
細切れにされよううが、ミンチにされようが、だからなんだという話だ。
そしてその全身の目玉は、しっかりと静美を捉えていた。
静美の姿は幻術で認識できないはずなのに。
「コノカラダニハ100マンノDNAガコンザイシテイル」「ソノナカニ、『ゲンジュツヲミヌクノウリョク』ガアルトハカンガエナカッタノカイ
?」
「チッ……化物めが。我輩の毒で弱ってすらいないというのか」
「アア、アレ?」「ヒドラノドクにクラベレバカワイイモノサ」「アロマカトオモッタゼ」
「にゃ、がはっ……げほっげほっ……」
「クルシイ?」「ツライ?」「キツイ?」「シンドイ?」「シンジャイタイ?」
「ソレジャアオノゾミドオリ」「コロシテアゲルヨ」
「にゃ……ぎゃあっ!!」
突如スカーレットの体に異変が起こった。
背中から無数の細い触手のようなものが生えてきたのだ。
触手は杭で突き刺した静美に追い討ちをかけるように突き刺さった。
しかしそれだけでは終わらない。触手が脈動する。
じゅるじゅると生々しい音を立てて、血液が吸われていく。
全てを吸いきり、ミイラのように成り果てた静美をそこらへ投げ捨てる。
当たり前だが、とっくに彼女は息を引き取っていた。
「ゲプッ」「ゴチソウサマデシタ」「アンマリオイシクナカッタワ」
「し、シズミ!!」
「ソモソモサァ」「サイショカラマチガッテンダヨ」
「何……?」
「1タイ3ジャナイ」「1000000タイ3ナンダヨ」「カテルワケナイワヨ」「シカモヒトリヘッチャッタ」
「「「「「ネェ、コレデモカテルノ?」」」」」
そのとき、シアンはこれまでの人生で味わったことのない恐怖を感じた。
背筋が凍るような、全てを飲み込んでしまいそうな恐怖を。
規格外に強く。
予想外に強く。
埒外に強く。
例外に強い。
目の前に立ちはだかる人外から。
その時点で、彼等の敗北は決定した。
それからの戦いはあまりにも呆気なく、味気なく、素気なく、あっさりと終わってしまった。
ほとんど同じような手順で胸に杭を穿たれ、マリアンヌはミイラと化した。
残ったシアンも力を振り絞って抵抗はした。しかしそれは無駄だった。
ひとつの身体に集約された100万の軍勢はあまりにも強かった。
気づいたときには、右手左足をもがれ、無様に地に這い蹲っていた。
「オワリ?」「ネェオワリ?」「モウオワリナノ?」「ツマラナイネ」
「化け物が……!我輩にこのような醜態を晒させて無事で済むと思うなよ……!!」
「イマノジブンノジョウキョウワカッテルノカヨ」「モウスグシヌノヨアナタ」
「黙れ!我輩は頭だけにされようと貴様を殺してやるぞ!喰われたとしても呪い殺してやる!!」
「デキルトイイネ」「ソレジャ、サヨウナラ」「ソシテイタダキマス」
また全身から触手が伸びる。
触手は倒れたままのシアンへと狙いを定める。
次の瞬間。一斉に触手がシアンへと襲い掛かった。
――しかし触手はシアンではなく、甲板を貫いた。
外れたのではない、わざと外したのだ。
それを悟ったシアンは激昂した。
「貴様、そこまで我輩を侮辱したいか!殺すならさっさと……!」
「ソレハチガウゼ」「キミヲコロスノハアトマワシダ」「『オヒメサマ』ガキタカラネ」
「なん……だと……?」
シアンが疑問そうに眉をひそめたとき、甲板に何かが落ちる音が聞こえた。
違う、落ちたのではない。降り立ったのだ。空から、飛び降りて。
目をやったそこには瑠璃が立っていた。
「始めましてスカーレット。随分と大胆なイメチェンをしたじゃない」
「ヤァラピス」「ゴキゲンヨウ」「イヤ、ハジメマシテカナ?」
「あのおちゃらけ男はどこにいるのかしら?」
「カレナラネムッテイルヨ」「フカイ、フカイ、ネムリニツイテイル」「オコソウカ?」
「いいわよ別に。あいつにその体を返してくれればそれで」
瑠璃はまるでシアンなどそこにいないようにそっちのけで話を続ける。
一切目もくれずスカーレットと会話をしている。
いい加減無視されていたことが頭に来たのか、シアンが口を開いた。
「貴様、我輩を無視するとは万死に値する行為だぞ。許さんぞ、今すぐにでも息の根を止めてやろうか」
「ウルセェナァ」「オチオチハナシモデキナイ」「ヤッパコロシトクカ」
右腕にあたる部分が、長い太刀のように変化した。
目にも留まらぬ速さで血の太刀が振り下ろされる。
だがその太刀は最後まで降ろされることなく途中で止まった。
間に瑠璃が割り込み、両手で挟むようにして受け止めたのだ。
その光景を見てシアンが驚愕し、同時に憤慨する。
「助けを請うた覚えはないぞラピス……貴様も我輩を侮辱するというのか!」
「違うに決まってるでしょこのドアホ毒男」
「ごぼはぁっ!!」
刹那、瑠璃の凄まじい蹴りが倒れていたシアンの顔面に突き刺さる。
風に吹かれる木の葉のように軽々吹っ飛ばされたシアンは壁に叩きつけられた。
意識はあるが、全身が酷く痛む。むしろ気絶してしまったほうが楽だったかもしれない。
痛みに苦しみもがいていると、瑠璃がシアンの元へ歩いてきた。
踵で強くシアンの頭を踏みつけた。グリグリと捻りを加えて。
「私はアンタに仕返しに来たのよ。他の奴に殺されちゃ困るわけ。分かる?ねぇ分かってるかしら?」
「が、き、さ…貴様……!」
「やかましいわよ下種。本当は五体満足の状態のあんたを殴ってやりたかったわよ。
でも仕方ないじゃない。魔力回復に時間が掛かったのよ。来るのが遅れちゃったのよ。
しかもこれでも最低限3回くらいしか魔術が使えないくらいしか回復してないのよ。
あーもうやんなっちゃう。あんたんとこのアホな部下がこなけりゃよかったのよ。
ねぇ聞いてる?ねぇ。ねぇ。ねぇ。なんとか言いなさいよ毒フェチイ○ポ野郎」
踏みつけ、踏みつけ、何度も踏みつけ、そのたびに罵声を浴びせる。
できるだけ死なないように手加減をしながら、痛みの強い部分を踏む。
さっきから侮辱侮辱言っているが、むしろ侮辱されたのはこっちのほうだ。
僅かな油断から毒で殺されかけ、さらにその後見せられないようなゴニョゴニョ……
「――――っ!!ああもぅっ!」ガンッ
「ラピス、サッキカラウゴイテナイゾソイツ」「シンジャッタカナ」
「あら?……あーだいじょぶ、生きてるわ、うん、多分」
顔面を踏みつけていた足をどけるとシアンが白目を剥いて気絶していた。
あれだけ何度も強く踏みつけられていたのだ。気絶して当然といえる。
とりあえず気絶したシアンは蹴り飛ばしてその辺りに放置しておくことにした。
踏みつけまくってスッキリしたのか、今の瑠璃は実に清々しい顔をしている。
腹の中に溜まりに溜まっていた鬱憤を全て吐き出したようだ。
「さてと、そろそろアイツにその体を返してあげてほしいのだけれど」
「エー」「ヒサビサニオモテニデタンダ」「モウチョットダケ」
「いいから返しなさい」
「……マッタクコワイナァ」「コノオヒメサマハ」「ハイハイ、カエシマスヨ」
人型だった輪郭が歪み、変化し、球体になった。まるで真っ赤な卵のように。
表面にはあの無数の目が今もひっきりなしにぐるぐる動いている。
だが、しばらくするとその目が同時に閉じられた。卵にひび割れが生じる。
割れた卵の中から、見慣れたあの姿が現れた。全裸だけど。
前のめりに倒れそうになるのを耐え、その顔を瑠璃へと向けた。
「やぁ、久しぶりラピス……元気そうでなにより」
「お帰りなさいスカーレット」
「ああ、ただいま」
様子を見るに身体に異常はなさそうだ。
とりあえず全裸だったのが気に喰わないのでシアンの白衣を剥ぎ取って着せる。
目の前で粗末なものをぶらぶらさせられると目の毒だ。目が腐る。腐り落ちる。
白衣は血みどろだったが、まあ緊急時なのでよしとする。
「んじゃ帰るとしましょ。ヴァイオレットたちが待ってるわ」
「ん、そうだね。心配させちゃいけない」
「おいで、ジャック!」
スカーレットの無事を確認すると、踵を返して海へと跳んだ。
それとほぼ同時にスラッシュワイバーンが現れ、瑠璃とスカーレットを回収していく。
研ぎ澄まされた鋭い刃のような雄叫びをあげ、空気を切り裂いて飛んでいく。
目的地は勿論、COLORS軍艦へと向けて。
ミストラル海域から遥か遠く離れたバルバロイ山脈。
あまりにも険しく、厳しく、切り立った崖や山々が連なる場所である。
その特殊な条件下のためか、人はおろか、生物すらろくに棲んでいない。
転々と民家など建造物のようなものはあるが、全てが放置されたものである。
つまり今ここは絶好の戦場となっているのだ。被害や妨害もなく、純粋な戦いができる。
そう、現在バルバロイ山脈では地形が変わるほどの激戦が繰り広げられているのだ。
縦横無尽に空を飛び交うフロイツェンと、それを地上から攻撃するノーカラー。
この二人の戦いは長時間に渡って続けられていたのだ。
「“次元斬・黄刻”!」
「ほいっとな。そうれ、次のが降ってくるぞ」
「ちぃっ“緋断”!」
ノーカラーがガラスの刃を有した刀剣を振るう。
次元が切り裂かれ、その裂け目が斬撃として飛んでいく。
フロイツェンはそれを空中でひょいと避け、指を振った。
すると空からいくつもの岩石が降って来た。隕石ではない。
再びガラスの刀剣を振るうと、岩石は全て真っ二つになった。
降って来た岩石はノーカラーに掠ることもなく、そのまま地面へ落下した。
「ほっほっほ、楽しいのぉ、ノーカラーよ。こんな楽しいのは久しぶりじゃ」
「抜かせ天帝。物を飛ばすばかりではなくて、おまえ自身が来たらどうだ?」
「いんや、お主の『射程範囲』には入りたくないからの。近づくのは嫌じゃよ」
そう言ってまた指を軽く振った。
先ほど真っ二つになった岩の破片がふわりと宙に浮く。
岩は縦横無尽に動き回り、ノーカラーへと襲い掛かった。
紙一重でそれを回避し、ガラスの刀剣を振るう。
今度はさらに細切れに、小石レベルまで切り刻んだ。
「いやはや、見れば見るほど見事な剣捌きじゃ。見惚れるほどじゃよ」
「お前に褒められたところで嬉しくもなんともないな。しかし面倒だな、お前のその魔術は」
「言ったじゃろう。重力とは似て非なるもの、斥力と引力の魔術じゃ。
“反発し引かれあうもの《オペレイション》”などと呼ばれとるな」
「名前などどうでもいい。興味すらないな」
「そうか」
宙に浮いたままでフロイツェンが腕を高く空へ掲げた。
それと同時に周囲に何本か生えていた木々が根っこから引っこ抜ける。
腕を振り下ろすと、まるで矢のように木々がノーカラーへと襲い掛かった。
ガラスの刀剣を一閃すると、木々は一瞬にして粉々に寸断された。
互いに少しもダメージを与えられぬまま戦闘は続行される。
「そういえば、お主には礼を言わねばならんのう」
「礼など言われる覚えは俺にはまったくないんだが」
「ソールとルーナ、あの双子の件じゃよ」
「ああ、奴等か」
彼等とは今までに二度顔をあわせている。
といっても、もう顔をあわせることはないのだが。
既にこの世に彼等は存在しないのだから。
しかし腑に落ちないことがある。
「俺たちは奴等を殺した。恨みはされど、感謝はされるはずないと思うが?」
「いいや感謝しとるよ。なぜならおぬし等はあの子らを不幸から救ってやったのだからな」
「不幸、だと?」
「左様。あの子らの親もヴァルハラ師団に所属しておったんじゃが、数年ほど前に亡くなっておってのう。
親のいない日々を二人っきりで過ごしておったのじゃ。それはそれは不幸じゃったろうに。
だが、お主らがあの子らをこの世の柵から解き放ち、不幸から救ってくれたのじゃよ。
感謝しようノーカラーよ」
「成る程な……」
「理解、できたかの?」
「ああ。お前がどうしようもなく救えない人間だということがな」
フロイツェンを睨みつけるその目には軽蔑の意が込められていた。
おそらくそれはフロイツェンにも少なからず伝わったことだろう。
「ほう……?どういう意味じゃ、ノーカラー」
「人の幸不幸なんてものは自分が決めることだ。お前が決めることじゃあないんだよ」
「いんや違うのう。この世に生きているだけで、人は皆不幸なのじゃよ」
「ほう。結婚し、家庭を持っている者も。仕事が成功し、巨万の富を得た者も。
そいつらも全て不幸だと、お前はそう言いたいのか?」
「左様じゃ。家庭を持てば、家族を養うために余計に働かねばならん。不幸じゃ。
巨万の富を得たところで、金なんぞありすぎても使い道に困るだけ。不幸じゃ。
この世に生きている限り、人は皆おしなべて不幸なのじゃよ」
「だから世界征服をして、不幸から救ってやろう。そう考えているとでも?」
「聡いのうノーカラー。その通りじゃよ」
「……どうやらお前とは気が合わないようだな。理解できん」
「わかってもらおうなどは思っとらんよ。だが儂は、これが正しいと思っておるのじゃ」
「…………。」
その時ノーカラーは悟った。この男とは一生分かり合えないだろうと。
たとえどんな言葉を投げかけようとも、屁理屈で返されるだけだ。
話し合いなんてしようとするだけ無駄だ。会話が成り立たないのだから。
まるで別々の国同士で別々の言語を使って会話をしているかのような。
まあ、そもそも、話し合いするつもりなどこちらにも毛頭ないわけだが。
自分がしたいのは戦い、殺し合いだ。話し合う必要は無い。することはひとつ。
「とにかく、お前は俺の敵だということに変わりは無い。狩らせてもらうぞ」
「ほう、出来るかの?儂の魔術はこの星をも統べる力なのじゃぞ?」
「星だと?ハッ、笑わせるなよ。ならば俺の魔術はこの世を統べる力だ」
「世を統べる?かっかっか。笑わせるのう」
「笑っていられるのも今のうちだフロイツェン。思い知るがいい。
禁術として封印された、俺が誇る次元魔術の真の力をな」
ノーカラーがそう宣言した瞬間、フロイツェンは確かに感じ取った。
その身体の全てで、ノーカラーの魔力が明らかに変質していくのを。
ノーカラーが右腕を次元の裂け目へと突き刺し、引き抜いた。
そこにはあの次元剣ネームレスがしっかと握られていた。
何を思ったのかネームレスの刃に手のひらをぐっと押し付ける。
当たり前だが、手のひらからは血がドッと溢れた。手から血が垂れる。
垂れた血液がネームレスへと滴り落ちた。
――――その瞬間、変化は起こった。
「な、なんじゃっ!?」
辺りに凄まじい魔力の奔流が迸る。
それはまるで竜巻の中にいるかの如く。
強く、激しく、凄まじく、恐ろしいものだった。
全てを飲み込み、喰らうかのような。
膨大な魔力があの剣から溢れている。
「何がどうなっておるのじゃ……!」
「――“其は魔道を極めし覇王の剣”」
「(詠唱じゃと!?あれはマズい!嫌な予感がする!)」
「“天地を切り裂く魔獣の爪牙”
“億の年月を重ね洗練されし刀”」
「ならば止めるまでじゃ!ぬうん!」
詠唱を始めたノーカラーに向け、岩石を飛ばす。
しかし岩石は魔力の壁によって阻まれ、粉砕された。
もはや手出しすることなどできない。全て手遅れだったのだ。
もう出来るのはその光景を眺めることと、外から叫ぶことだけだ。
ノーカラーは止まらない。詠唱を続ける。
「“我が身の全てを捧げ生贄とし”
“我が血を以って契約と成す”」
「駄目じゃ止まらぬ……!やめろ!やめるのじゃ!」
「“絶望の刃よ――”」
「“―――呼応せよ。”」
一瞬にして魔力が凝縮され、弾けた。
尋常ではない量の魔力が僅か一点に集中した。
そしてそれはまるでビックバンのように爆発を起こした。
辺り一帯は目の前で核爆弾でも落とされたかのような暴風に襲われる。
フロイツェンは飛ばされないよう、重力を操作して無理矢理その場にとどまった。
どれほどの時間が経っただろうか。風が止んだ。未だ煙と魔力光で何も見えない。
が、再度起こった爆発でそれは全て吹き飛んだ。
「お早う“ネームレス・ゼロ”。何年ぶりだろうな、お前を抜くのは」
「(なんじゃ……なんなんじゃあれは!あんなものが存在するというのか!)」
ノーカラーの手に握られていたのは以前までのネームレスではなかった。
真っ白なボディは血で真っ赤に染まり、禍々しさを増している。
板のようなフォルムは砕け、洗練された美しい流線型の形状が現れた。
そしてその表面には真っ白い光が基盤のように走っている。
何もかもが以前とは違う。別物といっていい。
「……それが、その剣が、お主の切り札ということかの?」
「切り札。そうだな、これが俺の奥の手だ。お前を倒すためのな」
「成る程、確かに、いやはや。凄まじい力を秘めておるようじゃの」
「秘めてなどいないさ。これは全てを解放した姿だからな。故に俺自身制御が上手くいかん」
よく見ればネームレスを握っているのは先ほど手のひらを切ったほうの手だ。
傷は塞がっているのか、血は流れていない。否、流れた矢先から剣に吸われているのだ。
術者の血液を吸う剣。まさかあの剣は呪われた剣だとでも言うのだろうか。それとも――
「違うな。これは俺が力を得るために払う代償だ。呪いではない」
「呪いではない?儂にはそれが妖剣にしか見えんぞ。それにお主、そのままでは死ぬじゃろう」
「ああ死ぬな。だがそれよりも先に、お前が死ぬだろうな」
「抜かせ小僧が!」
フロイツェンが空高く舞い上がった。それと同時に周囲の岩や木なども一緒に宙に浮く。
腕を振り下ろすと岩石や木々が砲弾のように一斉にノーカラーへと襲い掛かった。
次々に降り注いでいく岩石や木々は岩を砕き、地面を削り、土煙を巻き上げる。
その圧倒的な質量は、そのまま圧倒的なまでの破壊力を生んだ。
止まない豪雨の如く飛礫は降り続けた。
「はぁ……はぁ……やったか?」
「おいおい、それはやってないフラグだろう。知らないのか?」
「なんじゃと……!」
堆く積もった飛礫の山と土煙の中から声がする。
まさかあれだけの数の攻撃を受けて生きているというのか。
ありえないことはない。奴の持つ次元透過ならば全ての攻撃をすり抜けることができる。
だがしかし、あれとは雰囲気が違う。感覚が違う。様子が違う。
土煙が晴れて、視界が明らかになる。
そこには予想だにしなかった光景が待っていた。
「……どういうことじゃ。何をしたお主」
「何をしたって。別に何も」
「嘘をつくでない!それじゃったら何故貴様の立っている場所に飛礫が一つも落ちていないんじゃ!」
そう、言葉の通りノーカラーの周りには岩石どころか小石ひとつ落ちていなかった。
あれほどたくさん落とされた岩石や木々が掠りもしていない。全て外れたのだ。
しかしそんなことはありえない。0%とは言わないが天文学的数値に等しいだろう。
攻撃を逸らしたようにも、避けたようにも見えないし思えない。
一体全体何が起こればあんな状況になるというのか。
「種明かしをしてやろうか」
「やはり何かしとるんじゃないか、お主」
「いいや、この通り俺はここに突っ立っていただけだ。ただ偶然、ここに落ちてこなかったというだけだ」
「そんなわけがないじゃろう。普通はありえん」
「まぁ普通はありえないな。だが、可能性はゼロじゃあない」
「何が言いたいのじゃ。ノーカラー」
「パラレルワールド――並行世界というものを、聞いたことがあるな?」
おそらく誰でも一度は聞いたことがあるであろう単語である。
この今自分が存在する現実とは別に、同じような世界が同時に存在しているというものだ。
例えば、分かれ道で右に行った場合には、同時に左に行った場合の世界が存在することになる。
(例えがあまりにも雑すぎるような、間違っているような気もするが気にしない)
SF漫画や小説などでよく題材などにされることも多いものだ。
しかし何故、そんな言葉が今出てくるのだろう。
「簡単に説明するなら、だ。このネームレス・ゼロはその並行世界を次元を切り裂いて繋げることができる」
「並行世界を繋ぐ?それが今の状況とどう関係が――」
「つまり『お前の攻撃が全て外れる世界』を、俺が選択したというわけだ」
「な!? 確かに外れる世界が存在しない道理はないが……
まさかそんな馬鹿げたことをやってのけたというのかお主!」
「やってのけたからこそ、今こういう状況下にいるわけだが」
「ふざけるでないぞ……事象改変魔術なんてものが存在するなど……」
ノーカラーの言っていることが真実ならばとんでもないことだ。
これから起きることを自由に選択できる魔術など、見たこともなければ聞いたこともない。
便利だとかそんなチャチなものじゃ断じてねぇ。レベルが違いすぎる。
そう、強いて言うのならば――――
「もはやこれは神にすら匹敵する力じゃぞ……!」
「神なんて大層なものに、俺はなった覚えはないんだがな」
「しかし解せぬのう。何故そんな魔術が世に知られておらぬのじゃ」
「簡単なことだ。世界中の人間が皆で挙って改変などしてみろ。この世の理が崩壊するぞ
だからこそ次元魔術は禁術として記録から抹消されたというわけだ」
「なるほどのう。じゃが、疑問はまだある」
閉じられたかのように細い目が僅かに開かれる。
その目はとても鋭く、何かを確実に見抜いている目だった。
視線はノーカラーに向けたままで一切逸らそうとはしない。
「お主。そんな魔術を何処で覚えたというのじゃ?」
「……。さて、無駄話もここまで」
「答えぬのか?最近の若いもんは臆病者じゃのう」
「生憎、挑発に簡単に乗るつもりはないんでな。時間ももうない。
この剣だけしか使えない、次元斬でケリをつけよう」
「ほう、つまり秘密の必殺技というわけじゃな?」
「そんな格好の悪い呼び方をするな。殺すぞお前」
「もとよりそのつもりじゃろう?これは殺し合いじゃ。どちらかが死ぬまで終わらぬ」
「……はっ。それもそうだ。ならば終わらせるとしようか。この戦いを」
身の内に内包する魔力を互いに解放させる。
自らのもてる力全てを出し切り、最強の魔術を行使する。
「“反発し引かれあうもの《オペレイション》”!!」
「“次元斬・白鎌”!!」
ふたつの強大な力がぶつかり合う。
結論から言うと、戦いに勝利したのはノーカラーだった。
宙を飛び回っていたフロイツェンは地に落ちた。落とされたのだ。
地に這い蹲っているフロイツェンの全身には刀傷があり、血を流している。
ノーカラーは反撃を喰らったものの、クレーターの中央に立っていた。
強大な斥力に押し潰されることなく耐え切ったのだ。
「この戦い、俺の、勝利だな……」
「ぐ……あ、なんじゃ……?目の前が、歪んで……」
「ネームレス・ゼロでしか使えない次元斬・白鎌(ビャクレン)……
並行世界を経由することで、あらゆる行動の過程を切り捨て、結果だけを残す。
つまり俺が剣を構えただけで……お前は斬られたことになるというわけだ……」
「かっかっ……まったく馬鹿げた魔術じゃのう……参ったよ」
「しかし、この攻撃を受けてまだ生きているとは――――っ!? ぐあっ……!」
言い終える前にノーカラーが前のめりに倒れこんだ。
握っていたネームレス・ゼロが手から落ち、カランと音を立てる。
地面で一度跳ねると全体にヒビが入り、細かく砕け散って霧散した。
ネームレスは本来別次元に存在する武器。この世界に存在するにはあまりに不安定なのだ。
ノーカラーはというと体を起こそうとしてはいるが途中で力尽きてまた倒れてしまっている。
顔色は悪く、少し青白く、血の気が失せている。
この様子を見てフロイツェンはすぐに感づいた。
「剣に血を吸われすぎたな……お主……。限界、ということかの……」
「はっ……馬鹿を言うな、これは、あれだ、少し眠くなったんだ……」
「戦闘中にする言い訳かの……それは……」
「う……るさい、どっちにせよ、動けないのは……お前も、同じだろうが……」
顔だけを無理矢理起こしてフロイツェンを睨みつける。
その目は顔色とは違って全く闘志が失せていない。戦う者の目だ。
しかしそれは傷を負ったフロイツェンとて同じこと。
未だ勝利を諦めている様子は一切見受けられない。
それどころかむしろ勝ちを確信したようにも見える。
「かっかっか……どうやら、儂の勝ちのようじゃな……」
「何を馬鹿なことを、よくて引き分け……だろうが」
「儂の最強の魔術が……ただ斥力を、ぶつけるだけとでも……?残念、あれはフェイクじゃよ」
「……なんだと?」
「あちらに相手の意識を向けることで、本来の目的から目を逸らさせる……その間に、本命は迫ってきておるのじゃ」
ノーカラーはその言葉ですぐに感づいた。
残る力を振り絞って体を仰向けにして空を見上げた。
空はすでに日が落ちかけ、夕闇に染まりかけていた。
点々と眩く瞬き、光り輝く星もいくつか見えている。
しかしその中に、一際輝く妙な星があった。
その星は徐々に大きくなって、いや、こちらに向かっているように見える。
「儂の最強の魔術……まぁありていに言えば、隕石、というやつじゃな……」
「……はっ、まったく、馬鹿げたことを……しかし、お前も死ぬぞ?この距離では」
「本望じゃよ……そろそろ儂も、この世に生まれた不幸から救われたいと思っておったのじゃ……」
「最初から道連れにするつもりだった、というわけか……」
「まあそういうことじゃ。仲良く、あの世に行こうではないか」
ニタリと不気味な笑みを浮かべる。こいつ、本気だ。
本気で隕石をここに落として一緒に死のうとしている。
両者共に先の戦いで魔力をほぼ使い果たしている。
肉体も負傷しており、動けるような状態ではとてもない。
隕石なんて落ちてくれば余裕でお陀仏だろう。
とうとう隕石の形がはっきりと見えてきた。
もう落ちるまで数十秒もない。逃げられない。
まさに万事休すといったところか。
「儂の勝ちじゃ、ノーカラーよ……!」
「――――いや、やはり『俺たち』の勝ちだ」
「なんじゃ……ぬっ!?」
突如、辺りが真昼のように明るくなった。
不自然に思い空を見上げると空の彼方に眩い光源が見えた。
そして次の瞬間には夕空を一筋の光の帯が横切った。
あまりの眩しさに思わず目を瞑ってしまう。
そして再び目を開けたとき、隕石は跡形も無く消えていた。
「なんじゃ……何が起こったのじゃ……」
「申し訳ありません先輩!遅くなりました!」
「いいや、いいタイミングだ……」
倒れているノーカラーの前に輝く天使の輪と光の翼を有した一人の少女が降り立った。
少女ははくるりと振り向き、両手をノーカラーへ向けてかざした。
光のリングが展開し、ノーカラーの上でくるくると回りだす。
先ほどまで青白かったノーカラーの顔に明るさが戻った。
どうしても力の入らなかった体に力が満ち溢れてくる。
戦闘時に負った傷も無事回復した。
ゆっくりと脚に力を込めて立ち上がる。
おもむろにぽんっと少女の頭に手を置いた。
「よくやったヴァイオレット。ご苦労だったな」
「いえ、そんな……えへへ」
「成る程のう……あの光線はその娘のものじゃったか……」
「ああ。俺の優秀な部下だよ」
「優秀な部下、か。そのわりには……お主等妙に仲がよいが……まさかお主」
「馬鹿なことを言うな。刻むぞ」
「まだ言っておらんじゃろうに……」
ノーカラーがガラスの剣をフロイツェンへと突きつけた。
ともかくこれでチェックメイト。勝負ありだ。
彼を倒せば、この戦いの全てが終わる。
「……のう、ノーカラーよ。お主はこんな世界で生きていて幸せか?」
「当たり前だ。人生とは常に劇的で刺激的だ。
不幸なこともあるだろうが、それだけ幸福もあるだろう。
そんな世界で生きていて、不幸であるはずがない」
「そうか……では、達者での」
「ああ、さらばだ。ヴァルハラ師団師団長、天帝のフロイツェンよ」
フロイツェンが目を閉じるのを確認して剣を振り上げる。
ガラスの剣が、静かに振り下ろされた。
最終更新:2012年03月02日 01:27