「衛ー次はどこいこっかー」
「そうだな……人気のあるとこは混んでるかな?」
「かもね。だったら早めに行っておいたほうがよくない?」
「それもそうだ。じゃあその辺りも検討してみっか」
夏も過ぎ、大分涼しくなって過ごしやすくなってきた季節のとある土曜日。
俺と銀は遊園地に遊びに来ていた。所謂デートというやつだ。
事の発端は数日前に遡る。
休み明けのだるい授業を受けて半分居眠り状態だった俺。
そうやってだらだらしていたところに、レイが声をかけてきた。
内容はもはや察しの通り、遊園地のチケットを手に入れたという話だ。
しかしレイが親切に譲ってくれるわけもなく、一枚五千円で売りつけられた。
が、これはチャンスだった。実は俺、デートは一度もしたことがなかったのだ。
……という事情も既にレイは知っていたらしい。流石いいんちょ、何でも知ってるな。
土曜日に行けというのもレイの入れ知恵。日曜日よりも若干だが客が少ないらしい。
とまあそういうわけで、レイからの後が怖い応援によって、今こうして俺はデートを楽しんでいる。
「にしても、遊園地なんて何年ぶりだろうねー」
「最後に来たのがお前のとこのおばさんと瑠璃さんと俺と銀で来たときだから、5,6年前ってとこか?」
「そのくらいだね。なんだか懐かしいなぁ」
まさかあの頃はこんな風に銀とデートをするなんて思ってもみなかった。
仲のいい女友達。きっとそんな関係のまんまだろう。そう思っていた。
しかし今はこんな状態。仲の良さを否定していた中学時代はもはや黒歴史。
時間の経過というのは実に恐ろしいものだ。
「さて。楽しまないのは勿体無いからな。そろそろ次いくか?」
「うんっ♪どれにしようかなー」
「そうだな……」
俺は入り口で案内の人に貰ったパンフレットを取り出した。
もうすでに3つくらいのアトラクションに乗ったが、まだまだ残っている。
遊園地の定番、観覧車、ジェットコースター、その他諸々。
乗りたいものはわんさかある。
まだ午前中だし、今日はたくさん楽しめそうだ。
とりあえず俺はコーヒーカップを指差して銀に聞いてみる。
「これとかどうだ?定番だけれど」
「うんいいね。それにしよっか」
銀の同意を得て、俺たちはコーヒーカップへと向かった。
現在位置からそんなに離れていなかったので2分程度で着いた。
予想外というかなんというか、全然人がいなかったのですぐに乗れた。
いざ乗ってみると意外と楽しくて、調子に乗ってハンドルを操作してしまう。
おかげで終わったあとには俺も銀もフラフラだった。
「お、おお、視界が、回って見える」
「ちょっと、やりすぎた~?」
銀も俺も完全に悪ノリしてしまった。今は反省している。
まっすぐ歩けないというほどではないが少しばかり酔ってしまったようだ。
しかし俺よりも銀のほうが重症のようで、足元がどうもおぼつかない様子。
そう言っていたら早速足元のブロックとブロックの間の隙間に躓いた。
ふらふらしながら倒れそうになるのを慌てて抱え込んで助ける。
「っと、大丈夫か?」
「う、うん、だいじょうぶ……だからちょっとだけ離れてくれる、かな?」
「え?うおっ悪い!」
気づいたら銀を抱え込むというより後ろから抱きつくような形になっていた。
よほど慌てていたのだろうか。自分でも全然気がつかなかった。
で、突然後ろから抱きつかれたりすれば驚いたり恥ずかしかったりするわけだ。
銀は真っ赤に紅潮した顔を背け、しばらく後ろを向いていた。
俺もなんだか気恥ずかしくなってしまい、どうしようか迷っていた。
そうしていると偶然「あるもの」が俺の視界に入ってくる。
「銀、ちょっと待っててくれ」
「ふぇっ?え、あ、うん……?」
断りを入れると俺は小走りでそこへ向かった。
それは遊園地では定番のお菓子、チュロスの屋台だった。
味はバニラとチョコの二種類がある。まあ無難なところか。
どうせだからと思い、両方の味を買うことに。
千円札を渡しておつりとチュロス2本が入った袋を受け取った。
銀のところへ戻ると、まだ後ろを向いたままだった。
が、俺が近寄ると素早い動きでこちらを向いた。はえぇ。
「なんかあまーい、いい匂いがする!」
「こういうのは気づくの早いな。ほら、チュロス食べるか?」
「うんっ♪」
満面の笑みを浮かべて嬉しそうにチュロスを受け取った。
どちらの味から食べようか迷っていたようだが、無難にバニラを選んで食べ始めた。
俺は残ったほうのチョコを持ったまま近くのベンチに座った。
ほぼ半分を食べ終えた状態で銀も隣に座る。
一口食べてみると外側はさくっ、中はふわっとした食感。
そして甘いチョコの味が口の中に広がる。
そうして食べていると、銀がこっちを見ていることに気がついた。
というか俺の手元のチュロスを見ているようだ。
「むむむ、そっちのチョコも美味しそう」
「欲しいか?ほれ、あーん」
「あーん。むぐむぐ……うん、美味しい」
俺の手からチョコ味のチュロスを食べた銀が微笑む。
長いものを頬張るとかエr――じゃない。可愛いな。とても可愛い。
普段から銀は可愛いが、やはり美味しいものを食べているときが一番可愛い。
あの笑顔を見ているとなんだかこっちまで嬉しくなってくる。
甘いものが人の心を癒すというのは本当のことらしい。
「ちょっと待て、口に砂糖がついてる」
「え?ごしごし、とれたかな?」
「全然。ほら、ちょっと見せてみれ」
ポケットからハンカチを取り出して口の周りを拭いてやる。
普通こういうのって立場逆な気がしないでもないが。
そのあたりは食いしん坊の銀だからしょうがない。
「よし綺麗になった。んじゃ、これ食べたら次のとこ行くか」
「うん。ありがとね衛♪」
そうやって答える銀の手には既にチュロスは無かったが。
だから食べるのはえーよ。
それから俺たちはいくつかのアトラクションを楽しんだ。
ゴーカートやミニコースター、あとはフリーフォールにも乗った。
堪能して、満喫して。たくさんたくさん遊んだ。
美味しいものを食べたりもした。
ポップコーンやシェイクやケバブサンドなんてのも食べた。
俺が奢る時もあれば、半々で払ったりも。本来は俺が全部奢るべきなのだが。
兎に角、そうやって楽しい時間を過ごしていたら12時の鐘が鳴った。
「もうこんな時間か、どっかで昼にするか」
「あ!それだったらいい考えが――」
「けど悪い。その前にトイレ行ってくるよ俺」
「え、あ、うん。……わかった」
銀は何か言いたそうだったのだが、生理現象には逆らえない。
マップで近くのトイレを探してダッシュで向かう。ダッシュで。
実はさっき人気のあるアトラクションに30分ほど並んで乗ったのだ。
そしてその最中にトイレに行きたくなってしまい、長いこと我慢していた。
つまり今は結構限界に近い。そんなわけで近くのトイレにやってきたのだ。
用を足してすっきりすると、待たせているはずの銀の元へまたダッシュで戻ってきた。
しかしそこにいたのは銀だけではなかった。
「ねぇねぇ、キミ1人?かわいいねー」
「俺らと一緒に回らない?」
「いいじゃんか、ちょっとくらい、ねぇ?」
「…………。」
三人のチャラチャラした男共が銀を取り囲んで話しかけている。
銀は断固としてそれを無視し、黙り込み、そっぽを向いていた。
迷惑そうな顔をしているのが分からないのだろうか。
しつこく男共は声を掛けていてそこから離れようとしない。
俺は出来る限り自然な流れで三人と銀の間に割り込む。
案の定男のうちの1人がイラっとした表情で怒鳴ってきた。
「あぁん?誰だよあんた、邪魔すんなよな」
ふざけるなよ。それはこっちの台詞だ。
お前達こそ誰だ。お前達こそ邪魔をするな。
こっちはお前達以上に怒り心頭なんだ。
年齢は俺よりも年上のようだが、そんなものは関係ない。
「この子は俺の連れだ。あんたらはとっとと消えてくれ」
「はぁ?知らねーよんなこと。っつーかお前のほうが消えてくんない?」
「ガリ勉くんはこんなとこで遊んでないで家帰って勉強してろっつーの」
「怪我をしないうちに俺らの前からさっさと消えてくれ。それがお互いのためになるからさ」
「カッコつけてんじゃねーよボケ!」
案の定キレた1人が殴りかかってきた。しかし遅い。遅すぎる。
あまりにも雑で、乱れていて、パンチとはとても呼べないものだった。
普段から学園で鍛え上げられている俺には、そんなものは通用しない。
俺は少し体を反らしてそれを避けると、腕を掴んで相手の足を払った。
面白いくらい簡単に体勢は崩れ、男は地面に顔面から突っ込むこととなった。
瑠璃さんから習っててよかった。合気道。
「だからいわんこっちゃない。あんたらもその人連れてとっとといなくなってくれ」
「舐めんなよガキが!元ボクシング部(一ヶ月で辞めた)の俺に適うと思うなよ!」
「俺も小学生の頃少林寺拳法習ってた(一週間で辞めた)んだよ!コラ!」
その様子を見た残りの二人も逆上して襲い掛かってきた。
しかし二人がかりだろうと素人相手では話になるわけがない。
学園の生徒たちに比べればベリーイージーよりも生ぬるい。
自分が滅茶苦茶強くなったかのような錯覚にすら陥る
しかしそうではない。相手があまりにも弱すぎるのだ。
掛かってくる二人を軽くあしらいつつ投げ飛ばして地面に叩きつける。
まるで人形遊びでもしているかのようだ。児戯にも程がある。
数十秒と掛からないうちに決着はついた。と、思っていた。
「待てよコラ……調子に乗りやがって」
「……やめてくれよ。これ以上やると火傷することになるぞ」
「うるせぇ!ぶん殴ってやるクソガキが!」
最初に投げたはずの男が再び立ち上がってきた。
顔面からいったのが逆に良かったのか、怪我は軽かったようだ。
残る二人は背中から落としたから、まだうんうん唸っているが。
しかし襲い掛かってくるというのならば仕方が無い。
――ちょっとだけ、脅してやろうか。
「――――どっかーん」
「う、うおおっ!?」
指を軽く鳴らすと男の目の前で炎が炸裂した。
驚いた男はしりもちをついて無様に倒れこんだ。
唸っていた二人もその様子を見て驚いていた。
無論、あんなものは俺の使える中でも低級の魔術に過ぎない。
魔術師相手の場合ならば脅しどころか気を引くことすらできないだろう。
しかし今の相手は一般人だ。驚かせるには充分すぎる。
「ひ、ひいいっ!!おい逃げるぞ!」
「なっちょ、おい待てよ!」
「おいていくんじゃねえよぉ!」
効果は覿面。男たちは立ち上がると脱兎の如く逃げていった。
ちょっとやりすぎたかと思ったが、あれほど元気なら、まあ、大丈夫だろう。
しかし問題がひとつ残ってしまった。周りのギャラリーたちである。
拍手している人もいれば、ひそひそと何かを話している人もいる。
下手をすれば警備員なんて呼ばれてしまうかも、いやもう呼ばれているか。
まずはここを去ることが先決だと考えた俺は銀の手を強く握った。
「走るぞ銀!」
「え?あっ、うん!」
先ほど男達が逃げるのと同じかそれ以上の速さで俺たちはその場を走り去った。
ギャラリーたちはそれをただぽかーんと眺めていた。
とにかく走って、走って、ちょっとした広場までやってきた。
広場といっても噴水とかがあるアレではなく、芝生の生えた公園みたいなところだ。
そこではボールで遊ぶ子ども達がいたり、お弁当を食べている家族がいたりする。
そういえばもう12時半になるだろうか。走ったことと先ほどの事件もあわせてとてもおなかが空いた。
そろそろ昼食にしよう、と銀に提案したところ、なんとお弁当を作ってきてくれたらしい。
つまりこれはあれだ。男なら一度は体験してみたいシチュエーションのひとつ。
「デートで彼女の手作りお弁当を食べる」というあれじゃないか。
ならば断る道理などないだろう。
早速俺たちは広場の適当な場所を陣取る。
銀が用意してきてくれたレジャーシートを芝生に敷いて、そこに座った。
ちなみに外見上銀が今持ち歩いているのは小さめのハンドバックひとつだけ。
しかし実はあれは魔術で内部空間を拡張してあるため見た目以上に物が入っている。
軽トラ一杯分くらいの量の荷物くらいは余裕で入れておくことができるのだ。
こういうときは魔術が本当に重宝する。魔術超便利。
「それじゃあ、じゃじゃーん!」
「おおー! ……想像してたけど、やっぱでかいな」
「そっかな?」
銀がハンドバッグから取り出したのは運動会か正月くらいでしか見ないような五段重箱。
普通こういうのは結構な人数がいるようなときに使いそうなものなのだが。
まあ、そのあたりは銀らしいというか、なんというか。
多分8割くらいは銀が食べることになるんだろうな。
そう思いながら俺は重箱の蓋を開いた。
「む、これは!俺の好物ばっかりじゃないか」
「やっぱり分かっちゃった?いくつか失敗しちゃったかもしれないんだけど……」
「確かにところどころ焦げてたりはあるけど、大丈夫だ問題ない。いただきます」
早速割り箸を割って、からあげをつまんで口に運ぶ。
時間が経って冷めているにも関わらず、ジューシーな肉汁が溢れだす。
下味をつけてあるらしく、甘めのタレの味が口の中に広がっていく。
これが揚げたてだったらどれだけ美味しかっただろう。
そう思うと少し残念でもある。今度は是非出来立てを食べたい。
「うん、美味い!いいなこのから揚げ」
「ホント?それ自信作だったんだ。こっちの玉子焼きも食べてみて?ほらほら」
「お、おう。あーむ。むぐむぐ……んまい」
何気なく差し出された玉子焼き。
これってあーんじゃないのか、とは思ったが差し出された以上は口にする。
玉子焼きはたまにあまーいやつがあるが、正直アレはあんまり好きじゃない。
なんというか、玉子焼きはシンプルな味が最も美味しいと思うのだ。
銀も俺のその好みを知っていたらしく、簡単な味付けだけで済ませたらしい。
ちょっぴり焦げてしまってはいるがふっくらと焼けている。
中が半熟っぽいのも実に俺好みだ。
「んじゃあ次はこっちのおにぎりをどうぞ♪」
「……えっとな、銀。その、してくれるのは嬉しいが、あーんはやっぱり恥ずかしいというかだな」
「え?……う、うわっ!なんか無意識にやってた!ごめんね嫌だった?」
「いや、言ったとおり嫌じゃない。むしろ嬉しい。けど……」
やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
恋人同士とはいえ、こういう露骨なイチャイチャは恥ずかしい。
二人きりだったらまだいいとしても、今は周りにも少なからず人はいるわけだし。
それに少しばかり「気になること」もある。
だからやりすぎには注意しておきたい。
「まあそれより食おうぜ。うん、美味いなこのおにぎりも。具はなんだこれ?」
「それはね――あ、ちょっと待って衛」
「なんだ?どうしたんだ」
銀がおもむろに俺の顔へと手を伸ばしてきた。
何をするのかは分からなかったが拒む理由もない。
そのまま待っていると銀の指先が俺の唇の右側あたりに触れた。
再び離れていく銀の指先にはご飯粒がひとつ付いていた。
「はい、とれた。あむっ」
「っ!?」
「? どうかした?」
「い、いや別に」
そしてそのままご飯粒を指ごと咥えた。
何気ない普通の動作だというのに、妙に官能的に見えてしまう。
うっかり声というか表情に出てしまい、銀に不審に思われてしまったようだ。
落ち着け俺よ。平常心だ。ただ淡々と箸を動かし、飯を咀嚼するのだ。
……このコロッケ美味いな。
「コロッケといえば。この間購買部で買ったコロッケパンが美味かった」
「あ、それ私も食べたかも。ソースが絶妙なんだよねぇ」
「購買部のパンは大体美味いよな。たまに奇抜なのがあるけど」
「あー……スパイシーあずきパンとかなかったっけ」
「あったあった。あれ誰が何の目的で作ったんだろうな」
ちなみにそれは生地に小豆を練りこんだものに、スパイシーソースを入れたというものだった。
興味本位で買ってはみたものの、想像以上のミスマッチに泣かされた。
何故あれを売ろうと思ったのだろうか。未だに悩まされる。
企業とかにもよくあることだが、明らかにおかしい商品を出すのはいかがなものか。
話題性でも狙っているのか。それともコアなファンでも狙っているのか。
目的はよくは分からないが。色々と勿体無い気がしてしまってならない。
「その点、お前の弁当は普通でよかったよ。焦げに焦げた燃えカスとか入ってなくて」
「え、あーうん、そう、だね……(完全に失敗したのは入れてないし……)」
「なんだ、どうかしたか?」
「なんでもないよ!」
なんか裏がありそうだったが、これ以上は聞かないことにする。
きっと銀には銀の事情ってもんがあるんだろう。
変に首を突っ込むのもよくないからな。
「うん、美味かったよ。ご馳走様」
「お粗末様でした♪」
談笑を楽しみながら弁当を食べ終えた。
最近の銀は本当に料理が上手になったと思う。
ちょっと前までは塩シャケに塩を振ったり、小麦粉や片栗粉の違いが分かっていなかったり。
なんというか、正直食べるのに苦痛を感じるレベルだった。
しかし今は徐々に改善してきて、バリエーションも豊富になった。
なんでも理由は俺に美味しいご飯を食べてもらいたいからだという。
俺のためにそこまで頑張ってくれていると思うと、とても嬉しくなってくる。
また今度は俺が美味い料理を食べさせてあげよう。
弁当を食べ終わったのは大体1時半頃だったろうか。
流石にあの量ともなると食べるのに時間が掛かってしまったが。
後片付けをすると、俺たちはまた遊園地内を歩き始めた。
いよいよジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に行ったり。
そんなこんなしていたら、もう帰る時間が近づいていた。
楽しいときは時が過ぎるのが本当に早いものだ。
「銀、そろそろいい時間だし、お土産でも見に行くか?」
「んーそうだねぇ。っとそうだ!まだ乗ってないのがあるよ」
「乗ってないの?……そうだ、大事なのを忘れてたな」
遊園地の定番中の定番。
おそらくデートに来たのならばこれに乗るべきだろう。
ポケモン新作の主人公も女の子やおっさんと乗っていた。
エロゲギャルゲとかでもよくイチャイチャしたりヤっちゃったりするアレだ。
「「観覧車!」」
と、まあそういわけで俺たちは観覧車のところまで来た。
観覧車といえばやはりゴンドラに乗って高所から景色を一望できるのが利点だろう。l
ゴンドラが頂上にきたときに眺める景色は感慨深いものがある。
が、勿論観覧車の利点はそれだけではなく、真理は閉鎖空間にこそある。
短い限られた時間ではあるが二人っきりになれる。誰にも邪魔されることなく。
まあほぼ全面窓だからイチャイチャなんぞしてたら見られる可能性はあるわけなんだけれども。
だがしかし、二人っきりになれるというこの機会を逃すわけにはいかない。
それに、「あいつら」の目から逃れるには絶好のチャンスだからな。
「うわぁーたかーい!すっごいたかーい!」
「子どもかお前は。まあ確かにいい景色だけれども」
ゴンドラに乗り込んでからずっとあんな調子だ。
椅子のところに立ち膝で座り込んで足をぱたぱたしている。
ここでお尻もみもみしたらいい反応しそうだが、やめておこうか。
しかし銀が子どものように無邪気にはしゃぐ気持ちも分からないでもない。
こうやって高いところからゆっくりと景色を眺めるなんてことはそうそうないし。
魔術で空を飛ぶのとはまた違った楽しみ、面白み、良さがある。
「そういえばさ。今日はありがとね、衛」
ずっと窓の外を見ていた銀がくるりと後ろを、こちらを向いた。
ほのかに微笑んだその顔にちょっとドキッとしてしまった。不覚にも。
ちょっとばかし顔が赤くなっているであろうことを悟られないようにしつつ答える。
「どうしたんだよいきなり。ああチケット?なら礼はいいんちょに……」
「そうじゃなくて。その、ほら助けてくれたじゃん。変な人たちからさ」
「ああ。まあ、当たり前だろ。その……自分の彼女が絡まれてたんだからさ」
ものすごく口に出すのが恥ずかしかったがなんとか搾り出した。
多分今の俺の顔はとんでもなく真っ赤になっていることだろう。
やめてこっちみちゃいやん。びくんびくん。
「ふふっ。んじゃーお礼、しないとね?」
「お礼?いや別にそんな――」
おもむろに銀が立ち上がってこっちにきたと思った瞬間。
ふわりとした甘い香りと一緒に唇に柔らかいものが触れた。
なんだか銀の顔がとてつもなく近くに見える。というか目の前。
突然の事態に動けなくて固まっていると、銀の唇が離れていった。
俺の肩に手を置いたままで銀がにっこりと笑う。
「はい、お礼♪」
「…………ぐはぁっ!」
「衛っ!?」
なんだ。なんだこれは。可愛すぎるだろうコンチクショウ。
いいかな。抱きしめていいかなこの子。いいよねもう。
俺はたまらず銀を両腕で思い切り抱きしめてやる。
最初は銀も少し驚いていたようだったが、すぐに身を委ねてきた。
またキスでもしてやろうかと思ったけど、自重しておこう。
その代わりに首元、というか髪の毛に顔を埋めてみる。
さらさらとした髪の触感と花のような甘い香りが鼻をくすぐる。
どんなシャンプー使えばこんなことになるのだろうか。
ずっとこうしていたいと思えるほどに銀の髪は魅力的だった。
「もう、そんなに私の髪の毛好き?」
「思ってた以上にいいな、これ……」
「髪の毛切ってもらったときに髪フェチっぽい素振りがあったけど、本当だったなんて」
「流石に食べたいとかは思って……いや、でもこれは正直そそられるかもしれない」
「……食べちゃダメだよ?」
ごめんルニャ。やっぱ俺髪フェチだったわ。
銀のつやつや銀髪にすりすり頬ずりしたい。
銀のさらさら銀髪の香りをくんかくんか嗅ぎたい。
銀のふわふわ銀髪をもきゅもきゅ食べたい。
……とか考えてたら銀がジト目で睨んでいた。
「衛、もしかしてえっちなこと考えてる?」
「えっちなことは考えてない。断じて」
これだけは胸を張って断言できる。
この気持ちは決していやらしいものじゃない。
もっと高尚な、穢れなど一切無い純粋なものだ。
えっちなことというのはおっぱい揉みたい一発やりたいとか。
そういう欲望的な感情を言うんだ。
だからこの気持ちは全然別の気持おっぱい揉みたい。
「なあ銀」
「なに?衛」
「ちょっとだけ髪の毛舐め」
「ダメ」
拒否されてしまった……落ち込む。すごく落ち込む。
どうやら髪の毛をはむはむするにはまだ好感度的なものが足りないようだ。
いつか。いつかきっと。銀の綺麗な銀髪をはむはむしてやるぞ。
俺はそう強く心に誓った。いつかきっと心行くまで堪能してやる。
そういうわけで妥協して銀の首元へ軽く口付けをした。
ぴくん、と軽く銀の身体が跳ねる。
「ふわっ……ちょ、ちょっと……?」
「いや。なんかもう可愛くって。たまらなくなってつい」
「……うぅ///」
恥ずかしがって俯くその仕草もとても可愛らしい。
顔も。身体も。髪も。声も。心も。その全てが愛しい。
もう一度。強く、強く。手放すことのないように抱きしめる。
銀も同じように俺の体へと腕を回してきて、強く抱きしめてきた。
間近で銀の顔を見つめる。透き通った目。ふっくらとした唇。綺麗な形をした鼻。
こうして改めて見てみると本当に美少女だ。多分世界一可愛い。
ゆっくりと、誘うように銀が目を閉じる。同じように俺も目を閉じる。
吸い込まれるように、唇と唇が触れた。
「はぁー楽しかったぁー♪」
「だな。いいんちょに感謝だ」
観覧車から降りた俺たちはお土産を見るために店を回っていた。
日々世話になっている先生や先輩へのお礼の気持ちを込めて。
他にも仲のいい友達や生徒の分も買っておく。
勿論、ファミリーへの個別の土産も忘れない。
……レイへのはちょっと奮発しとくか。
「お土産も買ったし。そろそろ帰ろっか?」
「ん。そうだな。でもまだひとつだけ、やることが残ってる」
「やること?なんかあったっけ、記念撮影?」
「いや……いるのは分かってるんだ。さっさと出て来い、ノクにエル」
ふと、俺は近くの垣根のあたりに視線を向ける。
がさがさと垣根の中から二人の女が現れた。
予想通り。俺のファミリーのノクターンとエルだった。
お前等そんなところに隠れるなよ。漫画の読みすぎだ。
「……だから言ったでしょう。こういうことはするべきでないと」
「頼まれたんだから仕方ないだろう。それに結構面白かっただろう?」
「え、ええっ!?なな、なんで二人がいるのさ!」
銀があたふたしながら騒いでいるのと同じ事を俺も聞いてみた。
何故こんなところに二人がいるのか。何をしていたのか。
理由は至極単純なものだった。
「やっぱりいいんちょの差し金だったか。頼まれて監視をしていたと」
「申し訳ありません衛様。ですがどうしても断れなくて……」
「言葉巧みに言いくるめられていたな、ノクターンの奴は」
「ん?エル、お前は違うとでも言いたいのか?」
「ああ。私は楽しそうだから請け負ったまでだ」
オーケィ。お前帰ったら全裸でこちょこちょの刑な。
悶え苦しんで呼吸し辛くなるくらいに笑い転げるがいいわ。
全裸という破廉恥な姿に心行くまで恥ずかしがるがいいわ。
実はあんまり怒ってはいないんだけれど、面白そうだからそうする。
エルに悪戯をする、その時が楽しみだぜ。
「ところで衛様。レイ様からお預かりしている封筒があるのですが」
「封筒?これか。どうせ請求書かなんかだろ?分かってるさ」
ノクターンが差し出した封筒を半ば呆れながら受け取る。
チケット代とは別になんかそういう料金を請求してくるんだろう。
ふふ、騙されないぞ。驕りが過ぎたなレイよ。俺を舐めるなよ。
そんなことを考えながらビリビリと封を破り開けた。
中には妙に綺麗なカードのようなものが入っていた。
「招待券……?招待券って、どこの」
「この遊園地に併設された、ホテルの招待券だと仰っていましたが」
「ちょっと待て今なんつった」
「ほ、ホテルっ!?」
冷静に突っ込む俺と、素っ頓狂な顔をして驚いている銀。
いやちょっと待て。なんだホテルって。デートじゃないのかよ。
ますますレイの目的が読めなくなってきてしまった。
第一、一泊する予定なんてなかったから何も用意してないんだが。
「ちなみに荷物は既に送ってあるそうだぞ?着替えとか寝巻きとかな」
「用意周到すぎるだろいいんちょ。何者だよ」
「衛様のは私が用意させていただきましたが、銀様のほうはレイ様が用意なされたそうです」
「うわ、また部屋勝手に入られたのかなぁ……」
以前にも入られたことがあるんだろうが、まあそこは女同士ということで。
にしても、俺はこれからどうするべきなんだろうか。
レイの陰謀のままにこのままホテルに行ってしまうべきか。
それとも無視してさっさと学園に帰ってしまうべきか。
色々と悩んだ結果――――
「夕食美味しかったねぇ。ビュッフェ形式だったから、たくさん食べられたし」
「あ、ああ。そうだな」
来てしまった。まんまとレイの策略に嵌ってしまった。
だって銀が上目遣いで「行っちゃう?」とか聞いてくるんだもん。
断れないよ。だって超可愛いんだもん。ちょい照れ気味なのがなんとも。
あそこで断ってしまったら男がすたるってもんよ。というのは建前だが。
本音を言うと、すいません。超来たかったです。心の中はノリノリでした。
だってあんたホテルですよ。100パーえっちなことするじゃないですか。
行かないという選択肢が見つからなかった。
「それにしても、いい部屋だよねここ。ベッドもふかふかだしさ」
「どうもそこそこお高い部屋らしいぞ。ここ。流石にスイートとかじゃないけど」
「へえ、そうなんだ」
そうなのだ。
どうやらここのホテルは遊園地に併設されたホテルの割りにかなりゴージャス。
先ほど確認してきたが備え付けの風呂もかなり大きめだった。ゆったり足が伸ばせるほどに。
しかしベッドがダブルサイズのがひとつというのが引っ掛かった。普通はシングルふたつだろうに。
まあそれについての結論は考える人のごとく顎に手を当てていたら簡単に出たのだが。
これもまた、レイが裏からこっそり(いや堂々と?)根回ししているのだろう。
もうなんなんだよあいつ。金使いまくりじゃねーか。
お金大好きキャラ設定はどこ行ったんだよ。
「今日は色々あって疲れたけど、でも楽しかったな」
「だねえ。……そういえば、さ。その、えっと」
ベッドに腰掛けている俺を見てなんだか銀がもじもじしている。
多分トイレに行きたいとか、そういう生理現象的アレではないだろう。
何か言いたいことがあるけれど、どうにも言い出せないとかそういうやつだ。
なら俺はそれを聞かないといけない。受け止めないといけない。
何が言いたいのかは分からないが、俺にはその義務がある。
「…………えっちなこと、したい?」
「――――っ!?」
――パニック!!
ちょっと待っておくれ。
あれおかしいな。俺が誘う予定だったのに。
まさかの俺が誘われちゃったよ?おかしいね?
これはどう答えるべきなんだろうか。
やりたいとか言っちゃったらがっついてるとか思われないだろうか。
「ふふっ、衛顔に出ちゃってるよ?」
「え?ちょ、ちょっと、なんて?なんて出てる?」
「『銀とえっちしたーい』……みたいな?」
「はい、そうですすいません」
完全に心の中を見破られてしまったようだ。
やはり付き合いが長いと隠し事はできないのか。
諦めて降参すると、銀がまた無邪気に笑った。
どことなく妖艶な雰囲気を漂わせる笑みに、少しドキッとした。
「いいよ、今夜は衛の好きにしても。その代わり……」
「その代わり、なんだ?」
「……優しくしてね?」
……よし。分かった。了解。
存分に可愛がってやる。
死ぬほど優しくしてやる。
狂いそうなほど愛してやる。
今日という日が、一生忘れられないように。
「じゃあとりあえず髪の毛をもふ」
「それはダメ」
好きにしていいんじゃなかったのか……。
~翌日~
「やあやあ。お楽しみだったようじゃないか、衛くん」
「まあな、おかげさまで」
学園に帰った俺は早速お土産を渡しにレイの元を訪れた。
あちらは俺が来るのを分かっていたかのように、カフェで紅茶を飲みながら待っていた。
そしてくれるのを当たり前だと思っていたかのように、俺に手を出してきた。
少々呆れつつも、買って来た土産をその手に渡した。
「開けてみてもいいかい?」
「いいさ。もったいぶるようなものでもないしな」
袋の中から出てきたのは遊園地のキャラクターの携帯ストラップ。
お土産の部類の中としては無難なものだろう。何より安価だし。
レイはしばらくの間それを見つめていたが、おもむろにポケットから携帯を取り出した。
既にかなりジャラジャラストラップが付いているがお構いなしにそれをつけた。
どうやら気に入ってもらえたようだ。少し安心した。
「及第点といったところかな。お菓子じゃなかったのはよかったよ。ああいうのは複数人に買っていくものだからね。一人じゃ食べき
れない」
「そいつはどうも」
「ところで、ノクちゃんとエルちゃんはどうなったかな?何か罰でも受けたかい?」
「二人とも全裸で息を荒げてベッドで倒れてるよ」
「何してんだいキミ」
何って。適当に服をひん剥いて脇腹やらをくすぐっただけだが。
服の上からだとどうしても邪魔になってしまうし。
罰としてはこんくらいが丁度いい。
妙にノクターンが嬉しそうにしていたのが引っ掛かるが……。
「……うん、まあいいや。キミがキミの
召喚獣をどうしようとキミの勝手だしね」
「ところでいいんちょ。随分色々なところに根回ししてたようだが」
「そうだよ。ナンパしてた彼等も勿論僕の差し金さ」
「やっぱりかよ」
どうにもタイミングが絶妙すぎると思った。
俺がいなくなった僅かな間に銀をナンパするだなんて。
あんなご都合展開は漫画やアニメなんかのフィクションにしか存在しない。
きっとどこかで様子を窺っていて、チャンスを見て出てきたんだろう。
だとすれば彼等は名演技だったといわざるを得ない。
「まあそこらへんにいたのを、ノクちゃんたちに適当にスカウトしてもらったんだけどね」
「現地調達かよ」
全くの素人さんでしたか。
しかし、だとしたらノクターンやエルを見てもナンパしようとか考えなかったのか。
二人とも銀に負けず劣らずのかなりの容姿をしていると思ったんだがな。
まあその辺りはレイが上手いことやったんだろう。何かで釣ったとか。
幸い、頭悪そうな奴等だったし、簡単だったんだろう。
「彼等は犠牲になったのさ……僕が衛くんに大きな借りを作らせるためのね」
「ナンパ男達ェ…… ってちょっと待て。今なんていった」
「今回の件で少なくとも、キミは僕に恩を感じたはずだ。だろう?」
イエスかノーで言ったらイエスだ。
少しどころかかなり恩を感じてしまっている。
レイのおかげで成功したと言っても過言じゃないくらいに。
しまったな。最初っからこれが目的だったというのか。
やれやれ。またレイに嵌められてしまった。
なんだかずっしりと肩が重くなるのを感じた。
「くくっ、さあて、これから衛くんにはどんなお願いをしちゃおうかなぁ?あ、勿論一回きりじゃないぜ?」
「……もう好きにしてくれ」
意地悪な、何か企んでいるような、そんな笑みを浮かべる。
そんないつも通りのレイを見て俺は深い溜息をついた。
~終わり~
最終更新:2012年03月02日 01:27