このお話は、七坂美緒(高校二年生)と
被虐嗜好のスマートなお兄さん(高校三年生)と
ゲーム大好きフレンドリーガール(高校三年生)のお話です。
部屋を明るくして、画面から離れて見てください。
【PROLOGUE】
『まもなく、―――です―――お降りの方は―――』
無機質な女性の声が、薄い機械の響きを伴って私の耳に届く。
その声に遠ざかった意識が呼び戻され、
規則的に体に訪れる揺れを感じながら、私は瞼を開いた。
二人用の小さいボックス席を埋めるのは、私と私の荷物。
寄りかかった左の頬に触れるカーテンを開け、光に目を細める。
一定の速度で流れる景色は、全て見たことの無いものだ。
見覚えがあるのは、ファストフードやコンビニの看板の文字とマークだけ。
腕時計を見た。
11時23分。
徒歩で12時までに着けるのだろうか?という疑問が浮かぶが、
電車の時間を指定されたということは着けるのだろう。
そして、がたん、ごとんと鼓膜を揺らす音が次第に緩やかになり、やがて止まる。
ぷしゅう、と空気の抜けるような音を伴い、前方の扉が開いた。
控えめな人の波がそこに吸い込まれ、それぞれの足が白線を越えてコンクリートを歩み始める。
日曜日だからか、真昼だからか、電車に乗る人数はあまり多くない。おそらく後者だろう。
「よい、しょっと」
膨れたリュックを背負い、キャリーバッグの取っ手を上げる。
狭い車内でそれをがらがらと引きずって、私は電車を降りた。
硬質な階段を越え、改札を抜けた駅構内。
売店や飲食店がいくつか見えるが、今は土産品など漁っている暇はない。
踵を鳴らすように歩き、正面に見えるガラスの扉を目指す。
押し開いた扉の先には、私の街では見たこともないような高い建物が建ち並んでいた。
見上げるだけで気の遠くなりそうなデパートとマンション。
やや田舎寄りの街出身の私の感覚でいえば、ここは紛れもない『都会』だった。
「地図、地図・・・」
街を見上げるのもそこそこに、上着のポケットから小さく折りたたまれた地図を出す。
・・・ふむ。見たところ別段複雑な道のりという訳でもない。
向かうべきは、今私が見ている都心部とは反対方向、街外れというべきか。
この駅はその境界に位置しているようだ。
後方の景色は、眼前のそれよりもこざっぱりとしている。
背の高い建物と複雑な電線の張り巡らされたこの街で、迂闊に空を飛ぶわけには行かない。
烏に変身したヴェルムに乗せてもらうにしても、ルナリアに抱えてもらうにしても、やはり少し危ない。
それに、いくら魔術師が世間一般に知られている存在であっても、
その力を安易に一般人の前でひけらかすのはあまりよくない。と思う。
この街は、私の通う学園がある街とは人口が段違いなのだから。
とりあえず歩き出す。
距離的に、20分も歩けば着くだろう。送迎の一つでも出して欲しいものだが、そこまで贅沢はできない。
目指すは、この街の魔術学園。私の通う魔術学園とは違う、第三魔術学園という名がついている。
大きな街の中にあるせいか、こちらの学園は割と規模が小さいらしい。
いくら街外れでも、魔術による事故なんかが起こった時に
その影響が都心部まで及ばないとは断言しきれないからだろう。
私は、本来通っている魔術学園と、こちらの第三魔術学園の交換研修生としてここへ来た。
交換留学生のようなものだ。本来は数人同時に行う予定だったのだが、日程をずらして一人ずつ行う事になったらしい。
正直言えば楽しみだ。他校ならではの発見もあるだろうし、こちらの学園には無い何かがあるかもしれない。
担任に推薦された当初は面倒だと思ったが、今は中々期待が高まっている。
12時までに校門へ。そこで教師と案内役の生徒が待っているそうだ。
研修期間の一週間、要所要所で私の面倒を見てくれるらしい案内役は、どんな人なんだろうか。
規模が小さいなら必然的に人数も少ないし、その分奇抜な人材は少ないだろう。
それにこういうのは大抵、品行方正な優等生が選ばれるものだ。心配ない。
そうして、非常にわかりやすいフラグを立てた事に気付けない私は
第三魔術学園への道を意気揚々と歩き続けるのだった。
「では明日、月曜日の授業から参加してもらいますので。今日はこちらの二人に校内の案内をしてもらってください」
30代そこそこに見える男性教師は、そういい終わると席を立つ。
話は終わりなのだろう。退屈とまでは思わなかったが、少し長かったと感じる。私もまだまだ子供か。
時間は12時半をさしかかる。30分ほど、私はこの教師に諸説明を受けていた。
基本的に校則はどこも同じようなものなので、まあ研修中の過ごし方についての説明が大半だった。
はい、と返事をすると、男性教師は笑顔で軽く一礼し、部屋を去っていく。
私も同様に軽く礼をして、横に居る二人の方を向いた。
「じゃ、僕らも行こうか」
「七坂さんお腹すいたよね?もう12時半だし。とりあえず食堂いこうよ」
紫がかった黒髪と、真夜中のような黒い瞳。
そしてどことなく猫を思わせる、主張を控えながらも堂々とした雰囲気。
男女でありながら、誰が見ても親類とわかる特徴を持った二人の生徒。
「はい、よろしくお願いします」
二人に向けて礼をする。
この二人が、一週間の案内役となる有島兄妹だ。
共に三年C組に所属する、性別を違えた双子。
故に双子らしい瓜二つな容姿ではないが、
端正な顔立ちや目、髪の色などは本当によく似ている。
何故一人の生徒に二人つくことになったのか。
そして、何故二年の生徒に三年が案内役でつくのか。
答えは至極単純、有島兄妹が希望したからだ。
一週間他人の面倒を見る役目は誰だって面倒だろう。今回は見られる立場だが、私だって面倒だ。気持ちはわかる。
しかし、少数派の好奇心旺盛な希望者が三年生にはいたのだ。しかも定員オーバー。
そしてこの二人は兄妹だしとセットでまとめられて今に至る。これで定員ぴったり。なんてアバウトな。
「ね、七坂さん何食べる?何好き?」
双子の妹、有島花梨先輩が興味津々といった様子で話しかけてくる。
花梨先輩は背が小さく小柄で、元気溌剌な仔猫のような印象だ。
食堂への道を歩くたびに、後ろで束ねたゆるいアンダーテールが尻尾のように揺れている。
なにより一番目立つのは、上着のポケットから溢れている携帯のストラップ。
実に様々なものが大量にくっついている。蒐集趣味があるのだろうか?
「僕はA定食が食べたい。今朝見たけど、今日のA定食は美味しそうだったな」
そして双子の兄、有島真澄先輩。『真澄には聞いてない』と花梨先輩に小突かれ、楽しそうに笑っている。
花梨先輩が仔猫なら、真澄先輩は大人の黒猫だ。
しなやかな体躯と、少し長めの前髪の奥に見える光の薄い瞳。
スマートな年上の男性に憧れを抱く身としては、その落ち着いた雰囲気の容姿にはつい目をひかれてしまう。
目についたのは、腰に提げている鈴。鉄球と見間違いそうな大きな鈴が二つ、鎖でベルトにつながれている。
「えっと、私は何でもいいです。食堂でメニュー見てからにします」
外見の観察を終えた。お腹は空いたが、特に希望もない。
食堂についてから考えることにして、まだ慣れないこの校舎の中を二人について歩いていった。
【NEXT:LUNCH】
To BE CONTINUED→
最終更新:2012年03月02日 01:34