【二日目(月) SOUND OF ECSTASY】
「よく考えたら、昨日アドレス交換してないよね」
ストラップが山のようについた携帯を振り、花梨先輩が私の隣に並ぶ。
「困った事あったら電話して。出なかったらメールでもいーし」
「あ、はいっ」
慌てて私も携帯を取り出し、いそいそとアドレス交換を済ませる。
「美緒ちゃん、僕とも」
「真澄はわたしより役に立たないと思うけど、保険として登録しておいて」
「盾ぐらいにならなれるな」
「自分から攻撃に当たりに行く盾なんて、最高に役立たず」
鼻で笑って、私と真澄先輩がアドレスを交換する様を花梨先輩は見ていた。
そして満足そうに携帯をポケットにもどし、また大量のストラップをじゃらじゃらと言わせて歩き出した。
真澄先輩も、腰に提げた鈴が歩くたびにちりんちりんと冷涼な音を奏でている。
音の多い歩みだ。
「お、有島ブラザーズ。ちょうどいいところに」
廊下の曲がり角を曲がった所で、茶髪の男子生徒が先輩達に声をかける。
タイの色を見るに、三年生だ。先輩達のクラスメートだろうか?
「研修に来た子ってこの子?」
「こ、こんにちは」
先輩達の返事を待たずに話し続ける茶髪さん(仮)に挨拶と礼をする。
制服を少し気崩した、気さくそうな人だ。
「そう、研修生の七坂美緒ちゃん」
「どうもです」
茶髪さんの好奇心の滲んだ瞳が見える。もう一回、軽く頭を下げておいた。
「南雲、だらしない。シャツをズボンにしまえ」
花梨先輩が、南雲とよばれた茶髪さんのシャツの裾を指差す。
『かっこつけんなよ有島妹ー』と笑いながら、南雲先輩は素直に制服を整えた。
「ところでどっちでもいーんだけどさ、訓練付き合ってくんね?暇なんだよ」
「わたし達が暇そうに見えるー?南雲の目は節穴か眼球がビー玉かのどっちかだね」
やれやれと言った様子で一笑し、手をひらひらと振って南雲先輩の横を通り抜けようとする・・・が。
「花梨。まだ訓練場案内してないしいいんじゃないか?」
その花梨先輩を、真澄先輩が呼び止めた。
確かに、まだ訓練場は見ていない。言われてしまうとちょっと気になってきた。
「真澄の癖にまともな意見」
「褒めてくれてありがとう。美緒ちゃんはどう?」
「気になるし、見てみたいです」
そう伝えると、真澄先輩と南雲先輩が満足げに笑みを浮かべた。
花梨先輩は、今度は口に出して『やれやれ』といいながら、呆れを含まず楽しそうに笑っている。
「真澄が相手ね。いつもそうだし。私は美緒ちゃんと仲良く観戦して親睦を深めるから」
第三魔術学園の訓練場は、私の通っている方と比べて広さが半分と少し程度だ。
しかし、面積の狭さをカバーするためか天井はとても高い。
所々に足場のような柱が渡されており、空中戦の訓練に関してはこちらの方が設備が良いと言えそうだ。
「じゃ、始めるか」
真澄先輩が、腰の鈴を提げている鎖を解く。
両端に大きな鈴のついた一本の鎖になったそれを、引きずるように左手に持った。
鎖の先端に棘鉄球のついた凶悪な武器を思い出したが、そんなものよりはずっと冷涼で爽やかな外見だ。
「今日は合図なし。隙を見せたら即開始。油断すんなよ!」
南雲先輩は手ぶらで、軽く拳を握っている。
真澄先輩のはおそらく武器だろう。外見どおりの使い方をするのか、一工夫あるのか。
どちらもまったく知らないだけに、非常に興味を引かれる。
「・・・そういえば真澄先輩って、どんな魔術を使うんですか?」
まだどちらも魔術を使っていない。
私が水を専攻していることは初日の雑談で伝えたが、
私はまだ二人の属性も、当然だが南雲先輩の属性も知らなかった。
「攻撃でも防御でもない、補助に特化した魔術・・・まあわたしもなんだけど」
不敵な笑みと共に、ナレーションのような言葉が飛ぶ。
壁際に設置された観戦用の席に座り、足を組んだ花梨先輩が口を開いた。
小柄な体型と大人っぽい仕草のちぐはぐさが、その可愛らしさを引き立てる。
「真澄は、『音』を操る」
ちりん、と。
鈴の音が鳴った。
「―――っ!」
空気が動く。息をのむ声は、誰の発したものか。
話をしていた私達は戦闘が始まる瞬間を見逃すが、空気の流動と鈴の音を感じ取り、二人の方を振り向く。
南雲先輩が放った炎の壁が、放射状に揺れて掻き消えるのが見えた。
「南雲、瞬きの時間が長いな」
消えた炎の奥に、鎖の先端より少し上を持ち、振り鳴らすように鈴を持った真澄先輩が居る。
端正な唇の端を上げ、挑発するように南雲先輩に声を飛ばした。
『音』。音属性の存在自体は知っていたが、
何分マイナーな属性で周囲に使っている者も居ないため、使い手を見るのは初めてだった。
対する南雲先輩は、最もポピュラーで最も使い勝手の良いイメージのある炎属性。
今の壁の質を見る限り、実力は中々のものだろう。
先ほどの台詞に、真澄先輩と同質の笑みと短い数度の瞬きとで答え、両手に炎を纏った。
「見た目にわかりづらいし地味だよねー」
歯を軽く擦って花梨先輩が笑う。
地味、などと言いながらやはり表情は楽しそうで、組んだ足がぷらぷらと動いていた。
「今のは、振動波ですか?」
「その通り、音の振動で魔力がかき消された。南雲はダメージないし、相殺かな」
真澄先輩の振り回す鎖と、南雲先輩の炎の拳がぶつかりあって拮抗する。
ちりんちりんと音を鳴らして振り回される鈴は軽いのか、鎖が拳を防ぐたびに大きく揺れている。
時折、鈴が発する音が振動波となり炎を揺らめかせた。
「攻撃が単調、馬鹿の一つ覚え、ていうか南雲は元々馬鹿だ!」
攻撃を弾き、時に反撃しながら真澄先輩がいきなりそう叫んだ。
『馬鹿で結構!』と、南雲先輩も同じくらいの声量で叫ぶ。
「・・・っぐ」
しかし叫んだ直後、南雲先輩が苦々しく顔を歪ませた。
手は左胸のシャツを握り、皺の波を作り出している。
「効いた?」
「ああ効いた、お前の捻りの無い罵倒は相変らずここに来るな」
バックステップで距離を取り、とんとん、と軽く握った拳で左胸を叩く。
どういうことだ?声の音波で、心臓になにかしらの影響を与えたとか?
詳しく知らない属性なだけに、術の性質が予測しづらい。
「抉るねー」
花梨先輩が、笑顔を崩さずに目を細めて呟いた。
抉る、とは。
「・・・心を」
精神攻撃だ。
真澄先輩の発する音には魔力が宿る。おそらく、声とて例外ではない。
魔力を含んだ言葉は、ただの言葉の何十倍も人の心に影響を及ぼすのだろう。
単純な『馬鹿』の一言で、心の表面はアイスをスプーンで掬うように容易く削り取られていく。
「ピンポンピンポーン!美緒ちゃん大正解!」
ぼそりと呟いた私の頭を撫で、花梨先輩が満面の笑みで正解を祝ってくれた。
『看破されてやーんのー』と真澄先輩を馬鹿にして、私の頭を撫でながらまた二人の戦いに視線を落とした。
戦いはもう30分ほど続いている。
息も上がり、どちらも心身ともに中々のダメージを負っていた。
身体的なダメージは真澄先輩の方が多く、精神的ダメージはおそらく南雲先輩の方が多く負っている。
炎の拳と鈴の鎖のぶつかり合いは断続的に続き、その合間に火炎の弾幕や澄んだ音の振動波が重なり合う。
「はぁ、・・・はぁ、あー、乗ってきた・・・気分がいいよ、すごく」
腕の傷を撫で、荒くなった息をつきながら真澄先輩は一層不敵な笑みを浮かべた。
この観戦席からでも高揚が見て取れる。冗談なんかではない、真性の被虐嗜好。
傷ついていく体と反比例してテンションは上がっていく。荒い息は、疲れのせいだけじゃないのだろうか。
ちょっとだけ引いた。ちょっとだけですよ。変人や人外への耐性は異常にある。
「相変らず気持ち悪い。あんなんだから、南雲以外は戦闘訓練の相手してくんないんだよー」
心底おかしそうに、花梨先輩が肩を震わせる。
しかしこの性癖は、戦闘においては非常に強い力を発揮するのかもしれない。
痛みと苦しみを恐れず、傷つく度に強さを増し、ボルテージを上げてゆく精神力。
熱に浮いた息が、竜の口の端から漏れるブレスのように私の目に映る。
「ま、そろそろ決めようか」
「賛成だ。お前が馬鹿馬鹿言うからこっちの心はボロボロで疲労困憊だよこの変態が」
「もっと言ってくれ」
真澄先輩が、鎖を握った手を振り上げた。
「『インパチェンストーン』、最大出力!」
遠心力を利用して、先端の鈴を金属の柱に思いっきり叩きつけた。
金属同士の衝突特有の、高く済んだ激しい音が訓練場中を跳ね回って響く。
そしてその後を追うように、鈴の長く通った音色も同時に響き渡っていく。
「・・・っ!?」
ぐわ、と頭が揺さぶられた。
高いトーンに頭部を横殴りにされたように、衝撃音がダイレクトに頭痛となって私を苛む。
鈴の響く長い音が、針金を突き刺すように私の頭蓋骨を貫く。咄嗟に耳を塞ぐ。
酷い眩暈と気持ち悪さを感じ、反射的に自分の体を抱えるようにして背を丸めた。
「真澄いィーーーッ!!こっちまで巻き込むなド阿呆ッ!!頭痛いわ!!」
自身の頭をわしづかみにするように抱え、花梨先輩が凄い勢いで立ち上がって力の限り叫ぶ。
未だ激しく痛み続ける頭を無理矢理上げ、戦闘の様子を見た。
「ごめんごめーん」
爽やかな笑顔でひらひらと手を振って謝罪してきた。反省の色は特に見えない。先輩め。
そしてその近くで膝をつき、私たち以上に苦しそうに頭を抱えている南雲先輩が見えた。
「おま・・・え、まじ、は、んそく・・・すぎ」
やっとの思いで声を絞り出す南雲先輩。
かなりの至近距離であの音に襲われれば、そりゃああもなる。というか、この距離でも気絶しかねない衝撃だ。
しかし真澄先輩も力を出し切ったのかふらふらと歩き、鈴で南雲先輩の頭を軽く殴って、その場に座り込んだ。
「ぐおおおお・・・!!い、っでえええ・・・おに、すぎる・・・!」
相当頭に響いたのだろう。しばらく悶え苦しんだ後、南雲先輩はぱったりと気を失った。
「・・・ふー。あいむうぃなー」
日本語感丸出しの英語で勝利を勝ち取り、真澄先輩は観戦席の私達に向かって弱々しく手を振った。
【NEXT:MATERIA OF TIME】
TO BE CONTINUED→
最終更新:2012年03月02日 01:34