【四日目(水) HIDE AND SEEK】
終業チャイムが響き、ホームルームを終えた後。
掃除当番の生徒たちが気だるそうに教室を掃除している。
当然、掃除中の教室に残る意味はなく、私は机の横にかけられた鞄を持って教室を出た。
ホームルームの最中に、上着のポケットで振動していた携帯電話を手に取る。
振動の間隔からいってメールだろう。
授業中は電源を切れと言われているものの、私の携帯は常にマナーモードだ。
幸い、振動は微弱なため気づかれた事はない。
ルール破りと咎められるだろうか?
・・・うっかり電源を切っていたことを忘れて、メールも電話も総スルーという間抜けな経験を生かした上の判断だ。
「七坂さん、この後暇?」
携帯を開こうとした所で、男子と女子が数人ずつのグループに声をかけられた。
研修生はやはり物珍しいのか、休み時間や放課後には割と頻繁に声がかかる。
初日は質問責めだったが、昨日あたりからはそれも落ち着いていた。
「んと、先輩から用事かもしれないから・・・ちょっと待っててね」
ぱか。携帯を開く音と同時に、青いガラス球の連なったストラップが揺れた。
画面の上、シンプルな白地に黒の文字で、三行に収まった言葉が綴られている。
『通達。本日4時半より、男子
寮にてかくれんぼ大会を実施
。指定の時間に玄関に集合』
一斉送信のメールなのか、宛先に私以外のメールアドレスが多く載っている。
真澄先輩の名前もそこにあるが―――私と真澄先輩以外は見知らぬアドレスだ。
花梨先輩からのメールに浮かぶ文字、かくれんぼ。
寮を使ったかくれんぼ大会。
文面からどんな催しかは容易に想像がついた。
「ごめん、呼ばれちゃったみたい」
そして私は、一週間限りのクラスメートと興じる空・オーケストラの誘いを断ったのだった。
「ルールは至って簡単」
男子寮の玄関前、小柄な体躯を何倍にも見せそうな気迫を放つ仁王立ちで腕を組む花梨先輩。
「隠れる場所はこの男子寮内、ただし部屋に関しては誰も使っていない空き部屋のみ」
明らかに私が浮いている、男女入り混じった3年生生徒の集まり。
私を含め、ここにいるのは全部で7人。
先日見た、南雲先輩もそこにいた。
「魔術の使用は一切禁止。屁理屈こねたグレーゾーン通過も禁止。
先人の生み出した、かくれんぼという素晴らしいゲームを愚弄するような真似をした者は―――」
私以外の全ての人々の顔が不敵な笑みに染まり、これから始まるなにかの予感をひしひしと感じさせる。
「このわたし、有島花梨が直々に裁く」
艶やかなアンダーテールを揺らし、仔猫の瞳を瞬かせ、
この場の全てを掌握するミストレス。
「カウントは100」
依然、組んだ腕も仁王立ちする脚も崩さない。
「以上。質問は?」
「鬼は誰?何人?」
南雲先輩が、右手を緩く上げながらそう質問する。
発言権を求めるための挙手のはずなのだが。
「わたし一人に決まってる。南雲の目玉はタピオカ?」
「サー、イエッサー」
「sirじゃない」
「南雲、女性の上官にはma'amが適切だ」
花梨先輩の否定に、真澄先輩が涼しい顔で補足する。
いつからここは軍になった。
「・・・先輩、これはいったい?いえ、大体はわかるんですけど」
私も南雲先輩に倣って挙手しながら質問。
楽しい事は大好き、参加する気は満々、それでもとりあえず開催する意味を聞いてみる。
「わたし、ゲームが好きなんだ」
「はい」
「時々こうして企画する。まぁ、この面子って限ってるわけじゃないけど」
細かく聞くのは無駄な気がした。
話題を切り替える。
「あっと、あの、自己紹介くらいした方がいいですよね」
周囲の視線を伺いつつたずねてみる。
怪訝な目で見られていることはないが、それは皆気になっていることだろう。
初対面な上に、タイの色からして明らかに二年だし。
『それもそーだ』と花梨先輩に促され、その場で手足を揃えてご挨拶。
「交換研修でやってきました」
二年B組、七坂美緒です。
・・・ああ、歓迎されたようだ。よかった。ほっ。
そして世紀末の如くヒャッハーと叫び、これから始まるゲームにテンションを加速させるこの集団。
・・・あ、通行人Aな生徒が訝しげな目でこっち見た。
「いーち、にーい」
花梨先輩の可愛らしい声を背に、靴を鳴らしてダッシュ。男子寮内に入るのは多少抵抗があったが、
周囲の皆さんが遠慮なく突っ込んでゆかれる勢いで私も駆け込む。
「かくれんぼって事は、隠れるだけですよね」
「隠れるだけ。小学生のやる遊びとなんら変わりないよ」
真澄先輩が左へ曲がる。
一瞬追いかけようとしたが、それではかくれんぼの意味が無い。
目的地があるわけでもなし、適当に走って適当な隠れ場所を探そう。
放課後の寮内には、当然ながら生徒がいる。
きょろきょろしながら走る私を、ぎょっとして見る通りすがりの生徒たち。
間違いなく目立っている。
男子寮の中を走り回る女子生徒なんて、閑静な夜の住宅街でネオン抱えて歩いているようなものだ。
・・・これ、目撃情報で居場所特定されない?
極力人の居なさそうな方を選び、脚を走らせる。
どこを走っているかはすでに全然わからない。
しばらく走ると人気はすっかり失せ、周囲に見えていた皆もばらばらの方向へ隠れに行ったようだった。
腕時計の秒針はいつもの二倍のスピードで動いているようで、100秒をあっという間に消費した。
空き部屋が並ぶ廊下で、とりあえず勘のようなものに任せて扉を開く。
・・・大きめのクローゼットがあるな。
少々埃っぽそうだが、すでに制限時間は終わっているのだ。
後ろ手に扉を閉め、無意味に足音を殺してクローゼットの前に立った。
「・・・誰もいませんかー」
すでに誰か隠れている可能性もある。
小さく声をかけ、クローゼットの扉に耳をつける。
・・・なにも聞こえない。人が来れば、多少の身じろぎはするだろう。
声もかけたし、小声や軽いノックで返事が返ってくる事を想定して耳をつけつづける。
壁に耳あり、障子にメアリー。
やはり無音。
安全確認、そしてがちゃりと開くクローゼットのとび
「らー!?」
中の暗闇から伸びてきた手に突如体を絡め取られた!
まさか、罠を張っていた花梨先輩か!?
なんて限定的な罠!罠だとしたら人がかかったのは奇跡に等しい!
クローゼットは見た目よりずっと奥行きがあり、私の全身を収めてなお若干の余裕が感じられる。
しかし本当に若干だ。普通に狭い。
ぱたんと後ろの扉が閉まる音、正体不明の手に引かれて前のめりになる体、状況が、読めない!
私はここでどうするべきか・・・!
「しーっ」
真っ暗闇の中で、不意に静かな息が歯に擦れる声がした。
それはこの数日間ですっかり聞きなれた声の、
「僕だ、美緒ちゃん」
・・・えー。
少女漫画もびっくりの展開さ、キャシー。
「あのう、私別の所に隠れますので」
クローゼット内に潜んでいた真澄先輩に正面から抱えられる形で、
真っ暗な空間に小声を投げる。
「とっくに100秒過ぎてるんだ、出てったところですぐ見つかる」
「いやいや、でも私もここに居たら、花梨先輩的には一石二鳥ですよ」
「見付からなければ、向こうのスコアを二人分削れるよ」
ハイリスクハイリターンの提案をしたまま、真澄先輩は私を離そうとしない。
「万が一美緒ちゃんが部屋を出た所を目撃されたら、僕も巻き添えになる可能性があるし」
ごもっとも。
「・・・うーん、じゃああの、せめてこの腕を放していただけると・・・」
「狭いよ。放した所でなにも変わらない」
いや変わる変わる。私の心情が非常に大きく変わる。
暗闇で顔は見えないが、きっと笑っているのだろう。小さな声は機嫌がよさげだ。
「大人しくしてて、ね?」
背中をぽんぽんされた。
妹という生き物は、かくも兄という生き物に弱い。
特に私は優しい大人のお兄さんに弱い。つい、自身の子供の部分が引きずり出されてしまうようで。
素直に従わざるを得なくなるのだ。
「・・・はい」
顔は少々熱いが、この暗さならバレまい。
一時の恥を我慢して、私はここで潜む事を決めたのだった。
数分くらいはとっくに立った気がする。
腕時計はこの暗闇では見えず、私はあっという間に時間の感覚を失った。
真澄先輩の呼吸は、非常に薄い。
小さいではなく、薄いの方が正しい、と思う。
呼吸は十分にしているはずなのに、音が全然立たず、息の流動すらもほとんど感じない。
ゆっくりと上下する胸だけが、真澄先輩の呼吸を知らせる唯一の情報となる。
「・・・・・・・・・」
それくらい近い。ていうかゼロ距離。
「美緒ちゃん、呼吸の音が大きい」
誰のせいだと。
「おさえます、なるべく・・・」
「心臓の音も」
だから誰のせいだと。
あと、耳がくすぐったいので、もう少し離れて喋って欲しい。
最小限の音量で会話するためなのはわかるのだが・・・だが。だが!わかって真澄先輩。
「・・・どれくらい経ったでしょうねぅあひゃー!」
うわあ!なんかぬるってした!!首がぬるってした!!
それまでの静寂を掻っ捌くように、クローゼット内に私の叫びがこだまする。
「くっ、あ、っ!?」
左の首筋を右手で覆う。口がぱくぱくと言葉を伴わない開閉を繰り返す。
想起。
首筋を、生暖かいぬるっとしたそれでいてちょっとざらっとした何かが這い上がった。
以上。
「こらこら、大きい声を出したらバレるかもしれないじゃないか」
「い、いや、だって、えぇっ!今の!」
くつくつと堪えるような笑いを漏らし、真澄先輩が私を諌める。
右手のひらの、微かに濡れた感触で先ほどの不思議現象がなんだったかがわかる。
・・・わかったが言葉になどできるはずもない。
恥ずかしくて、心の声にもできやしない。
だから、そのですね、先輩の、つまりですね、あの、肉でいうとタンってやつでして、それが、
「ひゃわぁあっ!!」
足の裏を恐らく5本と思われる指先がばらばらな動きでなぞる。
ベタなくすぐりに、平静を失った私の声帯はいとも容易く裏返った声を上げる。
犯人を暴くために呼び出したコマンドには、『真澄先輩』と『やめる』しか選択肢がない。
Aボタンでも○ボタンでもいい、はやく、はやくカーソルを合わせて犯人を暴け!
「だから、大きな声を出したら見付かるってば」
「だだっ、出させてるのは先輩ですよっ!」
口元を手で覆い、笑いを堪える真澄先輩の顔を見る。
・・・顔を見る?
「あれ」
なんで真っ暗闇のクローゼットの中で真澄先輩の顔が見えて
「とっくに見付かってるよ」
背後から、私のものでも、真澄先輩のものでもない声がした。
次第に、目の前にいる真澄先輩の姿が鮮明になっていく。照らす光が増えている。
ぎぎ、と音をたてそうな首を回し、ゆっくり後ろを振り返った。
「みーつけた」
天使の如き笑顔にかかった、逆光による黒い影。
両手でクローゼットの扉を開く、花梨先輩がそこに居た。
「ほら、美緒ちゃんが声を出すから見付かっちゃったじゃないか」
「悪いの私じゃないですよね!?」
「ほーら二人とも出た出た。今回もわたしの勝ちだね」
「あれ、もう皆見付かったのか?」
私、真澄先輩の順にクローゼットから出る。
正直ちょっとほっとしたのは言うまでもない。
「当然。寮じゃちょっと簡単すぎたね。次はもっと隠れやすい所をステージにしようか」
そして私たち二人を目の前に、満面の笑みを崩さず、すぅと息を吸い。
「ところで」
目が薄く開かれる。
「真澄、何してた?」
射抜くような黒い瞳が、真澄先輩を鋭く捉えた。
その視線が私に向けられた訳でもないのに、ぞくりとした感覚が背中を駆け、嫌な汗を背中と額ににじませてしまう。
「クローゼットを有効利用した、後輩との心温まるコミュニケーション」
「言い訳はそれだけ?」
「少し足の裏をくすぐって、首筋を賞味させてもらった。お茶目な悪戯心さ」
「よし、それだけか。それじゃあ今すぐ地獄へ行って更正するまで帰ってくんなこのド変態がぁッ!!」
ふっ、と真澄先輩の頭上に魔力が浮いて、何かを構成する動きを見せる。
・・・再度見えた電子レンジ型の重たい箱は、小物入れ以外の用途に使われましたとさ。めでたしめでたし。
【NEXT:TRUMP】
TO BE CONTINUED→
最終更新:2012年03月02日 01:34