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「ビンタの一つくらいくれるかと期待してたんだけどね」

白いマグカップを三つ抱え、真澄先輩が台所から戻ってくる。
台所といっても、寮の部屋に備え付けのものだから簡易程度のものだ。
とん、と軽い音を立て、床に設置された四角いテーブルに一つずつマグカップが置かれる。

「悪戯にしてもやりすぎです」

だって昨日は、本当に焦ったのだ。
真澄先輩はなんとも思わないんだろうけど、・・・うー。
負けてる気がする。
くやしい、が一番近い言葉なのだろうか?

「ご希望通り頬の一つ二つ張ってもいいよ、美緒ちゃん。あ、飲み物はオレンジジュース一択ねー」

この部屋の主、花梨先輩が2Lペットボトルのジュースを順番にマグカップに注ぎ始める。
街灯に明かりが灯って幾許か、午後8時。私たちは花梨先輩の部屋に集まっていた。
ジュースとお菓子、そしてプラケースに入った赤いチェックのトランプ。
白い正方形の机の上にのせられたそれらを順繰りに見る。見て、ふとベッドに視線を移す。
ピンク色の薄い毛布と白い枕が乗っていた。
・・・枕もとのぬいぐるみが滅茶苦茶に多いな。私もいくらか置いてあるが、これに比べれば可愛いものだ。
いや、ぬいぐるみは確かに総じて可愛いものだが。

「お菓子も開けてー、よし。準備完了!かんぱーい!」

マグカップをかちんと鳴らして乾杯。小規模なパーティが始まった。
スナック菓子とお煎餅と、ドライフルーツも少し。
飲み物はオレンジジュースの2Lペットボトルがニ本。
なぜオレンジのみにした。好きだから気にしない。

「それでは第三回キスババ抜き大会を始めます」

オレンジジュースを噴出しそうになった。デジャヴ。

「ゲーム名と開催回数のどっちに突っ込めばいいんですか!?」
「突っ込みどころが存在しないところかな?」
「それ突っ込む意味がないじゃないですか」
「花梨、そんな別段有名でもないライトノベルのネタ持ってこられてもわからないんじゃないか?」

元ネタあるのかよ!
突っ込みどころが増えた。

「あ、そうだ。ババ抜きって言ったけど、ルール的にはジジ抜きにも近い。確かに突っ込みどころはある」

花梨先輩がぽんと手を叩く。
突っ込みどころはそこじゃない。明らかにそこじゃない。もっと前半に目を向けてください。

「ルールは簡単」

プラケースからトランプを一枚取り、私に見せてくる。
・・・本来マークが数字の数だけ描かれている場所に、丸っこい文字で『手』と書いてある。

「3位が1位にキスをする。2位は見て面白がる。ある意味2位が勝者だね、2位にはご褒美もあげよう」

ルール解説が始まってしまった。
手。手にキスするってこと?まあ手ならさして激しく拒否しようとは思わない。
家族とのコミュニケーションの標準手段にハグとキスが織り込まれていた幼少時代を過ごした私にとっては、
多少の気恥ずかしさはあるものの、ゲームの一環と思えば割と受け入れられる気がする。

ええ、初めてのキスは母親でした派なもので。



「ジジ抜きと一緒で、最初にババとなるカードを一枚抜く。
で、決着がついたとき、1位の人のその部位・・・ババに書かれていた部位に3位がキスをする。
2位へのご褒美はー・・・わたしの持ってる食堂割引券を進呈で。ストック結構あるし」

簡単だね、と言いながらもう一枚カードを取り、花梨先輩がひらひらとカードを振る。
『額』。よかった。常識的な範囲の部位が書かれているみたいだ。

「あ、口はないから安心してね」

更に安心。これは普通に参加していいだろう。
王様ゲームなんかと同等のパーティーゲームだ。

「それじゃーはりきっていこー!」

ランダムに一枚抜いて、高速カード切り。流れるような手つきで3人にカードが配られていく。
そしてあっという間に配り終えられたカード群を裏返して手札に、

「ちょっ」

と待て。
7の太もも、2の耳までは相当恥ずかしいが、まあ枚数的に仕方が無いのでよしとしよう。
9がおかしい。眼球!?眼球って眼球!?あと8の頭皮ってなんだ。頭ってことか。
あとQが膝の裏。絶対されたくない。早くもこのゲームを降りたくなってきた。

ぱっぱとペアの手札を捨てる。・・・当然ながら伏せられて。
まだわからないカードもあるため、不安だらけにもほどがあった。

今のところわかっているのは、
2の耳、3の手、4の足、5の頬、7の太もも、8の頭皮、9の眼球、10の腕、Jの額、Qの膝の裏。

・・・残った手札は若干多め。
一番少ないのは花梨先輩で、5枚。

「美緒ちゃん、わたし、真澄の順番ね」

花梨先輩がこちらに向かって差し出す手札が、引いてくれとの意思を示す。
スイッチ入った目の色をした花梨先輩を前に、今更降りますとも言えず、ごくりと唾を飲み込んだ。

こくと頷き、引いたカードは6。
・・・首筋!?待て、昨日のトラウマが呼び起こされる!

私が驚いている間に、実に軽快にゲームは進みだす。
あっという間に私の番がまわってきて、えええええ脇!?Kが脇!?

駄目だこのゲーム!是が非でも勝つ・・・いや2位になる!
してもされても恥ずかしい!
というかどちらかといえばされる方が恥ずかしい!
とか言ってる間に花梨先輩のカードが一枚になってる。

「よっしゃ一抜けたー!」

早っ!でもされる側は免れた。
しかしするのも恥ずかしいので真澄先輩に死んでも勝つ!
どくどくと心臓が加速して、ただのトランプゲームとは思えない緊張感を私にもたらす。

「いい勝負だ」

勝負は順調に進み、真澄先輩の手元には二枚の札が残った。
残り一枚、7の札を残した私が、この二枚の札のどちらを取るか。
このターンで勝負が決まる可能性は、二分の一。
意を決して!

「えいや!」

2!ああ!

ババは2の耳だ。ここまで来ればわからない方がおかしい。
花梨先輩の耳にキス。ぐぅ、想像するだけで恥ずかしい。
真澄先輩は余裕の表情でカードを持っている。
後ろ手にカードをシャッフルする私を嘲るように。

「・・・勝負!」

右手に2、左手に7。

「はい」

そしてその緊張感を何事もないかのように僅か1秒で破り、真澄先輩は私の左手からカードを取った。



「さぁさぁ美緒ちゃん、どーぞどーぞ」

花梨先輩が嬉しそうにサイドの髪の毛を手で避ける。
これもしかして花梨先輩は何位になっても損しないんじゃないか?ていうか多分しない。
逆に私は2位以外では普通に恥ずかしいので損。私の馬鹿。何故このゲームに乗った。

「・・・し、失礼して」

しかし負けは負け。乗った以上はやらねばなるまい。
花梨先輩の肩にぎこちなく手をおいて、耳に唇を近づける。
清廉な甘い匂いが鼻をくすぐった。

「・・・・・・っ」

そして、軽く触れる程度に耳の縁に唇を押し当て、0.2秒でその場を離れて正座する。
は、恥ずかしい。

「あの、こ、これもうやめませんか」

両手で頬を覆い、すこぶるハイリスクローリターンなこのゲームの中止を提案。

「夜はまだまだこれから、ゲームは始まったばかりなんだよ美緒ちゃん」
「わーい、食堂割引券ゲットだぜー」

止められる訳がなかった。

「第二回戦ッ!」

カード切って配るまでの動作が速すぎ。よく見えない。

先の一戦で、カードの種類は全て把握した。
危ないのはAのお腹、6の首筋、7の太もも、9の眼球、Qの膝の裏、Kの脇。
眼球は最も危ない。恥ずかしいとかじゃなくて純粋に怖すぎ。

以下、2時間ほど続くこの勝負を一部抜粋してダイジェストにてお送りいたします。



【二回戦】

「お、僕が1位だ」
「なんだと!是が非でもわたしが負ける!」
「お願いします花梨先輩!」
「よっしゃ負けた!頭出せ真澄ー!」
「はいはい。ところで頭皮ってどうすればいいんだろうね?」
「ぢゅー」
「先輩先輩それキスじゃなくて吸ってますから!」
「唇くっつけてりゃセーフ!」
「花梨、あんまり吸うと僕ハゲるかもしれない」
「じゃあハゲろ!」

【三回戦】

「あああああ!どうして勝っちゃうの私の馬鹿ーーー!」
「真澄・・・ここからは生死をかけた争いだよ」
「受けて立とう」
「ちょやー!」
「はたー!」
「帰りたい!」
「やったー美緒ちゃんの脇ゲットー!ほーら美緒ちゃん脱いで脱いでー!」
「やーーー!!捲ります!袖捲りますからぁっ!」

【四回戦】

「眼球舐められたら痛いかな?」
「流石に眼球に噛み付くほどグロテスクな趣味してないし、舐め回すだけで勘弁してあげる」
「そうだなぁ、流石にそれは僕でも痛すぎて泣くかもしれないからな」
「そもそもなんで眼球なんてカード作ったんですか」
「元ネタに忠実にと思って」
(一体どんな小説なんだろう・・・)
「べろりー」
「あー、なんが目玉がしばしばするな。気持ちいいかも」
「じゅるじゅる」
「アリだなこれ・・・なんかドキドキする・・・」
「真澄先輩が目覚めちゃいけないなにかに目覚めた!」

【五回戦】

「美緒ちゃん、脱がなくてもいいから服捲ってくれ」
「くっ・・・」
「ううう、何故2位になったんだわたし!わたしも美緒ちゃんのお腹舐めたい!」
「趣旨変わってません!?」
「ん」
「ひうっ」
「れろー」
「うきゃああああああ!!わき腹はやめてええええ!!」
「まー美緒ちゃんの反応を見られるという点では2位もまあまあ・・・」
「よくない!全然よくない!!」

【六回戦】

「最っ高に無様。ほら早く足の甲でも指でもキスしなよ。舐めてもいいけど?」
「うわ・・・3位なのにこんな良い目見てていいのかな、僕・・・」
「兄妹として相当危険な領域に居ると思うんですけどそれでいいんですか!?」
「わたしと真澄はいつもこうだから別にー」
「そうそう、ん、あー、甲だけじゃなくて全部でもいいのかな」
「気持ち悪いから一箇所だけ」
「うわー、指にしておけばよかったな」
「早く次行きましょう!いやこれで終わってもいいですけど!」

【七回戦】

「ところで膝の裏ってどうやって舐めるんだ?立つとか?」
「だからこのゲーム舐めるって趣旨じゃありませんでしたよね!?」
「美緒ちゃん、その、ふふ、ああ笑いが・・・四つん這いになって頂けるとわたしは助かる」
「えええ!」
「だって足持ち上げたらパンツ見えるよ?」
「あっ、じゃあうつ伏せに」
「ロマンがないから却下!問答無用ー!」
「ていうかどっちにしろ花梨先輩からはスカートの中見えるじゃないですかーっ!」
「僕は紳士だから美緒ちゃんの正面に居る事にするよ」
「ふむ、水玉かー」
「ちょっとちょっと言わないでっ!!早く終わらせてくださいいい!!」



「・・・・・・10時になりましたね」

ぐったり。

3人とも、色んな所が自分以外の唾液でべたべただ。お世辞にも綺麗とは言えない。シャワー浴びたい。
花梨先輩も、床の拭き掃除をした方がいいんじゃないだろうか。

「まあまあ満足かな。結果発表!」

お菓子もジュースもすっかり無くなって、部屋の中はいかにもパーティーの後ですな感じになっている。
花梨先輩が、数学のプリントの裏にかかれた戦績を掲げた。
電灯の光で裏側が透けて見える。・・・32点。問題数からいって多分100点満点で。

「1位美緒ちゃん、2位わたし、3位真澄。とりあえずビリにデコピン」
「いてっ」

痛いという割には顔が嬉しそうだが。
・・・そうです1位です。そりゃもう疲れました。くったくた。
こんなに嬉しくないトップは初めてだった。

「んー・・・さて、片付けようか」

真澄先輩が伸びをして、マグカップを持って立ち上がる。
伸びをする姿はやはり黒猫を思い出させる。普通に上に伸びてるのに。

「真澄、洗い物よろしくー」
「えーと・・・ゴミ袋ゴミ袋・・・」

そんなこんなで。
思い出しても恥ずかしいパーティーゲームは幕を閉じる。
真澄先輩は、こんな遅くに堂々と女子寮玄関を使うわけにもいかず、窓から出て行った。
走っても暴れても無音にできるらしい。さすが音専攻である。

「シャワーいこっか、美緒ちゃん」
「そうですね、荷物まとめます」

シャワーを浴びた足で自分の部屋に戻ろう。
と思って上着やら鞄やらを纏めると。

「今日はここにお泊りなさい、お嬢さん」

そしてまだまだ夜は終わらない、終わってくれないのだが、それは語ることもはばかられるので割愛。
強制終了の看板を掲げよう、『とぅーびーこんてぃにゅーど→』と。


【NEXT:VALKYRIE】
TO BE CONTINUED→
最終更新:2012年03月02日 01:34