アットウィキロゴ
【六日目(金) VALKYRIE】

第三魔術学園には、学食の隣に小さな喫茶店がある。
調理部の生徒が、週に数回部活動としてやっているらしい。
ほんの4つしかないテーブルのうちの一つ、そこでショートケーキにフォークを入れる。
テーブル一つに椅子は4つ。花梨先輩と真澄先輩、そして私と透明人間。居ればの話。

「本日はゲームセンターに行きます」

100円硬貨で片目を隠した変則ウインクで、花梨先輩が活き活きとそう言い放った。
レモンティーに挿したストローを咥えたまま、とりあえずその続きを目で促してみる。
頼んだケーキはあと二、三口で食べ終わりそうだ。

「僕はいいけど」

ジンジャーエールを飲み干し、花梨先輩が続きを喋る前に真澄先輩が承諾した。
私が見た花梨先輩が真澄先輩に視線をやり、その真澄先輩が私を見る。視線リレー。

「私もいいですよ」
「よーっし、久々のゲーセンだー!」

私達の承諾を得た瞬間、花梨先輩が両の拳を突き上げた。
カードゲームやかくれんぼのような遊びだけではなく、電子的なゲームも好きなのだろうか。

「そういえば、美緒ちゃんが来てからは行ってなかったね」

残った氷を玩ぶようにグラスを傾け、真澄先輩が肘をついて笑う。
・・・私が来たのは一週間も前じゃないのだが。
普段からそんな頻繁にゲームセンターに足を運んでいるのだろうか。

「そーそー、まめに行かないと調子でないよー」

ここに来てから昨日まで、そして本日も絶好調に見えますが。

私はゲーセンにはあまり行ったことがない。片手で足りるくらいだ。
兄さんはよくぬいぐるみなんかを取ってきては私にくれたものだが、
私自身は未だにクレーンゲームを成功させたこともない。

「じゃ、このケーキ食べ終わったら早速ゲーセンね」

もふもふとクリーム塗れのスポンジを頬張り、上に乗っていたイチゴは皿に置く。
どうやらイチゴは取っておくタイプらしい。
真澄先輩はとっくに食べ終わり、またグラスを傾けて氷を眺めている。
私ももぐもぐ。あと一口。

「美緒ちゃんはゲーセン行くの?」
「んぐ・・・私はあんまり行った事ないです」
「へぇ、そっかー・・・」

あ、と真澄先輩が小さく呟いて目を軽く見開いた。
私の後ろに何かあるのだろうか?南雲先輩あたりが通りかかったとか?
とりあえず後ろを振り向こう

「クリームついてるよ」
「ああ、ありがとうございます」

と、思ったらペーパーナプキンで口元を拭われた。
子供みたいで少し恥ずかしい。

「・・・・・・」

注文した飲み物の他に、最初から置かれていた水のグラスを花梨先輩が手に取る。
花梨先輩のアップルティーはまだもう少し残っていた。

「真澄キモい」

そしてそう言うなり、真澄先輩の顔にその水をぶちまけた。

「ってええええええ!?」
「アップルティーをかけないなんて花梨は優しいなあハハハ」
「這い蹲って感謝しなよ」

空っぽになったグラスをテーブルに置き、棘を感じる笑顔で花梨先輩がイチゴを口に運ぶ。
その光景にぎょっとした店員さん、もとい調理部員がタオルを持って駆けてきた。

「行く前に着替えてもいいか?」
「うん。わたしも着替える」

片割れがびちゃびちゃのまま、二人は平然と会話を続けている。
哀れ、店員さん。私はそろそろ慣れました。



「気にしなくていいよ、どうせすぐに着替えるから」

渡されたタオルで水の垂れている部分だけを拭き、店員さんに笑いかけている。
店員さんが気にしているのは明らかにもっと別のところだ。

そうこうしている間に、全員の皿とグラスが空になる。

「えと・・・すごく美味しかったです」

未だにぽかんとしている店員さんに代金を支払い、喫茶店を出た。
学生がやっているだけあって、値段はかなり安い。

・・・いいなぁ、私達の学園にも喫茶店できないかなぁ。
春原先輩とかならきっと、料理も出来てウェイトレスも出来て・・・まあ正確にはウェイターなのだが。

「じゃ、着替え終わったら校門で集合ね」

女子寮前で真澄先輩と別れ、さらに階段で花梨先輩と別れた。
寮は上の階から1年、2年、3年。私は2年フロアの空き部屋に一週間入っている。
やはりここも全寮制で、高等部女子寮の隣には中等部女子寮があった。
ドアを開ける。

第三魔術学園の寮の部屋は、人数が少ない分ほんの少しだけ広い。
といっても、私は長期滞在する訳でもないので備え付けの家具以外はほとんど何も無く、がらんとしていた。

そして今更思いつく。
わざわざ重い荷物を抱えて歩いてこなくても、魔法陣にしまえばよかったじゃないか。
本当に今更過ぎる後悔をして、中身の少ないクローゼットを開いた。

脱いだ制服の上着をハンガーにかけ、服を吟味。
赤いブロックチェックのスカートを手に取る。
シャツはこのままで、ネクタイをスカートに合わせた赤にして、などと考えると楽しい。

生まれ育った環境から服飾の知識は多く、自分で作ることも多々ある。
人形に服を作ってあげるのと同じくらい、私は着る服を考えるのも好きなのだ。

うん、靴下も変えよう。
椅子に足を乗せて、黒いニーハイソックスの端を引き上げる。

ネクタイをつけて、姿見の前で一回転。まあまあ。

「よっし」

小銭入れをポケットに入れて、靴を履く。
ぬいぐるみの一つくらい、取れたらいいんだけど。



ガラスの自動ドアが開くと同時に、建物の内部から騒音が流れ出す。
自転車の籠に乗せて散々砂利道を走った後の炭酸飲料を開けるくらいの勢いだ。

私同様、私服に着替えた先輩二人の後についていく。
二人はゲーセンには慣れている様子で、『なにからやろうか』などと軽い会話を交わしていた。
・・・しかし、本当に賑やかだ。すぐ後ろに居ても、二人の声は微かにしか聞こえない。
それに、普段見ないものばかりで、ついきょろきょろと周囲を見回してしまう。

「花梨、いつものゲームは?」
「あー、どーしよっかな。やっちゃうかー」

にやりと口端を吊り上げ、花梨先輩がゲーム機の所へ歩いていく。
先端の丸いレバーと平たいボタンのついた、格闘ゲームの筐体。
そこにはすでに先客が居り、周囲にはギャラリーまでいる。

「・・・おい、あれ・・・」

一人の青年の視線がこちらの方を向いた。
・・・というより、花梨先輩を見ている。

「ヴァルキリーだ」
「こんちはッス」
「黒髪のヴァルキリー、ほら、昨日言ってた・・・」
「おい、席譲らなくていいのか」

・・・なんだ、この光景は。
筐体の周囲に集っているギャラリーの視線が一斉に花梨先輩に集まる。

「やめてよ、その恥ずかしいあだ名」

薄っぺらい笑顔を貼り付けて、花梨先輩は筐体へと歩み寄る。
プレイヤーの二人は、萎縮した様子になっていた。

「あの、席を、」
「いらない。こういうのは負けたほうが交代ってのが常識だしね」

プレイヤーの一方が席を譲ろうとするのを花梨先輩が断った。
減っていく画面上の数字を指し示し、近くのスロットコーナーの椅子にどかっと座り込む。

「真澄先輩、これは・・・」
「常連なんだ。ここのゲーセンに来る奴なら大概は知ってるよ。
未だ負けは無し、ついたあだ名は黒髪のヴァルキリー」

喧騒の最中に似つかわしくない落ち着いた笑みを浮かべ、真澄先輩はそう言った。
私の知らない世界を知った感じだ。
筐体の周りは緊張を保ちながらもまた元の状態に戻り、二人の青年が対戦を続けている。

「わたしは好きじゃないけどねー、その名前。馬鹿みたいにダサいし」

花梨先輩自身はあまり気に入っていないらしい。
まあ、遊びに来るたびにそんな中途半端にかっこいいような気がしなくもないあだ名で呼ばれるのはなぁ。



「空いたね?」

こつ、とかたいソールで床を叩き、花梨先輩が椅子を降りた。
画面に『YOU LOSE』の文字が映った筐体に近づくと、そこに座っていた青年はそそくさと椅子を空ける。

「・・・ところで、どうしてそんな名前になったんですか?」

完全にギャラリーもとい脇役A、いやFぐらいに成り下がった私は、脇役らしい質問を真澄先輩にした。
先輩は黙って腕を組んで花梨先輩を見ている。
架空の世界で戦ってるし、戦乙女といえば戦乙女なのだが。
まあ黒髪は見たままだ。

「見てればわかるよ」

真澄先輩はそれだけ言って、目で筐体を指し示す。
どうやらゲームが始まったらしかった。

キャラクターセレクトの画面には、キャラクターの顔が入った小さな四角がびっしりとならんでいる。
その数は多いと思う、多分。私がよく総一郎とやっていた某乱闘ゲームより多い気がする。

花梨先輩が一つの四角にカーソルを合わせると、右側の方に鎧を着た金髪の女性の絵が表れた。
その下には『VALKYRIE』と表示されている。
ヴァルキリー、ワルキューレとも。読み方のパターンは色々あるが、話の流れからしてヴァルキリーだろう。
気のついたのは、女性の髪形だった。
花梨先輩と同じように、長い髪を下方で緩く結んだアンダーテール。
それと、軽装の鎧の隙間から見える猫の耳と尻尾も。

「ボッコボコにしてやんよ」

可愛らしく唇の端を舐め、獲物を狙う仔猫の目で画面を捉える。
150cm程度の小柄な体躯から放たれる美しい威圧が、ゲームセンターの空気を変えた。

ああ、と声を吐くぐらいに私を納得させる理由が目の前に転がって、眉間の辺りをつつく。
横スクロールの画面上部中央、試合開始までの時間を告げる『1』が『0』に変わった。



ゲームスタートの瞬間、双方レバーを倒す音がしたような気がした。
小さくがちゃがちゃというような音を聞いて、画面の中を見る。
細かいドットで描かれたキャラクターが、目で追うのも忙しい動きでなにかを繰り返している。
攻撃なのはわかる、ガードも混じっているだろうか。
しかし私には何が起こっているかほとんどわからず、ただただ画面の中を見るだけだ。

細く柔らかい指が軽い動作でレバーを動かし、平たいボタンが流麗な打鍵のように叩かれる。
周囲のギャラリー、私を含めた観衆の中の何人かが、自らの友人と共に実況を交えた感想を小さく言い合っている。
今までに感じ得たことのない空気と熱気に自然と汗が浮き、手のひらが強張った。
時間を言語化できず、ただ普段の何倍もの速さで目の前の時間が過ぎ去る。
これほどに、あっという間という言葉の似合う場面もないほど―――HPゲージが残り僅か、赤い色を示す。

「勝ったな」

花梨先輩がにやつきながらそう言った。

「ああ」

それに返す真澄先輩の様子を見て、ギャラリーも私も、対戦相手も少し、笑った。
真澄先輩は、肘をつくテーブルが無いのを空々しく残念がった。

そして、いくらなんでも早すぎやしないかというほどに早く、決着はついてしまったのだ。
対戦相手が椅子から立ち上がって、花梨先輩の横に来る。

「いやー、やっぱ強いっすね。悔しいなぁ」

口では悔しいといいながらも、スポーツ観戦をする子供のような、興奮の混じった感動がその声から感じられる。
花梨先輩は笑顔で二言三言返して、すぐに席を立った。

「誰か使っていーよ」

・・・周囲がちょっとどよめいた。
真澄先輩がくすくすと口元を抑えて笑っている。

「元々今日はここでは遊ぶ予定はなかったから。・・・あっ、変なあだ名は金輪際禁止だからね!」

ギャラリーには顔見知りも多いのか、友人に対するような態度で声を飛ばしながらこっちへ歩いてくる。
冗談じゃなく、花梨先輩は友達100人居るんじゃなかろうかという気がした。

「いこ、美緒ちゃん」
「いいんですか?あれ」

私の背を押すようにして、花梨先輩が歩を進める。
肩越しに見た筐体の椅子にはまた人が座って、銀色の硬貨を入れていた。

「わたしがいいって言ったんだからいいんだってば。ほら、真澄も一応連れなんだから早く」
「はいはい、只今ー」

脇役Fに成り下がった私が思うことは、ゲームセンターも案外いいなということと、その他諸々。
真昼も白昼もいいところ、薄暗い壁にかかる時計は、まだ遊び足りなさを告げていた。



花梨先輩は、ゲーム性のない、いわゆるくじやルーレットは好きではないらしい。
そうなると後はレースゲームやもぐらたたき、クレーンゲームなんかが残る。
残ったゲーム性の高いゲームのうちの一つ、私が最も難しいと見るのは音楽ゲームだった。

ひときわ大きい音がでるからか、音楽ゲームはゲーセンのはじっこにひとつのコーナーとしてまとめられている。
音楽や歌声が入り混じるそこで、真澄先輩はポケットから硬貨を一枚出し、黒っぽい色の筐体に近づいた。

それは大きな画面がついていて、どうやらドラムセットのような物がくっついている。
横に傷だらけのスティックが一対置いてある所を見ると、というかそれを見なくても、どう見てもドラムを叩くゲームである。
結構大きいし、なんかいっぱいついてるし、ドラムの経験がある人じゃないとできなさそうに見える。
下には足で踏む・・・なんて言うんだろう、ペダル?ペダルみたいなのもついてるし。難しそうだ。

「見られてると恥ずかしいから、別の所を回っててくれないか」

先輩は、硬貨を握ったままそのスティックを取って、少し照れるような、困ったような顔をしている。

「それ、やるんですか?」

真澄先輩はこくりと頷き、私たちがこの場を離れるのを待っているらしいそぶりを見せる。
正直興味は拭いきれないが・・・見られたく無いと言うなら、無理に見るのは失礼だ。

「真澄、どれくらいやる?」
「人いないし、3回くらいやりたいかなあ」
「ドラムだけで?」
「ドラムだけで」

ええー、他のもやるんだ。

「却下。どんだけ真澄に付き合わせる気?」

ばっさりと切り捨て、『各1回』とだけ言い残して花梨先輩が歩き出す。

「じゃあ、またあとで」

笑顔を了承の代わりとし、真澄先輩は投入口に硬貨を入れた。
その向こう側に、ギターを模した分厚い何かを持ち上げる青年が見える。
はい、またあとで。
そう答え、私は花梨先輩の後をすぐに追いかけた。



「ほら、また取れたよ美緒ちゃんっ」

クレーンゲームの取り出し口から、胴の長い熊のぬいぐるみを取り出す。
かれこれ何分になるのだろうか。
花梨先輩は、連戦連勝でクレーンゲームのぬいぐるみを取りまくっていた。
・・・苦笑いを隠そうとする店員さんからさっき受け取った紙袋が重い。

「すごいです・・・そろそろ袋いっぱいになっちゃいますよ」

そしてまた増えるぬいぐるみ。

「まーまーいい時間だし、次で終わりにしようか」

一度立ち寄っていくつかのぬいぐるみを取ったクレーンゲームの筐体を指差す。
脇役Fから袋もち係Aという微妙な出世を果たした私は、ただ頷いてそれに付き従う。
ぱたぱたと靴を鳴らしてかけよって、流れるような動きでスムーズにコイン投入。
これでもかという食いつきようでクレーンを操作する光景もすでに慣れている。

「あれまだ取ってないよね・・・っと・・・よっしゃ、きたきたー!」

矢印の描かれた、すこし色のくすんだボタンを迷い無く押して操作。
まもなく黒い猫のぬいぐるみを緩くつかみ、クレーンが手前に戻ってきた。

「・・・・・・」

ぽとり、とぬいぐるみが取り出し口へ落ちる。
まじまじと花梨先輩が取り出したぬいぐるみを眺めていると、つい笑みが漏れた。

「この猫、花梨先輩に似てますね」

ちょっと釣り気味のぱっちりした目、小さくてふわふわした体、
綿の詰まった元気な弾力感、手の先にくっついた爪。
なんとなく、イメージが重なって笑ってしまう。

「可愛いです」
「そうかな?・・・てれてれ」

わざわざ口で言いながら照れる演技をされる。
じゃあ真澄先輩を迎えに、といいかけた所で、景気のよさそうな電子音がなった。

「あっ・・・」

何事かと見てみると、残りプレイ回数が一つ増えていた。
隣にあった円形に並んだランプの中心には、『ルーレットであたりが出たらもう一回!』と書かれている。
話している間にルーレットが回って、しかもあたりが出ていたんだ。

「先輩、ラッキーですね」

嬉しそうに頷いて、もう1プレイ。
・・・しようとした花梨先輩が、手を止めてこちらを見た。

「ね、せっかくだから美緒ちゃんもやりなよ」
「えっ・・・いや、私はこういうの下手だし、できたことないし・・・」

手を前に出し、遠慮の姿勢を示す。
ほんとに取れたことないし。

「ルーレットで当たったからタダだし、だめもとでもやってみなよ。ほら、袋貸してっ」

なかば奪うようにして私から袋を受け取り、プレイを促す花梨先輩。
・・・ここまできたら引けないか。ノリと雰囲気は私に『引くな、進め』と言っていた。



「・・・じゃあ、失礼して・・・」

とりあえず品定め。
すぐに青いイルカのぬいぐるみが目に入ったのでそれにする。
ぬいぐるみの山の表層にあり、位置的にも取りやすそうだし。

「どれ?」
「あの、青いイルカ・・・」

透明な壁に手をついて、花梨先輩が中を覗く。
イルカを指差すと、先輩は腕捲りのような真似をしてこちらに向き直った。

「頑張って」

とん、と背中を軽く叩かれ、人差し指をプラスチックのボタンに乗せる。
最初は横に。

「わ・・・っ」

予想外に動きが早くて、慌てて手をボタンから離してしまった。
慣性の法則にしたがって、ぷらぷらとアームが揺れている。

「ナイス美緒ちゃん!横位置ばっちりじゃんっ」

・・・結果オーライか。

「よ、よし・・・次は・・・」

次って、次は縦しかないんだけど。
上半身を伸ばして、斜め横から中を見る体勢になる。
さっきのスピードを思い出して、シュミレート。
このクレーンゲームは、他のと比べてかなりクレーンの動きが早い。
これはもはやクレーンゲームではない。
規定の位置でボタンを離すタイミングゲームだ。

という表現はちょっと大袈裟。でも早いのは本当。

いける、と心の中で呟いて、ボタンを押した。
指が緩くくっついたようにボタンを押し続ける。

「ただいまー」
「わー!」

突然頭を撫でられる感触に驚いて、指がボタンから離れた。
慌てて振り向くと、相変らず機嫌のよさそうな、朗らかな笑みの真澄先輩が立っていた。
花梨先輩も一緒に振り向いて、二言三言、言葉を飛ばした。

「せんぱ・・・」

おかえりなさい。びっくりさせないでください。私の・・・
私の、ぬいぐるみは?

ごとん、とプラスチックがぶつかるような安っぽい音がした。



「真澄とハサミは使いようって感じだよね」
「僕はハサミよりも使えるよ、使い方がよければ」

ゲームセンターの喧騒の森を抜けると、都会の音も静かな空き地のようだ。
それくらい、人の声、電子音をはじめとしたあらゆる音、熱気、気持ちに満ちた空間だった。
大きな袋を抱えた花梨先輩を中心に、三人で並んで歩く。

なにもかも計算されていたかのように、私はイルカのぬいぐるみを手に入れた。
私の目算ではほんの少しだけ、アームがいきすぎてしまっていただろう。
真澄先輩に驚かされた事が結果的に功を奏したのだ。

「えへへ・・・」

腕の中に抱いて、その姿を眺める。
柔らかな青い生地の上に、光を反射する黒い瞳が埋め込まれている。
おなかの白い生地はとてもふわふわで、ずっと触っていたいくらいだった。
今すぐ兄さんに電話をかけて自慢したい。私もできたんだって。

「・・・」

ふと気付くと、花梨先輩が私の顔を見ていた。
奥の真澄先輩もだ。
ちょっと顔が緩んでいただろうか。慌てて表情をしゃきっとさせる。
・・・しゃきっとなったかは、鏡を見ないとわからない。

「な、何か変な顔とかしてました?」
「いや・・・それ、気に入った?」

イルカを指差し、穏やかに尋ねられる。
私もその指先を追うように、腕の中に抱いたイルカを見た。

「はい、すごく」
「そっかぁ」
「初めてクレーンゲームで取ったぬいぐるみだから・・・」

家の大きなイルカの横に並べてみたい。そう思う。
実家の私の部屋にあるイルカのぬいぐるみは、ずっと前に水族館で買ったものだ。
かなり大きいので、こっちには持ってきていない。
夏と冬の長期休暇は実家に帰るが、その時にも寮へ持ってこようとは思わなかった。

あのイルカは、私の街の私の家に、私の部屋に居たほうがいいような気がして。
私が持ってきたあの時の思い出は、今も携帯に繋がるくたびれたストラップだけだった。

「初めてだったんだ」

花梨先輩を隔て、真澄先輩が声をかけてきた。

「やったことは何回かあったんですけど、取れたのは初めてです」
「よかったね」

簡潔で、それでいて暖かな言葉が送られる。
真澄先輩は変な人だが・・・とても変な人だが、優しいと思う。
話し方だとか、笑い方だとか。

「真澄はどうだった?」

ぬいぐるみの話もしつくした頃、今度は真澄先輩に話が振られた。
そういえば、一緒にいなかったのでプレイ中の様子は見られなかった。

「フルコンボまでもう少しだったなぁ」
「いくつ?」
「2」
「うわ、惜しい」

話の内容はよくわからない。
でもきっと凄いに違いない。
確信にも似た不確かな予測を見ながら、私たちは暮れはじめた日の中で学生寮へ帰っていった。



夜。
今夜も花梨先輩の部屋で、お菓子の袋を開けていた。
真澄先輩は楽器がどうとかで少し早めに部屋へ戻り、今は私と花梨先輩の二人だ。

「真澄先輩、楽器やってるんですね」

音専攻なら確かにやってない方が意外かも知れないが。

「まともにやってるのはヴァイオリンくらいだよ。他の楽器は、ただ弾けるだけだし」

まともにやっていると弾けるの違いはよくわからないが、
演奏が出来る上でまた何か違いがあるのだろう。
好きな楽器であるとか、幼少から習っているとか。何かしらの理由が。

「それにしても今日は大漁だったなー」

ふんふんと鼻歌を歌い、ベッドの上に置かれていた袋をがさごそと探り始めた。
ゲームセンターで取ったぬいぐるみがいっぱいに詰め込まれている。

「あったあった。美緒ちゃんっ」
「はい・・・わっ」

いきなり何か投げられる。なんとかギリギリの反射神経でキャッチ。
私は運動神経も悪ければ反射神経も悪い。取り落としそうになった。

手の中に収められたのは、花梨先輩に似ていると思った黒猫のぬいぐるみだった。
これがどうして私に渡されたのかわからず、首を捻る。

「美緒ちゃんにあげる。持っててよ」
「え・・・そんな、でも、これ先輩が取ったやつじゃ」

ワンコインで鮮やかに取った、とても可愛いぬいぐるみだ。
大きな釣り気味の目が愛らしい。

「わたしだと思って、美緒ちゃんに持ってて欲しいんだ。似てるって言ってくれたでしょ」

袋からこぼれたぬいぐるみをつめなおして、花梨先輩がベッドに腰掛ける。
覗き込むような瞳で私の持ったぬいぐるみを見て、私にも視線を移す。

「もう、明後日には美緒ちゃんは居なくなっちゃうから・・・
そしたら・・・あ、絶対遊びにいくけど・・・わたしのこと考える時間、きっと少なくなる。
毎日じゃなくてもいいけど、わたしのこと考えて欲しいから・・・だから、持ってて」

足先をくすぐったげに動かして、花梨先輩はそう言った。
赤くなった頬に手の甲をあて、すぐにその手を下ろして掛け布団を握る。
その照れくさそうな笑顔につられて、私も同じように笑った。

「・・・もちろんです、見るたびに、先輩の事思い出します」

一週間もない、こんな短い時間の間に。
私は確かに、私が好きになった、私を好きになってくれた友人を得たことに喜びを感じた。
弾力を確かめるように、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

「ちなみにわたしは、美緒ちゃんフィギュアを机の上に飾って、それを見て思い出す」

感動的な気持ちが一気に崩れると共に、私も古典的なギャグ漫画のようにずっこけた。
なんてこったい。

「ま、まだ持ってたんですか!?」
「あれをすてるなんてとんでもない!」
「いや捨ててくださいよ!」
「でも人形捨てるのってなんか嫌じゃない?」

それはものすごーくわかる。
人形を捨てるなんて聞いただけで悲しくなっちゃう人形師の性。
皆、人形は大事にしてね。どうしても捨てなきゃいけないときはちゃんと供養してからね。
ってそんな話じゃない。

「じゃあ消せばいいじゃないですか!元は魔力なんですし」
「嫌ったら嫌。美緒ちゃんが服の一着でも置いていくって言うならそっちにするけど・・・」
「もっと駄目です!!」


【NEXT:EXTRA STAGE】
TO BE CONTINUED→










喫茶店シーン別ルート


「クリームついてるよ」
「ああ、ありがとうございます」

と、思ったら指で口元を拭われた。

「ん」

真澄先輩はクリームのついた指先を少しだけ眺め、何の気なさげに口に入れた。

「・・・えぁっ!?」

何の気なさげに口に入れた。大事なことなので二回言いました。
口をもう一度開いて真澄先輩に物を言おうとする。
それとほぼ同時に、花梨先輩が立ち上がった。

「・・・・・・」

注文した飲み物の他に、最初から置かれていた水のグラスを手に取る。
そしておもむろに店内の製氷機から出した氷を投入、更にピッチャーで水を満タンにして戻ってくる。
そろそろと水を零さないように歩き、静かに元の席に着いた。

「帰れ」

そしてそう言うなり、素敵な笑顔で真澄先輩の顔にその水と氷をぶちまけた。
一瞬にして周囲は水浸し、出来立ての氷ががつがつと真澄先輩の頭と顔に当たる。

「ってええええええええええ!?」
「ありがとう、丁度もう少し冷房効かせてくれないかなって思ってたんだよ」
「乙女ゲーもどきのキモい行動してないで早く部屋に帰れ、ゲーセンにはわたしと美緒ちゃんの二人きりで行く」





あれ?人数が減った
最終更新:2012年03月02日 01:34