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【七日目(土) EXTRA STAGE】

【FIRST PART】

頭上に怪鳥が飛んでいる。

現状を完結に一行で表すと、まるで私達が異世界にでも迷い込んだかのようだ。
三行に増やそう。

ここは山の中だ。
今は昼だ。
頭上に怪鳥が飛んでいる。

五行に増やそう。

ここは山の中だ。
もっと言うと林の中だ。
今は昼だ。
頭上に怪鳥が飛んでいる。
ここは何処だ。

「完っ全に迷子ですね」

つまり、私達は山中で遭難一歩手前の状況下にある。
頭上には魔物と思しき怪鳥がひっきりなしに飛び、赤信号が灯りっぱなしだ。
どうしてこうなったという言葉すらも浮かんでこない。
ただ、私たちは山中の林の中で迷い、得体の知れぬ怪鳥のせいで帰る手段も制限されているのだ。

「どうかな、僕でも焼き鳥にできるような鳥ならいいけどさ」
「一匹みたら三十匹って言うじゃん」

細い道を、三人縦に並んで歩く。
先頭を行くのは、ざくざくと雑草と土を踏む花梨先輩だ。

「一匹焼き鳥にしたら、絶対晩御飯が焼き鳥フルコースになるかわたし達がご飯になるかの二択だって」

そもそも一匹ですらない。
木々により狭まった空には、見た限り三匹、四匹。
あれが無害な魔物であるとの保障もなければ、一匹に危害を加えると蜂のように群れて襲ってこないとも限らない。
私には、圧倒的多数対一で空中戦をやるような能力はないのだ。
せめてもっと視界がよければアリエスなりなんなり、地上で戦う方法もあったというものだが・・・

「遭難したときって、動かない方がいいんだっけ?」
「らしいですね」

真澄先輩はあまり焦るような様子もなく、普段通りに歩いている。
遭難した時は、体力の消費を抑えて助けを待てばいいと世間一般では言われている。
しかし先頭を歩く花梨先輩が立ち止まらないので、その後ろの真澄先輩、さらに後ろの私も止まらない。

「わたし達が何処に行くのか、誰かに言ってるならね」

花梨先輩が足を止め、肩越しにこちらを見る。

「わたし達がこの山に来ていることは、わたし達しか知らない。待ってたって助けは来ないよ」



そもそも、どうしてこんな事になったのか、というとだ。

最初はただの遊びの提案だったのだ。
『向こうの山奥に、とても綺麗な花畑があるから見に行こう』という、休日らしい案だった。
随分とメルヘンチックな休日だが、悪くない。
花梨先輩は一度行った事があるらしく、案内役を買って出た。

空を飛べるのは私だけで、二人は人を乗せて飛べるような召喚獣などは持っていない。
ヴェルムに複数人乗せるのは無理なので、山のふもとまではバスに乗ることになった。

無論、山についてからは徒歩。
徒歩といっても魔術師だ。それなりに楽をしながら山を登る事は出来た。
私はレヴィーヌに乗って低空飛行。
そして二人はというと、どちらも大きなミミックの上に乗っていた。
華美な宝箱の形をした二体のミミックは、そっくりで見分けがつかない。
じっと口を閉じたまま、空中より数cmほど浮いてすいすいと移動していた。

「ミミックを召喚獣として持ってるのは珍しいですね」
「そう?割とメジャーな魔物だと思ったけど」
花梨先輩がミミックの箱の装飾、金の模様の上をなぞる。
金色の細かな模様の所々には、宝石と思しき色とりどりの石が埋め込まれていた。

「使役してる人は初めて見ました」
「実は僕も、花梨と僕以外には見たことない」
「じゃあ、わたしたちって個性的?」
「個性的です」

宝箱に載って空中浮遊。これがシュールというものだろうか。奇抜だ。
花畑とは程遠い、土と草と木に彩られた道をかきわけるように進む。
近くで虫の声がする度に肩が小さく跳ねた。

虫は嫌いだ。
見ただけで、不快感と恐怖を交互に塗り重ねるような感覚に怖気が走る。
つまりとっても怖いのだが、周囲の友達の話では、私は自力で虫を退治できているらしい。
しかしあまりそういった覚えはない。必死で追い払っているからだろうか?疑問は尽きない。

「あ、そこの木を抜けたら到着だよ!」

少し開けて、木に囲まれた場所に出る。
向こうには道のようなものが見え、花梨先輩がそこを指差して声を上げた。



季節が外れていたのだろうか。

最初の感想はそれだった。
木に挟まれた小道を抜けた先、広がっているのは先ほどまでと大差なく緑の生い茂る景色だった。
無論、花など見当たらず。

「あれ・・・?おっかしーなー・・・確かにここだったはずなんだけど・・・」
「・・・花梨、道を間違えたんじゃないだろうな」
「うっさい、ここのはずなんだってば。前だって、さっきの場所からの道を通ったんだから」

どうやら、花梨先輩の記憶ではここが確かに花畑だったらしい。
確かに、多少開けているようには見えるが・・・ここが花畑となり得る場所には思えなかった。
奥にはまだ小道が続いている。

「一旦戻りましょう、もしかしたら、さっきの場所に違う道があるかも」

微かによぎる不安を振り切るように、踵を返す・・・と言っても歩いてはいないのだが。とにかく、後戻りする。

「・・・ない」

すぐにさっきの場所に出るが、めぼしい道らしきものは見当たらない。
草が伸びて覆われてしまったのだろうか?

「・・・ここまでは、合ってる・・・と思うんだけど・・・」

花梨先輩の声が少し自信を失って地面に転がった。
頬を掻いて苦笑する姿に、兄の癖を思い出す。
私も同じ癖があると両親は言うが、自分ではどうにもわからない。

「じゃあ、さっきの所から道なりに進んでみましょう。一本道ならまたここにも戻ってこれます」
「そうだな・・・花梨の思い違いじゃないとも限らないし。分かれ道があったらまた考えよう」
「んー・・・おかしいなぁ・・・」

全員の心に、少しずつ不安が滲んだと思う。
けれど、会話は途切れる事なく続いた。一点の曇りのような、その不安を払拭するために。

そのまましばらく歩いていると、分かれ道・・・らしき所に行き当たった。
どうしよう、と真澄先輩に視線を移す。

「降りよう。三人で歩けば嫌でも道に跡がつく。万が一迷ったら、それを辿って戻ればいい」
「・・・ご飯粒じゃ道しるべにはならないね。おにぎりじゃなくパンをもってこればよかったなー」

それではまるで、ヘンゼルとグレーテルのようだ。
闇を抱えた童話が脳裏を過ぎる。
フィルに持たせた食料に、パンを入れなかった事を悔やんだ。
基本的に、それなりに保存の利く物しか持たせないのだ。飴玉や乾パンではすぐに尽きる。

「・・・行こうか」

左に歩き出そうとした真澄先輩を止め、花梨先輩は右へ歩き出した。

「こういうとき、人は左を選びやすいんだってね」



そして、現在に至る。

頭上に魔物が飛び交い、歩いているうちに少しずつ道を見失い―――
気づけば、焦り始めた花梨先輩を先頭に、ひたすら三人で道をかきわけていた。

「遭難になっても、数日間生活できるだけの備えは一応ありますけど・・・」

キャンプできる程度の物はフィルにもたせている。
水もあるし、缶詰めが大目だが食料もある。
そのお陰か、少なくとも私はそこまで深刻な不安を背負わずにすんでいた。

「くっそー、ここまで来たら絶対あの花畑見ないと帰れないっ」

花梨先輩が早足になる。
不安と焦りが意地をかき立てたのだろうか。

「あんまり慌てると転ぶぞ・・・あ」

真澄先輩が言い終わると同時、花梨先輩の身体ががくんと落ちた。

「先輩っ!」
「あっ・・・ぶなかったー」

地面に手をつき、膝を擦り剥いたり身体をぶつけるのはなんとか回避できていた。
手のひらの汚れを払い、花梨先輩が立ち上がる。

「・・・石畳?」

花梨先輩が下を向いてそう呟いた。
確かに、地面には古い石畳のようなものが見える。
これにつまづいたのか。

「へぇ」

興味深げに、息を吐く声が聞こえた。

「花畑よりロマンがありそうだ」

視線を上げた先で、木の陰に隠れるように、苔と蔦に覆われた石壁が立っていた。
古びて地面に溶けかけた石畳が作る道は、その後ろへと続いている。

「予定変更も悪くないんじゃないか?」

壁の向こう側を覗いて、真澄先輩が言う。
私と花梨先輩も、黙ったまま同じように壁の向こう側を覗く。

石壁に囲まれた道には、天井がある。そしてその奥に、ひんやりとした闇があった。

「仕方ないなぁ」

少し弾んだ声で、花梨先輩が先陣を切った。
石畳を踏み鳴らす音が、冷えた闇をふるわせる。

魔法陣からフィルの手だけが伸び、私に懐中電灯を手渡した。
・・・どうやら私も、好奇心に負けてしまったようだ。



好奇心は、期待を産む。
けれどそんなに都合よく、映画のような洞窟に辿りつけるわけもなかった。

「なーんもないね」

懐中電灯で、ひたすら真っ直ぐな道を照らしながら歩き続けて、何分経っただろうか。
花梨先輩が、歩きながら伸びをした。

「こうね、こーゆー所ってのは遺跡を守るボスみたいなのが居るんだよ。
古代文明ってやつ。ゴーレムとロボットを足して2で割ったみたいな」

身振り手振りを交えながら、大袈裟な語り口で仮想を話す。
そして角を曲がるとラスボスだった。

・・・もう一度言うが、角を曲がるとラスボスだった。

「そうやって安易にフラグ立てるのやめようか、花梨。回収しちゃっただろ」
「古代文明じゃないじゃん」

部屋の真ん中に居るあれはボスとしては不十分なんだろうか。開いた口が塞がらない。
二人は、驚きを通り越して逆に冷静になっているようだ。

角を曲がった所には大きな部屋があった。馬鹿みたいに広く、恐ろしく天井も高い。
遥か遠くに光の点が見える。あそこが天井だろうか。
だがしかし、問題はその部屋の中心に竜っぽい生き物が寝ていることだった。
驚愕で足が棒のようになったがなんとか踵を返す。

「引き返しましょう」

寝ていたのなら幸い。死んでも起こすわけにはいくまい。
ここはきっとこの竜の棲み処なのだろう・・・起こした挙句教われたりしたら最悪だ。
だって勝手にお邪魔したこっちが100%悪いじゃないか。言い訳無用だ。

「某野球アニメの最終回もびっくりの急展開っぷりだね」
「いや、日本放送ナントカには負けるな」

冷静って言うか表情が凍りかけてた。
私も結構引きつってるんだろうな。
とりあえずなるべく静かに、三人で来た道を引き返そうとする。
引き返したかったのだが。

「お待ちなさい、あなたたち」



背後から、男なんだか女なんだか、いや多分男であるが妙にくねったような声が聞こえた。
これは例えるならそう、

「フィーバーの方の骨に似ている」
「あ、それです」

真澄先輩に10ポイント。くるっと振り向いた。
くるっと振り向いたら竜が起きてたので、背筋に針金埋め込まれたような感覚に襲われた。

「アタシの家に土足で上がり込んどいて、謝りもしないってどういうつもりかしら」

白い鱗に黒い眼の竜が、歯並びのよい(と表現していいのか?)牙を見せながらそう言った。
女っぽい言葉遣いだが、おそらく男・・・いや雄か。
・・・つまり俗に言うオネエ言葉ってやつなのか。
なんにせよ、途端に恐怖が薄れたのでちょっとありがたかった。不安は微塵も消えてないが。

「いや、普通土足だしこんなとこ。靴下に泥つくし。真澄も美緒ちゃんもそう思うでしょ」
「お黙りなさい、生意気言うと食べるわよ」

そんな言葉遣いでも少しぞっとした。慌てて取り繕いにかかる。

「違うんです、私たち、道に迷っただけで・・・」
「お花畑探してたら竜に会うなんてメルヘンだね」

二人がマイペースすぎて私がおかしいんじゃないかと思い始めた。

「お花畑?・・・あぁ、あそこのことね。行こうと思っていける場所じゃないわよ、あんなところ」

白い竜が首を軽く捻り、呆れたようにそう言った。

「え?いや、わたし、前に来た事が・・・」
「普通の人間があそこに立ち入れる時間は限られてるのよ。
半年に一度くらいかしら?ま、つい三日前に過ぎてるけど。その時はラッキーだったのね」

ふふん、と竜が笑う。
その前で花梨先輩が口をぽかんと開け、「マジで?」とか呟いていた。

「それで?あなた達の用事はそれだけ?」
「あ、いや・・・私達、山を出て帰りたいんですけど・・・」

花畑がないというなら、残念だがこの山に居る意味はなくなる。
二人の顔色を伺ってから、竜に向かってそう言った。



「あら、ただで帰してもらえるなんて思ってるのかしら」

竜の黒い瞳が私たちを鋭く捉える。
交換条件かなにかか、と脳が勝手に最悪の解を避けた。

「わたしはただで帰れると思ってる」
「ただで帰れたらいいなあ」
「ちょっとちょっと先輩方」

この人たちに帰る気はあるのだろうか。
逆に煽って楽しんでいそうで怖いが、余裕綽々というようにはとても見えない。

「ただで帰れるわけないじゃないの、考えが甘いわよ」

鼻で笑われた。
案の定ただで帰してくれる気はないようだ。

「でも帰れないと困るんです、本当に・・・勝手に入ったことは謝ります、だけど・・・」

なるべく怒らせないように、といっても何が琴線に触れるかなんて予測不可能だ。

「そーねぇ・・・」

しかし竜は思案する様子を見せてくれる。どうか多めに見て、許してくれないだろうか・・・

「じゃあ、こうしましょ。あなた達がアタシと戦って勝てたら、案内してあげてもいいわよ。
ただし勝てなかったら・・・アタシのご飯になるわね。ちなみに断ってもアタシのご飯よ」
「選択の余地を与えてくれると嬉しいね」
「不法侵入者にそんな権利あると思ってるのかしら」

どちらにせよ戦いは避けられないものとなった。
こちらは3人、向こうは1匹。
いくら種族の差があるとはいえ、勝率の無い勝負じゃない。
勝手に入っておいて何様だという感じだが、ふっかけられてはいたしかたない。

「オーライ、受けてやろーじゃないの」
「捕食は趣味じゃないので、抗わせてもらう事にするよ」

加えて、二人は完全にやる気だ。

「私、故郷に家族と親友が待っているので」

ならば私も、戦おう。一時間後には沈みそうな台詞を吐いて、足の指先に力を込めた。

「賢竜オニキスの棲み処に来るだなんて、とんだ命知らずだわ。
この山の辺りじゃ、知らない方が珍しいってものよ」

白い鱗に覆われた体が起き上がり、鋭い爪と大きな翼が蠢く。
体長はどれくらいあるだろうか。縦の長さだけなら、私の5倍はありそうだった。

「けんりゅう?なんか建てるの?」
「それは建立(こんりゅう)」
「あ、私この辺の人じゃないから・・・」
「ってなんで誰も知らないのよッ!!」



【SECOND PART-1】

遥か上の天井から注ぐ光を受けて、白い鱗が浮かび上がる。
その光が、いつの間にか地下まで潜っていた事を教えてくれる。
ひたすら真っ直ぐだと思っていたが…言われて見れば、やや傾斜はついていたかもしれない。
オニキスは値踏みするような目でわたし達を眺め、翼を揺らめかせた。

「・・・・・・・・・」

誰も喋らない。オニキスのツッコミを最後に、洞窟内に沈黙が降りる。
それを最初に破るのはこのわたしだ。

襟に手を突っ込み、砂時計のペンダントを引っこ抜くように取る。
指先でそれを宙に弾いて、手を伸ばす。
砂時計から伸びる二本の鎖が弧を描き、光の梁を渡した。

光が十字と弧の重なった図形をかたどってわたしの手へ。
そして霧散する光の中から現れるのは、銀の装飾も美しい、黒檀色のクロスボウ。
握った引き金の傍についた砂時計には、砂が満たされている。

『オブリビオン』。忘却の名を冠する、わたしの相棒。
十字弓の呼び名に嘘は無く、その十字の体の先端で、喰らわんとする獲物を捉える。

わたしを振り向く美緒ちゃんを視界の端に映しながら、オブリビオンの背中を指先ですっとなぞった。
指先の動きに合わせて弦がきりりと引かれ、光の矢が番えられる。

この間、僅か4秒。

「先手必勝!」

オニキスの額目掛けて光の矢を放ち、行方を見届けぬうちにまた弦を引く。

「ふんっ」

馬鹿にするように鼻で笑い、オニキスはその白い翼の先で矢を弾く。

「この程度だなんて言わないわよね」
「当たり前でしょ。早く来なよ」

もう一発。また翼で弾かれる。
真澄がヴァイパーチェインの鈴を弄び、美緒ちゃんは警戒した様子で立っている。
体に纏う魔力が濃くなっているな。

「アタシは優しいから、苦しむ間も与えないであげるわよ」



めき、と膨張した木の割れるような音が響く。
オニキスの鱗が、侵食されるようにまだらに黒くなり、目の前で目まぐるしく変質を始めた。
黒く、鋭く爪が尖り、牙がむき出しになる。
体中から、幾何学模様のように黒い結晶が発生し、歪なシルエットを作りながらその巨体を覆っていく。
筋肉だろうか、堅い鱗の下の肉が波打ち、体躯が増したように見える。
なんだなんだと見ているうちに、先ほどまでの白い竜の姿は無く、そこには黒い細工物のような巨大な『なにか』がいた。

「いきなり第二形態とか」

怯まない。
第一形態の過程をすっ飛ばしたところでなんだというのだ。
むしろ余計な体力を消費しないで助かる。
美緒ちゃんはかなり驚いた表情をしているようだが。驚いた顔も可愛い。

「はりきりすぎだから!」

矢を三本同時に番えて、放つ。
同時に、空間を歪ませる透明な音の刃が私の斜め上を飛んでいく。真澄だ。
走り、地を踏み抜き、オニキスの足元へ走る。

地を震わせる低い唸り。先ほどまでのふざけた(ように聞こえる)台詞はもう吐かない。
結晶がぱきぱきと構築されたと思うと、その結晶が針のように飛んできた。飛び道具は予想済みだ!
先ほどよりも大きい矢を番え、目の前に向かって放つ。
それはわたしに迫った結晶と邂逅した瞬間に炸裂し、結晶を砕く。
そのまま走り、足首に数発打ち込んだ。
結晶と結晶の隙間に楔のように光の矢が刺さる。どうだ、ダメージは通ったか。

「っ!!」

影がわたしに落ちた。それを感じた瞬間に横へ飛んで地面を転がる。

「っぐ!」

石が背中に刺さった。予想外のダメージだ。
顔を上げると、オニキスの手が足の矢を払った所だった。
ちゃんと効いてるな。攻撃中ともなると、先ほどのように軽々と弾くことはできまい。

「美緒ちゃん、大丈夫!?」
「はい、平気です!」

美緒ちゃんは得意の防御でしっかりと身を守り、状況を読んでいるようだ。
実はわたし達はあまり頭の方がよくない。参謀役に期待しよう。勘には自信あるんだけどな。

「なら安心っ」

足元を重点的に狙い、なんとか紙一重の所で避けながら矢を打ち続けていく。
少しずつでも確実にダメージは蓄積する。第三形態がありませんよーに。
さて、あっちに居る馬鹿はどうかな。



「いってー」

その馬鹿は見事に砂埃まみれになっていた。しかもさっきより遠くで。吹っ飛ばされたな。

「真澄ぃ!もっと気合入れろぉ!」

弦を引いて馬鹿に向かって叫んだ。
オニキスが腕を振り下ろし、黒い爪が地面を穿つ。
直撃はさけているものの、衝撃による振動や飛び散る石、土、そして絶え間無く飛んでくる結晶の針。
これによって少しずつわたし達は傷ついていく。

「気合入ってるよ」
「嘘吐け」

明らかに身が入っていない。わたしや美緒ちゃんよりも大分見た目がボロい。

「先輩、上!」

美緒ちゃんが叫び、わたしの頭上に向けて腕を掲げる。
わたしを貫こうと雨のように振ってくる結晶群が、突然現れた楕円形の水の球に飲み込まれた。

「お返し!」

そして大きな物でも投げるかのように、掲げた両腕を振り下ろし、結晶を巻き込んだ水球をオニキスに向けて放った。
水球が翼に弾かれ、勢いを失った結晶と水飛沫が飛び散る。

「ありがとねっ」

そうとだけ言って、矢を放つ。
美緒ちゃんの緊迫しながらも気丈な笑顔が見えた。ああ、可愛いなあ。
これは出会った時からだが、わたしは美緒ちゃんの『外側』に恋をしている。

わたしは人の顔と体にしか恋をしない。
無論、友達として美緒ちゃんの性格は好き。でもそれは恋慕とは別。
『恋する乙女』のわたしは美緒ちゃんの姿をしてさえ居れば中身はどうでもいいのだが、
『美緒ちゃんの友達』のわたしはそれを許さない。
これがアンビヴァレンスというやつだろうか?薄い引き出しから、よくわかってない言葉を引っ張り出す。

性別は、結構どうでもいい。昔からわたしは真澄と同じ人しか好きにならない。
男女関係なく被るのだ。男同士とか女同士とかそれ以前の問題な気がしてならない。
気味が悪いくらい、真澄とは思考がダブる。

「っとと」

考え事をしていたら服の袖が結晶の針に破かれた。危ない。
今は戦いに集中しよう。



「くっ…」

マズいな。ジリ貧まっしぐらだ。
しばらく拮抗した戦いを続けていたものの、疲労で次第にこちらが劣勢になってきた。
しかし、わたし達の力はオニキスの予想を遥かに上回っているはずだ。
なぜなら、『苦しむ間』があるのだから。

美緒ちゃんは完全に防御に回った。
結晶の針による攻撃を、3人分防御してくれている。
お陰で攻撃はできくなっているようだが、その分わたし達が攻撃に集中する事ができる。

…しかし、わたしの攻撃にはひとつ弱点がある。
オブリビオンについた砂時計。その中に満たされていた砂は、目に見えて減っていた。
今もオニキスの身体に刺さるあの矢は、魔力を必要としない。
この砂時計の中に溜められた『時』を使うのだ。
それは、時間の流れが生み出すエネルギー。砂時計は、それを少しずつ透明な体の中に蓄積する。

(このままじゃ持たない…美緒ちゃんの準備が整うまでは…)

そしてそれは、時間の経過でしか蓄積されないもの。
攻撃を続ければ、いつか尽きる。また、時が溜まるまで待つしかない。
ドラゴンに電子レンジなんか投げても意味ないし。

もう一度弦を引き、頭上を見上げた。
地上の木の根が、そこかしこから足を出してこの空間の上空部にひしめいている。

「真澄!」

一番ボロくて、だけど元気な真澄に声を飛ばす。
こちらは向かない。けどわたしの声を聞いている。絶対に。

だって、わたしと同じように上空を見上げたから。

「終わったら下がれ!あとは僕がやる」

真澄の声は、少しだけ震えていた。

頷きもせずに私は指に、手に力を込める。
わたしを穿たんとする爪が、水の壁で軌道を逸らされてわたしの横の地面に突き刺さった。

「木偶の坊が、邪魔してんじゃねえーーーーーッ!!」

今までのどれよりも細く長い光の矢を番え、オニキスの黒い体の隙間を縫って空へと放つ。
それは正しく『時』の速さ。光陰矢の如し。
空気の淀みを切り裂くように、雲間の太陽のように。

砂時計の中が揺らめいて、砂が爆発するように消えていった。



【SECOND PART-2】

花梨の矢が飛んだのを『聞いた』。
僕の目は一般的な人間の目であって、時の速さを視認できるような目ではない。
だけど『音』はわかる。一度の発射で無数に放たれた細い光の矢が、空気を切り裂く音が。

「潰されませんよー、にっ!」

花梨の考えはわかった。あとはちゃーんと避けるだけ。
美緒ちゃんはまだ『準備中』だけど、3人分の防御も並立できている。心配ない、と信じたい。

それにしても、傷が熱い。
擦り切れた皮膚から、快楽の熱が滲み出している。
気持ちよすぎて頭がボーっとしてきたら死ぬので、なるべく頭の方で冷ましていくことにする。

僕は痛みが大好きだが、死ぬのは勘弁だ。

どうしてと聞かれれば、死んでしまえば、痛みも苦しみもわからないから。
身体につけられた傷や痛みは、僕に対する他者や世界からの『干渉』だ。
僕が他の生命と繋がりを持っていること、この世界に生きていることを実感させてくれる。
痛みこそが僕の生そのものであり、この身体を快楽に震えさせる最たるものなのだ。

戦いに勝利した後に、この傷から滲む痛みをゆっくり味わうのを想像するとゾクゾクしてくる。
調子いいぞ、僕。

「さーて、そろそろかな」

頭上に張り巡らされている木の根。
花梨が狙っていたのは、壁から突き出した木の根の、その根元。
光の細い矢が木の根に刺さっているのが見える。数え切れないほど。

時を操る花梨だからできること、それは。

「ひっさああああああつ!」

結晶の針をかわし、汚れだらけの服を払い、土の混じった唾を吐いて花梨が叫んだ。

「根っこアターーーック!!」

戦いを続けるうちに、僕らほどではないが疲労の色が見えてきたオニキス。
その上空に、軋みが響く。生命の朽ちる音が。

その動きは、妙にスローモーションに見えた。
ゆっくりと根元から腐り、その先端を地の底へ向ける木の根たち。
歪んだ槍が、オニキスに降り注がんとして、今。



黒き竜、オニキスが叫ぶ。轟音を立て空間を揺らし、木の根が降り注ぐ。
大半は身体の大きいオニキスに直撃し、残りのオニキスの身体をすりぬけた小さい木の根は僕らにも届いた。

「花梨っ!美緒ちゃんの近くに行け!」
「言われなくても行くっ!真澄こそ自分の身は自分で守ってよね!」

合点承知。
いくらドラゴンといえど、巨木の根が高くから振ってきたのが何度も直撃したのだ。
下手な魔術とは比べ物にならない、圧倒的な重圧の暴力。
ググ、と呻く声が響く。目を合わせれば竦みあがりそうな竜の瞳が揺れた。

――時を操るからできること。
それは、『時間を進める事』だ。
木は生命。生命には時があり、寿命がある。
オブリビオンは、蓄積した『時』を使って、その矢で貫いたものの時間を急速に進める事が出来るのだ。

ここが地下で、そして森の中でよかった。
花梨は木の根の根元部分の時を、朽ちるほどの未来へ持っていった。
確認はしていないが、オブリビオンの砂時計にはもう雀の涙ほどの砂しか残っていないだろう。
…砂時計がまた砂で満ちるまでには、何年かかるだろうか。

「先輩!」

視界の端、美緒ちゃんの目の前に壁のように浮かぶ、書きかけの大きな魔法陣が見える。
着実に、準備は進んでいるみたいだ。その青い光の後ろで、花梨は膝をついていた。

「わたしは、大丈夫…詠唱、続けて…」

消耗が見て取れる。圧縮された膨大な時を操るのには、やはりそれに見合うだけの体力が要るのだ。
息を整え、花梨は美緒ちゃんに『準備』の続きを促した。
そして、鋭い子猫の瞳で、僕に時間稼ぎを命令する。

ああ、言われなくても。

ちりん、と鈴を鳴らし、ヴァイパーチェインを軽く揺する。
頭を重々しく振るオニキスの目を見た。やっぱり体は竦みそうだった。

「戦闘は向いてないんだけどな」

震える体と裏腹に、僕は笑む。
これはもう変えようのない性質であって、へらへら笑ってんじゃねーよと言われても困るのだ。言われないけど。



ぐああ、って感じだった。
オニキスの声が。

とりあえず接近して気を逸らそうと地面を蹴った瞬間、そんな声と共に僕は横に吹っ飛んだ。
ちらりと、オニキスの鋭い爪とごつごつした手が見えた。
だから向いてないって言ったじゃないかー。

「でも結構、平気なんだよね―――ッ!!」

だが無傷!防御が間に合ったのは、奇跡だったかもしれない。

僕はオニキスにブン殴られる直前、音の魔力を限界まで圧縮し、僕の体を音の壁で覆ったのだ。
触れた瞬間に振動で死んでしまいそうな、濃密すぎる音の壁で。

その振動はオニキスに少なからず伝わってくれたようだ。
ビリビリと、オニキスの体表面が振動するのが、地面を滑る僕の耳に届く。

「っかは、っ…ちょっとは効いたか…?」

この魔術は、至近距離も至近距離、超至近距離にしか展開できない。
これだけの音を圧縮するとなると、遠距離では厳しいわけで。

カウンター技だけど、僕もかなりダメージを受けるからあまり使いたくない技だ。
いやー、別に痛いのはいいんだけどね。どうしても動きは鈍っちゃうんだよなぁ。

しかし今は生死の境と言ってもよいレベルでピンチなので、そんな事は言ってられなかった。

まだまだこれからだよ。
くたくたの身体に鞭打って、飛び跳ねるように起き上がり、咆哮。

「――っ、らああああああああっ!!」

普段の僕からは、花梨以外誰も想像できないほど荒々しく声を上げた。
同時、渾身の力を込めて鈴を地面に叩きつける。

『―――――――――――――――――』

リィンと、澄み切った音。僕の声を吸うように巻き込んで、音の奔流が空間に溢れる。
ぐらりと地面が揺れ、ぱらぱらと壁の表面が崩れるほどに世界が震えた。



…世界が止まったようだった。ザ・ワールド。なるほどじゃない方な。

身体が破裂しそうな振動が、抉るようにオニキスを飲む。
伝わる、大気の震え。

共鳴するように、お互いの身体の中を振動が巡る。
身体が動かない。僕がこの振動波を支配する限り、僕もオニキスも、音に身体を支配され、一歩の歩みも許されない。

僕がここで絶えず振動を制御することで、僕とオニキスの間で音が延々と反射しあい、音の支配は解けない。
信頼できる仲間が居なければ成立しない、僕の全力を注ぐ切り札。

(あとはよろしく、ってことで)

もちろん味方に攻撃を当てるようなヘマは、『今度こそ』いたしませんとも。

視界の左隅に写る、少女二人を覆う薄いドーム状の音の膜。
その向こうで、完成された大きな魔法陣と、そこに両手をかざす美緒ちゃんの姿が見えた。
準備、完了か。

『ありがとうございます』

彼女の唇は、そう動いたような気がした。

できれば、君の声が聞きたかったよ。僕は君の声が好きだから。
僕は人の声にしか…おっと、この後は割愛。

ああ、悪いね。僕は花梨と怖いほどよく似ているから。
是非とも、そっちの頭の中を参照しておいて。



【SECOND PART-3】

そこに音は無かった。

音の奔流が支配する世界から隔離されたここで、私は最後の準備に移る。

ここでなら、防御のために外界に向けていた魔力と意識を全て、この指先に乗せられる。

静かに息を吸った。

心に描いた紋様を、青い光がなぞる。

少しずつ、途切れ途切れの詠唱をして、少しずつ、それを組み立てていく。

目の前に、私の描いた魔法陣。私の心を映すような、激しくも静かな青い燐光。

暖かい光。準備完了を示す拍動。

そして、起動の合言葉。


「…Le chevalier de la marionnette」


しなやかな白い指が、燐光の紋様に波を立て、現象する。

生命なき少女の姿が。

光を紡いだような銀糸の髪を揺らしながら。

『やっと出してくれた』

そんな呟きが聞こえる気がした。

私が微笑めば、彼女も微笑む。

「頼んだよ」

そっと手をとって、指先を絡め、離す。

愛しさを込めて、唇を開く。

喉を震わせて、私は呼ぶ。


―――Fearless<恐れ無き者>、その名を。



横にいる花梨先輩の息を飲む音が聞こえた。
何か見出したように、擦り傷のついた口元を僅かに上げている。

「ずいぶんと可愛い勇者様だね」

生命の危機の最中でも、そんな冗談めいた言葉が聞こえてきて、私は少しだけ安堵した。

「悪いドラゴンを倒すのはいつだって素敵な勇者様って決まってるもんね」

強い瞳だった。音の壁の中で、花梨先輩の声がやわらかく反響する。

「さあ、その勇者様はどんな形の聖剣を振るうのか」

花梨先輩から視線を外し、前を見た。真澄先輩とオニキスが微動だにせず向かい合っている。

「『わたしたち』に見せてよ、美緒ちゃん」

その言葉に私が力強く頷くのと、フィアレスが地を蹴るのは同時だった。
瞬間、フィアレスの手の中に剣が宿る。
白銀の刀身、金の柄、フィアレスの瞳と同じ群青の石がはめこまれた、装飾細緻な鍔。
光の粒子を切っ先で散らし、低空を飛ぶ燕のように、音の壁へと刃を振るった。

裂かれた音の壁から、振動が漏れ出す。
私は咄嗟に意識を自分の手に戻し、ドーム状の壁を作った。
水の壁は激しく震え、今にも消散してしまいそうだ。

「あー疲れた」

どさりと、膝をつく音がした。
それと同時、いや、それより少し前。音の支配が解かれたのが、水の壁の様子でわかる。

地面に座り込んだ真澄先輩の横を過ぎ、フィアレスはその先へ走っていく。

「へえ」

その様子を眺めて、ぱたりと真澄先輩は横になる。
そして彼もまた冗談めかして、こんな言葉を言うのだった。

「ずいぶんと可愛い勇者様だね」



開放されたオニキスが、頭を振り、腕を動かし、感覚を取り戻そうとしている。
この隙を逃してなるものか。意識を尖らせ、さらにフィアレスを走らせる。

届いた射程圏内。地を這う燕の軌道が、白銀の粒子を散らして舞い上がった。

「―――――――」

声にならない声の咆哮に空間が唸る。生き埋めになるビジョンが一瞬見えて、冷や汗が背を伝った。

咄嗟に剣に向けてかざしたオニキスの左腕が、だらりと力なく垂れた。
竜の瞳に一縷の狼狽が現れる。

「動かないよ」

成る丈声を大きく上げて、オニキスに告げた。

オニキスは耳を傾ける姿勢を見せた。
フィアレスが剣を降ろし、しかし視線は外さないままそこで立っている。

「その腕はもう生きてない」

この魔術が、その白銀の剣先で刻まれた以上は。

人形に使われる術式。『他者が操る』ことを目的としたその術式を、武器を媒体として一瞬で刻み込む。
その術式は意思と力を全て捻じ伏せて、生命を人形に変えてしまう。
『他者に操られるモノ』へと変えてしまうのだ。

生命無き物を操る人形師は、何よりも真摯に生命と向き合う。
生命を与える立場として、絶対に軽んじることのできないそれに。

だからこの魔術は、ただ自由を奪うための魔術ではない。

人形師である私にとっては唯一、『生命を奪う』魔術だと言えるのだ。



低い唸り。この姿では、オニキスは声を発さない。発せないのだろうか。
右腕を構えるのが見えた。戦闘再開か。

「こうなったからには絶対負けられない」

だから、もう終わらせる。
二人もかなり傷を負ったし、私の魔力も限界に近い。

風を巻き込むようにして、オニキスが腕を振りかぶった。
魔力の流れを感じた。何か、来るかもしれない。
それよりも早く。速く。お願いだから、届いて欲しい。

フィアレスが跳んだ。ありったけの魔力をこめて、空中に躍り出る。
届けと念じて、その腕へと刃を振るった。


「とりあえず、休んでからだね」

「そうだね」


先輩二人の声が聞こえた。

ぴたりと、一瞬で花が凍りついたような。
そして、それが地面に落ちるような感覚を味わった。
時間が止まって、またすぐに動き出す。

白銀の軌跡が黒い腕を討った。左腕と同様にまた、右腕も力を失う。

「はぁ…はぁ…」

冬の冷たい空気の中に、白く熱い息を吐き出すようだった。

オニキスがうなだれる。脚、首と狙っていけば、時の流れで朽ちるのを待つだけの人形になるだろう。
黒く侵食されきった土地から水が捌け、白い砂になるようにも見えた。
そんな風に、オニキスの身体は凶暴な様相を消し、白い竜の姿へと戻った。

「…負けたわ」

久しぶりに、そのくねった声を聞いた気がした。



「ここまでやった人間は久しぶりよ」
「…」
「殺しなさい、出来るでしょう」
「…」

フィアレスを隣に戻して、彼女…いや彼の姿を見た。
私も先輩達も一様に、口を閉ざす。

「楽しかったわ」
「…ぁ」
「ねえ」

唇をひらきかけた所で、花梨先輩が声を上げた。

「お前、もうわたしたちを襲わない?」
「先輩…?」
「だったらなによ…つまらない情けでもかけるつもり?」

鼻で笑うように、オニキスが短い息を吐いた。

「違う。足になれってこと」
「…あー」

真澄先輩が納得したように笑った。

「わたしたち超疲れてるの下山も大変なの、ってゆーかお前が疲れさせたんだし、
麓まで足になってもいーんじゃないの?てゆーかなれってこと」

たたみかけるように、疲れた体から声が出る。
つい、私も笑ってしまった。

「…面白い人間ね、アンタたちは…」



腕はだらりと下がったままでも、背中の翼で空は飛べるらしい。
それなりに弱ってはいるが、流石はドラゴンという所か。
木の間を縫い、山を滑るように下っていく白い竜。
私達三人が乗ってもその背中は尚広く、そして硬質だった。

「あまり目立つ所に姿は現したくないわ」

黒い瞳がきょろりと動く。

「ふーん、じゃああの林の辺りでいいよ。ご苦労ご苦労」
「調子乗ってんじゃないわよっ」

よきにはからえ、と目を細め軽く背を反る花梨先輩に、投げるような呟きが飛んだ。

「美緒ちゃん」
「…なんですか?」

夕闇に瞬き始めた星を見ていると、真澄先輩に声をかけられた。
一応戦闘後に私が残った魔力で応急治療をしたものの、服は傷つき汚れたままだ。

「悪かったね、大変なことに付き合わせて」

花梨先輩に似た、猫のような黒い瞳が私を見る。
薄い微笑みと静かな声が、ひんやりとした風の中で届く。

「いえ、いいんです。私こそ、もっと頑張れれば…もう少し傷も少なくて済んだのに」
「はは、充分だって。美緒ちゃんが居なきゃ死んでたさ」
「そーそー。わたしたちって、本来は戦闘方面の魔術師じゃないし」

…言われてみれば、確かに直接ダメージを与える強力な攻撃魔術は見えなかった。
最も打撃となったのは、洞窟の壁から突き出した巨木の根だったし。
私が術を完成させる時も、真澄先輩は攻撃ではない方法で時間と隙を作ってくれた。

「私も、ほんとは攻撃って苦手なんです」

最後に使ったあれだって、攻撃するための術じゃない。
物を人形化する技術を元にした術だ。

「ねえ、あれってどういう仕組みなの」

花梨先輩が、興味の光を宿した猫の目で、私の顔を覗き込んだ。



シーリングライブ。私が最後に使った魔術は、そういう名前がついている。

生物の体から生命を奪い、人形に変える魔術。

私達人形師は、無生物に命を吹き込む魔術師だ。
人工の生命、作り物の生命を創りだす魔術師だ。

だから私達は、生命というものを重んじる。
与える立場だからこそ、創り出す立場だからこそ。

命の危機に瀕した時だけ、使うことを許される魔術。

「―――という風に、対象の部位を人形化するんです」

二人に、魔術の簡単な仕組みを説明した。
人形師の魔術は、人形師以外には複雑すぎる。

「へえ…」

楽しそうな顔で、二人は私の話を聞いていた。
その二人の雰囲気と私の意識のギャップが、風を少し冷やした気がした。

「アンタたち、もう着くわよ」

気付けば、もう麓近くの林だった。

「ありがとう」

口々に軽く礼を言い、私達はオニキスの背を降りた。



「じゃあ、アタシは帰るわ。もう会う事もないでしょうけど――久々に楽しい戦いだったわ」
「こっちはそんな余裕なかったよ。死ぬかと思った」
「僕も割と死ぬかと思ったよ」

和解(と言えるのかどうかはわからないが)してしまえば、案外やり取りはフレンドリーなものだ。
さっきまで自分たちの命を奪おうとしていた相手とは、とても思えなかった。
…喋り方のせいもあるかもしれない。

「あ…待って!」
「何よ」

翼を羽ばたかせ始めたオニキスを、慌てて止めた。

「腕の術、解くから、少し待って」

三人、正確には二人と一匹が目を丸くした。

「本当は…あんまり使わない方がいい術だから…
…もう私達に敵対するつもりがないなら、解いても…いや、解かせて欲しい」

先輩達は、黙って私を見ていた。
察したのだろうか。私の、この術に対する意識を。

「…好きにしなさい」

オニキスは目を閉じ、翼を休めた。

「…ありがとう」

そして私は、二度目の礼の言葉を口にした。


【NEXT:HALF AFFECTION】
TO BE CONTINUED→
最終更新:2012年03月02日 01:34