国境近くの寂れた寒村。
公共の交通機関などもちろん無く、僅かな村人が農業や狩猟で生計を立てていた。
貧しいながらも、住人たちはお互いを思いやり、暖かい村社会があったという。
冬は寒さが厳しいが、春には草花が咲き乱れ、夏には緑が美しく生い茂る。
秋ともなれば、山は豊富な食料を実らせる。
食用になる動物も多く、対立する国家間の国境近くということにさえ目をつぶれば、そこはある意味理想郷であるといえた。
「それがどうしてこうなった…」
土方は両手に構えた巨大な自動拳銃を乱射した。
本来の専用弾では威力がありすぎるため、今はツテから仕入れた.50 Action Expressと呼ばれるマグナム弾を使用している。
それでも、クマを倒せる最低限の威力を持つ弾薬としてデザインされた.44マグナムと比較して、弾頭重量でおよそ1.5倍、初活力で約2倍の威力を誇る。
たとえアンデッドとは言え、ゾンビ程度なら十分過ぎる。
打ち出された弾丸はその威力を余すところ無く振るい、敵をミンチにしていった。
どちらの国からも無視されているようなさびれた村であったのが不運だった。
そもそも、空から以外では動力付きの乗り物ではたどり着けないような辺鄙な村だ。
徒歩で時折郵便物などを届けていた商人が発見したときには、すでにこの村は滅びていたらしい。
大地は負の生命力に汚され、瘴気に蝕まれた木々はどす黒く染まり、住民たちが笑顔で行きかっていた道には、腐敗の進んだ死体たちが立ち尽くしていたという。
本来ならば、軍隊でも派遣し調査するべき事件なのだが、村の立地条件が何処までも悪かった。
大量の人員を送り込むには地形が悪く、どちらの国が軍を出すにも情勢が微妙すぎる。
そこで、原則として中立である魔術協会にお鉢が回ってきた所を、そこそこの戦闘力を持ちつつ、切り捨てても惜しくないペーペーと言う事で土方をねじ込んだらしい。
仕事の内容としては、ゾンビ発生原因の究明、できれば殲滅、というわけだ。
視界内のゾンビがすべて動きを止めたのを確認してから、弾倉のイジェクトレバーを操作。
銃身の下半分が割れるようにして分離する。とあるゲームの銃と同じギミックである。
腰に装備したウェポンラックが展開し、そのカバー内に銃身を挿入すると自動的に新しいマガジンが装着された。
「あー、すんません。取り合えず終わったんですが…」
足元の塹壕に向かって声をかけると、その中からひょこっと、何処かまだあどけなさを残した顔立ちの女性が顔を出す。
「もう平気ですか、ビーストさん?」
きょろきょろと頭をめぐらせると、金のショートヘアがさらさらとなびいた。
「見える範囲は」
もたもたと塹壕から出るのに手間取っているので、手を貸して引き上げてやる。
白い肌と青い瞳。大柄な土方よりは頭ひとつ分ほど背が低い。
ふっくらとしたスタイルに野戦服とブーツを身に着け、さらにその上から土方と同じ軍用の対刃対弾繊維のオーバーコートをまとっている。
女性はおっとりとした所作でパタパタとオーバーコートの土ぼこりを払い、改めて周囲を確認して、地上の惨劇に眉を寄せる。
この女性は、マーガレット。勿論、コードネームだ。
光属性の魔術の使い手で、
死霊魔術に造詣が深いことから今回の調査の相棒として他国の協会から派遣された、と本人の談。
マーガレットは倒れた一体の死体に近寄って、軽く祈りをささげてからその体をあれこれと調べはじめた。
その間、土方は銃を手に周辺を警戒する。初夏のせいで腐敗が早く、あたりは死臭に包まれて鼻が利かない。視覚と聴覚、そして魔術的感覚が頼りだ。
「首筋に痕はなし… ウィルスや薬物反応も検知できず。そしてこの残留魔力、死霊魔術<ネクロマンシー>による動死体に間違いありませんね」
マーガレットがもう一度祈りをささげてから立ち上がった。
一口にゾンビと言っても、これまた多種多様な原因や種別が存在する。
例えば、古戦場などにとどまった怨念や妄執により自然発生するもの。
これは、生者の命の光と熱を羨み、集ってくるパターンが多い。が、ここは通常の村落である。このパターンには当てはまらない。
次に、グール(食人鬼)と呼ばれるもの。
吸血鬼の犠牲者であったり、邪悪な存在の信徒が死亡後堕ちたりなど、肉を喰らうことを目的とした怪物。
前者は首筋に傷跡があり、後者は基本的には増えない。
さらに、ウィルスや薬物が原因のもの。
これは意外と厄介で、街ごと爆撃したら、飛散した灰のせいでさらに汚染が広がったなどと言うこともあるほどだ。
しかし、これは検知されなかった。
そして最後に、もっとも厄介なもの。
それが死霊魔術師<ネクロマンサー>による、クリエイトゾンビだ。
創造されたゾンビに噛まれた生物はゾンビとなり、無限に連鎖していく死者の軍団へと成長していく。
多少の損壊などものともせず、疲労もない。
ある程度の戦闘力があるのならば、対抗は容易いが、被害者がそのまま敵になる。
さらに、その背後の死霊魔術師もかなり手強い。
「ここまで、か。オレ達だけじゃ危険すぎるな」
死霊魔術師の相手をするに当って危険な所は、ビカム・アンデッドにより不死者化している場合があることだ。
良くても神祖と呼ばれる強力な吸血鬼に。
最悪の場合、不死者の王<ノーライフキング>と呼ばれる存在に。
特に後者の場合は、なかばアストラル化していることもあって物理攻撃ではかすり傷さえ付けられない。
さらには強大な魔力を持ち、数々の邪悪な魔術を行使するという。
ここは速やかな撤退が良策といえるだろう。
「生き残りが居ないかだけ、確認しましょう…」
マーガレットがつぶやく。常識的に危険すぎる判断なのは自分でも分かっているのだろう。
表情は硬くこわばり、言葉尻に力がない。
しかし、怪訝そうに見つめる土方に、今度は強い意思を込めた瞳で見つめ返して断言した。
「電気が通ってないのですから、地下貯蔵庫があるはずです。万が一の可能性ですが、もしかしたら逃げ込んだ人が…」
「なんだ、それw」
ぷっと土方が吹き出す。
「な、何がおかしいんですか?!」
マーガレットはむっとした表情を浮かべて土方をにらみつける。
反対されることは予想をしていたが、まさか笑われるとは思っていなかった。
「いやいや、OKOK。行くかw 地下貯蔵庫って何処にあるんだ?」
くすくすと楽しそうに笑う土方を、マーガレットは不愉快そうに睨みながらも、告げる。
「どの家庭にもあるかもしれません。一軒づつ、当るしかないと思います…」
「了解。虱潰しに行くかーw」
それからの土方の行動は実も蓋もなかった。
「ノックしてもしもぉ~し!」
力いっぱい木製の扉を蹴り飛ばし、素早く屋内に飛び込む。
ゾンビがいれば、BANG! BANG! BANG! だ。
両手に巨大な拳銃を構えたまま、のしのしと村の中を練り歩き、家の扉を蹴破って家捜しする。
あまりにも無警戒で、適当すぎる行為だ。
時間を短縮のためか、片っ端から手当たり次第だ。
「んー、村の総人口が68人? で、潰したゾンビが…」
「62です、たぶん…」
「ぎりぎり弾は足りるか。後6人…」
返事があいまいなのは、序盤で倒した何体かは細かくなりすぎて区別がつかなかったからだ。
何度か休憩を取ったものの、マーガレットは疲れきっていた。
すでに西の空は僅かにオレンジに染まり始めている。
「…ダメ、ですかね?」
ため息交じりに、諦めがこぼれる。
「確率的に言えば、最初から限りなくゼロに近いだろ… すまん、1、2、3減った。残り3」
土方が踏み込んだ屋内で、銃声が3回。がっくりとマーガレットは膝をついた。
「ごめんなさい、無意味でしたね。私たちは、遅すぎたんです…」
悔しさに震える腕が、大地を叩く。
「あー、いや。そうとも限らんな。一人も子供が居なかっただろ」
銃を収めながら土方が外へ出てくる。
はっとした表情でマーガレットが顔を上げる。
確かに、動死体となった村人達の中には子供が居なかった。
だとすれば、まだ希望はあるのかもしれない。
「まぁ、隠れたのか、拉致されたのかは分からんがな…」
【続く】
「さて、困ったな…」
「ですね…」
土方は顎に手を当て考え込んだ。
傍らには同じように思案顔のマーガレットがただずむ。
結果として村の中では生存者は発見できなかった。
しかし、残りの3人も見つかっていない。
また、村の中で何らかの儀式が行われた形跡も無く、子供は何処か別の場所へ連れ去られたと考えるのが正しいだろう。
燃えるような夕焼けに染まっていた空は、東の方から藍色が混じり始めている。
この時間からでは、退却するのも留まるのも同じくらい危険だろう。
「マーガレットはどうしたい?」
考えることを止めて、マーガレットに丸投げしてみる。
そもそも、事件の起こった正確な日時さえ分からないのだ。
協会に依頼が入るまでの日数と、ゾンビの腐敗具合からして、一週間前やそこらではないのは確かで、この場に生存者が隠れて生き伸びている可能性など皆無に等しい。
また、ゾンビが村人だけだったのも気になるところだ。
いかにアンデッドとは言え、ただ逃げるだけならば一般人でも何とかなる可能性はある。
しかし、村人は子供以外の全員がゾンビ化している。
論理的に考えるのならば、村人は何らかの原因で全滅した後、ゾンビ化したと判断するべきだろう。
そして、ここで創造されたのでないのならば、感染源とでも言うべき何体かが居るべきだ。
だが、その形跡はない。ゾンビたちはすべて村で作られたと思しき簡素な衣服を身に着けていた。
土方はこの状況でも生存者を探そうとするマーガレットに好ましさを感じ、奥の手もあることから、多少の危険を覚悟で探索に協力した。
だが、結果として子供だけがさらわれた形になってはいるが、状況的には、全滅した村を死霊魔術師が実験場にした、というのがしっくり来るだろう。
死霊魔術師がこの村を根城にしている様子もないようだ。
ゾンビの発生原因究明と、殲滅は終わったと考えていい。
「どうして…」
しばらくの逡巡の後、何処か遠くを見つめてマーガレットがつぶやく。
「どうして、この村は全滅してしまったんでしょう?」
畑には、ゾンビたちが踏み荒らしてはいたものの、作物が育っていた形跡があったし、貯蔵庫にも十分な穀物のストックがあった。
自家製らしい酒やチーズなどもそこそこに見受けられ、喰うに困ってということはなさそうだ。
「正直わからんな、情報がなさ過ぎる。突飛な想像なら思いつかないでもないが」
「どんな?」
「実は村ぐるみで邪神崇拝とかしていて、村ごと生贄になったとか…」
「本当に突飛ですねぇ」
一瞬眼を丸くしたマーガレットは、土方のちょっとずれた冗談に気づいて、ようやくくすりと笑った。
「でも、ちょっと不謹慎ですよビーストさん」
「そりゃスマン。あいにくと、神を崇める趣味は無いもんでw」
マーガレットはようやく肩の力を抜いて、両腕をあげて体を伸ばした。
ボリューム感のある胸が強調されて結構すごいことになっていたりするが、あえて土方は無言無表情でスルーする。
「う~~~ん、ふう。もう危険は少なそうですし、今日は何処かの建物で一晩過ごして、明日は資料の類を調べましょうか。この村の邪神崇拝の証拠を見つけるために。ね、ビーストさん?」
振り向いたマーガレットがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
緊張が解けたのか、その表情からは陰りが消え、随分と魅力的だった。
「左様でございますねw」
【夜のひと時】
二人はゾンビが居なかった比較的大き目の家屋を選んで宿にすることにした。
村の大地は汚染されていたが、幸いなことに水は山からの湧き水が引かれており、マーガレットによるチェックでは特に危険性は発見されなかった。
申し訳ないが、貯蔵されていた食品もアレコレいただいてしまう。このまま痛むに任せるよりは有意義だろう。
チーズとパンを焼き、野菜やら干し肉やらを放り込んだ簡単なスープで腹ごしらえをする。
「ん、こりゃウマいな」
眼を丸くする土方に、マーガレットは嬉しそうに微笑む。
村に着くまでの数日は支給されたレーションばかりであったため、というのもあるだろうがマーガレットの作ったスープは土方の舌に良く合った。
「塩加減もいいが、スパイスの使い方が絶妙だ。普段から料理をしなれてる感じだな」
かすかに漂うニンニクとハーブの香り。
ほっくりと煮あがったジャガイモをスプーンで割り口へ運ぶと、長時間煮込んだわけでもないのに芯まで味がしみこんだそれは、ほろほろと口の中で解ける。
ジャガイモ本来の甘みを干し肉から染み出した出汁と塩味が引き立て、かすかに効いたスパイスが後味をさっぱりとさせている。
「ふふ、一人暮らしで自炊してますし。ビーストさんは日系みたいですから、スパイスを控えめにしてだしの味を強くなるようにしてみたんですよ… あ、このチーズ美味しいですね」
ちぎったパンに溶かしたチーズを絡めてぱくりと食べる。
幸せそうにもぐもぐとパンを味わうマーガレットは、顔立ちの幼さもあいまって学園の後輩たちのようだった。
食後はレーションに付属していたコーヒーで締め、寝床を整える。
寝室のベッドを使うか迷ったが、外で何か起きたときに対応しやすく、風通しのいいキッチンでクッションを引っ張り出して寝ることにした。
建物周辺には、念のためにマーガレットが探知と防御の結界を明るいうちに張ってあるし、土方も簡単なトラップを設置したため、不寝番は立てない。
「ビーストさん、最初に言っておきますけれど…」
マーガレットは、膝をたたみぺたんとお尻を床に下ろして座り、クッションを抱きしめてじっと土方を見つめる。その表情には僅かな警戒心と緊張が浮かんでいた。
「コードネームがビーストだからって、ケダモノになっちゃだめですよ? それに私はこう見えてもCQCの達人で… ビーストさん?」
ぴっと指先を突きつけて語るマーガレットは、土方がうつむいてプルプル震えだしたのを見て言葉をとめる。
「えっと、どうしたんですか? あの…」
「い、いや、スマン。ぷ、ククク…」
ようやく土方が笑いを堪えているのに気づいて、マーガレットはぷくっと頬を膨らませて見せる。
「笑うことないじゃないですか、ビーストさん!」
「いやだって、こんな状況でそんなことしてたら、ホラー映画だったら死亡フラグだよw」
堪えきれずにくすくすと笑う土方に、マーガレットはクッションで殴りかかる。
「もう! だって、先輩が言ってたんですよ! 男性と二人きりのミッションは気をつけなさいってっ」
ボスボスと殴りつける手を防ぎながら、土方はそれでも笑いを止められずに床を転がって逃げる。
「男女ペアのミッションでは統計上80%近くの確立で、襲われちゃったりHな関係になっちゃうって! あんたおっぱい大きいから特に気をつけなさいよって先輩がっ すごく怖かったのに、笑うなんてひどすぎですよ!」
マーガレットはポロリと爆弾発言。両手でクッションを振り回す。
土方は笑いを止められないながらも、器用にその手を捕らえる。
「うははははwwww そりゃ、先輩がからかっただけだよ。何処の世界に、任務中とはいえそういう関係になったことを律儀に報告する奴が居るんだ? 確かにマーガレットは美人だし可愛いけどなw」
目の前でたゆんたゆんと揺れているおっぱいに関してはあえてスルー。
「うぇぇぇぇぇ!?(///」
マーガレットはようやくその事実に気がついて耳まで真っ赤に染めて硬直、直後にバランスを崩して土方の上に倒れこんだ。
「あっ…」
ふわりと土方の胸元から、柑橘系の甘い香りが漂う。
良く確かめようとくんくんと鼻を鳴らすと、その香りは頭に上った血を下げ、心に落ち着きを取り戻させてくれた。
「これー いい匂いですね…」
思わず胸元に顔を押し付けて深呼吸してみる。
柑橘系を主体としながらも様々な香りが入り交ざっており、おそらく魔術的な加工が施されているのだろうそれは、奇妙な安心感をマーガレットに与えてくれる。
「…そいつは、アンチフェロモン。ケダモノなオレが妙齢の女性にハァハァしないように調合されたモノなんだけどー」
「ああ、そうですね。安心できるというか、リラックスしちゃうというかー ああ!?(///」
マーガレットは自分の体勢に気づいて再度赤面する。
男性の上に体を投げ出し、胸元に顔を摺り寄せている。完全に据え膳状態である。
「あ、あの! こ、これは違うんです。なんというか、香りにつられたというかー」
「大丈夫だよ、分かってるからw」
ふと気づけば、両手はすでに開放されており、土方の手はホールドアップ状態になっていた。
「ご、ごめんなさい…」
マーガレットはすごすごと自分の寝場所に戻り、クッションを整えると頭からシーツをかぶり閉じこもる。
土方がランプの明かりを絞り、おやすみと声をかけてきたのにも返事が出来なかった。
「あうぅ~ 先輩のバカ…」
マーガレットの自己嫌悪を飲み込み、夜は静かにふけていく。
最終更新:2012年03月02日 01:36