人海戦術で情報をかき集めた結果、鏡の悪魔の噂の詳細が分かった。
それは、午前零時調度に校内で合わせ鏡をすることによって出会える悪魔であるという。
ある生徒は「出会えば願いが叶う」と言い、またある生徒は「出会うと死ぬ」と全く違うことを言う。
ただ確かなのは、例の悪魔と出会った者はいないということだった。
「ウェイブサーチッ!」
そう言うと、ルナリアは某みなんとかビームの如く指を目元にあてたポーズを取った。
普段よりも目の赤さが増し、瞳孔が爬虫類のように細くなっている。
ルナリアの特技ウェイブサーチは、超音波を利用した高性能レーダーである。
このような人探し、失せ物の時にとても役に立つ特技であった。
「どう?」
「んー……この辺に弓月らしい反応はないヨー」
「そう……じゃあ次は向こうの方に行こうか」
そんな会話をかわしながら、二人は違う校舎へ歩いていく。
「そういえば、ウェイブサーチのポーズって決まってるの?
こないだは目を閉じて手広げてなかったっけ?」
「別に決まってないヨ、気分気分。歩きながらでもできるしー」
「最初からやれ、ていうか今やれ」
「美緒こわーい。……ウェイブサーチ!」
ルナリアは超音波で周りを探索しながら歩き続ける。
そんなとき、三年教室付近で見知らぬ生徒の反応があった。
「……むっ!あっちの方に人の反応があるヨ!」
「弓月先輩!?」
「違う……知らない人」
「そう……でもこんな夜中に何を……?」
七坂はそう言って、ルナリアの指差す方を見る。
人間の視力で見るには暗すぎるのか、人影らしきものは見えなかった。
「怪しいネ」
「そうだね……ルナリア、後をつけよう。その人の反応を追って」
「りょーかーい」
ルナリアは小さい声で返事をし、その人物の反応を追いかけていく。
「この時間に校舎内をうろついているなんて……
警備員か教員でなければ侵入者の可能性もある」
七坂は細心の注意を払い、足音をなるべくたてないようにルナリアについていった。
「人のこと言えないけどネー」
対するルナリアはこの状況を楽しんでいるのか、楽しそうに笑う。
「ふふ、確かにね。……戦闘になる場合もありうるから、十分注意しよう」
なんだかんだで探偵気分な二人であった。
「……誰?」
七坂たちが近づいていくと、その人物は警戒した様子ですぐに振り返った。
見たところ、この学校の生徒であるらしい。髪の長い女生徒である。
女生徒は七坂たちを確認すると、安堵半分、落胆半分といった様子でため息をついた。
「なぁんだ……手がかりかと思ったら、私の同類か。
私はこの学校の三年生。失踪した生徒の手がかりを探しているんだ」
簡単に自己紹介を済ませると、女生徒は少し考えた後、こう提案した。
「良かったら、あなたの情報と私の情報を共有してくれないかな?
どうせなら、情報はより多いほうがいい。違う?」
そう提案して、彼女は美緒の様子を伺っている。
「! ……(なんだ、生徒か……)」
「びっくりしたヨー」
七坂たちは振り向いた女生徒を警戒するが、すぐにやめて質問をした。
「失踪した生徒・・・あなたも弓月先輩を探してるんですね」
「怪しい人じゃなくてよかったネ」
「そうだね……
(……まだ一概にそうと決まったわけじゃない……
でも、あまり疑いすぎるのも駄目かな。考えすぎると疲れるし)」
七坂は数秒床を見つめ、女生徒の方を向く。
「ええ、目的が同じなら協力した方がいいでしょう。
……といっても、私の方は情報なんて全然なくて」
七坂がそう言ったところで、ルナリアが突然ぽんと手を叩く。
「あ、思い出した」
「?」
「こないだ学校の中歩いてたら変な噂きいたヨ。
弓月とは関係ないかもしれないけど」
「内容、詳しく覚えてる?」
「んー……ちょっと聞いただけだからうろ覚えだけど……
鏡がどうとか、悪魔がどうとか……
だから、真夜中には出歩かない方がいいって」
「……?七不思議とかそういった類の話かな……」
美緒たちが会話しているのを聞いて、女生徒は少し考えるような表情をした。
「鏡の悪魔の噂かぁ……そういう噂があるのは知ってるけど、内容までは知らないな」
女生徒はもう少し考えた後、にこやかに微笑んで自分の持っている情報を提示した。
「まずは自己紹介をしようか。私は七屋敷あやめ。久々に学校に戻ったら友達が失踪してて驚いたよ。
私も、今回の失踪に関してはよく分からないんだ。琴子のことなら教えてあげられるけどね」
七屋敷の持っている情報をまとめると、以上のことが分かった。
現在の弓月の目は緑色だが、中等部の頃の裸眼は茶色かったということ。
呪術研究会に所属していたが、何らかのトラブルにより離脱ということ。
校内の様々な噂に詳しいということ。
人間の内面に興味があるらしいということ。
少し前、人間のマイナス感情を増幅させる薬を作ったらしいということ。
「私が分かるのはこんなもんかな……あ、これ、私のメールアドレス。
何か分かったら連絡してくれないかな。あれでも一応付き合いの長い友達なんだ」
そう言うと、七屋敷は長い髪をなびかせて夜の校舎から去っていく。
やはり、特に怪しい素振りはなかった。
■■■
適当に弓月の行きそうなところを当たっていた真田誠にも、特に収穫はなかった。
「うーん……先輩の行きそうなところを探してみたけど見つかんない……
どこいっちゃったんだろ?」
「案外書き置きとかあったりしてね、先輩の部屋とか行ってみる?」
「んー……確かにね、でも流石に僕が女生徒の部屋に入るのは問題だから唯にお願いして良いかな?」
「あいあいさー!」
真田は副人格の唯と話し合い、寮に向かうことに決めた。
人格をチェンジし、女子寮の弓月の部屋に向かう。
弓月の部屋に入りたいと寮監に申し出ると、彼女は面倒臭そうにマスターキーを使って鍵を開けてくれた。
「くれぐれも私物とか持ってかないでね、問題になるとまずいから。
あ、それと一応私もついてくよ。寮監だしね」
部屋に入ると、一見室内は整頓されている様子が伺えた。
少し見て回ったところ、生活雑貨などは置き去りであることが分かる。
部屋の奥まで行くと、大きな姿見が割られて破片が床に散らばっていた。
一緒についてきていた寮監は露骨に眉を顰めるが、それには触らない。
「うーわ、危ないなー……ここ、まだ調べる? 私は早く終わらせたいんだけど」
「うーん……特に手がかりになりそうなものはない……か、それにしてもこの姿見……」
どんなことも見逃すまいと、破片を深く覗き込む唯だが、そこには自分の顔が映し出されるばかりであった。
「なんてことなさそうかな、書き置きとかも見つからないし……ここもハズレかぁ……
あ、もう用は済みました、ありがとうございます」
寮監にそう伝えて部屋を出る。寮監は相変わらずだるそうに部屋に鍵をかけ、持ち場に戻っていく。
「う~ん……本当にどこに行ったんだろう……?
「目撃情報とかも入ってこないしね……」
携帯を開き、メールや着信を確認するも、それらしいものはなかった。
■■■
手当たり次第の捜索を続ける大野も、捜索ははかどっていない。
途中で美月と遭遇するも、彼女も大した情報は得ていないらしい。
美月と分かれた後、職員室前を通りかかったところ、何やらひそひそとした声が耳に入った。
「あの爆弾魔だがな……おかっぱの女子生徒がどうとか言ってるんだよ」
「そうそう、外見情報が弓月とそっくりらしいんだよな」
「その子に自分を解き放てとか言われたって話してるらしいですよ」
「ん? ……弓月先輩の話をしているのか……?
よし、こっそり聞いてみよう……」
そのまま暫く盗み聞きをする大野。
教員たちはもう少しの間雑談をしていたものの、さして有益な情報は得られなかった。
弓月に関する情報と言えば、『爆弾魔が夢で見た少女が弓月に酷似している』ということ。
爆弾魔は少女と夢の中で何度も会話した挙句に、あのような行動に出たらしい。
「ふぅむ……何があったのかあまりわからなかったな……」
そう呟いて職員室前から離れる大野だったが、ふと見覚えのある女生徒が前を通りかかった。
「お?」
「あ!あんた!」
再び、例の特殊魔術の美月と遭遇である。
「なにか情報あった」
「あー…」
聞かれて一部始終を説明する大野。しかし、美月のほうも状況は似たようなものらしい。
「ふーん……なるほどよくわからなかったのね。
ね……ねえ……あんた? 一緒に探さない……?」
そう言う美月は少しうつむいているが顔は真っ赤で、照れていることがあからさまに分かる。
「ん? 別にいいぞ」
が、大野は特に気にした様子もなく頷いた。
「そう! 仕方ないわね! あんたがそこまで言うなら私も協力するわ! 感謝しなさいよ!?」
「はい?」
そんなこんなで、大野は美月と行動を共にすることになったのだった。
――結局、収穫は少ないままに終わった。美月のほうも状況は同じらしい。
美月を仲間に加え、ぶらぶらと歩いている大野の耳に、予鈴の音が届く。
これ以上調査しても、特別な成果は得られないようだ。
■■■
ストレスから来る暴力衝動を解消する方法は、なかなか難しい。
なら合法的に発散できる仕事を探せば良い。菅原の場合は魔物退治系のバイトである。
ただし現在は学園からの別件があり、実行できないでいたのだが。
「探し人ねぇ……弓月先輩が居なくなったのは知ってるわ。
あの人なら何でもない顔でふらっと戻ってくると思うけど。
私、占術の方はあまり得意じゃないのに。
……まあ、ぼちぼち探しましょうか」
そんなことを呟きながら自室を後にし、夜の校舎へと歩き出す。
もちろん当てはない。強いて言うなら勘頼り。
……本当にやる気があるのか、甚だ怪しかった。
生徒もいなくなった夜の校舎を歩き回る彩の目に、一瞬だけ緑色の光が映る。
そちらに目をやると、歩いていく弓月の姿が踊り場の姿見に映っていた。
追いかけても、そちらの方向には人っ子一人見当たらない。
たった一瞬とは言え、それは見間違いにしてははっきりとしすぎていた。
「あ」
弓月の姿を見つけ追いかけたが、踊り場にもその先にも姿はなかった。
「幻か、生霊か……一瞬だったから判断できないわね
他にも先輩探してる連中に聞き込んだほうが早いかしら」
他の面子と交流後、菅原はその日の探索を終了した。
■■■
一度全員集まって情報を交換するが、確かなことはよく分からなかった。
他に情報もないので、鏡の悪魔の噂を試してみたらどうかと一人が提案する。
そして次の日の深夜、校内に存在する中で比較的広い鏡の前――
屋内訓練場の鏡の前に、彼らは集合する。
時間を確認して、一人が手鏡を鏡に向けた。一秒、二秒……
時計の針の音がやけに大きく響く中、何事も起こらないかと思われた時だった。
鏡の中に黒い影がゆらりと揺れ、いつしか見覚えのある姿を形作る。
その影はまず鏡から片腕を出し、片足を出し……
やがて、完全に弓月琴子の姿をとって現実に染み出してきた。
「ごきげんよう、皆さんお揃いで。何か、ご用ですの……?」
にやりと笑う顔こそ以前と同じだが、その禍々しさは以前とは比べ物にならなかった。
眼光も鋭く、全身から気分が悪くなるほどの悪意をにじませている。
弓月の姿をしたそれは、歪に微笑んだまま何もしてこない。
時間が止まったように静かな空間。合わせ鏡の中に、いくつもの弓月の姿が映っていた。
七坂は鏡から出てきた、弓月の姿をしたモノに警戒を示す。
それは確かに弓月の姿をしていたが、何かが違う。普通の人間とは違うもっと何か……邪悪な気を七坂は感じていた。
「……あなたは、本当に弓月先輩……?」
七坂は距離を取ったまま、恐る恐る言葉を投げかける。
他の面子も、大体似たような行動をとった。
フェミニスト四天王を制しつつ、「あなたは誰か?」と問いかけた杉崎。
昔流行した七不思議を思い出しつつ、『何』かと問いかけた菅原。
同じく、「あなたはなんなんですか」と真田。
口々に発せられる問いかけに、弓月と同じ姿のそれは少し眉をひそめる。
「あなたがた、気が短いですわねえ……分かりきったことを聞いて。
それが自分の考えと違ったとしても、はいそうですかとおとなしく帰るんですの?」
それは小さく肩をすくめると、全員の顔を見渡してこう言った。
「少し数が多すぎますわね。退場してもらいますわ」
それが縦線を引くように指を動かすと、空間に裂け目が現れ、
フェミニスト四天王と幻獣たちが裂け目に飲み込まれていく。
「さて、邪魔者もいなくなったことですし。少しだけお喋りしませんこと?
今なら、質問に答えて差し上げても構いませんわよ」
杉崎は自分の幻獣たちが消されたことに少々動揺しつつも、すぐに体制を立て直す。
自分の――彼が言うところの、ファミリーに対する信頼の現れだろう。
「さて、質問に答えてくれるんでしたよね? あなたは誰ですか?」
あなたは誰ですか? ……の言葉が発せられた瞬間、それは表情をなくす。
「誰か? その答えはひどく曖昧ですわ。例えばお前は杉崎衛という名前を持つ。
だからと言って、同名の人間が全て同じ存在であるというわけではない。
……私が名乗るべき名は存在しない。ならば、私は"怪物"と呼ばれるべきでしょう。
それは緑色の目をした怪物で、人の心をなぶりものにして、餌食にするのですわ」
「弓月先輩…じゃないのか!?」
戦闘の構えをとった大野に対して、"怪物"は再び笑みを浮かべ、赤子をあやすような甘い声音で囁いた。
「教えてほしい、人間? お前は血の気がとても多いようですわね。
お前の目の前にいるのは、かつて弓月琴子だったもの。そして、やがてそれを殺すもの」
"怪物"は微動だにせず、戦闘態勢に入った大野を見据える。
先ほどよりも濃くなった悪意が、周囲を満たしていた。
「話は聞かせてもらったよ!」
スパーンと小気味良く扉が開き、空気を読まずにルニャが乱入してきた。
本人はああ言うが、別に話は聞いてない。ノリで言っただけであり、深い意味はないのだった。
「弓月ならとりあえず連れて帰ればいいじゃない
何だかよく解らない小難しい事はあとで考える!」
いっそ清々しい程、弓月の姿をした怪物を無視した口上。
怪物は一瞬呆気にとられたあと、くすくすと楽しげに笑い出した。
「それで……違うのでしたら、お前はどうするのかしら。
可愛いお人形さん。恵まれすぎたお人形さん……ああ、妬ましい」
次に口を開いたのは真田だった。
「ん~、なんか難しいこと言ってますけどようするにっ!」
真田は剣を抜きはなち、剣先を弓月に向ける。
「あなたが弓月先輩をどこかにやった、もしくは本人か。
なんにせよ前者なら居場所聞き出す、後者なら……倒して元に戻す!」
発される悪意をものともしない態度で怪物を鋭い視線で見る。
その言葉に、怪物は小さく肩をすくめてみせた。
「同じであり、違う存在。お前になら、分かるかと思ったのですけれどね。
買いかぶっていたのかしら、それともお前も……同じ、ですの?」
「同じ……?」
「自分の内にある別の自分。お前は、それと折り合いをつけて生きている。
……ならば、もしもその人格が自分の望まないものだったら?
袂を分かちたいけれど分かれられない、そんな存在。
お前はそれを生かすのかしら? それとも、殺すのかしら……?」
言われて、真田が黙りこむ。怪物はその様子を、奇妙に歪んだ笑顔で見つめていた。
そこで、ずっと無言を通していた七坂が口を開く。
「……このままじゃいつまで立ってもお話が進まないよ、怪物さん。
あなたが何をしたいかで私の行動も変わってくる。
怪物さんが何者かってのは「怪物です」で解決したって事にして、
今度は目的を教えて欲しいな……」
無表情と微笑みのちょうど中間くらいの表情で怪物に話しかける。
緑色の眼をした怪物。それが"嫉妬"の別名であることを、七坂は知っていた。
故に、あまり積極的には動かない。
嫉妬が醜く、また非情に恐ろしい感情であることを、七坂は知っていたのだから。
「わたくしが何をしたいのか? そうね……ふふ。どうしましょうか?
弓月琴子の体を借りて、普通の人間のように生きてみる?
鏡の悪魔として、これからも様々な者の願望に火をつけてあげる……?」
「願望に……火をつける?」
思わず聞き返した銀に向かって、怪物は静かに説明を始めた。
自由になりたい願望を、凡庸な自分を破壊したい願望を、人と違うことをしたい願望を、人に認められたい願望を。
これらを満たした結果、学校内の数多くの事件が起こったのだと。
怪物は言う。鏡越しに本当のことを伝えれば、彼らはすぐに願望に従った、と。
「じゃあ、あの事件はやっぱり弓月先輩じゃなく……!」
杉崎の言葉を愉しげに聴いて、怪物は自分の首を指差した。
「この姿を少し借りただけですわ。哀れで愚かな、嫉妬深い怪物の生みの親……」
――と、怪物の言葉を遮るように、ルニャが光の魔術を放つ。
怪物は慌ててかわし、驚いたような顔でルニャに目をやった。
「要するに弓月じゃないんだね、なら話は早いよ!」
「ちょ、待っ……まだ話が……」
「問答無用! 悪い人は長話が好きだっておじいちゃんが言ってた!」
怪物は繰り出されるレーザーの数々に防戦一方だったが、不意に呆然と成り行きを見守っている生徒たちに向かって叫んだ。
「この体を破壊したら弓月琴子は死にますわよ、いいんですの!?」
「それで死ぬなら弓月はそこまでの人だったってことだよ!」
「……仕方ない、ここはまずルニャを抑えないと……!」
「はぁ……面倒臭いわね、この戦い……」
話し合う暇もなく、七坂が水を使ってルニャの光を屈折させる。
水に当たらないように注意をしながら、菅原が怪物に当たれば気絶間違いなしの電撃を放った。
怪物はひらりとそれをかわし、高らかに宣言する。
「唸りを上げよ、暴食の炎!」
途端に、メタルフェンスで壁を作成しようとしていた銀が蹲る。
「銀、どうした!?」
「なんか、急に……ものすごくお腹すいた……」
「この緊急時に!?」
「欲求は待ってくれないものですわ。さて、次は……」
怪物はちらりと、雷魔術を操っている菅原に目をやる。
「巻き上がれ、強欲の炎!」
その言葉と共に、電撃を使用して攻撃を繰り出していた菅原の手が止まる。
「……私、どうしてこんなお金にもならないことしてるのかしら?」
そうして怪物は、徐々に生徒たちの戦力を奪っていく。
ずっと魔術を使いっぱなしだったせいか、特にルニャと七坂には疲労の色が見えた。
「まずいぞ、俺たちで何とかしないと」
「うん、でも死なせないように攻撃ってどうすれば……!」
真田はもともと攻撃力の高い、優秀な戦士である。
加減の難しいこの状況では、一撃で弓月を殺してしまう可能性があった。
杉崎は頼りの
幻獣兵装が使えず、美月は特に有力な能力をコピーできない。
そんな中、大野が風を使って怪物の体を吹き飛ばすことに成功する。
「でかした大野!」
「あ、あんた……やるじゃない!」
怪物はすぐに起き上がったが、その足はふらついている。
ふと、その体から立ち上る邪気が失せた。その眼は依然鮮やかな緑色のまま。
それでも正気を残した――弓月琴子の眼であった。
「……あなたたち、何を、していますの?」
息も絶え絶えに、弓月はこう続ける。
「早く、この体を破壊しなさっ……! ぐ……!」
言い切る前に、その体は怪物にとって変わられる。
「黙っていれば長生きできますのに、生意気な人間ですわねえ……」
言いながら、火炎で屋内訓練場を巻く。
上がっていく気温、薄くなっていく酸素。
七坂が消火活動をするも、体力の面で追いつかずにいる。
そこで、突如として弓月の体が燃え上がった。
「燃え上がれ、嫉妬の、炎っ……!」
そう発したのは、紛れもなく弓月琴子の声だった。
その時、突如としてドアが開き、長い黒髪の女生徒――七屋敷あやめが姿を見せる。
「七坂さんメールありがと……って何この状況! 琴子!」
七屋敷はそう叫ぶと、難解な呪文を唱え始めた。治癒魔術のようで、周囲に穏やかな気配が満ちる。
「あやめ、やめなさ……」
「ふざけるなっ! 君はどうしていつもそうなんだよ。
勝手に悩んで、勝手に暴走して、勝手に解決しようとしてこんなざま!
たまには本当のことを言えばいいじゃない。言いなよ、助けてってさ!」
「あや、め……皆さん……わたくしを、わたくし、を……」
「助けて、くださいっ……!」
悲痛な叫びと共に、七屋敷の魔術が炸裂する。癒しの上級魔術である。
発動に少々時間がかかるのが難点だが、その分威力は高かった。
水に包まれて弓月の体についた火は消え、その場にいる者全員の傷も癒えていく。
がくりと床に崩れ落ちた弓月の体から、邪気が立ち上ることはなかった。
■■■
結局、あの"怪物"は心を燃やす炎により消滅――もしくは、弓月と同化したらしかった。
あれ以来、弓月の瞳は本当に緑色に染まっている。
自虐のつもりでつけていたコンタクトレンズをはずしても、茶色い裸眼が戻ってくることはなかった。
それは自らの抱いていた醜い感情を認め、向き合った印であると、弓月はそう考えていた。
自らの魔術的な素養のなさ。
性格の悪さと、それに伴う不人気。
誰からも好かれるわけではない容貌。
それでいいのだ。
弓月琴子は、そういう人間なのだろう。
あの夜、悪感情を増幅させる薬を作ってまず自分で試し飲みをした。
コンタクトレンズ越しに見た鏡は合わせ鏡となって悪魔を呼び、心に怪物を生み出した。
あるいは、本当に自分自身が悪魔だったのかもしれない。
嫉妬は醜く、恐ろしく、そして、誰にでも宿る感情だ。
誰しも自分の中の感情、もう一人とも言える部分と上手く折り合いをつけて生きていく。きっと、そんなものだ。
「……ところで、蘇芳さん?」
「はい~?」
「お詫びにお菓子をおごると申し上げたのは確かにわたくしですけれど、少しは遠慮というものを……」
「いいじゃん、全面的に琴子が悪いんだから」
「あやめには聞いていませんわ」
「蘇芳~、これおいしいよ!」
「わ、ほんとだ! ありがとルニャ!」
「……今度は借金を背負うことにならなければ良いのですけれど」
■■■
――以上で、演劇部の発表を終わります。
その時、観客席に座った観客が抱いた感情は――
【おわり】
最終更新:2012年03月02日 01:37