「何ボーっとしてんだ?!」
声に驚き、少年は周りを見回した。
少年にとっては意味が分からなかった。
何処でもない、自分が生まれ育ったパン屋の風景。
懐かしい親父の怒号に、それを見て笑っている…お得意様。
「おら、お客様が待ってるじゃねえか。」
さっきまでの戦場は何だったのか。
確か自分は戦場で倒れ、くたばったはずだ。
それなのに時間が戻ったかのように自分は故郷で暮らしている。
そう少年は考えつつもレジを覚えていた方法で動かした。
「おかしい…」
小声でそう呟きながらも、冷静にレジ対応出来る所は少年でもおかしいとも思える箇所であった。
そんな少年の予測を肯定するように、一瞬だけ周りの景色が変わった。
荒れ果てた建物、朽ちたレジ、そして人間の…骨。
それはいつぞやの彼が見た光景とほぼ一致していた。
「……!」
少年がかっと眼を見開いた瞬間にはまるで世界が暗転し、次の瞬間には消えていて、”平和だった日々”がまた戻っていた。
眼を見開いた少年を見て、少年の父親は呆れていた。
「金具でも踏んだかぁ?しっかりしろや。」
―ナニニキヅイタオマエハ?
少年はもう既に気分が悪くなっていた。
これは現実なのかそれとも悪い夢なのか。
願わくばさっきまで闘っていたことが夢であればいい。
そう少年は考えている。
しかし頭の中に変な声が飛び込んでくる。
まるで父親の声をラジオに通してかつその再生するラジオが壊れているかのように。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。こんにちわ」
―オマエハナニヲミタ?
そこへこの場に少年を苦悩させる人物が登場した。
彼女の名はヘルガ・アイヒホルン。
かつての年違いの幼馴染であり、少年にとって姉のような存在だった。
現在は少年が片思いしているだけで、顔見知り程度ではあるが。
「こんにちわ、あら、ラウル君調子悪いの?」
―コンバンワ、キヅイテシマッタノ?
「……大丈夫っす。」
少年はぶっきらぼうに答えた。
心の中の動揺を隠すように。
自らの想い人が壊れている様を見て動揺しないものは居ない。
しかし、容赦なく音声は2重になり、不快になる声で囁きかける。
何に気付いたのかと。
何を見てしまったのかと。
更に、少年はこの時点で眼に見える光景が変わっては戻る。
その間、ヘルガと思われる骨がうごめいては戻り、話している時もそれは同じ。
少年は狂ってしまったのだと確信していた。
しかしそれは元からではないのか。
これは質の悪い悪夢だと考えた途端、正常だった日々は崩れた。
自分や父親が焼いた商品はすべて消え、そこは廃墟が聳え立つ荒野が広がるだけ。
恋していた女性も消え、父親が居たはずの位置には骨が広がり、
残っていた肉片はハゲワシのような鳥が群がるだけ。
そうして、何も無くなった荒野に一人少年は咆えていた。
何故違和感を追求してしまったのだと。結局何も無かったのだと。
そして彼は眼を覚ました。彼自身の悪夢から。
「ま、まだ生きている…?」
意識が戻った少年の気分も身体も最悪な調子だった。
空腹や足を折ったかのような感触。
幸いなのは蟲に食われた形跡が無い事。
しかし先ほどの悪夢から精神状態は最悪。
物を吐き出したいが吐くものすらない。
少年は持ち物を確認した。
バックパックに詰めていたものは軒並み有る。
が、食料は心もとなく、水筒に残るは後半分の水。
しかしそれを消費するまでに救援が来る試しも無いだろう。
そしてそこらに広がるはまだ腐っては居ないだろう戦友の死体。
中にはウェルダンやミディアムで焼かれた物も有る。
しかし先ほどの夢により、ラウルにはただの肉の塊にしか思えなかった。
―生きるためには仕方が無い
そう、だからだろうか。ラウルはその死んだばかりと言える肉をナイフで捌き始めた。
思いの他死後硬直に陥っている人間の肉と言うものは硬く、とてもではないが喰えるとは思えないだろう。
しかし、少年はそれを手ごろなサイズに斬り、そこに残された物を最大限活用して火にかけた。
異臭が発生しながらも、それを耐えてまで彼はその肉を口に運ぶ。
少年にはその肉は決して食うに耐えないものではない事にやや驚いた。
そしてその日、少年は人間としてしてはならない禁忌を犯した。
―三十数時間後
エンジン音を立てて何台かの車両が戦場跡へたどり着く。
しかし、少年や取り残された兵士に対して、救援部隊が来たのではなかった。
それは文字通り試作兵器や死亡されていると考えられているのに生きているしぶとい兵卒を、
原隊復帰とは違うを用途で再利用するために回収する為だけに存在する掃除屋だった。
彼らは打ち合わせどおりに塹壕を効率的に捜索する。
残された試作と言われた欠陥兵器やそれに使用された大まかな部品まで、徹底敵にだ。
無論、それを使用した兵士の亡骸も回収されるのだが、死体を回収する兵卒が有る死体を見た瞬間驚いた。
「な、なんだよこれ…!」
明らかにGではなく人間に喰われたかのように、ナイフで抉り出されていた傷が出来ていた。
それも1箇所ではなく何箇所も。
その遺体を見て死体回収の男はある可能性を考えた。
生存者が居る。
そうでなければ人間を斬って食べる筈も無い。
Gであるならば綺麗な傷をつけて食べるはずも無いのだから。
死体から転々と付いている血痕をたどると、そこには呼吸をしているものの衰弱した兵士が横たわっていた。
無論意識も無く、何も抵抗も無く運び出せるだろう。
回収していた男は仲間の通信兵を呼び、生存者が居る事を伝えた。
「こちらブラボー、生存者もとい被検体を確認した。指示を乞う。」
―この後、少年は
マークスマンというメールとして生まれ変わる事となる。
とは言え、少年はこの場で死ぬべきだっただろう。
何故ならば、この場で死んでいれば更に修羅の道へ踏み外さずに済んだのだ。
そうして少年は、メールの身でありながら人間と戦う日々へ身を投じる事となるだろう。
最終更新:2009年02月01日 01:46