人形遣いの少女

(投稿者:Cet)



おんなのこってなあに? なあに?

あまいおさとうに、スパイスのかおり

すてきなもの、ぜぇんぶ!


 その女の子の姿を見かけたのはフォッカー達にとって偶然でしかない。ある任務の片付きそうな時分に立ち寄った町の路地裏に入り、そぞろに歩いているところで彼らを見かけた。
 女の子がひとり大人の腰くらいの高さの塀に腰掛けて、その前に男の子達が並んでいるのだ。そして女の子は一人一人と会話を交わし、にこりと微笑む。その度に男の子たちはそれぞれ楽しそうに笑った。
 それを繰り返していると行列が途絶えた。女の子は溜息を一つ吐いて、空を見上げる。フォッカーとギュンターの二人は彼女の方へと歩いていく。
 女の子がびっくりしたような顔でこちらを見た。
「貴方達、だれ?」
「私達はしがない大人達です」
 女の子は不審そうな視線を投げかけてくる。
「君は男の子たちに何を話してたんだ?」
 聞いたのはギュンターだった。女の子は用心深そうに答える。
「悩み事を聞いたり、世間話をしたり、普通のお話よ」
「どうしてそんなことをする」
 ギュンターの問いに、女の子は真顔で。
「あの子たちがそう話しかけてくるから」
「何で」
「そういうことになってるんだから、仕方ないでしょ」
 女の子はどうもギュンターの問いに辟易している様子であった。困ったな、とギュンターはフォッカーの方を見遣る。
「お嬢さんはカウンセラーか何かかな」
「そういうことにしておいてくれていいわ」
 もはや興味はない、といった調子で答える。
「でも、一つだけ、貴方達が来るのは分からなかった」
「予想がつかなかったということ?」
「そう、あの子達が何を考えているかなんてすぐ分かるのに、大人達が何を考えてここに来るかなんて分かりそうなものだわ」
「イレギュラーなんてものはこの世の中に珍しくないさ」
 女の子はそのフォッカーの言葉を聞いて黙り込む、再び空を見上げた。
「世の中」
 そしてそのまま何も語ろうとはしない。
 それから暫くの間女の子は黙っていて、そして彼らも突っ立っていた。男二人は顔を見合わせ、やれやれ、と仕草で示し合う。
 硬質な時間が流れる。
「貴方達にとって世の中というのは何なの?」
「死ぬまで出られない檻みたいなものかな」
 ギュンターの答えに、女の子はなるほどと納得したように頷く。
「そこから出たくないの?」
「出たいから色々あがいてみせてるわけだよ、お嬢ちゃん」
「じゃあ、出ましょうよ」
 ギュンターは狐につままれたように、フォッカーは何かを感じ取ったように。
「三人で出来るかな」
「できないわ、多分、必要なのは、十人くらい」
「どんな十人かな」
「一人は頭の良い男の子。
 一人は色情狂の裏切り者。
 一人はものの境目が分からない男の子。
 一人は愛憎深い女性。
 一人は何の変哲も無い男。
 一人は書庫係。
 それから従順な双子」
 何だか具体的に挙げ連ねる。
「そして私達と、最後の一人は人間じゃないわ」
 にこりと女の子が笑う。
「しめて十二人」
「何だそりゃ、占いか」
 ギュンターは不気味そうに言う。
「予言じみたものかしら、まあ何にせよこれから始めましょうよ」
 どこか噛みあわない二人を前に、フォッカーが何やら考えごとをしている。それに女の子が感付いて、どうしたの、と声をかける。
「いや、君の名前を聞いてなかった」
「名前なんか無いわ」
「じゃあ今決めていいかな」
「うん、貴方は今私の名前を『フレデリカ』と決めたいんでしょ、全部知ってるから、安心してね」
 女の子が笑みを添えて断言すると、フォッカーは神妙に頷いた。


 彼らの話した間近にある孤児院に住む女の子は捨て子であった。
 彼女は間もなくフォッカーの養子という形で孤児院を出ていくことになる。

 どこにでもいてどこにもいない男。
 逃げ道を探す男。
 そして女の子。予定調和の何たるかを知っている女の子。


最終更新:2009年03月22日 14:51
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