技師とメードと訓練詰め

(投稿者:安全鎚)

「よし、4-Dを下げて5-Fと6-Fを用意してくれるか?」

 双眼鏡ではるか遠くを見下ろしているキョウコは軍事用の通信機を通してそう言った。
 彼女の足元では、腹ばいの状態で長大な鉄の塊を抱きしめたままキョウコと同じ方向を見下ろすクロエが居た。

「次は右から二枚、的を動かすぞ」

「……分かった」

 二人は、2kmほど離れた平野部にある「第一実験場」と一文字ずつ書かれたパネルが並んでいる場所を標的として狙撃の訓練――主にクロエのため――をしている。
 クロエが抱いている鉄の塊は「FK-25」というクロエを回収した場所の周囲に落ちていた狙撃銃をキョウコが修理、改造(違法)したものである。
 クロエはキョウコからの指示を受けて付属のスコープと眼を、右人差し指とトリガーをそれぞれ一体化させる。

「(刀剣、槍、斧…体術や武術を会得しているわけでもないが…射撃のセンスは群を抜いているな)」

 ここ数日、キョウコはクロエがメードということで何か戦闘技術もしくは特殊な技能をもっていないかどうかを調べる名目でキョウコ発案の様々な訓練を行っていた。
 もちろん普通に考えれば日常生活にそんな技能は必要ないがキョウコ曰く

「折角の個性をこのまま砂の中へ埋めてしまうのはあまりにも可哀想だろう?」

 らしいのだが、これは彼女の好奇心を隠すための屁理屈でもある。

「よし、流してくれ」

 キョウコは再び通信機越しに試験場にいる職員――近隣の村で雇った若者――に指示をする。
 それと同時に、ブルズアイの描かれた二枚の板がレールの上を歩く程度の速さで右から流れてくる。
 息を短く吸う音が鼓膜の振動を介して脳に伝わってくる風の音をすり抜けながら聞こえてくる。
 それから間をおかずに二発。
 ボルトアクション方式にもかかわらずかなり短い間隔で射撃音が響いた。
 真鍮製の薬莢が二つ、地面に落ちた。

「グッドショット、クロエ。良い腕だな」

 キョウコが双眼鏡で確認した先にある的には二つとも中心に風穴が空いていた。
 それも線を引いたら上下左右の間隔が等しくなると容易に予想できるほど、本当の本当に中心だった。
 約2kmの射程距離、横風が吹き荒れている上に狙撃ポイントと標的との高低差もある。
 それに関わらずライフル弾を正確に放ったのだ。

「クロエ、因みに標的までの距離と狙撃条件は?」

「……射程2341ヤード、北西の風3.2m/s、高低差10.87m」

 脱帽だった。

 それから二人はラボに戻る。風ですっかりだらしなくなった髪の毛を手櫛で落ち着かせてキョウコは作業用デスクの前に腰を下ろした。

「それ、貸してくれるか。メンテナンスしておこう」

「……ダメ」

 使用した「FK-25」をメンテナンスしようとにっこり微笑んで頼んでみたキョウコだったが、クロエはぬいぐるみを抱くかのようにその狙撃銃を胸の前で抱えたまま首を振った。
 微笑みも苦笑に変わる。

「いや…別にもうクロエのものじゃなくなるわけじゃないんだぞ?多分、元々持ち主はクロエだろうし」

 そうは言ってみたがクロエは無表情のまま真紅の瞳をキョウコに向け、黙っていた。
 そんな沈黙がすこし長く続いたあとクロエは狙撃銃に手をかけて

「……」

 解体し始めた。
 初めは驚いたキョウコだったが、クロエの手つきは予想以上に手馴れたものであっという間に兵器を無防備な姿に分解してしまった。
 チャンバーからマガジンまで全てを細く白い指で撫でるように触りながらチェック。
 部品がすべて自ら納まっていくかのように部品は組み立てなおされ、狙撃銃はスムーズに本来の姿を取り戻す。
 ベッドの上での欠伸のようにコッキングの金属音を目覚めの合図としてメンテナンスのすべての過程は終了した。
 チラリとクロエがキョウコを見る。

「…分かった。私の負けだ。別の作業に移るよ」

キョウコは両手を挙げて降参のポーズをとり、作業用デスクに向き直り紙にペンを走らせ始める。
 内心もの凄く得意げなクロエだったが、その余韻が消えれば特にすることも無くなるのでそそくさと彼女の元へと近づく。なんだかんだで寂しいらしい。
 キョウコが書いている紙を覗いてみる。だがクロエが眼にした紙にはこんなことが書かれていた。

 ―G駆除承ります。


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最終更新:2009年03月29日 00:22
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