(投稿者:瑞騎)
――そろそろ頃合ね
「本気を出したなんていつ以来かしら――」
そんな言葉を呟きながら瓦礫から這い出る。
あの砲弾の嵐の直前、咄嗟に拳打で足元に避難場所を作る……我ながらナイスアイディア。
まぁ、あんな砲弾の雨は金輪際、勘弁してほしい所だが。
「ほんと、あんなのは御免こうむりたいわ……瓦礫に潜んでる貴方もそう思うでしょ?」
柳鶴は踵を返して崩れている柱を見る。
その影から表れた見知った女性が、柳鶴の前に立ち塞がった。
「あら? 誰かと思えば早霧じゃない。貴方如きが私に様があるって事は……あの事ぐらいかしら?」
嘲笑を含んだ話をする柳鶴に、早霧と呼ばれた女性は全く反応を見せずに告げる。
「お前が殺した教官の仇、取らせてもらう」
「あら、久しぶりだっていうのに随分とご挨拶ね。ちょっとぐらい思い出話したっていいじゃない」
「貴様に話す事などない」
「語るよりなんとやらってヤツ?それならそれでも良いわよ。手っ取り早いし。
じゃあ、正々堂々互いにあらゆる手を尽くして戦いましょうか」
――私が柳鶴に話す事?
――あるとすれば、私が抱いている灰色の憎悪の炎に焼かれていろ、と――
――嗚呼、そうだとも。私は目の前の貴方がとても――――
「「――ハッ!」」
互いに鋭く呼気を吐き出す音に思考が掻き消される、と同時に掌打と刀が激突する。
金属を叩く鈍い音が耳を劈き、その衝撃で私達が後退する――
「先刻のアレで怨神籤が全く無いけど、どうにかなりそうね」
「…ッ!」
――速い!
懐に入り込んできた彼女は刀を水平に薙ぎ払う。狙いは私の左腕上腕部、直撃すれば切断など容易い。
「クッ……!」
右の掌打と刀が激突。剣戟を下方向に捌くもの、彼女は薙ぎ払いの遠心力を利用して独楽の様に螺旋し左側頭部に右廻し蹴りを放つ。
捌きが間に合わない……!
そう判断する否や、咄嗟に蹴りを左腕でガードする。
瞬間、彼女の口元に嘲笑が浮ぶ!
廻し蹴りはガードさせるのが目的――本命は左脚で放つ後方宙返り蹴りか……!
「チッ――!」
寸前で顔を引き、爪先が私の鼻先ギリギリを掠める。
「あらら、当ると思ったのに。なら、どんどん行きますか――!」
打ち落ろしと手刀、拳と掌打、刺突と貫手……蹴りと膝の風のような一撃、嵐のような連撃が互いに交錯し襲い掛かる。
手加減などしてもいないしする余裕も無い。
一撃必殺、文字通り本気でその掌打を叩きつける。
だが、本気の掌打を放ってもなお、彼女は反撃を合わせてくる。
「おまけよ――!」
彼女の横蹴りが脇腹に放たれると同時に、重い衝撃が襲い掛かる。
「グッ……!」
――厄介だ。詠冬拳……私の戦闘術は『捌き』を骨子に置く詠春拳のアレンジ。
自分が知覚出来るなら前後左右どこからでも捌く自信はある。
だが、彼女の攻撃は違う。連撃の回転が速すぎて捌ききれないのだ……!
その圧力の前に、とても反撃する余裕など存在しない――!
「欠伸が出ちゃうわ。修行してそのザマなの?」
全く、――巫山戯た事に、彼女は純粋に強い。それも鍛錬と経験、踏んできた場数に裏付けされた――だ。
彼女はその力に振り回されず、自身の力を支配下に置き、最適且つ最善の状況で力を行使している。
そのいささか傲慢すぎるほどの余裕に、私は唇を噛まざるを得ない。
「こんなのはどうかしら?」
袈裟斬り、右薙、左切り上げ、逆袈裟――彼女の四つの斬撃が神速で同時に放たれる。
掌打、肘、拳打を以て捌く――が、捌き切れなかった逆袈裟が襲い掛かる、駄目だ躱せない……!
右肩に斬撃が掠める。その強く鋭い一撃が全身に染み渡り、一瞬気が遠くなる。
意識の隙間を縫って彼女は水面蹴りを放つ――
その攻撃で地面に叩きつけられ、私は土を噛む。
「ホント、飯の種にもならないわ」
余裕と嘲笑の笑みを彼女は浮かべて呟いた。
再度、彼女を見据えながら私は立ち上がり、口を拭う。
「――シッ!」
呼気を鋭く吐き出すと同時、彼女に向かって突撃し間合いを縮める――
そして立ち上がる際に拾った小石を投げる。彼女の虚が一瞬でも出来ればいい……!
弾丸状の石が回転しつつ彼女を掠めるその瞬間、僅かながら柳鶴の意識が私から外れる。
「ッ……」
――隙が出来た!
その意識の隙間を突いて懐に潜り込み、必殺の間合いに入る――
「な……!?」
貫手を肝臓に放つ、と同時にくの字に折れた彼女の顎を返す掌打で撃ち抜き頭蓋を縦に揺らす。
さらに追い討ちとして心の臓にも掌打を打つ――たたらを踏む彼女に全身を螺旋の様に巻き込みフックを側頭部に放つ。
「ぐがッ…!」
彼女が反射的に後方へと跳躍。
そこに罠はない、反撃も無い、完全な逃避だと判断する。
――駆けろ!
跳躍と同時に廻し蹴り、そのまま喰らった彼女の首に足を絡めつつ独楽の様に廻り、膝の強烈な一撃を額に叩きつける。
――詠冬拳・回転蹴当・捌ヶ条 その陸――神渡。
着地。徹底した頭部への攻撃に彼女がよろめき、棒立ち状態になる。その瞳に携えていた殺意も霧散している。
これ以上無い隙だ。これを逃せば、後は無い……!斃すのは今。お前はそのまま負けて死ね――!
全力で一歩を踏み込む、身体を捻り力を溜め込む。あとはこの力を掌打に乗せ、彼女を撃ち抜く!
――詠冬拳・絶招・肆式寸勁――凍瀧。
「……――おおおおおおおおおおッ!」
最終更新:2009年05月31日 01:59