(投稿者:瑞騎)
「――――……なぁんてね」
ふらついていた柳鶴が嘲笑の表情で顔を上げ、哂う――――瞳に殺意が再び灯る――
全身に悪寒が走る。彼女の対応に訳が解らなくなる。混乱、思考停止……だが、躯はそれに合わせられない。
「残念賞って所かしら――」
掌打を受け流され、柳鶴の額が目の前に来る。
頭突き。足が止まる、身体が棒立ちになっているのは何の事は無い……私だ。
痛みより先に、更なる衝撃。体勢が崩された所を柳鶴が刀の柄頭で喉を穿つ――
「ぐ、は……!」
血を吐き出す。さらに彼女は飛び上がり、先程の意趣返しとばかりに両の足で私の頭を挟み込む。
そしてそのまま後方に回転跳躍。世界がひっくり返ったと思った瞬間、私は脳天から地面に叩きつけられた。
――彼女の右足が倒れた私の顎に当てられ、ぐいと爪先で上を向かされる……。
柳鶴が嘲笑の笑みを浮べ、耳を小指で穿っている。
「結構面白い冗談だったでしょ?我ながら名演技――って聞こえてないわね」
混濁した意識の中、彼女が何かを言っているがよく聞き取れない――躯を動かそうにも言う事を聞かない……。
彼女が止めを刺そうと刀で刺突の構えを取る。その意識の中、私はこれから死ぬという事だけが明確に実感できていた――
こんな時だからこそか――私は全ての人生を思っていた。
ここに来る事が全てであり、目的だった。憎悪の炎に身を焼き……ここに辿り着く迄、色々な物を捨ててきた。
教官の事を思い出す。が、幾ら思い出そうにも、私は教官がどんな声をしていたか、どんな風に動いてたか、どんな仕草や表情をしていたか、思い出せなかった。
それだけじゃない。生まれた楼蘭の景色も思い出せない、この瞳で視る灰色の世界に慣れ、世界の彩りも解らなくなっていた。
教官の仇も討てない――自分の意地も通せない――
何も成し遂げやれず、得てきた物を捨て、そうまでして辿り着いた場所が、こんな所でいいはずがない。
そう思った瞬間、全身の血が煮え滾る。ああ…思い出す。思い出したとも。教官が殺された時感じた憤怒を。憎悪を。
私は教官を殺した柳鶴が憎いんじゃない――あの時、何も出来ず、無力だった自分が腹立たしかったのだ!
憎悪や負の感情を乗り越えてこそ人だ――と教官が言っていたのを思い出す。その時は解らなかったが、今ならハッキリと解る。
――そうだ。これは私が自分の意地と誇りをかけ、私自身を乗り越える闘いなんだ――
混濁していた意識を覚醒させ、自分の躯に動けと命令を出す。……手の指を動かす、拳を握る。問題はない、行ける。
「……こんな所で……終われない――! 」
立ち上がりつつ後廻し蹴りを放つ。至極簡単に躱される。だが、間合いは取れた。
「……すみません……それとありがとうございます――」
呟きと共に自分で自分を縛り付けていた靄が大気に消える――ああ、これでいいんだ――
そしてここからは自分の闘いだ――
自分の内側で決意を固めたその瞬間、世界が広がる――色彩を取り戻す――瞳に、全身に憎悪とは違う感情が湧き上がってくる。
視野が広がり、余裕が出来たのか周囲を見渡し、柳鶴を三度見据える。
間合いを取った状態で、頭を冷静にする。しっかりと構えを取り、基本に戻る――
「教官のお言葉、私はようやく“掴め”ました……!」
「どうする?まだやるの?正直、もう飽きたのよね」
「貴方に恨みはもう無い…。だけど、それでも私はこの闘いに決着をつけないと前には進めない――」
「……―――――――― 一端の武人の顔になってるわね。いいわ、決着をつけましょう。手を抜くのも失礼だし」
「ありがとう―――って貴方にお礼を言うのも変だな。」
「別に良いんじゃないの?あ、解ってると思うけど」
「ああ、互いに勝っても―――」
「負けても遺恨無し―――」
「ええ、次は無い。これが最後―――」
「いざッッ!」
「尋常にッッ! 」
「「勝負ッッ!! 」」
柳鶴が刀を納め、抜刀術の構えを取る。
先程までの嘲笑や余裕を浮かべてた表情は無い―――
この殺気、この剣気、この威圧。改めて彼女が強いと言う事を認識する……。
臆するな―――冷静になれ―――
全てに於いて彼女と私に絶対的な差がある以上、私は他の要素を以てそれを超えなければならない。
私はひとつの“簡単な答”に辿り着く。こんな“簡単な答”に私は笑みさえ零しそうになる―――
勝てる訳がない、捌きようもない、躱わせる筈もない。
そんな風に決め付ける事自体が馬鹿馬鹿しい。出来ないのであれば私自身が成長すればいいだけじゃないか。
己の能力を掘り下げて成長しろ。刹那の毎に強くなればいい。自分の決意を行動に移す、今―――此処でやらずに何時やるというのだ!
そうだとも、私の限界はここじゃない!他人に勝手に限界を決められてたまるか。意思を発せ!
―――私は――――――やれる!!!
その滾る精神と相反するが如く、私達は互いに沈黙を守る―――
眼前の相手に、周囲の空気に、あらゆる状況に神経を集中させ、心を溶かしていく。
「―――いくわよ」
その言葉を合図に、柳鶴の姿が、私の姿が消える―――私達は眼にも写らぬ速さで間合いを詰める―――
柳鶴から神速の剣閃が放たれる。
と同時に、私は神速の手刀を彼女の右手の甲に振るう。
交錯し、その衝撃で柳鶴が刀を落とす―――
――詠冬拳・絶招・壱式寸勁――風花
刹那、足首からの力を無駄なく拳に伝え、ノーモーションで神速の掌打を柳鶴の顔に撃つ。
勝った――!!私の経験が、そう確信する。
「今の連撃、見事だったわ。でも、惜しかったわね」
その瞬間、柳鶴が掌打を上体反らしで躱す――
身体を起き上がらせる反動を利用し、スリークォーター気味から放つ左アッパーをカウンターで撃ち抜かれる―――
…
……
………―――
………――――――
どのぐらい経ってたのか……大の字になっていた私は、意識を取り戻す。
周囲を見渡すと辺り一面は宵の色が染め上げている。
――ああ、私は柳鶴に負けたのか――
負けを実感する。だが、不思議と妙に晴れた気分だ。
そうか、そうだな。たしかに負けはしたが、私は私自身に打ち勝っているんだ、それでいいじゃないか――
これからどうしようか。自問自答する――
そうだ、教官が好きだった花を持って墓参りでも行こう。
でも、話たい事が有り過ぎて何を言えばいいのか解からない……。思わず苦笑いになる。
――――ひとつだけ、贈る言葉は思いついた。教官――私は私の道を歩き始めます――――
最終更新:2009年05月31日 02:17