REVERSAL

(投稿者:エルス)




 久し振りに感じた、撃たれた事による痛み。歯を食い縛り、脂汗を額に滲ませ、私はその兵士を睨み付けた。
 長身で肩幅も広く、見た限りでは標準的な兵士を上回る筋力を持っている。これは誰だ?
 いや、言わなくとも答えは分かっている。長年に亘って準備を進める中で、『対人部隊構想』はあった。
 親しい知人の話では、一期生は標準的な技能を更に二段階程高めた兵士。二期生は確か……撃沈船の生存者から選別された装甲歩兵とでも言うべき者達だったか。
 まさかそれが私の前に現れようとは……思ってもみなかった。

「く、ふふふ……」

 おもしろすぎて笑えてくる。他から見れば狂人の極みだろう。だが、私は狂ってなどいない。ただ役目を果たしただけだ。
 その役目と言うのは『大義』名声などではない、個の集合体が作り出す強固な意志。その下準備を果たしたのだ。
 どうだろう?私は、どうなのだろう?人として、狂っている?いや、最早人ではないのか?
 そんな答えが出たところでどうしようもない事を考えていると、その兵士の背後から片足を引きずり、ブルーノーが現れた。
 憤怒を顔に刻み込み、亡き戦友の思いを背負った男は、私に吼える事無く、意外にも強靭な腕力で私を無理矢理持ち上げると、殴りつけた。
 初めの一撃は目の中で白いフラッシュが瞬き、その残像が暗い現実の視界に合わさり、残像が消える前にもう一撃が来た。
 冷静に判断すると一発目は右目の上に直撃し、二発目は右側頭部。
 そのまま放置すれば私を殴り殺しそうなブルーノーを、さっきの兵士が止め、私は揺れる世界の中で立ち上がった。
 ブルーノーを抱えた兵士が殺気を放出したのが嫌でも分かる。

「このクズ野朗……ミンチにするだけじゃまだ足りねぇ…嬲り殺してやる…」
「そうか……嬲り殺すか、面白い。やってみるんだな、少尉」
「やれる時がきたらな………今ここでやりてぇが…できねぇからな…」

 押し殺した声は明らかに憤怒に揺れていた。
 そんな怒りでは無い。私の経験した憤怒はそんなものではない。
 絶望し、望み、笑い、泣き、悲しみ、それら全てを飲み込み、心を飽和させる程の憤怒と憎悪―――

 瞬間、衝撃が右肩を貫いた。

 撃たれたと認識する前に私は反射的に誰が撃ったのか、それを特定していた。
 なるほど、彼ならば、アルフレッドならばやってくれると、その期待が当たったと思った瞬間だった。
 が、私に死を届ける前に彼は銃声を聞きつけてやってきたもう一人の兵士に突き飛ばされ、無力化された。

「ぐぅぁ、がっぁ……」

 呻き声を漏らしながら、アルフレッドは、私を殺せずに無力化された。
 手に握っているのは、シルバーモデルのコルトンM1911A1。

「……さっさと二発目を頭蓋に撃ち込めば良かったのだ…」

 思った愚痴が口から漏れ、少し驚く。口が勝手に喋ったのか、自分で無意識に喋ったのか。
 そんなどうでも良いことをボンヤリと考えながら、私は焦りもしない装甲服を着た二人の兵士の会話を聞いていた。
 ブルーノーの怒声とアルフレッドの嗚咽は邪魔でしかなく、カットする。

「ジョン、面倒な事になった」

 アルフレッドを取り抑えている兵士が粗暴に言う。もっと正確に内容が分かるように言えば良いものを。
 声の質から考えるに年齢は30代辺りだろう。中々に渋い声だ。大声を出せば、新兵辺りは脅えてしまうだろう。
 鈍い鉄色のヘルメットのお蔭で表情を窺う事は出来ないが、露骨に不機嫌な顔をしているのは間違いない。
 隊長を務めてきた私は、声の質から、そういう事が分かるのだ。

「どうした?」

 暴れているブルーノーを抱えている兵士が冷静に言った。その声だけが他の音とは違う、何故か、シンとした音だ。
 それに声に抑揚が無い、それでも芯のある、不思議な声だ。無意識に人を納得させるような力がある。
 私の声は、こんな力など持っていないのに、この兵士はそれを持っている。
 微かな、どうでも良い嫉妬が私の胸に溜まる。

「ウォーリアがこっちに向かってるらしい、前線のお零れだ。どうやらソナー員並みの目ざとい耳でこっちのどんぱちがバレタのかもしれん」

 最初の方、前線のお零れ、というのは正解だろう。
 が、耳と言う部位があるかも怪しいGが小さな銃声の何十を聞き、その発信源に向かってくるなど、ありえない事だ。
 まぁ、下士官やそこら特有の冗談なのだろうが、言うならもっとマシな冗談を用意しろと思う。

「そうか。撤収準備は?」
「無理だ。間に合いそうに無い。ここで迎え撃つしかないらしい」
「パーシーには?」
「連絡済、援護を呼んでくるそうだが、間に合うものか…」
「武器は?」
「Gに敵う獲物は無い、ここの戦車ならやれそうだけどな」
「そうか」

 聞くだけなら絶望的情況だが、ジョンと呼ばれた兵士はその口調を変える事なく、淡々と言い続ける。
 まるで感情がないかのような、そんな感覚がゾクリと悪寒を誘う。
 その合間にもブルーノーは私に唾を吐きかけ、罵声を浴びせ続けている。
 馬鹿、と言いたいが、大切なものを壊されかけたのだ。こうなる事は必然か。

「救助対象の50%は確保した。我々はこれを死守、増援到着を待つ」
「それで、対G攻撃担当は?」
「こいつにやってもらおう」

 そう言ってジョンが見たのは、顔を真っ赤にして怒り、狂いきっているブルーノーだった。
 出来るのか、などという事は彼の頭に入っていないのだろう。生き残る為の行動を、ただ取るだけだ。
 たったそれだけに、彼は全てを捧げてきたような、そんな感覚を覚える。

「救助対象だろう、大丈夫か?」
「大丈夫かではなく、生存率の問題だ」
「おいおい、自分で言った事と矛盾してるぞ」
「問題ない」

 そしてジョンは私を見る。明るい色をしたバイザーが、光る。
 感情など存在しないような鈍い鉄色の視線を受け止め、私は苦笑を浮かべしかなかった。
 生き残る為なら何でもする、そんな事を今にでも言い出しそうな雰囲気のせいで、背筋が凍る悪寒と、顔面の筋肉が引き攣る程の威圧感。
 傍から見れば狂ったような不気味な笑みを浮かべているであろう私を見て、ジョンは言った。

「可能な限り死者は出さん。しかし、利用できるなら全て利用する」

 そう簡単に、淡々と宣言したジョンに対して、私は静かに、威厳など全く持っていない声で、こう言った。

「それでこそ兵士だ。感情論だが、別の形で会いたかったよ」

 それが私の本心だった。敵ではなく、そしてこんな時にではなく、もっと昔に、味方として会いたかった。
 しかし、彼からの返答は無かった。
 私は、女性に振られたように、苦笑するしかなかった。
 嗚咽と怒声に紛れ、静かな雨音が聞こえ始めた。


 そして、ジョン・スミスは静かに、そして冷静に思うのだ。
 そろそろ、終わりが近いのかもしれない。
 腐り切った水を入れ替える時期が、間際に迫っている。
 腐臭を隠す為に……いや、隠した気になりたいが為に、香水を好んだ私が、やはり、一番馬鹿なのかもしれない。
 そんな事を、淡々と。
最終更新:2009年07月19日 22:49
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