(投稿者:Cet)
誰の為に僕らはゆく?
誰の為にまた目覚める?
永い眠りであったと思う。
快適でもなく、不快でもない。どちらかと言えば不快感の勝った目覚め。
私は目を覚ました。
ここはどこだろう? 真っ先に浮かんだ疑問は、ぐるぐると回って落ち着く場所を知らない。
「目が覚めたかい?」
ふと問われた言葉に、
シュワルベは目を丸くした。
「アンダーソン……?」
「正解」
青年はにこりと微笑み、少女の疑問を氷解させた。
「永い夢を見ていた気がするんです」
少女は、青年と道を歩きがてら話をする。
「どんな夢?」
「私の周りに、今よりたくさんの人がいる夢」
少女は立ち止まって、それから青年も足を止めた。少女が空を見上げる。
青年はその姿を、目を細めて見つめた。
「その人達は、私よりもずっとずっと頼もしくて、ずっとずっと強くて、そして、皆、皆、死んでいきました」
「そうか、それで、君はどうなったんだい?」
「私は逃げ出して、それから、一人線路の上を歩きました」
少女は顔を伏せて、それから、少しだけ辛そうな表情をする。
「逃げ出すつもりではなかった、けど、結局は同じだった」
少女が独白を続けるのを、青年は感情のこもらない表情で見つめている。
「私はひたすらに道を歩いて行って、そこで、一人の男と出会うんです、そして、私もその男に殺されて、夢から醒めたんです」
「嫌な夢だったんだね」
そうです。少女はぼんやりとした調子で答える。
「醒めて良かったと、思います、でも、もしもう一度同じ夢を見れるなら、とも思うんです」
「それは、どうして?」
シュワルベは、アンダーソンに視線を向けた。とても悲しそうな表情をしていた。
それから、その泣きだしそうな目はそのままに、ゆっくりと、でも力強く微笑んだ。
「そこにいた人達が、とても優しかったからです」
「僕は優しくないのかい?」
「そんなことはありません」
少女は瞳を閉じる。青年は優しく微笑んでいる。
「貴方はとても優しい、私は貴方のことが大好きです」
少女から告げられる言葉に、青年は微笑んでいる。
「でも」
少女は瞳を開ける、その表情は、毅然としていて、どこにも辛そうな色は残っていない。
「私はここにいちゃいけない、そういう気がするんです」
「うん、その通りだ。君はちゃんと覚えているんだね」
「何のことですか?」
少女の問いに、青年は、ううん、何でもない。と頭を振った。
「でも、そこまで分かっているのなら、きっとその通りなんだ」
青年も、自分自身に確かめるように、少女に言った。
「それで、これからどうすればいいんでしょうか」
「そうだね……瞳を閉じてくれるかな」
青年は少しだけ震えた声で言った。
「はい」
少女は言われるがままに瞳を閉じる、それから、少女の肩に、青年の手が置かれる。
「目を開けないでくれ」
青年は言った。青年は泣いていた。
「もう会わないと思っていたんだ、だけど、会えて嬉しいんだ」
青年は笑っていた。少女はその言葉をただ聞いていた。
「もし僕が生まれ変わるとしたら、もう一度君に会いに行く」
「本当に、そうしてくれますか?」
「もちろんだよ」
青年は、言葉を切って、そして、彼女から手を離した。
「またいつか」
「はい、またいつか」
少女の意識は、ゆっくりと暗闇の中に降りていった。
暗闇を抜けようとしたところで、砲声が聞こえた。
砲火の這いずる音が聞こえた。
少しだけ、恐怖を覚えた。でも、彼女はその場所に行きたいと、そう願ったのである。そして、自分を待つ、誰かの為に会いに行くだろう。
彼女が分かっていたのはそれだけだった。
彼女はもう一度目を開ける。光の中で、彼女を待つ誰かの声が聞こえるのを、静かに待った。
最終更新:2009年11月04日 03:50