「……ここにいる方達は」
ジープの後部座席から降りた
アレッシオは、開口一番にそう呟いた。
「助けられたのは都市人口の10分の1。約500人程度です」
アレッシオ達がセイゲル軍曹の案内のもと、彼らが構える陣に到着したのは北半球の日がちょうど頭頂に達したときであった。
陣には歩哨が数人立ち、彼らの装備がいくつかばかり備えられ、そして多くの難民が集っていた。
難民は皆疲労し、またGに襲われた事による心的外傷があるのか、塞ぎ込んでいる者がほとんどである。中には家族を捜しさまよう少女もいれば、息子を失いむせび泣く老婆もいる。世界中で起きている悲劇の一欠片が、そこに在った。
「自分達にもっと力があれば」
「貴方達は死との恐怖と戦い、最善を尽くしたはずです。それを誰が責められましょう?」
目の前の光景に、軍曹は拳を握りしめ口を引き結び、アレッシオは諭すように言葉を重ねる。
「しかし……」
何十回とこの光景を見てきたはずのアレッシオは気丈に見えながら、しかし、兵士達と同様に無力感と悲哀をその横顔に薄く滲ませる。彼女の言葉は“誰”に宛てられた物なのか。
うっすらと浮かんだその感情の片鱗の重さを感じて、セイゲルは二の句が告げられなくなる。
「ほいほい、何お通夜みたいな顔してんのさ。まだ悲しみに浸るにゃあ早いよ?」
運転席から降りてきたエメリアが声を上げる。難民を前にしてそう軽く言い放つ彼女を無思慮だと罵るのは簡単だが、今は彼女の言い分が全面的に正しい。
そう、何も終わってはいないのだ。
こういった割り切りは悔しいが自分よりもエメリアの方が出来ているとアレッシオは思う。
同じ場数を踏みながら、どうも人間相手だと感傷的になってしまうのは何故なのか。それが同情や憐れみの類ではありませんように、といつもアレッシオは願っていた。
「そうですね。先ずはここの責任者と謁見願えますか?現状や、Gのこともお聞きしなければ」
「少々お待ち下さい」
アレッシオが言うが早いか、セイゲル軍曹は敬礼をし、簡易テントがある一角に向け駆けていく。それを見送りつつも、アレッシオはもう一度難民達を見回す。
「エメリア」
「あに?」
先ほどまで覗かせていた感情は自身の奥底に隠したように冷静な面もちで、小声で隣に立つエメリアに話しかける。
「撤退戦、となれば私は彼らを守りきる自信がないわ」
「……まあ、確かに護衛対象の規模がアレッシオ1人でカバーするには大きすぎるか。どうするつもり?」
「いくつかの条件にもよるけど、相当危ない橋を渡る事になりそう」
言葉の割には緊迫している様子もなく、ただ冷静に自分の見解を述べるアレッシオに頼もしさを覚えつつ、エメリアは運転で凝り固まった体を伸ばす。
「まあね、私じゃどうしようもないし、任せるわ」
緩みきったエメリアの言葉に「ええ」と一言アレッシオは頷いた。
「あの先の丘から街が一望できます」
林を抜け、傾斜が強くなる小高い地点をセイゲル軍曹は指さす。
「なるほど。ちなみに街まではどれくらいあります?」
「1キロ強といったところでしょうか」
「ギリギリですね。出来るだけ身を低くしてください。風下なので匂いは気にする事はありませんが、特定のGの視力では発見される恐れがあります」
「了解」
アレッシオの指示に、セイゲルは小声で頷く。
二人は林道切れ間、林の中に潜んでいた。
ちょうど一時間前、部隊の責任者であるイワノフ大尉と接見したアレッシオとエメリアは、現状の厳しさをまざまざと知った。
多数のGが都市を襲ったのは本日未明。明け方のもっとも人間の対応が遅くなるときだったらしい。警報が鳴り響き、駐屯していた二個大隊の兵力は果敢に応戦したが、奮戦虚しくものの一時間で基地は陥落。基地司令含めた兵士のほとんどは死亡し、住民の避難を警護していた第31空挺中隊と逃げおおせた少数の兵士達が現状の全兵力とのことだった。
武器弾薬、食料や生活用具も不足しており、それでも歩いて二日かかる内地の陸軍基地までどうにか難民を誘導しなければならない。
しかし、疲弊している難民達の移動ペースではGが襲ってきた場合、即座に追いつかれてしまうだろう。
その点をエメリアが指摘すると、イワノフ大尉も頭を抱えるしかなかった。
急かそうにも、負傷者も多い難民達に無理をさせては後々の道程がきつく、寒さも考えると場合によっては死傷者すら出しかねない。
だが、後方には獰猛なGが控えている。
まさに八方ふさがりの状況であった。
その状況を覆すために自分が派遣されたのであり、覆すための方法があるとアレッシオは兵士達に説明した。
突然来た華奢で女中姿のアレッシオがする、その“説明”に信用出来ず反発する兵士も少なくなかったが、イワノフが「信じましょう」と言ってくれたおかげでどうにかその場は収まった。
彼も内心は半信半疑であっただろうが、場をまとめる指揮官としてはそう答えるしかなかったのだろう。それに、彼らにすれば藁にもすがりたい気分なはずだ。アレッシオのメードという肩書に賭けるしかないというのが、現状。
そして今、実際にその説明通りに事を運ぶため、アレッシオはセイゲルの先導によって、Gの偵察に来ていた。
その間にエメリアとイワノフ大尉に陣地内の武器弾薬を集計してもらい、最終的な作戦を話し合う事になっている。
「自分が先行します」
空挺部隊という、最も有事に近い精鋭部隊に所属している事はあり、セルゲイの動きは見事なものであった。
林道から足音を立てずに出て、素早く丘に連なる傾斜に伏せる。そのまま匍匐で前進し、ある程度周囲を見回せる高さに来ると、安全を確認し、アレッシオに合図を送る。
それを確認すると、ひとつ頷き、アレッシオは跳ねた。
脚力を最大限に生かし、人間では到底真似できないであろう動きで低空を跳ね、即座にセイゲルの横に移動し伏せる。
その俊敏さにセイゲルは目を丸くする。
視線に気付いたアレッシオが修道女のような控えめで清楚な微笑をたたえると、バツが悪そうに彼は頭を振った。
「凄い物です。悔しいが私達がいくら訓練しても決して真似できない。ですが、ひとつ聞いて良いですか?」
「はい?」
無駄口だとは分かっていながらも、セイゲルは聞かずにはいられなかった。
「何故その格好を?もっと動きやすい服を着ればいいのでは?」
アレッシオは泥だらけになった自身のエプロンスーツを見る。
確かに機能的な服ではあるが、それは給仕をする為の機能であって、戦場には到底向かない。事実アレッシオはスカートの下には簡単な野戦服を着ているし、それは重々承知している。
答えを話すかどうか少し逡巡し、結局アレッシオは“理由”を自分の奥底から掬い出す。
「ケジメ、でしょうか?私達メードが人の為にGを滅ぼすべく生まれた兵器である事、それを忘れないための。例えば感情とか、背格好とか、人間に似ているから余計ですね。私達自身が兵器であるという事を忘れてしまう。この格好で戦場に立つのは、人間との違いを自身に刻むためだと私は思っています」
「……」
到底自分では推し量れない深い答えに、セイゲルはただ頷く事しかできなかった。人間の身である自分が何を言おうとも、説得力が無い気がしたからだ。
「つまらない事を言ってしまいましたね。忘れてください」
思い悩む様子も無く、事も無げにアレッシオは話す。もう、悩みなど過去に決別している。
それでも何か言いたげな顔をするセイゲルにくすぐったさを感じつつアレッシオはイタズラっぽく微笑んだ。
「それに、単純にこの格好が可愛いというのもあるのですよ?」
小首を傾げたアレッシオを直視することが出来なくなり、顔を赤くしながらセイゲルは丘の上を見る。
「あ、あそこまで進みましょう。そうすれば街が見えます」
(……そう、私は兵器なのだから)
前を進む兵士を見る。戦場に出て自分と同じように戦いに従事しながらも、自分とは決定的に異なる人間という種族。その存在に愛しさを感じ、そしてその感情を次の瞬間には胸の奥に押し込める。
兵器である自分にとって求められるのは友愛ではなく、力である。
その事を誇ろうとも、悲しもうとも思わず、ただアレッシオは事実として受け止めていた。
to be next...
最終更新:2009年11月24日 21:54