妄想メード戦記 4

「おかえり」

 陣地に帰還したアレッシオとセイゲル軍曹をエメリアが迎える。
 彼女は自分達のジープの荷台から医療品が入ったバックを下ろしているとこだった。
 重傷人に対して医療品が圧倒的に不足しているらしく、持って来た分でも足りるかわからないと、エメリアは嘆息した。

「それで、どだった?」

 荷下ろしを手伝うために横に並んだアレッシオにエメリアは手を止め、一息つきながら質問を投げかる。

「生き残っていたのは原初的なワモン級が40といったところかしら。発生した半数以上は基地部隊に駆除されたようです。でも、やはり冷寒地だけあって少し活動が鈍かったですね。感覚器官も発達が遅れているようでしたし、瘴気も薄かった」
「ふむむ。わかんないなあ。なしてそんな環境でそんな状況なのにそれだけの数が発生するかなぁ?」

 アレッシオの報告に、顎に人差し指をあてエメリアは考え込むポーズをとる。現地のGの評価報告も彼女の仕事である。今回のような希少な状況なら、特にその責務は重い。
 といっても、今回の事についてはすでに彼女の中にはある程度筋が通った推論があった。
 それはGが急速な進化が可能な生物であり、数代で種としての弱点を克服できるという特性を持っている事に起因したひとつの空論。
 すなわち、Gが“意図的”に自身が苦手とする気候に進出し、それに対する耐性を付けようとしているのではないか。というものであった。
 生物学的に考えれば、それは何千年というスパンで行われるが、Gにはこれまで人類が修得してきた知識や常識は通用しない。数年の内にそれを成し遂げてしまう可能性も多分にある。

(なんにせよ、調査には人員が必要か。人類共通の危機だというのに、人類同士の紛争で調査が不可能とは皮肉なものだな)

 心の中でそう締めくくると、エメリアは胸ポケットから1枚の紙片を取り出す。
 差し出されたそれを反射的に受け取るアレッシオ。

「ここにある火器の類はこんなものだね。てか銃云々より弾薬が圧倒的に不足してるのが問題かな」

 紙に殴り書きされているのは備品のリストらしく、綴りが独特な汚い字に少々難儀しつつも、アレッシオは内容を読み上げる。

「SKS43自動小銃が30丁前後。モソン・ヴォガンが12丁。DT28軽機関銃が8丁。デグチャレフが4丁。弾薬は各3装填分あるかないか。あとはF1手榴弾が相当数。それと、KBV重機関銃が1丁?!」
「ああ、それ?あそこにある装甲車の上に乗ってる奴。でも弾がベルト2本分、100発ないよ?」

 エメリアが指さした先には数台の軍用車が止められており、その中に1台だけ銃架が取り付けられている装甲車があった。

「なるほど。心許ないということに変わりはないですね」

 今度はアレッシオが考え込む番であった。
 歩兵が使用するような小火器ではGの外殻を破り致命傷を与える事は不可能といっていい。唯一それを可能とする方法は、メードが内蔵するエターナルコアからコアエネルギーという波動を伝播させ、弾丸の威力を飛躍的に高める事である。だが、ここにいるメードはアレッシオだけであり、それ以外の兵士が使う銃には効果がない。コアエネルギーを操り、周囲に影響を与える特殊な事例もなくはないが、残念ながらアレッシオにはそういった才覚の類は持ち合わせがない。
 多数のGを相手にした場合でも、単体でアレッシオが戦い抜く事は十分可能である。だが、もし大多数のGが兵士や難民を狙った場合アレッシオひとりではどうやってもカバーする事が出来ない。Gがアレッシオのみに攻撃をしてくるとは限らず、またもしもアレッシオが討ち漏らし1匹でも逃がした場合に、兵士達が被害無くそれを駆除するのは至難の業だろう。賭けをするにはあまりにも危険すぎる。難民や怪我人という足かせがある今、多数のGに対する確実な攻撃手段が必要であった。

「ひとついいですか?」

 長考に入ったアレッシオに、傍らにいたセイゲルが話しかける。
 本来はアレッシオはすぐにでも彼と共にイワノフ大尉へ報告をしに行かなければならない。だが、先にエメリアと共に考えをまとめたいというワガママをセイゲルに認めさせ、なし崩し的に彼もこの場に留まるしかないのであった。

「必ず、こちらから攻勢を仕掛ける必要はあるのですか?私が感じた限りではGは比較的に落ち着いているように感じたのですが?」

 アレッシオが部隊に説明した「現状を覆すための方法」その“説明”は、こちらから討って出る事。街に蔓延り、陣の後方に控えたGを即座に撃滅するというものであった。
 憂いを絶ち、被害を最小限にこの場を切り抜けるには、それしか無いと彼女は主張している。
 もちろん、歴戦のメードであり、Gに慣れているアレッシオだからの発案。
 そうではなく、初めてGの恐怖を知った兵士達から反論が出たのも無理はない。

 だが、何もアレッシオは無為な英雄願望や、戦意欲求からそのような事を言ったわけではない。これまでの経験則から導き出した、ある確信があったからそう言い切れたのである。
 イワノフとの接見時にした説明をアレッシオは繰り返す。

「Gは必ず追ってきます。今は街で狩りの成果として食事をしているでしょうが、それが終われば必ず生き残りを殺しに来る。そう、必ずです」
「しかし……」

 街の惨状を実際に見ながらも、セイゲルにはその話が信じられなかった。それは、彼はGをまだ虫の延長線上にある生物としか思えなかったからである。

「軍曹。Gはね、補食の為に人間を襲ってるんじゃないんだよ。奴らは私達を殺すために襲ってるのさ。奴らは人間を憎んでるんだ。それこそ人間が人間を憎むようにさ」

 珍しく深刻な表情を作り、エメリアは話す。
 Gがいかに特異な生物であり、その様が人間にどれだけ似ているのかを。決定的に違うのはGが他の生物との共存を考えない事である。

「多分明日の昼頃、気温が高くなるにつれこちらを追従してくるでしょう。時速40キロで追われては今から出発しても半日後には追いつかれます。たとえ車両を使っても少ない台数ですからこれだけの人数は――」

 そこまで話してアレッシオは気付いた。
 装甲車の横にジープなどの軍用車に紛れて、一台だけ輸送用トラックが止まっている事を。
 今まで特には気にしていなかったが、あのトラックは何を乗せて基地から逃げおおせたのであろうか?
 難民を運んでいた物にしては、台数が少ない気がする。

「ああ、あれは基地の車両ではなく物資運搬のために遠方から来ていた補給トラックで、避難してきた私達とここで鉢合わせしたんです」

 アレッシオが訪ねると、セイゲルはそう答えた。

「中身はなんですか?」
「砲兵部隊に配備されていた122mm榴弾砲の弾のみです。本体はとうにGに破壊されてしまったため、役には立ちませんが……」

 セイゲルがそこまで話したところで、突然アレッシオは補給車に向けて駆け出した。
 何事かとエメリアとセイゲルが後を追うと、トラックの荷台を開け、アレッシオは中から人の頭ほどの大きさがある砲弾を取り出していた。トラックの荷台にはまだ大量の砲弾が木箱に入れられ積み重ねられている。

「……これだけあればどうにかなりそうですね」
「お?何か閃いた?」
「ええ、奴らを一掃しましょう。今夜にでも」

 アレッシオは確信的な笑みを浮かべ、そう2人に宣言した。



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最終更新:2009年11月30日 19:21
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