(投稿者:Cet)
俺は、鎖という名の夢であった
少女は、鳥という名の夢を見ていた
しかし目覚めた青年は、それが現実だとは思わなかった。
寒々しい洞窟に身を潜めていた。しかしそれは仮の宿で、今日にでも立ち去る必要があった。
外から聞こえていた砲声が止んで、暫くが経つ、そろそろ時が来たと思うべきだ。
奥行きが百メートルはある、ひんやりとした空気の洞窟から、彼は抜け出した。久方ぶりの日光に両目を穿たれ、彼は片方の手で視界を覆い、暫くの間立ち竦んでいた。
やがてその光に慣れた彼は歩き出した。戦場を覆っているのは瘴気であった、他の何ものも、形をとどめてはいなかった。
兵器も、肉片も、全ては残骸と化していた。
戦ったどちらの側が勝者であるのか、彼には見当が付かなかった。辺りに散らばる残骸は、絶対数で言えばGのものが多数を占めていたものの、人間のそれだって、数えきれない程度に散見できた。
青年は歩く。
その瞳は精悍というよりは、どこか鋭利な光を放っていた。
グレートウォール大攻防戦は双方に多大な死傷者を出し、一応のところ膠着状態にあった。人類は形の上で大敗北を喫していたものの、残存兵力を上手く編成することで、後退し短くなった防衛線を一応のところ確保することに成功していた。
少女は、戦っていた。戦い続けていた。
少女は夢を見る暇など、持ち合わせてはいなかった。
少女はただ、自らが傷を負うこと、そして、誰かが傷を負うこと、それらを退けていた。
少女は戦う。そのことによってのみ、仲間も自分も救われるのだと彼女は信じた。
それでも、少女の同僚の姿は幾らか少なくなっていた。
風が吹いている。
吹き荒んでいる。
少女は、夢を見ることを望んでいた。
繰り返される戦いの中から抜け出す為に。
しかし、結局のところそれがままならないことも自覚していた。彼女は戦いの中に自らを埋没させる以外に、戦いを意識しない方法を持たなかった。
大切なものは、徐々に磨り減っていった。
どうにかしてそれを押しとどめたかった。
誰かを救いたかった。その為に、身を粉にすることはいけないことだろうか。
それはいやだ、と誰かの声が聞こえた気がした。
大切なものを守りたかった。
その為の術を、彼女は選ぶことができない。
青年は歩きながらに少女のことを想った。
どこにいても、彼女が舞う青く平和な空があることを祈った。
グレートウォール戦線の空は、灰色だ。土も、全ての風景が灰色の中に押し包まれている。
だけど、そんなのは関係なくて、どこかに少女の為だけのユートピアがあればいいと思うのだ。そしてそれが、自分自身であればいいと、思うのだ。
青年は歩く、歩きながら夢を見ている。
そして青年はそれが夢でないことを自覚している。
青年の見る夢は鎖であった。少女にとっての鎖であった。
青年は夢を見る、残酷な夢を見る。
少女の流す、涙を夢見る。
彼女が、自らのために流す涙があれば、それはとても尊いものだろうと彼は思った。
だけど、それは少女を縛り付ける鎖にしかならない。
そんなことは分かっていた。けれど、彼は知っていた。
彼には夢を見るしかないということを。
軋みだけが響き渡る、鎖の夢を。
最終更新:2009年12月04日 20:26