妄想メード戦記 6

 生物が焼ける匂いは、酷い異臭がする。
 特にその物が、生きながら焼ける場合は。
 鼻孔を刺激する臭気を孕んだ空気に、アレッシオは手を口にあてた。

 無数の死を弔うかのごとく、夜空に向け黒煙が立ち上る。
 ゆらゆらと、漆黒の夜空に混じり溶けて消えていく様は、どこかもの悲しい光景であった。

「我々の勝利だ!」

 歓喜の雄叫びがあがる。

 敵を殲滅し、勝利に沸き立った兵士達は各々その喜びを噛み締めるように歓声を上げていた。
 炎が煌々と周囲を照らし、兵士達の影が森の奥に向けて伸びる。
 その光景を、どこか遠いところの出来事のように、アレッシオは眺めていた。

 妙な浮遊感。

 彼等と共に喜び合えるほど、自分には“実感”という物がない。
 そうアレッシオは感じていた。
 確かに自分が今終結した戦闘に少なからず貢献したのは分かっている。むしろアレッシオがいなければ、結果がどうなっていたかなど想像に容易い。

 それでも、人間とGとの間に起きた戦争に、兵器として参加している自分はどこか異形だ。
 人を守り、その為にGを駆逐する。そのこと自体に疑問を持つわけではない。
 ただ、やはり彼等人間の隣に並び、共に喜び合う事は、どこかはばかられる気がする。
 それは立場の違い、そして命の重さの違いなのだろうか?

 そんな事を考えても仕方ないと分かりつつも、どうしても考えてしまう自分自身に、アレッシオは心の中で苦笑した。

「ありがとうございます。貴女の御陰だ」

 駆け寄ってきた兵士のひとり、セイゲル軍曹がアレッシオに謝辞を告げる。
 卑屈な考えを胸に仕舞い、笑顔を浮かべる。
 人間の笑顔を守るために戦っている。その事に自身が喜びを感じる事は間違いではない。それは、違えてはならない。

「皆さんの協力があったからこそです。これは貴方達の勝利です」

 控えめに紡がれた言葉に、セイゲルはいつぞやと同じく、言葉を詰まらせる。
 だが、すぐに頭を振り、アレッシオに向き直る。

「失礼だが、貴女はもっと自分を誇って良い。確かに特別な生まれであり、私達人間と貴方達メードは違う。私自身もそれは思い知らされた。だが、貴女が同志、戦友である事に変わりはない。紛れもなく貴女の御陰で勝ち取った勝利であり、私はそれを誇らしく思う」

 淀みなく、心からそう語るセイゲル。
 自分たちの窮地を救い、多くの人を救ったアレッシオが、どこか一歩退いたところにいる。
 確かに本人は賞賛も、武勲も望んではいない。
 それでも、軍人である彼にはそれを見過ごすことが出来なかった。
 アレッシオの姿勢は確かに自己犠牲の上に成り立った美談のようであり、人間と兵器という線引きはそうあるべきものだ。
 だけど、戦いに従事する者としてはとても卑怯だ。

「だからこれは、私達、皆の勝利だ」

 万感の想いを込め、そう目の前の人の心を持った兵器に投げかける。

 勝利の喜びも、敗北の悲しみも、全て分け合う物。
 敗因をひとりで背負い、勝利をひとり味合わないなどという事はとても卑怯だ。

「……戦友」

 アレッシオは何かを確認するようにその言葉を繰り返す。

「そうですね」

 そう頷いた彼女が、その言葉をどう受け止めているか、セイゲルには分からなかった。
 ただ、アレッシオが浮かべた笑顔は、紛れもなく本物であった。







「何か良い事あったわけ?」
「……特には」

 難民を近隣基地に受け渡し、任務を完了。ヴォ連軍と別れて帰路に着いたエメリアとアレッシオは、ジープに揺られ、帰りの航空機が手配されている空港に向かっていた。

 寒い寒いと小刻みに小言を発していたエメリアであったが、アレッシオがうるさいと小言を言って来ない事に少し違和感を覚えていた。

 それを“良い事”があったからととらえたのはただの勘であったが。

「ただ、私は何の為に戦っているのか、再確認できただけです」

 窓の外を見ながら、そうぽつりとこぼしたアレッシオは、服の上から胸元の十字架をなぞった。

「ふーん。まあいいんじゃないの?アレッシオが何の為に戦おうと、私のやることは大して変わらないし」

 イタズラっぽく笑い、ハンドルを切りながらそう言ったエメリアに、アレッシオは同じ笑みを向ける。
 そして、分かり切った答えを聞くため、疑問を口にする。

「エメリアのやること?」
「そう、私のやること。ひとりじゃ頼りないメードのおもり」
「よく言います。私がいなければ仕事にならないくせに」
「そりゃあね。お互い様ってもんだよ」

 会話の応酬の締めくくりとして、2人は笑い合った。

(人の笑顔を守る。そして、共に歩んでいく。それが私の戦う為の理由)

 また、十字架をなぞる。
 その手触りはどこまでも優しい。

 もう一度再確認した理由。それは――

「あ!?」

 エメリアの突然の奇声に吹っ飛んだ。

「……どうしました?」

 来襲する嫌な予感のオンパレードに既に頭痛を引き起こされつつ、怖々とアレッシオは聞く。

「いや、何というかね、私も忘れてた訳じゃないんだよ。たださ、基地に着いた後色々煩雑だったからね。中隊長さんにお願いしとけば良かったなあ。あ、そういやあの人大喜びしてたよね。アレッシオの事同志アレッシオとか呼んでさ。同志といえば――」
「エメリア、早い話が何です?」
「……ガス欠」

 エメリアが言うや早く、ジープはゆっくりとその速度を落としていった。

 ガソリンタンクを片手に寒中マラソンをすることになったアレッシオは、これほどまでに自分がメードであった事を感謝したことはなかった。



END
最終更新:2009年12月10日 22:00
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