(投稿者:Cet)
夢を見ていた。
真っ白な夢を見ていた。
ここはどこだろう、と俺は自問する。
ここは現実、少女は答える。
ここは貴方の望む世界。そう応える。
だからこそ、俺はこの世界から素早く立ち去らねばならなかった。
俺はどこに行くというのか。
暗闇の中へと落ちていく。
しかし、貴方の目指す光は、そこにしかない。
少女の声が、残響のように聞こえた。
ヴィルヘルム・エーレンハイトはその男を目にした。背は自分よりも大分高いが、これでも平均より少し上くらいだろう。
その痩せた男の目は落ちくぼみ、頬は削げていた。一体どんな戦いを続ければこんなになるのだろう。当時補給部隊の一員で、比較的安全な地方で支援を行っていたヴィルヘルムには、ついぞ見当が付かなかった。
陣地内部の道、その脇の盛り土に腰かけた男が、こちらをぎんと見遣った。
あ、似ている。と青年は直感した。男は彼と、どことなく似た風貌をしていた。男も何か感じるところがあったのか、眉を潜めてこちらを尚睨んだ。
「あの」
声を掛けてたのは、ヴィルヘルムの方だった。そしてそれは意識して出した声ではなかった。
「何」
「どっかで会ったことがあるような気がして」
「そんなことはない、他人の空似さ」
男は言うと、視線を正面へと向けた。
「仕事があるんだろ、俺に構わないでくれ」
「すみません」
ヴィルヘルムはそう言って、男の脇を通り過ぎていく。でも、きっと男の方も気付いているだろう、と彼は考える。自分自身が似ていると感じたのなら、きっとあの人も同じことを思っただろうと。
しかし何故だろう。彼は自問する。一体彼と自分のどこが似ているというのか、少なくとも自分の目は落ちくぼんでもなければ、頬は削げていないし、何よりあんな鋭い目付きで人を睨みつけることはない。
しかし――、と彼は考える。あの人の鋭さというのは、どこか鈍さを伴っている、と。
まるで、すっかりくたびれてしまった刃のような、鈍い眼光。
それは確かに、どこか自分と似通っているように思えた。
ヴィルヘルムは立ち止まった。男の方を振り返ると、男もまた彼の方を見遣っていた。
「……名前を聞きたいんですけど」
「何だ、
エフェメラだ」
「いえ……俺の名前はヴィルヘルム、ヴィルヘルム・エーレンハイトです。あの、ファミリーネームの方は」
「無い。俺は人間じゃない」
人間じゃないわけがなかった。ならば彼はGだとでもいうのだろうか。
「俺はメールだ、出来損ないのな。
戦闘力に劣った、ただ胡乱な刃だ。切れなんてものはない、テメエが傷つかないように心配するのが精一杯の」
「メール……」
彼はその男の顔を見遣った。
その削げた頬も、くぼんだ瞳も、つまるところ戦いの中で錬磨されて培われたものなのだということを理解したのだ。
「……俺は、羨ましいですけどね」
「何を言ってる?」
「俺は俺の命だけじゃ、何にもできません。精々補給に手を貸しているくらいが、一番適任なんです」
「ふざけるなっ」
男は血走った眼で怒鳴った。
あ、鋭い。彼はそんな風にぼんやりと男の豹変振りを把握する。
「俺は、Maidなんざ大っ嫌いだ。こんなものは、この世界に必要ない」
「そんなことはない、俺は、俺だけで何かを成せるとは、思えません」
「メードは、この世に必要のない存在なんだ。お前に何が分かる」
ぐっ、とヴィルヘルムは足を踏み留めた。何やら目の前の男から吹いてくる轟風に負けてしまうと、これから自分がどこか暗い闇の中へと墜ちてしまうような、そんな気がしたからだ。
「……そんなことはない。メードがいないと、俺たちはそもそも生きていけやしないんですよ」
「だとしても、そんな生命に何の意味がある、こんな石、意志を奪い、そして誰かを
"誰でもなくさせる"
俺はっ」
男はその言葉を継ごうとして、そして我に帰ったように、目を白黒させて、そして何度も喘ぐように呼吸をした。
「お前、俺と似ているな」
「……そうですね」
「半身を失ったのか」
「いつどこでか、分かりませんが」
ヴィルヘルムは頬を緩めて、そう言った。
彼の瞳に、薄暗く鈍い光が宿った。
男は、不意に毒気を抜かれたように俯いて、ぼそりと呟く。
「……少なくとも、俺は、誰でもない」
「でも、貴方は貴方ですよ」
ヴィルヘルムはそう言うと、何故か少しだけ気恥ずかしく思い、そして踵を返した。
「俺は俺です」
そしてその場から去って行った。
エフェメラは、視線を正面に向けて、そしてどこか遠い場所を見るように風景を眺めていた。
最終更新:2009年12月20日 23:10