weak

(投稿者:エルス)




 それからの行動は素早かった。拘束されていた私はブルーノー少尉と共にE-トランクに詰め込まれ、スミス大尉は例の兵士達に連れていかれた。
 素早い、というよりは早すぎで、自分の心が整理しきれず悲惨なまでに散らかっているのを自覚して、私はやっと返ってきた温もりに安堵する。
 私の膝の上に、エイミーが座り、眠っていた。呼吸をする毎に、私は何もしていないというのに何故か達成感を感じる。
 そんな奇妙な感じに疑問を抱いていると、アレックス一等兵がフフンと鼻を鳴らした。

「ご機嫌なのは良い事だ。ま、ご機嫌なのは俺も、少尉も、軍曹も、だがな」
「おぅおぅアレックス、何処の少尉がご機嫌だと?頭狂ったか?それともお前は火星人か?」
「酷い言い様だ。見てみろ技術屋、このおっさんが怒り心頭ながらもその悪人面で不器用に笑ってる様を」
「アレックス、ご機嫌軍曹からのアドバイスだ。長生きしたいなら口を結べ」
「サー・イェス・サー」

 早口でベラベラと繰り返されるマシンガントークに、私はやはり入っていけなかった。
 それでも、これもやはりと言うべきなのか、笑えてしまう。
 一気に緊張していた身体が解されて、無意識に筋肉を強張れらせていたと言う事を今更にして気付いた。
 そして気付けば、三人の視線が私に集中していた。

「そうだよ、その笑顔だ」

 親指を立てた拳を私のほうに突き出してデイモン軍曹が優しく微笑んだ。

「ベリーグッド、良い笑顔だ」

 足を組んで、豪快に笑いながらアレックス一等兵が私に人差し指を向けた。

「てめぇにゃお堅い表情は似合わねぇ。それでいけ、その顔を忘れんな」

 獰猛な笑い声と悪人面で、子供が泣き出しそうな程怖い表情で少尉が言う。
 今までの私の顔がどれだけ追い詰められ、張り詰めていたのかは分からない。
 それでも、今の私は笑っているのだ。怒りと悲しみで周りが見えなかった時よりも、心が澄んでいる。
 私は、心配されているのだ。
 そんな事に今更気付き、私は目を擦った。
 ぼやけた視界の中で、ポタリポタリと水滴が落ちていくのを見た。

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

「面倒な事になったなぁロジャーズ、お抱えの私設軍隊がいきなり潰れるか?」

 クリストフォロスの国防総省にある事務室で冷め切ったカフェオレを啜りながら、わたしはその皮肉めいた声を聞いていた。
 深夜になってノックも無しに事務室に入り込んできたこの男は、余程荒んだ生き方をして来たのか、このような皮肉を並べた言葉を吐く。
 しかし、まぁ、それも的を射ているので此方としては何も言えず、普通なら腹が煮え繰り返るところだろうが、幾ら怒りを燃やしたところで良いことなど一つとして、無い。
 だから、わたしはこうして聞きながら頭を働かせて、その射られた的をどうするかを考えるのだ。
 そうしなければ、そこらに転がる無能家畜豚と同類となる。

「だとしても二期生だけだ。一期生が潰れる筈が無い。クラウだぞ?お前の耳にも噂は入ってる筈だ」
「ゲリラ戦法で離反メードを始末した女、だろ。知ってる。しかし、元を辿れば孤児で、いろんな男に抱かれて、薬漬けにされた女だ。英雄にするには悲劇性が有りすぎる」
「論点をずらすな。お前の悪い癖だ。兎も角、ここにそんな報が届いているんだ。仲間を見殺す女ではない」
「対人部隊が対G戦闘、だと?面白くも、つまらなくもないジョークだな。パチンコでアンクル・サムが殺せるか?」
「要は、物の使い道だ。それに精神と実力、環境、諸々が添付され、状況が生まれる。クラウは―――」
「それに特出している、と」

 わたしはそれに頷く。事実、彼女の戦闘力、いや、バイタリティーは常人を逸している。どんな状況下だろうと、どんな手段を用いようと、作戦を遂行し、帰還する。
 満身創痍の彼女を、わたしは三度、見たことがある。一度目は後方の軍病院から抜け出そうと、包帯に血を滲ませて止めに入った医師を突き飛ばした時。
 二度目は戦線の視察をしている最中。塹壕の中で少佐の階級章を付けた指揮官の胸倉を掴んでいた時。三度目は対人部隊設立に向けた訓練中に見せた。
 あれは、人間を見る目ではない。蟲や、塵を見るような、明らかな拒絶の目だ。殺気はなく、ただ相手に恐怖と無意識の苛立ちを与える、そんな目だ。
 勿論、何時もはそんな目をしていない。もっと子供らしく、明るい目だ。
 彼女には二面性がある、と何時かの中尉が言っていたが、意識してやってるのだから、それはしょうがない。

「しかし、これは変だな」
「一介の将校が何をやっても、意味が無いだろうに」
「それはわたしの台詞だ、ロイ」
「知ってる。まぁ、言うなら、軍は思ったよりも纏まっていない、ということさ」
「なんだと。この期に及んで、か?」
「いや、元々、だ。黒人亜人騒いでる時点で、纏まれないのは見えてる。人間、自分が一番って思い込みたいのさ。馬鹿だよな」
「まるで、自分が人間じゃないかのような言い草だ」
「そうさ、人間は自分で人間ではないと思い込めば、思考だけでも非人間に近づく。例えば、自分はGだと思い込んだりだ」
「冴えないジョークだ。Gに思考があるとは思えん」
「その驕りだ。人間が、人類が纏まらないのは。驕り、いや、自意識というものが統一に大きな支障を出している。自立故の、さ」
「待て、ロイ。ここでお前の考えを聞かされたところで、わたしは何も出来ん。そろそろ仕事に戻れ」
「ふむ、確かに。そうだな。ここでおれが論点をずらして語ったところで、何もならないな」
「そうだ、分かったなら行け。わたしはこれでも忙しい」
「盤上の戦は楽しいかい?」
「辛いよ、駒はわたしと同じ人間だ」
「違いない。やっぱりお前は人間だな、ロジャース。知ってるか?人間は考える蘆なんだぜ」
「それは、おもしろい喩だな。しかし、それなら、メードはどうだ。考えるフライパンか?」
「それこそおもしろい喩だ。攻撃にも防御にも転用出来、一般生活に溶け込み、その上頑丈。ロジャース、お前は天才だ」
「ハイスクールの成績表を母に見せたくなくて豚に食わせた奴に言うことではないな」
「撤回する。センスの良い馬鹿だ」
「それこそ良い喩だ。百点満点だ」

 互いに鼻で笑い合い、ロイは堅苦しい仕事場へ戻り、わたしは視力ばかりが低下してゆく机仕事をほっぽりだし、外出する事にした。
 部隊のことならば、クラウに任せておけば大丈夫だろう。損害が出るとしても、それは多少の事。そう思って、わたしは胸中で蠢く不安を蹴散らした。
 兎も角、今は外出だ。そうとも、さっさと外出だ。
 腹も空き、月に一度は腱鞘炎になる腕の限界を覚りお気に入りの喫茶店の落ち着いた雰囲気を思い出しつつ、ドアを開けて足を踏み出す。
 と、踏み出した足が何かを踏んだ。何だ?と思いつつ視線を上に上げていくと

「あらあら、まだ仕事の時間ですのに、何処へ行くのですか中将殿?」

 ………ガッデム、秘書のクリスティナだ。
 どうやら私は明日の夜中まで仕事をしなければならないようだ。
 ハイスクールの時に宿題をガキの口に詰め込んだりした罰が今更何倍にも増えて襲い掛かってきているのか。
 兎も角、これだけは言わせてもらう。

「Shit……」

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 恩師であるノーマン中佐に「綺麗だ」と言われたのをきっかけに伸ばし続けた長い髪が、今は鬱陶しく感じられた。
 といっても、迎えのジープがあまりにも遅く、待つのを止めて全速力で走っていると、前髪が額に張り付いて気が散るからだ。
 心と体を酷使するのは慣れているが、今の私はそんなことが初めからなかったかのように焦っている。
 その暴走する感情を自分で理解していながら、私は抑えられない。こんな事は初めてじゃなかったけど、ここまで自分が熱くなるのは、初めてだった。
 対人部隊の一期生としての責任感ではなく、共に厳しい時を過ごし、共に笑いあった仲を持つ、一人の人間としてその灯火が水に落ちるのを見ていられないからだ。
 足が、体全体が熱い。肺は酸素不足を訴えて激痛を走らせ、元々上出来ではない頭は今なにを考えていたのかすら蒸発させる。
 こんなに真剣に意味のない事をやるのは、生まれて初めてのことだ。
 クラウという人間は、何時も冷めていたはずなのに……

「隊長!やっと追いついた。さっさと乗ってくれ!」

 ポン、と意識が現実に戻るとジープが右を走っていた。迷うことなく後部座席に飛び乗り、荒れた呼吸を正すのに暫く時間を使う。
 実戦装備のまま長距離を走るのは、流石に人間では無理がある。
 無理矢理回転数を上げられている感じのエンジン音を聞きながら、運転席でハンドルと格闘しているパーシーに声をかけた。

「すごいでしょ、オリンピック行けるかな?」
「いらんジョークも程ほどに。俺の予想じゃ、もうドンパチやってるんですから」

 あぁ、そうなの。と、早くも冷め始めた頭で思う。

「状況知らせ」
「イエス・マム。二期生はE-トランクを主戦力としてウォーリアを迎撃するつもりだと思われます」
「駐留していたM4シェイマンは?」
「予定より早く前線に出て行ったみたいで、格納庫は蛻の殻だそうで」
「絶望的だな。スミス大尉は?」
「負傷していますが生きているそうです」
「そうか」

 悪路を無理矢理進んでいるせいでジープが跳ねる。
 月明かりとライトだけが光を放つ荒野で、まだまだ先の戦場を思い浮かべて、私は息を吐く。
 間に合ったとしても出来るのは撤退を支援するくらいだ。他に何か出来るわけでもない。

「無力ってのは、嫌なもんだね、パーシー」

 私は何時もの、元気で健気なクラウの口調で言った。

「まぁ、胸糞悪い事この上ないのには同意しますよ」
「ところで、アンタと私以外の隊員は?」
「俺たちより前ですよ、俺は隊長を拾うのに時間使ったんで」
「あ、そうなの。御免なさい。それで、私達だけで戦えってことに変わりは無い訳?」
「いや、ノーマンの鬼がお抱えの部隊を移動させてるとこで、何十人か来るそうですよ」
「へぇ」

 適当に答える私は、正直眠りたかったが眠れば体が固くなるので出来なかった。
 毛布くらい欲しかったが、急いで飛び出してきたらしいパーシーがそんなもの持っているわけもない。
 深夜の風は、二人でいるには少し寒いのだ。
最終更新:2009年12月30日 00:54
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