オーニロ

(投稿者:Cet)



夢から覚めるにはどうしたらいい? と青年は青年に聞いた

そんな方法はないんだ、この世は夢でもないし現実でもない、双方は対置不可能なんだよ。青年は答えた

暗闇の中に顔を埋めたい、と青年は言った

明けない暗闇は無いが、君自身という有限は、きっと滅ぶことがないだろう。青年は言った





「黒旗万歳! 死ねぃ」
 五人で編成されたメード部隊を前にして、ブラウは逃げる。重機関銃の弾丸が空気を叩きつつ肉体を掠めていく。夥しい擦過傷にまみれていた。
 グレートウォールの荒野を逃げる。俺は死ぬわけにはいかないのだ、そう心に念じて。
「世界は変革を迎える、貴様はその礎となれ!」
 そのメードは叫んで、獣のように駆けた。重機関銃をまるで棒きれのように振り回し、そしてエネルギーの充填された弾丸は地面を耕した。
 相手の戦闘能力が自身と比較にならないことを、ブラウはよく理解していた。
 だからこそ逃げていたが、しかし彼らは逃げる方向すら誘導せしめた。ブラウは包囲され、友軍に助けを求めることもままならなかった。
 そして、今、万事休している。
「死ね」
 追いつめられたブラウの目の前で仁王立ちをする男がにやりと笑って、そして引鉄を引こうとした。直後、男は重機関銃をぐいと振り回して、そして掃射した。ブラウは無事であった、男はバックステップで回避を図る。というより、横合いから現れた何者かに対し、距離を取ろうとしていた。
 ブラウの視界を、影が横切っていった。辛うじて姿を捉えられる程度のスピードで、その影は男に向かって肉薄した。
 がきぃん、と鈍い音が響く。鉄と鉄がぶつかり合う音だ。
 気が付けば、追っ手は男を除いて全て死んでいた。肉を裂かれて、地面に倒れ伏していた。メードの強靭な生命力を蔑ろにするような殺し方であった。
「雑種!」
 男は叫ぶと同時に、機関銃を乱射する。影は被弾した、しかし悠然と佇んでいた。
 影は男に飛びかかって、そしてナイフをひらめかせた。男は胸元を切り裂かれると、もんどりうって倒れた。肢体はなおびくびくと痙攣していた。
 動かなくなった。影がこちらを見遣った。
「よおヴィルヘルム!」
 ブラウはその名前に覚えがない、記憶は、少なくともない。
「ブラウだ、エフェメラ」
「そうかブラウ、それで、俺はお前を助けたワケじゃない、むしろ今すぐにでも引き裂いて殺してやりたい。だって全てのメードは滅びるべきだからな」
「そんなことはないだろう」
 ブラウは小銃をやおら持ち上げ、発砲した。かの頭部を捉えた銃弾は、弾かれて落ちた。
「残念だが、俺はもうどんなメードにも引けを取ることはない、あのジークフリートさえも俺には勝てまいよ」
「どうだか」
 ブラウは腰に差していたナイフを取り出すと、エフェメラに向かってかざしてみせた。
「お前、どうしてメードを襲ったんだ」
「そりゃ、気味が悪いからさ、間違った存在なんだ、あいつらは」
「どうしてそうも言い切れる」
「とっかえひっかえするだけで生まれてくる命なんて、気持ち悪いじゃないか」
 ブラウにはエフェメラの言うことがなんのことやらさっぱり分からない。
「何の話だ?」
「こっちの話……それはブラウ、お前も例外じゃないんだぜ、お前にも『石』が埋め込まれている」
「大体分かる、俺は自分自身のことを良く分かっていないが、しかし奇妙な違和感だけは常々感じているからな」
「ほう」
 エフェメラは輝く笑顔を浮かべた。
「上出来じゃないか、どうやってその違和感に辿りついた?」
「別に、生まれた時からこの調子だ」
「そうか、俺は、生まれる前からこの調子だ」
 エフェメラが微かに身体を縮る、それを解き放った瞬間、ブラウは自身が死に至るであろうことを理解した。
「まあ待てよ、どういうことなんだ」
「ああ?」
 エフェメラは、自身の行動をむげに制されたことに不満顔をする。
「生まれる前? そんなの有り得ないじゃないか」
「お前、自分自身の違和感の正体に気付いていないのか」
「いや」
 正直よく分かっていないのだが、しかし、声がするのだ、半身を求める声が。
「俺には分かる、それは、恐ろしいものだ、石と肉がくっつくと、メードは生まれ、そして時折、その時のことを記憶することがあるのさ」
「それが、違和感の根源か?」
「ああ、しかし俺のは少し違う、というのも、俺のは明確な声になってるからな、メードを殺せ、殺せ、そしてメードを生みだした人間も等しく殺せ、って」
「恐ろしい違和感だ」
「いや、寧ろ最近はそのことに整合性すら覚えるようになった」
 エフェメラはにやりと笑ってみせる。
「だって、その声に従うことで、俺は俺になっていく気がする」
「それは結構なことだが、だからと言って俺を襲うのは勘弁してくれ」
「いや、これも必然だ、お前は俺が俺であることが如何なることなのかに示唆を投げかけた男じゃないか」
「いや、だからそのことこそ記憶に無いわけだが」
 エフェメラは怪訝そうに顔を歪める。
「本気で言ってるのか?」
「ああ、忘れたのか、そもそも経験すらしていないのかは定かじゃないが」
「もういいや」
「いや良くない、それで、何でメードを殺すって?」
「俺の半身を汚したからさ」
 エフェメラの言葉に、ブラウは著しく反応してみせた。
「半身! お前もその手合いか」
「ああ」
「馬鹿らしい!」
 ブラウは一言に付した。
「ああ?」
「馬鹿らしいよお前! そんなことをしている場合か?
 半身を求めろよ! その他に何をしたって無駄だろう」
「半身は滅びたんだ、だから俺はそれを求めることができない」
「そんなことはないさ、お前のやってることは少なくとも無駄そのものだよ」
 ブラウは飛びかかった、先程から握りしめていたナイフで、エフェメラの心臓辺りを突いた。もつれ合ったところで、手刀を繰り出す。頸動脈を狙ったそれは見事に喉を抉った。
 がしり、と太い管を掴むと引っこ抜く。
 動きの鈍ったエフェメラに突き刺したナイフを、抜いては突き刺す。暫く繰り返すことで、それは動かなくなった。
 真っ赤になったそいつの姿をブラウはしばし呼吸を乱しつつ眺めた。


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最終更新:2010年02月04日 22:51
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