(投稿者:Cet)
白い部屋には窓がなかったので、僕は息苦しくもそこで『待機』していた。
僕はメードなので、戦わなければならない、そして、戦わなければならないので、戦闘や訓練以外の自由に制限を受けている。
だから一日の大半を、一人、この白い部屋で過ごす。
「?」
しかしその日は違った。
少女がそこにいた。
「やあ」
少女はそうやって声をかけてきた。
彼女はこちらに向かって歩いてくる、金色の髪がゆらゆら揺れる。
「貴方は? というか、ここには誰であろうと部外者が入ることはできないはず」
「それはつまり、コレが夢だからだよ」
そうだったのか、と僕は少し納得する。
「ところで貴方の名前は?」
そう僕が聞くと、彼女は何やら答えに迷っている具合で暫く佇んでいた。
「いや、それは答えることができない」
暫しの沈黙の後で、彼女はそう述べた。
「何故?」
「というのも、その、なんだ、君には見せたくないものがあるかい?」
「あるとも」
そう僕が答えると、彼女は微笑んだ。
「そういうことだ」
「なるほど」
名前を明かすことが、自らの内面性を暴露することに繋がる、ということだろうか。何にせよ僕は彼女の忌避感を受け入れた。
「それにしたって、貴方はどうしてここへやって来たんです?」
「そりゃあ、夢だからさ、夢っていうのは不条理なものだしね」
金髪の少女はどこかけだるそうに、しかしどこか楽しそうに言う。
つまらない、という感覚を楽しんでいるかのようだ。
「ところで、君は、詩は好きかな?」
僕はその問いに、言葉を詰まらせた。
「流石に夢だけあって、理不尽なんですね」
「それはまた、さっきの会話から何を学習したって?」
「つまり、言いたくないということです」
「なるほど、しかし、沈黙は時に肯定を意味することも、ままある」
全くだな、と思う。
こういう場合には、発言しないことが決して利をもたらすとは限らないようだ。
「つまり、好かない、ということか」
「大作と呼ばれるものに限って理解の届かないことが多いのが、コンプレックスなのです」
しかし、これもまたよくあることだと僕は思う。
「なるほど」
少女はそう応えたっきり、黙ってしまった。
何か気の利いた返答の一つでもしてくれて、僕の憑き物を落としてくれるような流れだと思ったのだが、そうでもないようだ。
「何かアドバイスはありませんか?」
野暮かも知れないと思いつつも、僕は彼女にそう促してみる。
彼女は依然どこかしぶい顔をして考えている。
「コンプレックスを殊更に覚える必要はない、むしろそれはマイナスの作用が大きいからね、それでいて、詩によく接すれば、いずれ良さも分かるさ」
そして、彼女は何やら月並みな言葉でお茶を濁した。
「仕方ないですね」
「ああ」
少女は歯切れ悪く応える。
二人の間に、沈黙が降りる。
「しかし、君はこう思っているんだね」
そこで、少女は言った。
「詩情さえ理解できれば、この世に不思議なことなど何もない」
僕は、その言葉が存外的を得たものであったことに暫く驚きを隠せなかった。
「全く、その通りです、例えば、女性の気持ちとか」
「確かにそうだな、私もそんなことを考えたことがあるよ」
少女は自らの汚点に成り得そうな言葉を、極めてあっけらかんと言ってのける。
「まあそれが真実であるのかどうかはともかくとして、何故、君の一人称は“僕”なんだい?」
そして、その問いに僕はお決まりの答えを返す。
「そりゃあ、貴方が女性で、僕が男だからじゃないですか」
「いや、それはおかしい」
少女は頭を振ってから、なるほど、と一つ言う。
「私はね、君みたいな人は嫌いじゃないよ」
「なるほど、変わり者なんですか?」
「そうじゃない、君も中々意地が悪い」
つまりそうじゃない。少女は繰り返すように言った。
「詩情を解したとしても、分からないことはきっとたくさんあるのさ」
「なるほど」
私がそう応えると、彼女はくるりと踵を返した。
「どこへ?」
「私はどこにもいけない、そうだろう?」
「全く、その通りです」
僕は、白んでいく世界の中で、少しばかりシニカルに笑みを浮かべる。
「さようなら」
「ああ、さようなら」
最後に、少女もまた、笑ったように思えた。
最終更新:2010年07月21日 23:55