Chapter 4-5 : 善悪の彼岸 ~Maximum Bet~

(投稿者:怨是)


 ――1945年4月18日、グレートウォール以南のアーカムブルク軍事基地跡にて。そびえ立つ大型ロケット弾頭の傍らに、二つの人影が佇んでいた。
 ここは、人など住めた場所ではない。瘴気が常に濃霧となってたちこめ、生身の状態で数分でも長居すれば呼吸器が壊死して絶命する。にも関わらず人型の生命体が悠々とこの大型ロケット弾頭を眺めていられるのは、ひとえに彼が尋常ならざる身体構造を有しているに他ならなかった。

「こいつを帝都にぶつければ、あの忌々しい宮殿もろとも粉々って参段だ。ただ問題は……本当に飛ぶのかって話だな」

 両目を眼帯で覆った男が満足げにV2ロケットを眺め――厳密には両目が無いので“眺めた”という表現に語弊はあるが、彼としては眺めているつもりらしい――ながら、隣の眼鏡をかけた男に語りかける。

「もし目標から外れたとしても、帝国の政府に大打撃を与えられるのは間違いないよ。生憎と、兵器の専門家が仲間に居ないから保障はしかねるけどね」

「コイツだって物理と科学の延長線上だろ。お前の得意分野じゃねェか」

 眼鏡の男が苦笑した。厳密には盲目の男が、目の前の彼の苦笑いによって漏れ出た音を可視化した。

「知識は万能じゃないよ。こいつを隅々まで分解したら元に戻せる自信がないしさ。でも、出来る限りの調整はする」

「頼んだぜ。狙いが外れちまったら意味が無ェからな」

「ところで、そこまでして帝都に拘る必要は? あの付近一帯は重要な施設が集中している。何処に当たっても大きな打撃が与えられる。それにGが兵器を使い始めたとあれば、彼ら人類は充分にうろたえるんじゃないかい?」

「いや、最初の目標はあくまでも帝都だ。英雄様の誕生日パーティが一瞬で火の海になってくれなきゃな。まずはあそこを滅茶苦茶にしてやらなきゃあ、俺のパーティは始まらねぇ。両方やるって事に意義があんだよ」

 帝都に大打撃を与え、尚且つGしか生息していない筈の地域から人間の兵器が飛来する。そのサプライズを提供する事で、社会を引っ掻き回す。悪戯心と形容するにはいささか物騒すぎる計画に、またしても眼鏡の男が困ったような笑みを浮かべた。

「そうかい。何にせよ、無駄遣いはできない。このV2や発射台、その他諸々を購入するための資金繰りだって、かなりの無茶をしたんだってな。ウォーマがぼやいてたよ」

「そこはちょっとした荒技って奴よ。だがまぁ、支出分はきっちりと回収してやるつもりさ」

 盲目の男はそう云って、指で硬貨の形を作った。

「樹海コーヒーで、かい」

「何度も云うが、その呼び方はやめろっての。“アンダードッグス・ブレンド303号”っつぅ列記とした商品名があるんだからよ。まぁ人間どもの口からも、こいつは美味だと評判だ。フロント企業はあくまでもクリーンにやっとかないとな」

 既に試供品を方々にばら撒いて、事務所にて感想の手紙を受け取っている。馴染みの店にも提供したが、やはり反応は上々だった。安さの秘訣はここから離れたバストン大陸の樹海で賄われる、無償の労働力――それ故に眼鏡の男には“樹海コーヒー”などと揶揄されるのだが――である。この調子で本格的に生産ラインに乗せれば、経済から攻め込むのは容易いだろう。そしてまた、V2の炎に逃げ惑う者共を救うのは一杯のコーヒー、それも豆から精製した本物の味だと相場が決まっている。この眼帯男も、生まれて最初に口にしたのは、一杯のコーヒーだった。
 眼鏡の男は、今度は意地の悪そうな笑みに口元を吊り上げた。

「人間社会を遺憾なく楽しんでらっしゃるようで」

「そう云うお前も俺と同じく、社会を弄繰り回す快感にすっかり病み付きじゃねぇか。声音は嘘を付けないもんだぜ」

「まぁ、ね。日頃から見下してる存在がすっかり社会を侵食していたなんて、これほど愉快で痛快な話も無いだろ? ストレイドッグス・カンパニーもといレギオン・グループの代表取締役、ジャン・E・リーベルトさん」

「だァーからやめられねェんだ。人間観察ってのはよ!」

 二人の男が、立ち込める瘴気の中で哄笑する。そこに割って入ったのは、巨躯の女だった。女は、肩を怒らせながら――否、実際に全身から怒気を立ち込めて男達を交互に睨み付けた。

「……いつまで無駄話してるんだい、カ・ガノにトリーノ」

「ヴァカヂか。単純馬鹿のお前にゃ無駄話に聞こえるかもしれねェが、これはちゃんとした会議だ。お前の旦那さんだって楽しそうに仕事してるぜ」

「くだらないね。あんな街、とっとと配下のGを雪崩れ込ませてブッ潰しちまえばいいんだよ」

 こちらになびかない野良G連中に配下を紛れさせてグレートウォールを侵攻させたが、やはり大半をMAIDやあの忌々しい蜂の巣のようなロケット砲に叩き潰されて失ってしまう。これに関しては如何ともしがたい問題だった。盲目の男――カ・ガノの口元が“へ”の字に曲がる。

「それが出来ねぇから、こうして大枚はたいてロケットを買ったんだっつぅの。ちったぁ俺の妙案を褒めてくれよ」

「どうせロクに飛びゃしないよ。だいたいいつまで待たせるんだい。うちのシザース連中だって、すっかり待ちくたびれて別のところに行っちまったよ」

「今日含めてあと三日待ってくれ。そしたら存分に暴れさせてやる。飯もたらふく喰えるぞ。ワインも付いてる。焦って行動を起こすと、ご馳走が文字通り逃げちまうぜ」

「いいからウチの旦那を出しな。あんたじゃ話にならないね」

 ぴしゃりとそう云い放ったきり、ヴァカヂはこちらに見向きもしない。
 ヴァカヂはトリーノ以外の面子には、特に男には冷淡で頑固だ。一度でもヘソを曲げればびくともしない。それ故に、カ・ガノはいつも適当なところで見切りを付けてトリーノに振る。今回も例外ではない。

「しょうがねェな、ニンフォマニアの脳ミソ筋肉さんはこれだから……。おぅい、トリーノ。お前のカミさんが欲求不満だとよ。ちょっとあっちで子作りしてこいよ」

「週一でやってるよ。最近はご無沙汰してるけど」

「羨ましいねぇこん畜生、俺なんか、汗水垂らして新入社員連中のお相手をしてるってのに。研修だってそこそこ金と時間がかかるんだから、お前も手伝えってんだよ本当に」

 実際は別に羨ましくも何とも無い。こちとらほぼ三日間隔で美味しい店へ通ってMAID崩れの娼婦やら何やらと夜を共にしている。己を束縛する相手など、カ・ガノにとっては不要だ。それを知っているのか、トリーノもどこか涼しい顔で「カ・ガノにもいつかいい出会いがあるよ」などと気休めを云ってきた。
 カ・ガノがこの欺瞞じみたコミュニケーションに滑稽さを感じているのを知ってか知らずか、トリーノは妻のほうへと顔を向けた。

「で? どうしたんだい、ヴァカヂ」

「どうしたもこうしたも、あんたまでこんなオモチャにうつつを抜かしたりして! プライドってものが無いのかい!」

「それは誤解だよ。例え話をするけど、人類は既に瘴気を兵器として実用化してるだろ。もしもこれで更に、人間達がGを操って僕達に攻め込んできたら、ヴァカヂはどう思う?」

「腹が立ってくるね」

 流石はグループ随一の頭脳派、トリーノ・ガ・ラといった所か。話し方が丁寧で、上手い。ぶっきらぼうに話して相手の理解力に委ねる自分とは大違いだ。カ・ガノはコンクリート片に腰掛けて彼の話術を小耳に挟みながら、次の煙草に火を点けた。煙を吐き出し、いつかにエディと名乗った青年に語ったコインの話を思い返す。

「それと同じ。あいつらにも同じ思いをしてもらうって事」

「そんな事して、何か意味があるのかい?」

「あいつらは僕達Gが飛び道具を使えないものだと決めて掛かっている。その常識を根底から覆してやるのさ」

 一枚目のコインは、トリーノの云った“常識”である。これを文字通り、火薬の力で覆すのだ。奇しくもカ・ガノの吸っている煙草の銘柄もあのロケットの通称と同じ『V2』であり、それがまた妙なところで風情を求めたがるカ・ガノの心を躍らせた。
 ヴァカヂはトリーノの話術を以ってしても頑なに拒んでいるようで、面白くなさそうな表情を決して崩そうとしていない。

「使えないんじゃなくて使わないんだってのに。あたしらの世界じゃ飛び道具なんてもんはだね、邪道以外の何物でも無いだろ」

「そうかい? でも、既に使ってるよ? カ・ガノが」

「あの不健康野郎はどうでもいいんだよ! あんたはいつアイツにケツを捧げたんだい!」

「なぁヴァカヂ、俺はいつホモ野郎に成り下がったんだ」

 聞き捨てならない言葉がふと耳に刺さり、流石にカ・ガノは立ち上がった。すっかり短くなった煙草を吐き捨て、新しく買ったばかりの真っ黒な革靴でそれを踏み潰す。相手に抗議する意味合いではなく、単に自分の名前が会話の中で挙げられたから反応しただけだったが、ヴァカヂにとってはどちらの場合でも大して変わらないらしく、相変わらず肌で感じられるほどの闘争心を口元から吐き出していた。

「あたしからすりゃ似たようなもんだよ!」

「おい、トリーノ。本当にこいつをどうにかしてくれ」

「妻をなだめつつ、ロケット弾頭の調整もする……両方やらなきゃいけないのが頭脳派既婚者の辛いところだよな」

 トリーノも大概、観察をしながらからかうのが好きな手合いだ。だからこそ馬が合うと云えなくもないが、今のジョークだけは周囲に寒々しい風が吹いたように感じられた。カ・ガノはその場に立ち尽くす気力も失せたし、ヴァカヂも自らの意見などどうでもよくなってしまったかのように、無気力な溜め息を吐いた。

「何をワケの分からない事を云ってるんだい」

「いや別に」

 ばつが悪くなったトリーノは、そそくさとロケット弾頭のほうへと踵を返して調整作業に戻ってしまう。もはや何を云っても無駄だと漸く悟ってくれたらしいヴァカヂも、「もう勝手にしな」と捨て台詞を残してどこかへ去って行った。カ・ガノはそれらを黙って見過ごしながら、再びコインについて思いを馳せる事にした。どうせあの夫婦は明日には仲直りしている。そういうさばさばした所がカ・ガノにとっては都合が良かった。これがいつまでもねちっこく続いていたら、観察どころでは無くなってしまう。

 さて、二枚目のコインはコーヒーが鍵となる。人々の信頼の土台を静かにずらし、政府の手の届かぬ場所から攻め入る。そうしてレギオン・グループを生活に馴染ませ、絶対の信頼を得た上で政府に挑戦状を叩き付ける。自分達の正体が民草で語られぬ内に、数多の協力者達を従えて、今度は内側から帝国を破壊する。
 そして最後のメインディッシュとして、三枚目のコインを裏返すのだ。このカ・ガノ・ヴィヂが如何にして生まれたかを人々に明かし、帝国の真実を白日の下に晒す。プロトファスマへの転生に伴ってあらゆる記憶を失いつつも、決して消える事の無かったあの1938年の3月3日の出来事を洗い浚いぶちまける。この三枚のコインを全て裏返し、残りのコインもその勢いで全て裏返す。
 これが、カ・ガノ・ヴィヂが考えた復讐劇だ。直接的な暴力よりも、情報の暴力のほうが社会に傷を残しやすい。

「――なぁトリーノ。善悪の彼岸って言葉は知ってるか」

 ぽつりと、カ・ガノは語りかけた。コインの事を考えているうちに、それぞれに善と悪の文字が掘り込まれたコインが脳裏に浮かんだのだ。

「とある哲学者が書いた書籍だね。それが何か?」

「人類は俺達を悪だと罵っているな」

 Gは環境を破壊し、人類の生活基盤を喰らい尽くす。故に人類はGも、そして人間の姿を模したGであるプロトファスマも、悪と見なして排斥する。そうして人類は自らの信じる正義の全てを善であると、無批判に確信する。だが、カ・ガノは、その人類の中に自分を見捨てた者らが居る事を知っている。

「悪側が善悪を引っくり返してやる、というのも面白いシナリオじゃねぇか」

「僕らがロビンフッドというヒーローではなく、敢えて悪を名乗るという事かい」

「そうとも。お互いに正義の味方を主張しあってちゃ、議論ってのは進まない。チェスってのはどちらかが白でどちらかが黒ってのが決まりだろ?」

「あぁ。そうでないと、議論(ゲーム)は進まないね」

 流石にこの男は話が解る。カ・ガノとて、人間と相容れない事は理解している。あの頑固で臆病な生物は自分達の支えにしている基盤をそう簡単には取り替えようとはしないのだ。

「そうしてチェス盤を超えた所にある本質を見つけるのも、中々面白いとは思わないか。まぁ、今考えたんだがな」

 四枚目の生きる理由(コイン)は見つかった。後はこれも裏返してしまうだけだ。善の側に居た人間までも悪側へと引きずり込み、その先の善悪の彼岸を超えた世界――コインの横腹の様相も中々に興味深い。

「その為には、まずは本当に普遍的な正義を見つけ出してやらないとね」

 トリーノの言葉に、カ・ガノは返答しなかった。ただ、ただ、無言で頷いた。


最終更新:2010年07月26日 05:42
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