(投稿者:エルス)
馬鹿馬鹿しい話だが、クリストフォロスの真っ白な大統領府で我が連邦の大統領様が糞たれているその時であっても、歩兵である俺はスコップ片手に塹壕掘りをしている。
兵士、軍人、兵隊、軍隊、隊員などなど、俺たち純粋な穴掘りモグラである歩兵様は大統領様が仕事で忙殺されている時も、ライフルではなくスコップ持って穴を掘っている。
たとえばだ。ノースキャロリーナ州のグリーンズボーローのマンションで物書きが対G戦争を主題に無い知恵を必死に使って髪の毛引っこ抜いてる時でも、俺たちは穴掘り。
子孫を残すために顔立ちがよくなったようなファッキンボーイが女のケツをパンパン引っ叩いているその時でさえ、俺たちは穴掘ってそこに自分のクソたれる。
毎日毎日、穴掘って穴掘って、掘りまくる。脳が四分の一しかないような名門大学出の将校様曰く「任務である!」だとか「生き残るため」だとかである。
日蔭のテントで水飲みながらくたびれている将校様を遠目に見つつ、俺たちは「おーおー素晴らしい、なら俺はお前の穴掘るぜ♪」などと下品な歌の広報活動をしつつ、穴を掘る。
俺は歌い疲れて酸っぱい臭いを漂わせるタオルで顔に噴き出た汗を拭き、今日は何日だろうかと考える。こうやって働き続けると、日にちも曜日も分からなくなるのだ。
「おい、今日は何日の何曜日だ」俺はスコップでチャンバラごっこしてる相棒に聞いた。「暑さで頭がイカれちまってよ」
ガチガチとスコップで鍔迫り合いしつつ、相棒は黒い顔をこちらに向けて「知らん!」と言う。
俺が相棒と呼ぶのは黒人のフレデリック・マーカーだ。生まれは
ビットバーグ郊外にあるボロモーテルで、そこで運悪く軍隊へ入隊するという間違いを犯した。
その間違いの道を、同じく間違えて同じ道を歩くことになった俺と一緒にここまで来て、穴掘りをしている。
「ジャクソン、お前なら分かるだろ?」相棒が聖書を日よけに使っている自称セントレア教の信徒に言った。「日記書いてたろ? それで分かる」
「日付だけなら。二十七だよ、七月の」
「だとさ。ってっとォっ!? おいてめえ手ェ切ったらどうするつもりだ? 今度調子乗ったらその頭の毛根をナイフで抉って俺ん家の地元のドブ川の水飲ませんぞこら」
「おう怖い怖い。……七月の二十七か」
マーカーがチャンバラごっこの相手を窒息死させようとふざけて首を絞めているのを無視して、俺はくしゃくしゃで黄ばんだ手紙を広げた。
内容はアラガン州のユージーンから俺の母が俺に向けて書いた近況報告だった。まず、書きだしはこうだ『辛い思いをするかもしれないが』だったら書くなと言いたい。
次に『お前の弟のリチャード・ディックフィールドは、
グレートウォール戦線で味方を助けるため単身―――』嘘だ。戦争省の奴らが偽造したに違いない。
そして締めに『フィリップス、お母さんはとても心配しています。お父さんは誇らしげにしていますが、お母さんは―――』ようするに、帰って来いということらしい。
俺はパサパサとした赤土の大地に横になった。乾いた赤土は掘っても埋まる。まるで砂漠のようだと砂漠を見たことがない痩せぽっちの新兵が愚痴っていたのを思い出した。
「なんだ。一週間前か」
リチャード・ディックフィールドが戦闘中死亡したのは七月の二十日。戦争省曰く『英雄的な任務』を与えられ、どこのクソとも知れない『味方を助けるため』に『単身』死んだらしい。
俺は戦争省が加工された真実をタイプして全国にいる戦闘中死亡した家族を一週間は悲嘆に暮れさせるような紙面を渡しているクソったれの集まりだと言うことは知っていた。
だから今回はこうして落ち着いていられるわけだが、それは弟のリチャード・ディックフィールドを嫉んでいたからだろう。
リチャードは俺が大学で平凡な成績を収めている間に海兵隊へ志願し、訓練を受け、兄である俺を置いてけぼりにした。
大陸戦争に従軍した父は毎日のように『お前も兵隊になれ』としつこくなったし、母はリチャードの心配ばかりするようになって、俺は大学を止めて陸軍に入った。
陸軍にはいって二年目の夏。海兵隊少尉だった弟が死に、俺はこうしてモグラらしく太陽に炙られて死にかけている。
「誰か太陽をぶち壊した奴に十レア」俺はスコップで地面を突いた。これが『任務』だ。「夏っていう季節を無くした奴には更に十レア足しても良い」
「俺は二十レアやってもいい」ジャクソンが言った。「ついでにあの将校の頭を吹き飛ばした奴に三十レア」
あの将校とは脳が四分の一しかないような名門大学出の将校様のことだ。あれは連隊内でもすこぶるクソな人間だ。
「おもしろそうだな。俺はなけなしの二十五レアを出してやる」
マーカーが首を絞められて死にかけた二等兵の肩を強く叩きながら言った。
二等兵は
壊れた人形のように首を振って、ふらふらとして歩き出した。そして倒れた。衛生兵を呼ぶ声が聞こえる。俺は真面目に穴を掘るフリをし始めた。
ジャクソンもマーカーも、同じように作業をしているフリをしている。本当に真面目にやっている奴なんてどこにもいなかった。
「もっとも、あの将校が天に召されるのは俺たちより後だろう」ジャクソンが言う。「ああいう奴に限って最後まで生き残る」
「おいおいマジかよ冗談じゃねえ」唾で手を湿らせてマーカーが言った。「俺らが餌になってもあいつはアナルファックでもなんでも出来るなんて冗談じゃねえ」
「まあ、あの将校が死ぬか生きるかは神のみぞ知るだ」
「西部劇もびっくり何にもないここでお前は神を信じてんのか。羨ましいねえ、すがるものがあって」
「すがるも何も無い。神は俺に飛んでくる銃弾を逸らしてくれる。そして俺の撃った銃弾を敵に誘導してくれる」
「そんな神いるのかよ」
俺は二人の会話を聞きながらフリを続けていた。乾いた赤土の表面を削り取って、捨てる。削る、捨てる。この繰り返した。
ざく、しゃっ。ざく、しゃっ。ざく、しゃっ。
真面目に穴を掘るフリは続く。どこまで続くかと言うと、衛生兵と一緒に出しゃばってきたあの将校が暑さに参ってテントに帰るまでだ。
「おいそこの一等兵! 腰が入ってないだろう。きちんと力を込めて穴を掘れ」
「イエッサー」
「軍曹、この一等兵は君の部下だろう。監督責任がある。後で処罰を与えるから私のもとへ来なさい」
「イエッサー」
イエッサーしか喋らない歩兵に対してクソったれ将校は四分の一しかない脳を使って苛立つことに成功したようだ。
そしてその苛立ちを発散するためには八つ当たりをするしかないと考えたのか、俺たち三人に罵声を浴びせかける。
理由は探せばいくらでもある。たとえばジャクソンは十字架のネックレス、たとえばマーカーは肌の色、たとえば俺は着崩れた軍服。
今回は俺が攻撃対象で、それを黙認していた二人もおまけで罵声を浴びている。
とはいっても温室育ちのクソったれ将校はなんとも生ぬるい罵声しか口に出さないので、他の部隊の奴がド下品なジョークや替え歌を歌い始める。
最初は『ジャクソンの家は教会で、教会の中はハッテン場♪』で二番目に『マーカーのマラは超臭い♪』最後に『フィリップスの竿はふにゃふにゃだ♪』である。
おもしろいことにこの連隊では一人につき即席でド下品な替え歌が作られては消えてゆく。当然、連隊司令部の人間にも替え歌はある。
そして当然、クソったれ将校は顔を真っ赤にして唾だか涎だかよく分からない液体を吹き飛ばしながらちっとも真面目に作業しない歩兵たちに怒って捲し立てた。
「おい、貴様ら腐れ歩兵ども。良い加減にせんと連隊司令部に報告」
俺はクソったれ将校にばれないように溜息を吐く。また始まるのだ、クソったれ将校お得意の『バースト・イングリッシュ』が。
瑛語を知っている外国人なら完璧に解読不能で、瑛語が主言語のここでもまだ完全に解読した者のいないこのバースト・イングリッシュは、子供が泣き喚くのと同じくらい酷いものだ。
たまに『ファック』とか『マイ・ゴッド』とか『ビッチ』とか『アスホール』と言っているのは分かるのだが、それ以外は一部の猛者にしか分からないのだから。
「…………」
しかし、何故かクソったれ将校のバースト・イングリッシュは俺に降り注がなかった。
目だけでジャクソンを見れば唖然としていて、マーカーを見れば目玉が飛び出そうなほど目を見張っている。
俺は気になって顔を上げてみた。とんでもなく愉快で胃の中身をぶちまけたくなるような光景がそこにはあった。
「スナイパー!!」
誰かが言うと同時に歩兵たちは今までスコップで掘っていた穴に身を隠した。俺もジャクソンもマーカーもだ。
ただ、頭が粉砕したスイカみたいになっちまったクソったれ将校はその身体を横にして誰も見たくないM字開脚をしている。
「アーメン」
ジャクソンの祈りが聞こえた。
歩兵の一日はこんな調子で終わっていくんだと、俺は天国に居る筈の弟に呟いた。
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最終更新:2010年08月07日 02:12