(投稿者:Cet)
黄昏の校舎。
少女は一人階段を上る。
噂話に興味を引かれて。
部活の歓声が遠くに聞こえ。
彼女は一人、四階へと辿り着いた。
廊下の奥へと広がる深淵へと目を向けて
そして彼女は少女に出会う。
「やあ、久しぶりだな」
美しい金髪の少女は、そう言った。
◇
「金髪の少女?」
少女はそう聞き返した。
「そうなの、少女っていうか、女の子?」
「おいおい私たちだって女の子だろうがよ」
「そんな言葉遣いをするのは女子ではなく女だと言っておこう」
四人の少女が雑談に耽る昼休みの教室には、ぺちゃぺちゃと、独特の弛緩した雰囲気が漂っていた。
「で、その女の子っていうのは一体誰なの?」
「さあ、誰かは知らないけど、何故かその子は幽霊ってことになってるみたいよ」
少女はその奇抜な返答に、ふーん、と、一見気のない反応を示す。
「幽霊」
「そう」
少女たちの話す内容は、時折、いや頻繁に現世から飛躍する。
「その少女は、放課後の第三教棟の四階廊下に現れるんだって、それで、こちらから近づこうとすると、ふっと消えてしまうの」
「まるで見てきたかのような口ぶりだね」
「まあ見ちゃいないけどさ」
少女は考えていた。
少女は、その非現実にアプローチすることについて想いを馳せていた。
「あんたってさ」
そんな彼女に、ふと少女の一人が声を掛ける。
「なに?」
「いや、変な男に引っ掛けられたりしそうだな、って」
「どーいう意味かなー?」
少女は満面の笑みでそう言った。
しかしそれは威圧感も伴った笑みでもあって、それを真っ向から受けた少女は、なんでもないです、と短く答えた。
やがて、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると共に、彼女らは集合させていた机を分解させて、定位置へと帰還していく。
そしてその間、少女の想像は、やはり現世から飛躍を続ける一方であった。
◇
そんな彼女が、その日の放課後に、第三教棟の四階にやって来てしまったことも、無理のないことだったのだ。
彼女は、正に、その金髪の少女を目の前にして、固まってしまっていた。
「なんだ、私のことが分からないのか?」
「ご、ごめんなさい」
少女は思わず答えてしまっている。
やれやれ、と少女は肩を竦めて、ちょっとだけ呆れたように笑ってみせた。
「いやな、ひょっとしたら、君も、元の世界の残滓を少しくらい引きずっているのではないかと、期待していたんだよ」
「は、はあ」
エキセントリックな存在の割に、話し方はまともであったが、しかし話している内容はエキセントリックであった。
そんな少女のギャップに、ひたすら彼女は飲まれてしまっていた。
「ゆ、幽霊?」
「そうとも言う、自らの死を以て、システムに介入した存在だからな」
少女は淡々と答えた。
「私は自らの死の際に、自分でも予期していなかった膨大なエネルギーを得て、その力でこうしてシステムに介入を果たしたんだ。いいかい、この世界はとてつもなく恣意的で、かつ単一の指向性を持たないシステムによって制御されているんだ」
少女が一方的に語る内容を、かの少女はただ聞いていた。
何かを思い出せそうで、思い出せない。そんな現象が彼女の思考を貫いていた。
「いいかい」
少女は、どこにも慌てているような様子を見せないで、ただ淡々と語っていた。
「君は、確か以前に、詩や小説に対して共感できないと嘆いていたね」
「な、なんで知ってるんですかっ」
「私と君が、かつて出会った関係にあるからさ」
少女は肩を竦めながらそう答える。
「だから君はこう考えた、もっと人間らしくなればきっと小説や詩への共感を抱けるし、人並みの恋愛感情を育むことができるはずだ、ってね。
でもその為には、自分の人文的教養が余りにも足りない、と、そうも考えたはずだ」
「……そこまでは思ってませんけど」
「少なくとも、私が会ったことのある君は、そう思っていたはずだよ」
少女は語り続ける。
「だけど分かっただろう? 人並みの人文的教養は、君の精神に対して、新たなものを何一つ寄与しなかった。現に君はあの青年を“この世界でも『突っぱねた』”」
少年と少女はかくも心を通わせ難い。と少女は言葉を継げる。
「……あ、貴方は誰?」
「君と同じものさ、恋に恋するのは、人間らしいものの特権だからね」
そう呟いた。
「もう君はとっくに、隅から隅まで人間になっているよ、だから金輪際、こんな夢を見るのはやめといた方が良い、これは私からの遺言だ」
少女は、言いながら、彼女の方へと歩いていく。
彼女は思わず身を引いて、そして、少し怯えてしまって、目を閉じた。
さようなら、と風のような声が聞こえて、スカートの裾が僅かに靡いて、そして、目を開けた時に、少女の姿は消えていた。
彼女は辺りを見回して、そして、本当に誰もいないということを確かめて、同時に、自分が涙を流しているということに、気付いてしまった。
君は、本当に泣き虫だなあ
そんな声が、すぐ傍から聞こえた気がした。
部活の歓声が、彼女をおいて他に誰もいない廊下に、響いていた。
最終更新:2010年12月06日 12:12