くらやみを歩けるということ

(投稿者:Cet)



「この病は死に至らない」
  - ヨハネ 11:4










 暗闇であった。
 薄暗い礼拝堂には、四人の人間がいた。
「何故、我々は苦しむのでしょうか」
 一人は説法をする神父だった。
「それは、我々があまりに弱い所為でありましょうか。
 我々が、暗闇の中を彷徨うのは」
 そして、その説法を聞いている人物が、残りの三人だった。
「否、本当に弱い人間が、暗闇の中を彷徨うことを為し得ましょうか?」
 三人の内、一人は、老人。後の二人は、若い男女だった。
 老人は痩せており、感慨深げに目を細めて、説法に聞き入っている。
「我々が、暗闇の中を彷徨うことができるのは、何故でしょうか?
 それは、我々が、光と手を繋いでいるからです。
 我々は、どんな暗闇をも、歩いて行くことができます。
 どんなに暗く深い闇の中であっても、その中で、嘆き苦しみながら、歩いて行くことができるのです。
 それは、いつか訪れる夜明けと、手を繋いでいるからこそ、可能なのです。
 つまり、どんな暗闇をも、我々は、越えて行けるのです。
 エイメン」
 結びの言葉と共に、前触れなく神父の身体が壇上から姿を消した。
 若い男女の行動は迅速の一言に尽きた。
 老人の身体を守るため、彼の身体を抱き上げた男が、目にも留まらぬ速さで教会の後方へと駆けるのに対して、女性はその援護の為に追随した。
 その空間では、時の流れが些か速度を上げたかのように、目まぐるしい展開が起こっていた。
 次の瞬間、女が跳躍する。
 ここで初めて、甲高い金属音がその場を満たした。
 女性が床に着地する。そして息をつく暇すら見せないで、再び跳躍する。
 さらにもう一つ、甲高い金属音がして、女性は再び着地した。
 ぜいぜいと息を切らして、彼女は攻撃者の気配を覗う。
 しかし、攻撃は起こらない。
 それどころか、その攻撃者の気配が、ない。
 恐ろしい予感を覚えたかのような素振りで、女性は、礼拝堂の入り口を見遣った。
 老人と男が、出口を目前にして死んでいた。
 夥しい量の出血が、彼らの倒れ伏した床に広がっている。
 女性はそれを見て、ただ、目を細める。
「……ジーン」
 その背後から、声を掛ける者がいた。 
「どんな暗闇の中でも、人は歩いて行くことができます」
 それが聞こえないかのように、ただ、女性は悲しそうに男性の名前を呟くのであった。
「……ジーン」
「だから、貴方は今一度、灰に還りなさい。
 戦う事をおいて他に何も知らない、哀れな兵器。
 塵は塵に、灰は灰に――AMEN」
 次の瞬間、女性が懐の短刀を抜き払った。
 そのままの速度で背後を通過した腕が、暗闇の中へと消えていく。

 女性は立ちつくして死んでいた。
 腕を失った状態の女性は、恐らく痛みを感じることすらできなかっただろう。
 銃剣を身体の至るところに突き立てた女性は、死んでいた。


最終更新:2011年01月04日 19:48
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