(投稿者:Cet)
暗闇の中に、一つの椅子がある。
男はその椅子に座っていて、茫然自失のような状態だ。
こつ、こつ、と、彼の座る椅子へと歩み寄る者がいた。
男が、喪失状態にあった意識を回復させて、視線を上げる。
青年が立っていた。
「よお」
青年は金髪だった。
エントリヒ系か、あるいはベーエルデー系の比較的純粋な血筋の人物である。
青年を前にして、男は椅子に座り続けていた。
いつのまにか、男の座る椅子に対面する形で、二つ目の椅子が現れており、青年はその空席に腰掛ける。
「音楽を聞くことはあるか」
青年はそう聞いた。
男は首を振る。
「音楽とは、往々にして弦を弾く行為だ」
青年は歌うように説明を始める。
「糸を弾く……楼蘭では『裏で糸を引っ張る』なんて言い回しがあるが、音楽を奏でるっていうのは、何かを支配することなのかもしれないなあ」
何かがおかしそうに語った。
男は、ぼんやりと、その青年の語る言葉を聞いていた。
「黒幕っていうのと、音楽を奏でる人間っていうのは似ているよな。
時として、音楽は人を支配するからな。
音楽家になるんだったら、ゆくゆくは指揮者を目指すべきだとは思わないか? だって指揮者は黒幕の最たる存在だろう」
滾々と吐き出される言葉に、男の意識が濁ってくる。
やがて、真っ暗になる。
最終更新:2011年03月19日 16:07