死神の一つのカタチ

(投稿者:Cet)



「一人の老婆がいた。
 究極の安らぎを人に与えることが彼女の目的だった。
 彼女は悩みに悩み抜いた挙句、一つの概念になった。
 彼女という概念が意味することは一つだ。
 例えば、暗闇の中を歩いている人がいたとする。
 その人が、今、立ち止まる。
 ずっと、立ち止まっている。
 空を見上げている。
 でも、その人にとって、空はもう無いんだ。
 でも、見上げざるを得ないんだ、見えなくても。
 ああ、と、声を出す。
 もう何も見えないや。
 何も見えない、って。
 ところで、スクランブル交差点って知ってるか?
 あるんだよ、で、その真ん中がゼブラゾーンになってるわな。あるんだよ。
 そこで立ち止まっている人間が一人いるわけだ、夏の盛りに。
 皆はその人を不審に思いながらも通り過ぎていく、で、その人は呟くワケだ、見えないな、と。
 老婆はそういう人を見つけ出して、同じ暗闇の中に降りて行くんだ。
 そして、後ろからそっと近寄る。
 勿論、前から近づいても、その人には老婆が見えないんだけどね。
 でも、彼女は後ろから近づくことにしてるんだ。
 彼女は、後ろからそっと目を覆う。
 だーれだ、なんて具合にね。
 ほとんどの人は、彼女の手に触れてみる。
 そして後ろを振り返ろうとする。
 何もしない人もいる。
 ああ、そうさ。
 それが彼女の仕事なんだ」








(今日は買い物に行って来たんです)
(綺麗ですね)

(あの人のことを知っている気がする)
(いやあ)

(いやだいやだいやだいやだいやだいやだ)

(……)

(いやだ)



(……)

(――――と申します)









 暗闇の中で語り終えた青年は、そう言った。
 対面して座る男は、顔を上げる。
「そういうのも一つのスタイルだろう?」
「……そうかもしれない」
 男はぼんやりとした口調で言った。
「お前は、誰なんだ」
 問いかけに、青年はおどけたように笑う。
「死神じゃないのは確かだ」
「勿論、私たちにはそんな便利な舞台装置は有り得ない」
「その通りだ」
 青年は視線を落として、同意の言葉を口にした。
「さて、幕間もそろそろ終わる」
 何でもないことのように言った。


最終更新:2011年05月05日 01:35
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