(投稿者:Cet)
歩く、歩く
歩き続ける
どこから来たかは忘れた
どこへいくのかも曖昧だ
しかし、それは確かにある
◇
闇。
一面の闇。
そこが彼の泉であった。
「よう」
「何だテメエ」
「アンタは思想家だろう」
あ? と盲目の男が声を上げる。
「お前は何だ」
「俺はリアリストさ、しかし、思想家でもあると自負している」
「で、現実主義的思想家サマがどうしたって?」
「何でもない、しかし、お誂えむきだな、アンタの根源は」
そこは真っ暗だった。
「何の話をしているのか全然わからんが」
「誰でも同じさ、悲惨なんだ、誰も自分に出会えない」
「そうかい」
「そうさ」
青年は歩いていく
◇
月夜。
森の中。
それが彼女の泉であった。
「来客が多いな」
「静かだ」
「ああ」
少女は切り株に座っていて、空を見上げる。
「見えないな」
呟く。
「見えてるさ」
「そうかい?」
「そうとも」
「最近、涙腺が緩くなってるから駄目だね」
少女は人差し指で目頭を拭った。
青年は歩いていく。
◇
白い闇。
そこが、その若い兵隊の泉であった。
「温かいな」
「そうでしょう、でも、何故温かいのかが分からないんです」
若い兵隊は静かに言った。
若い兵隊の声は不思議な具合に響いて、具体的にどこから声が聞こえるのかが分からなかった。
それどころか時間の流れが曖昧で、前後の順序のようなものが掴めなかった。
そもそも、言葉の意味が無いのかもしれない。
「どうでもいいのさ、そんなことは」
「そうかもしれない、でも、確かにこの闇には名前があったはずなんです。
でも、もう忘れてしまった」
「さようなら」
青年は歩いていく。
◇
青の底。
そこが青年の泉であった。
暗闇と何ら変わることのない、そこには悲惨さだけがあった。
青年は膝を折る。
涙が一滴伝う。
波紋が広がる。
青年は笑う。
反響が反響を呼ぶ。
◇
とある町外れに、小高い丘があって、一軒のログハウスがあって、その近くに井戸があった。
一組の男女が――名前の無い、一つの概念と化した男女が――正に光の方に向かって歩いていく。
そこでは、季節はいつも夏だった。
◇
青年はまた立ち上がった。
暗闇の中を歩いていく。
◇
暗闇の中に椅子があった。
そこに一人の男が座っている。
青年は笑みを浮かべる。
「よお」
最終更新:2011年05月05日 14:25