(投稿者:Cet)



歩く、歩く
歩き続ける
どこから来たかは忘れた
どこへいくのかも曖昧だ
しかし、それは確かにある








 闇。
 一面の闇。
 そこが彼の泉であった。
「よう」
「何だテメエ」
「アンタは思想家だろう」
 あ? と盲目の男が声を上げる。
「お前は何だ」
「俺はリアリストさ、しかし、思想家でもあると自負している」
「で、現実主義的思想家サマがどうしたって?」
「何でもない、しかし、お誂えむきだな、アンタの根源は」
 そこは真っ暗だった。
「何の話をしているのか全然わからんが」
「誰でも同じさ、悲惨なんだ、誰も自分に出会えない」
「そうかい」
「そうさ」

青年は歩いていく








 月夜。
 森の中。
 それが彼女の泉であった。
「来客が多いな」
「静かだ」
「ああ」
 少女は切り株に座っていて、空を見上げる。
「見えないな」
 呟く。
「見えてるさ」
「そうかい?」
「そうとも」
「最近、涙腺が緩くなってるから駄目だね」
 少女は人差し指で目頭を拭った。

青年は歩いていく。








 白い闇。
 そこが、その若い兵隊の泉であった。
「温かいな」
「そうでしょう、でも、何故温かいのかが分からないんです」
 若い兵隊は静かに言った。
 若い兵隊の声は不思議な具合に響いて、具体的にどこから声が聞こえるのかが分からなかった。
 それどころか時間の流れが曖昧で、前後の順序のようなものが掴めなかった。
 そもそも、言葉の意味が無いのかもしれない。
「どうでもいいのさ、そんなことは」
「そうかもしれない、でも、確かにこの闇には名前があったはずなんです。
 でも、もう忘れてしまった」
「さようなら」

青年は歩いていく。








 青の底。
 そこが青年の泉であった。
 暗闇と何ら変わることのない、そこには悲惨さだけがあった。
 青年は膝を折る。
 涙が一滴伝う。
 波紋が広がる。
 青年は笑う。
 反響が反響を呼ぶ。








 とある町外れに、小高い丘があって、一軒のログハウスがあって、その近くに井戸があった。
 一組の男女が――名前の無い、一つの概念と化した男女が――正に光の方に向かって歩いていく。

 そこでは、季節はいつも夏だった。








 青年はまた立ち上がった。
 暗闇の中を歩いていく。








 暗闇の中に椅子があった。
 そこに一人の男が座っている。
 青年は笑みを浮かべる。
「よお」


最終更新:2011年05月05日 14:25
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