歩くような速さで

(投稿者:Cet)



 ベッドの脇に立ってそいつを見ていた。それはごろごろと転がったり、ねじまがったり、色々な方向に伸びたり縮んだりしていた。俺はそれを見ていた。それは生き物だった。俺にはそれを殺すことができた。そして事実俺はそれを何度となく殺してみせた、しかしそのことは何の役にも立たなかった。俺は死んでいるのだ。俺が何をしようと、それは全て矛盾に過ぎなかった。だから俺はもう殺すことをやめて、それを眺めることに徹していた。それはいつまでも形を変え続けていた。
 暗く広い部屋だった。ベッドは白い布に覆われていて、それであって大きかった。
 俺はその音を聞いていた。
 さて、と一つ思考を切り替える。
 俺がこの生き物を殺しても仕方ないのだ。全てはぜろになる、また初めから数え直すだけだ。そもそも、何をしてもしようのないことなのだ。
 繰り返すだけならば、その繰り返しの中にそれなりの納得を見出すほかなかった。しかしどうすればいい?
 俺は考える。
 有効な手立てを思いつく、よりどころを捨てろ。声が聞こえる。
 よりどころを捨てれば、その時に人は本当の意味で歩き出すことができる。あるいは、それは季節を追うことと同義だった。過ぎ去り、変わり行くものを追うということが、拠り所を失うことであり、そして本当の意味で歩いていくということなのだ。
 それは一滴の涙だった。
 季節と同じスピードで歩くんだよ、声が聞こえた。
 変わり行く季節と、同じスピードで歩くのだ。そうだ、そうするしかないのだった。
 そうしよう。

 歩き出そう。


最終更新:2011年08月01日 15:25
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