さぁて、復讐劇の開幕だ。
全ては今、ここから始まるのさ。
“俺たち”を見殺しにした借りは返させてもらうぞ、人間共。
テメェらに、このG共を止める手立てはねぇ。
一つ、派手に逝っちまってくれや。
……ん? なんだありゃ?
チッ、めんどくせぇ―――悪足掻きは俺の専売特許だぞ。
やっぱりすんなりとは行かせてくれねぇか。
お前らMAIDに怨みは無い。
むしろ同情すらしているぜ。
けどな、向う側に付くなら一切の容赦はしない。
「すっぱりさっぱり死んでくれや! 阿婆擦れ共が!」
ったく、俺の作戦はいつもケチが付いていけねぇな、クソッ。
群れを成すGの影を縫うようにして、
カ・ガノ・ヴィヂは荒れた大地を駆けた。
高みの見物を決め込んでいた彼を舞台裏から引き摺り出したのは、先ほどから破格の暴れっぷりをみせている双子の存在である。
カ・ガノが企てた計画―――ファイヤーウォール作戦発動の間隙を突いた奇襲攻撃は、人類側の油断も相まって順調に進行していた。
戦場で死んだ兵士から密かに無線機を奪い取ることから始まり、飛び交う無線通話の中からファイヤーウォールという作戦名を掴み取り、生け捕りにした兵士を尋問しては作戦に関する情報の収集に勤しんだ。
特に通信傍受に関しては面白いくらい成果があった。
凶暴極まりないとはいえ、あくまで蟲の延長に過ぎない(と思い込んでいる)Gを相手に戦争している人類にとって、G側への情報の漏洩などという概念自体が、そもそも存在しなかったのだろう。
ろくに暗号化も施さないまま、情報を電波に乗せて垂れ流してくれるものだから、カ・ガノの耳には黙っていても、次から次へと有益な情報が舞い込んできた。
特に前線基地からの兵力撤退のタイミングを知れたのは大きい。
おかげで防衛網に最も大きな隙が生じる瞬間に、カ・ガノが現時点で掌握している、最大数のGをぶつけてやることができたのだから。
……まぁ、中には用心深い奴らも居たみたいだが、そんなものは誤差の範囲内だ。
この圧倒的物量の前には、吹けば飛び散る紙屑にも等しい。
全ては順調。
ニーベルンゲで踏ん反り返っている高官共が慌てふためき、恐怖で顔を引き攣らせながら命乞いするさまを想像すると、自然と顔がニヤついてしまう。
しかし、ここにきてカ・ガノにとってイレギュラーな事態が生じていた。
カ・ガノが誤差の範囲内と断じていた二人のMAIDの出現が、彼を舞台の裏側から引き摺り出したのだ。
ここで修正を加えておかなければ、これまで描いてきたシナリオのグランドデザインが揺るがされかねない。
まったく、悪足掻きは俺の専売特許だっていうのにな―――と、カ・ガノは独りごちながら、荒れた大地を駆け抜ける。
群れるGの影が途切れる。
「すっぱりさっぱり死んでくれや! 阿婆擦れ共が!」
Gの影から躍り出たカ・ガノが、無防備なレーゼの背中に片刃の黒刀を突き出した。
―――殺った!
裂帛の気合いを込めて繰り出された一撃は、確実にレーゼの背中を貫いた。
そう確信、していたのだが……カ・ガノは奇妙な感覚に眉根をひそめる。
カ・ガノの黒刀。
彼自身の甲殻組織を変化させることで、体の何処からでも自在に生成できる“超硬質単分子構造刀”は、対象の分子結合に極薄の刃を滑り込ませることで、理論上あらゆるモノを切断することができる。
そのあまりにも鋭い切れ味のために、斬った感触さえ手に残らないと言わしめる魔性の刃。
だが今回ばかりは、その手応えの無さが逆に引っ掛かったのだ。
何か大事なことを見落としてはいないか?
……そうだ、音だ。
音がしていないのだ。
カ・ガノの鼓膜は何も響いていない。全くの無音状態なのである。
超硬質単分子構造刀は分子結合そのものを断つ剣。そのためコンクリートだろうと身体が強化されたMAID相手だろうと、切断の手応えを感じないのは何ら不思議なことではない。
しかし肉と水分の塊であるヒトの体を切り裂けば、当然のように噴き出すであろう血飛沫と、凄惨さを物語るはずの噴出音が、なにも聞こえてこないのだ。
咄嗟にカ・ガノは、レーダーに例えられる自身の“異常聴覚”の感度を高めて辺りを探る。
盲目であるカ・ガノにとって、耳で拾う音こそが世界を識る術なのである。
―――見つけた。
周囲で蠢くGに紛れて、そこには鼓動するヒトの心拍音が一つ、いや二つ、確かにある。
襲い掛かるGを捌きながら、こちらに対峙する二人のMAIDがそこには居たのだ。
双子に闇討ちを食わせようとしたカ・ガノが、その失敗から正確に以後の事象を把握するまでに要した時間は、僅かコンマ数秒程にも満たないものだったが、内面は驚愕に満ちていた。
なんでそんな場所に居やがる? どうやってかわした?
しかし内なる動揺を悟られるわけにはいかない。
内面の驚愕を余所にして、カ・ガノは臆面もなく、今起きた事象が何ら大したことでない風を装って悪態を吐いてのける。
「ハッ、仕留めたと思ったのにな。 なかなか速いじゃねーか」
……とは言ってみたものの、正直言ってあのタイミングで刃を避けられるとは、思ってもみなかったというのが本音だった。
攻撃が事前に気付かれていたとは、とても思えないんだが。
「あんた誰!?」
「いきなり襲ってくるなんてどういう了見なのさ!!」
キンキンとやかましい声をあげながら、ビシっと揃えて指を突きつけてくる二人の少女。
なるほど、攻撃を避けられはしたものの、こちらの正体には気が付いていないのか。
まぁ、当然と言えば当然だが。
それならそれで、いっちょ適当にフいてみるのも手か―――
などと、カ・ガノが思案していると、
「ねぇ、オッサン」
カ・ガノが得意の口八丁手八丁で、自分のペースに引き込もうとしていた矢先、口火を切ったのは奇妙な面持ちをしたローゼだった。
ローゼたちは吊り上げていた眉根をひそめて、首を傾げながらカ・ガノに問い掛ける。
「あんた、本当に何者なの? 人間じゃないし……MALE、でもないよね?」
双子の脳裏をよぎるのは、自分たちが知っている唯一のMALE。アルトメリアから来ていた妙なオカマの姿。
「ううん、違う。 このイヤな感じ。 これは―――瘴気?」
「……まるでGみたい、だね」
確信を含んだ双子の言葉に、カ・ガノは固まった。
まさかいきなりその結論に達してくるとは思わなかったからだ。
ただ馬鹿みたいに腕っ節が強いだけの、ちゃらけたMAID共かと思っていたのだが、どうやら考えを改めなければならないらしい。
先の攻撃といい、今もまた瞬時にカ・ガノの本質を見抜いたことといい……こいつらには千里眼でも備わっているというのか?
まさかな、そんなはずはない。
あんな忌々しい能力が二つと有るわけがない。
何か別のカラクリがあるな……
とりあえずは、
「お見通しってわけかい。 あてずっぽうにしたって的確だ。 すげぇじゃねえか。 目が利く方なんだな、お嬢ちゃん方。 大したもんだ」
皮肉めいた笑みを口の端に浮かべるカ・ガノ。
内心の揺らぎを一切覗かせることなく、それがどうしたと言わんばかりの態度で、淡々と事実を告げていく。
「お嬢ちゃん方の言うとおり、俺はGとの合の子だ。 まぁ、好きでこうなったわけじゃないし、面倒くさいんで経緯も省かせてもらうが」
ことここに至っては、ある程度の素性をさらしたところで計画に支障はない。
どうせ既に勘の良い奴なら、俺のような存在にも気が付き始めているだろうしな。
気怠げなカ・ガノが、ボリボリと頭を掻き、片手を掲げる。
すると、双子を取り囲んでいた獰猛なGの群れが、動きを止めてしんと静まりかえった。
気味の悪い嘶きを上げながらも、渋々といった感じで後ずさっていく。
今にも飛び掛かりそうだったGを、一瞬で諫めるその行為。
それが全てを物語っていた。
誰の目から見てもカ・ガノがGをコントロールしていることは明白である。
そしてカ・ガノもまた、敢えて分かるようにその行為を見せつけてやることで、目の前にいる双子のMAIDに対する示威行為としていた。
「……やっぱり、ここにいるGを操ってるのは、あんただね?」
「その通りだ。 なぜだろうなぁ、俺はこいつらを従えることができるんだ」
くっくっとわざとらしく喉を震わせるカ・ガノを、双子が睨み付ける。
「あなたは何がしたいの?」
怪訝そうに訪ねるローゼに、カ・ガノは告げる。
「復讐だ」
その一言で、場の空気がじっとりとした重みを纏ったものに変質したような、そんな不快感を双子は感じていた。
カ・ガノの口から、少しも気負うことなく発せられた復讐という単語。
であるにも関わらず、それまでの飄々とした雰囲気が一気に打ち消されるほどに、その一言に込められた想いは重たく、厳粛だった。
「そうさ、復讐なのさ。 人間は誰一人として生かしちゃおけねぇ。 一人残らず駆逐してやる 」
人の世の終わりに思いを馳せて、カ・ガノは遠い空を見上げながら淡々と語る。
「俺の目的は、つまるところそこに行き着くんだ。 人類への復讐……人類抹殺」
正対し直したカ・ガノが、ローゼとレーゼを見据えて愉快そうに嗤う。
「どうだい、シンプルでいいだろう?」
「いや、全っ然っ良くないし!」
「そんなことをしたがる理由が分かんない」
まあ、当然と言えば当然の反応だろうな。
こいつらは俺のことなんか―――あの作戦で失われたものも、俺たちが味わった苦しみも絶望も―――なにも知っちゃいないのだろうから。
無知であることは大概の場合幸せに作用するが、ときにそれは残酷だ。
自分が当事者になり得る事柄であれば、なおさらのこと。
「分かってもらおうなんてつもりはサラサラ無いぜ」
いずれこいつらも知ることになる。
MAIDであるならば必ず行き当たる問題だ。
……まぁ、俺と敵対してしまった以上は、その時が来るまで生かし続けておくつもりはないが。
「それよりもだ。 ヒトにモノを尋ねたいなら、まずは自分から話すってのが流儀だろうが」
カ・ガノは手にした黒刀の切っ先を双子に向ける。
「お前たちは誰だ? どこの国のMAIDだ? その格好からして、おそらくクロッセル辺りだと思うが……俺はここしばらくの間、戦場を観察していたが、お前たちのようなMAIDは見たことが無ぇ」
そうなのだ。問題はそこなのだ。
俺の計画に水をさすような実力を持った、俺の知らないMAIDが、今になって出てきたことこそが。
「見てたって……覗き? ウソでしょ? ゴキブリの親玉なうえにストーカだなんて―――」
「うぇぇぇ、正直引くわぁ……」
オーバーリアクション気味に嫌悪感を示す双子。
こうもぴったりと息のあった仕草を見せつけられると、逆にとてもわざとらしい感じがしてくる。
どうやら二人とも、カ・ガノの質問に答えるつもりはまったくもって無いようだ。
「……フザけるなよ、お嬢ちゃん方。 俺と違って真っ当なMAIDである筈のお前さん方が、何かを隠し立てする必要でもあるってのか?」
すると双子は、いーっと白い歯並びを見せつけて、なおも食い下がるカ・ガノを拒絶する。
「乙女に秘密の1つや2つはつきものなの!」
「そんくらい分かれよなー、オッサン」
やれやれと人を小馬鹿にしたその態度に、カ・ガノの堪忍袋の緒が切れた。
なぜこの俺が、こんな糞ガキ共に謙らなければならないのか、と。
「ンだとぉ……ヒトが下手に出ていれば調子に乗りやがって! 糞ガキ共が!」
青筋を立てて苛立ちを露わにするカ・ガノ。
「なぁ~にが乙女だ。 大体なぁ、てめェら、なんだ? その格好は! 売女の間違いだろうが!」
ヒラヒラした双子の衣装を指差して怒鳴り散らすカ・ガノ。
「んなっ―――!?」
「なんですとぉ?」
これには双子の方がカチンときた。
「わたしらがせっせと夜なべして作り上げた至高の一品をバカにするつもりか!?」
二人が着ている衣装は、あらかじめ支給されていたメイド服を改造した手作りの一品だ。
支給された当時はごく標準的で、シックなロングスカートのメイド服だったものを、二人で無断改造して、現在の布面積の少ないミニスカート版に様変わりさせたのだ。
ローゼとレーゼ曰く“ぱりこれ”にも通用する、愛と努力と睡眠時間の結晶とのこと。
そういった経緯から、当然ながら双子はこの服を、ものすごーく気に入っている。
「いいか、MAIDってのはなぁ、もっとしとやかな淑女であるべきだと俺ぁ思うぜ?」
双子の悔しがりようを見て気を良くしたカ・ガノが、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「余計なお世話だよっ!」
「オッサンの趣味なんか聞いてないっつーの!」
売女呼ばわりされたうえに、お気に入りの一張羅をけなされたとあっては、ローゼとレーゼも黙ってはいない。
「アンタこそなにさ! そのぼろい外套に目の包帯! 格好良いとでも思ってるわけ?」
「お前は盲剣の宇水ですかっつーの!」
「はぁ? ウス……なんだそりゃ?」
しかし双子がなにを言っているのか、カ・ガノには本気で意味が分からなかった。
「……まぁ、いい」
くだらなさで途端に怒気も醒めてしまった。
「互いに、これ以上話すことも無ぇだろうさ。 お喋りはそろそろ終いにしようや」
カ・ガノの眼帯の下に隠れた、光の無い双眸が鋭さを増す。
「大人しくしていれば、痛いのは一瞬だけだ」
存在しない筈の視線が双子を射貫く。
「―――あまり手間ぁ掛けさせるんじゃねぇぞ?」
腰を低く落として、足裏でしっかりと大地を掴み、黒刀を下段に構えるカ・ガノ。
双子の周囲を取り囲むGも、より一層圧力を増す。
「こういうときって普通さぁ、
~痛みも感じないくらい一瞬で終わらせてやろう。 ぐわっはっはっは!~
とか言うんじゃないの?」
「三下のほうがもっとマシなセリフ言うと思うんだけどね~」
如何にも悪者然とした感じの声真似をしてみせたのはレーゼ。
彼女たちのおどけた調子は普段となんら変わりないものだったが、油断無くグングニルを構えて臨戦態勢を取っている。
「ハッ! 口の減らないガキ共だぜ、まったくよ―――いくぜ」
蠢くGが周囲を取り囲む醜悪なコロッセオの中で、戦闘の火ぶたは静かに切って落とされた。
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最終更新:2011年09月04日 23:00