炎と涙

(投稿者:Cet)



 がやがやと喧騒の鳴り止まぬ食堂にはたくさんの、給仕の姿をした少女たちが大挙している。ここは間違いなく軍事施設の内部に位置しているところの食堂なのだが、その様相を見て普通驚かずにはいられないであろう。
 しかし世暦1948年現在、その光景は、凡そ世界中の全ての軍事施設においてありふれたものとなりつつあった。この食堂もまた、世界中の食堂において展開されているありふれた光景の一つを、映しているに過ぎないのである。
「ところで、シーアさんって普段どんなことしてるんですか?
 たとえば非番の時とか」
 その喧騒に紛れているところの会話を、一つ抽出する。
 長机はその両端を少女たちに占領されており、彼女達はそれぞれ、両端で向かい合っているところの少女たちと会話を交わしているのだ。
 一対のカップルができあがっているようなものである。もちろん、例外も存在するには存在するが、大体の少女たちは、食事を摂りながらもその机で向かい合うところの少女と会話をしていた。
「それはつまり、この私の爛れきったプライベートに関する問いということでいいのかな?」
「いや、最初から断じるワケじゃないですけどね……」
 苦笑いを添えながらに、もう一人のメードは答えた。
 ふむ、と一つ考えるような素振りを見せながらに、少しばかり表情を俯かせる。もう一人のメードが、何やら入り組んだ話題を振ってしまったか、と危惧を顔に浮かべているのにも気づかない様子で、考えに没頭している。
 しかしその顔を上げる。にこりとした、笑みを浮かべる。明るい笑みと言っても相違ない笑みである。
 それを受けたメードは、少しばかり呆気にとられたような表情を見せた。動揺している、と言ってもいいかもしれない。
「いやね、私のプライベートなぞ、君はどうせ質問する前から分かっているだろう?」
「……と言うと?」
 ふふふ、と一方の少女が肩を揺らせて笑うのに、他方の少女はどこか引きつったように笑ってみせた。
 それから、一方の少女が、周囲に聞こえるのをはばかるような体で、そっと他方の少女の方へと顔を寄せる。少女は囁くような声で言う。
「ガールズハントだよガールズハント」
 はは、と他方の少女が笑った。
「最近の成果はどうなんです?」
「まあ私のアベレージは数年前からずっと変わらないよ、最も優れた戦士とは、己の最適の状態を常に維持できる戦士のことだよ」
 少女は手に持ったフォークで空中に絵を描くようなジェスチャーをえがく。
「戦闘に関するアナロジーですか……まあ最近は確かに戦況も上向きみたいですしね」
「どうだろう、時には空が墜ちてくることだってあるさ」
「……キユウ」
「正解」
 少女は回答に対して宣言しながら、トレーの上のスパゲティーを器用にフォークで絡めとり、それから口へと運んだ。もぐもぐと、あまり表情を変えないで咀嚼する。
 ちょっとした沈黙が降りる。その間、両方の少女は黙してそれぞれの食事に当たっている。
 一方の少女が、トレーの脇に置いているところの水の入ったグラスへと手を伸ばした。
「……それで」
「あ、はい」
 その水を口に含みながら、どこか鋭いところのあるような視線を、少女は相手の胸元の辺りへと注いでいる。
「何か、本題があるんじゃなかったのかな?」
「え、えーと……」
 対面しているところの少女は、動揺を隠しきれない体で、こめかみのところをぽりぽりと指で掻いた。
「やっぱり分かっちゃいますか、そういうの」
「まあね、フレイア、当ててみてもいいかい?」
「……いや! いや、待って下さいよ、私にも色々と尊厳みたいなものがあります」
「おっと失礼」
 そう言いながら、少女は自分の空になったトレイへと視線を落とした。
 沈黙。
「……さきほど、恋、の話をしましたよね」
「そうだね」
 ちら、と視線をトレーから上げる。
 少女の若干赤く染まった頬を見るにつけ、一方の少女は再び視線を下ろす。そしてある種の喜びが、表情に出てしまわないようにと細心の注意を払う。
「ねえ、シーアさん……。
 恋は怖いものです」
「怖さを感じるならば、君のそれはもはや愛情の域に達している」
「そうでしょうか、いやはや」
 照れたように頭を掻いた。
 一方の少女は、それを眩しそうな表情で見遣る。
「私はどうしたらいいのか分からないんです、このまま何も言わずにしておくべきなのか、それとも私から何かを言うべきなのか、あるいはそれ以外の何をすればいいのか……」
「その問題を私の元へと持ってきたことは、もはや僥倖といって差障りあるまい。
 いいかいフレイア、君の悩みは、悩んでいる限りで、いつかは結末を迎えるんだ。その時にはね、我々には裁きが下るんだよ、イノセント!」
 少女は水を飲みながらに片方の腕で親指を立てる。
 それを、対面する少女はぼんやりと見つめている。
 少女がコップを机へと降ろす。もう片方の手も降ろす。
 がやがやとした喧騒が、彼女達の存在感を縮小の方向へと向かわせている。
「悩めるだけ悩めばいい」
「……厳しいですね」
「そう、その時になってみないと分からないだろうが、ただ一つだけ言えることがある。悩みなさい、そして裁きを待ちなさいってね。
 我々には、往々にして自らの意志だけでは全てを決定できない時がある。ただ耐えて忍ばなければならない時がある。……迷い、留まらなければならない時がある。
 しかしね、フレイア。何も私はずっとその暗闇の中に居続けるべきだとは言っていない。やはり、有効な悩みというものは君くらいの年齢にはありがちだ。
 悩んでいれば、おのずと自分の中で判決が下るものさ」
 イノセント、ともう一度少女は呟いた。
「……そうでしょうかね」
「そういうものさ」
 どこか塞いでいるような表情をした少女のトレイには、ほとんどの食事が手つかずのまま残っている。
 しかし少女はフォークを掴んだ、そして、トレイの上のミニハンバーグへと、その切っ先を突き刺す。
 それを口へと運ぶと、もぐもぐと咀嚼した。
 嚥下する。その一連の流れを、一方の少女はじっと眺めている。
 やがて、少女は一連の流れを終えると、グラスを手に取り、少しばかりの水を口に含んだ。
 飲み下す。
「分かりました、シーアさん。まだ私は色々ともがいてみせますよ」
「それでいいんだよ、いいかい、君にとって今日のできごとは僥倖であると思うんだ。夜明け前が一番暗い。君に加護があらんことを」
「へへ」
 そこでようやく、破顔した少女に対し、彼女もまた満面の笑みを見せる。

「我々の涙を乾かせることができるのは、真実の恋という炎だけだよ」
 そして不意に呟く。

「そうですね、不完全燃焼というのは、やりきれません」

 間。

「全くだ」
「はい」


最終更新:2011年10月20日 19:56
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