(投稿者:Cet)
「……
シュワルベ」
「はい」
月の光に照らされて影の落ちる、夜明け前の寝室に、二人の少女がいた。
一人の少女は、ベッドに半身を横たえて、毛布で膝元を覆っている。
そして、シュワルベと呼ばれたもう一人の少女は、ベッドの傍らの椅子に座っていた。
「愛、って何?」
「突然ですね、どうしたまた」
シュワルベの問いに、少女は一瞬だけ考え込むような仕草を見せた。
「だって一昨日の夜に水を飲もうと廊下まで出たら給水場で貴方と技術士官が」
「あああああああ」
世暦1949年のことである。
「愛というのはですね、死や狂気と似てるんです」
「何だか随分おどろおどろしいね」
「というか、恐ろしいものです。
そこにおいては、自分自身が完全に失われます。
しかし、それと同時に自分自身を回復することができるんです」
「分かんないなあ」
「いえ、貴方にもきっと理解できるはずです、そういう観念を持たない人なんて、この世に一人としていませんよ」
シュワルベはそう答えた。
「そうかな」
「そうです、人はそのことを絶望と呼びます」
シュワルベの発言に、少女は暫し黙った。
「私もそれを知っているの?」
「ええ。
絶望というのはですね、鏡なんですよ。
自分自身を映し出す鏡なんです。そういう鏡を、誰しもが持ってるんです」
「愛は絶望なの?」
「時には」
シュワルベは答える。
「また、ある時には狂気が鏡となりますし、死が鏡になります。
そしてまたある時には、私以外の特定の誰かが、私のことを一番に映し出す鏡になるんです」
「シュワルベって、何でも知ってるんだね」
「他のことを知りませんから」
シュワルベは微笑む。
少女も微笑んだ。
「もしもね」
「はい」
少女は語り始める。
「もしも、私にもそういう鏡があるとしたら、私はその鏡を割ってしまいたいと思う」
少女はそう言った。
「そういう気持ちって、分かる?」
「もちろんです、最初に言った通り、愛というものは、恐ろしいんです」
言いながら、シュワルベは自分の手で頬を覆った。月明かりという乏しさで、彼女の表情の半分以上は闇に融け込んでいる。
何度か瞬きしながら、少女はシュワルベの表情を見つめていた。
「何でだろうね」
「……?
何がでしょうか」
「何で、私はそんなに鏡を見たくないんだろうね」
少女の問いに、シュワルベは少しだけ表情を俯かせる。
そしてそのまま暫くの時間が過ぎる。彼女が顔を上げる。
「それは、私にも分かりません。
でも、私たちは、せめて一度はその鏡に自分自身の在り様を、ほんの一瞬だけでも映し出さなければならないんだと思います」
「そうなのかな」
「あくまで、私見です」
シュワルベは答えた。
「ねえ、シュワルベ」
「なんでしょうか」
呼びかけた少女は、目を閉じる。そして一つ呼吸を置く。
目を開ける。
「あの空の向こうには、何があるの?」
シュワルベは微笑む。
「……自由」
最終更新:2011年10月27日 13:20