RED GARDEN-6

(投稿者:めぎつね)

 彼女は何なのか。
 そんな根幹的な疑問は、アリウスというメードへの評価そのものといっても差し支えなかった。何者なのか、という意味ではない。素性であれば十分過ぎるほど知れている。国ではなく会社に、公的ではなく私的に運用されている(尤も扱いが連合軍所属である以上、半強制的に公用として使われているだろうが)メードだ。
 彼女の親たる企業ウォーレリックは主に陸軍兵装の一翼を担う軍事メーカーだが、その製品の多くは他社の模造に始まり、強化や廉価を経て量産され販売される。そういった面での技術力は一級であり、他社のライセンス商品を扱っている理由もなんてことはない、余程革新的なものでなければ容易に盗まれるが為に、ならば先に十分な利益を得られる契約を交わした上で盗ませようという妥協策に他ならない。それでも老舗であるウォーレリックが長年に渡って作り上げてきた自前の流通網は中小他社からしてみれば十分に魅力的であり、それを目当てにした売り込みもあるという。
 それに代わり先鋭的な技術には疎く、この数年で異常に発展したメードに絡む市場にも完全に出遅れている。改良は随一だが新分野を開拓する能力は無い、とは中佐殿の弁だったか。
 そういった背景を鑑みてアリウスというメードを見れば、親元がどこぞの国から買収したという予想が自然だった。そして各国と同様に扱いあぐねているだろうし、まぁ重用もされているのだろう。
 さて。

「貴方、どうしてここにいるの?」

 それ以上ないほどに単純な疑問の塊を、アルハは眼前の相手に放り投げた。薄暗いどころではなく深遠に包まれた洞窟の中、周囲を照らすのは彼女の腰の塊に横付けされている投光機の明かりしかない。その持ち主であるアリウスの顔は丁度影になって表情は判然としないが、その無駄に赤く明るい瞳だけが明瞭にこちらを見据えている。
 ここと示した洞窟は、つい先日に偶然発見されたものだ。ここ数年に渡りこういった空洞は世界中で相次いで発見され、永核も主にそこから産出される。『遺跡』などと呼ばれてはいるが、永核以外の出土品があるでもなく、Gの棲家になっている場合すら少なくない。
 遺跡が現れた原因は未だよく判っていない。大規模な地殻変動と見るのが一般的な見解らしいが、それに伴う筈の地震などは観測されていない。気がついた時には、そこにあるのだ。恐らく対G戦役の前後では、世界地図にも随分と変化が現れているだろう。
 その存在自体極めて不可思議なものだが、それを言うならばGや永核、メードですら似たようなものである。生態や生成プロセス、活用法をどれだけ研究し解明しても、その発生原因に属する面の解読は全く進んでいないと聞く。尤も解明が進んでいないのは、対G戦線の維持という差し迫った問題があるというのも理由の一つだろうが。
 故に遺跡の存在も、永核の産出地という以外は未だ謎に包まれている。だが各国にとって永核の確保は最重要事項の一つであり、遺跡が発見される度にこうして人手が、状況によっては正規軍ですらも借り出される。自分にこういう話はよく回ってくるのには、別の心当たりもあるにはあるが、それは兎も角。

(貴方、今回の面子にはいなかったわよね?)

 名簿にちゃんと目を通したわけではなかった為、確証はない。だがその名前があれば流し読みであれ気付きそうではあるし、何よりその特徴的な容姿を完全に見落とすことなど普通に考えてまずあるまい。
 アリウスの纏うそれは分類としては専用装備に当たるのだろうが、その実体は武器としての機能を完全に放り投げた武装キャリアーだ。銃器本体以外のものは全て収納されている故に、一見しただけではよくわからない何かとしか言えないが、目を凝らして見ればそこかしこに、モールドに隠された形で収納口が設けられている。
 身体に干渉せず動きを阻害しないのであれば、それは十分に有用だろう。あくまでも、余所のサポートに期待できない、しない状況においては、だが。そんなものをどう売り物として魅せていくのかは、自分の知った話ではない。
 アリウスは、からからと笑いながら答えてきた。

「いやいや、偶然ですよ。ぐーぜん」

 そんな筈があるか。
 口にはせず顔にも出さず独りごちて、アルハは奥の様子を確認する動きに紛れ、相手から顔を背けた。
 洞窟の幅はメートル単位である。軍用車両も十分に通せるだろう。実際、他の連中は殆どがそういった足を持って突入した筈だ。アルハがそれに便乗しなかったのは、漠然と抱いた不吉な予感に従っただけだ。
 そういった面から見ても、アリウスがその身一つでアルハの前に現れたのは異常と言えた。そも、自社の武器を売り込むのが目的ならば、他にもっと大勢のメードや兵士が乗り込んだ車両が幾つもあったのだ。それらを差し置いて自分の隣に居座るのを良しとしたことに、一体どんな理由があるのか。
 一度は無視を決め込んだものの、頭の端に残り続ける疑問の答えへの渇望にやがて負け、アルハは口を開いた。

「偶然にしては、出来すぎじゃないかしらね」
「まぁまぁ。そうだとしても、結構助かってるでしょう?」

 さらりと痛いところを突かれ、アルハは苦々しく頭を抱えた。実際、彼女の協力が得られるのは僥倖であった。この先どの程度のGを相手にするか予測が付かない現状、自分一人では明らかに足りない。加えてアリウスが腰周りに身に着けているパーツには投光機も接続されており、周囲の視界は殆どそれで補っている。手持ちの光源だけでは戦闘には不十分かと、自分の容易不足を感じ始めていたタイミングだったこともあり、ぐうの音も出ない。
 返せる言葉を見つけられず、アルハは肩を竦めて返答としたが、それが伝わったかどうかが怪しいことに少し経ってから気がついた。アリウスは屈託のない笑みを浮かべているが、そういった時は両目を閉じるのが彼女の癖だ。極端に赤い、ともすれば血の色にすら映る双眸が割と周囲から恐れられているのはアルハも知っている。それに関する愚痴を直接聞いたりもしたし、実際、彼女が口を閉ざしただけで簡単に萎縮していくメードや一般兵というのも何度か目にしている。

(或いは、それが理由かしら)

 彼女の力量は十分信用に値する。背中を預けるにも不足はない。恐らく、誰もがそう判断するだろう。それだけの器用さと伎倆と目端をこの黒衣の女が備えているのは、ここ暫くの付き合いで十二分に理解していた。
 それでも、その協力者としての振舞いの中に一抹どころではない不安と不気味さを拭い切れなかったのは、そういった彼女の目を知っていたからなのかもしれない。表と裏の二面性などどんな人間でも持ち合わせているが、意識的にその片側しか見せない理由は基本的に三つだ。信用していないか、眼中にすらないか、嵌める為か。
 腰に提げた通信機からの呼び出しに、黙想を遮られた。

「はい、私ですが」
『俺だ。どうだ?』
「現状、特別なことは何も」
『一人か?』
「いいえ。いつも通り二人ですよ」

 こちらの口調から、教官殿のほうでも状況は察したらしい。僅かに沈黙を交えたが、言及はしてこなかった。

『前衛の連中には追いつけそうか?』
「さて、どうですかね。影も形もありませんが」
『少し前から連絡が絶えている。見かけたら保護してやってくれ。それと』

 そこで一度、教官殿は言葉を切った。彼が話の途中で口を噤むこと自体が稀有ではあるが、それが数秒と続くとなれば、少なくとも自分にとっては前例がない。
 それが躊躇によるものなのか、それとも本当はその先を言うつもりは無かったからなのか。それは判らなかったが。教官殿はこう締め括った。

『気をつけろよ。進むも退くもな』
「了解」

 既に囲まれて進むも退くも出来ない状態にあるのには気付いていたが、そのことはおくびにも出さず通信を切る。アリウスも既に状況は理解しているのか、両手に散弾銃と短機関銃を構えてこちらに背を預けていた。アルハも左手で剣を抜き、肩に下げていた小銃を構える。

「回り込まれたことに納得がいかないわね。かなりの距離、一本道だった筈」
「時たま、天井に穴は開いてましたけどね。連中が通れるぐらいの」
「そういうことは、もっと早く言って」
「いやぁ、姉さんなら気付いてるだろと思ってたもんで」
「買いかぶり過ぎよ。どいつもこいつもね。……そっち、右の岩陰に二匹と左の暗がりに三匹」
「天井、デカいのいますよ」

 お互いに警告を済ませ、先に場を離れたのはアリウスだった。ほぼ同時、光の筋がこちらを向く。どうやらアリウスが投光機を頭上に投げたらしい。振り回される散光が辺りを無秩序に照らす中、アルハの意識を捉えたものはほぼ真上にあった。鋸状に棘の並んだ一対の鋏。
 落ちてきたシザース級の鋏を剣で受け、アルハはそのまま押し潰された。片手でどうにかなる威力ではない。僅かに稼いだ時間でどうにか相手の鋏と胴の隙間に逃げ込み、小銃で頭を吹き飛ばしてから股の下を抜ける。
 照明がシザース級の巨体で塞がれていた所為か、その道筋にワモン級が待機していたのには気付かなかった。
 ずらりと鋭利な歯の並んだ顎に頭から突撃しかけ、寸前で立ち止まれたのは不幸中の幸いとかいうやつではあった。確実に目が合ったと言える、そんな距離だ。左右の複眼ではなく、人間ならば額の部位にある単眼のほうと、だが。
 軽い挨拶だけを口にして、アルハは後方へ跳んだ。シザース級の尾に背をぶつけ、飛び込んできたワモン級の頭を叩き割る。断面から脳髄を覗かせながら尚も突進してくるそれを横に蹴り飛ばし、その足で別の一体に踵を落とす。地面に叩きつけたそれの頭に剣を突きたてて、漸く小銃のコッキングレバーに手をかけた。何故リロードに両手を使う小銃を構えて剣を抜いたのか。一瞬前の自分の判断に疑問を抱きつつ、また別方向から襲ってきたワモン級の頭をライフル弾が粉砕する。Gを相手取る上で頭部への攻撃が格別に有用ということは無いが、それでも敵を叩く上で狙うべきは頭部だというのはアルハの信条だった。脳を破壊されれば人体は即座に機能を失う。

(閃光は使えないな)

 気がつけば蟲の数は異常に増えている。だがこの状況下で閃光など放てば、アリウスを巻き込むのは確実だ。洞窟の崩落を招く危険もあるし、それ以上にともすれば自分の身が危うい。
 だが自前の剣と銃のみでこの猛攻を凌ぐのも限界がある。しかし同時に、思索を巡らせながらこれを耐え切るだけの器用さはこちら持ち合わせていない。猛攻が止んだその隙間で小銃の装填を済ませ剣を回収し、次の標的を求め視界を回す――

「まずい」

 そんな言葉が口から漏れたのは、明確な絶望が目に入ってしまったからだった。
 狙っていたのか偶然か、アリウスが放った投光機はシザース級の下顎を台座にして、洞窟の奥を照らしていた。数十メートル、ともすればそれ以上先まで見通せるが、そこに映った代物に頬が引き攣る。

「うっわ」

 同じものを目にしたか。アリウスの空笑いの混じった声は聞こえたが、姿は見つけられなかった。
 群れという表現では生温い。軍勢という言葉のほうがまだ相応しいか。そう思えるほどの大量のGが、洞窟の幅一杯まで敷き詰められてこちらに向かってきている。それも、ほぼ無音で、だ。元々Gの足音はその巨体に比して人間のそれなどよりも遥かに小さいが、この数でそれを見せ付けられれば背筋も凍る。現実感の欠落した大群の進撃は不気味を通り越して滑稽にすら映った。
 だが何であれ、呑み込まれれば確実に終わる。後退して間に合うとも思えず、加えて分岐路があったのはだいぶ前だ。

「姉さん、こっち」

 アリウスに呼び止められたのは、悪あがきの後退でシザース級の横を抜けたところでだ。声のほうへ顔を向けるが、別に横道の類があるわけでもない。アリウスがいただけだ。
 差し出された腕を掴むのには、二度ほどの躊躇があった。まず、彼女の言葉を信用するべきかどうか。教官殿との通信の最後の一言、あれに後ろ髪を引かれたとは少し違うが、この相手に対し絶対の信用を置くのは危険極まりないと自分の本能が訴えている。
 それでも彼女の言葉通りにするしかないのは、正面に迫るどす黒い津波を見れば明らかだった。あれは閃光では捌き切れない。
 そうなると今度は、その手をどう掴むかという問題が首を擡げた。小銃と長剣、どちらも只の支給品でしかなく、同じ型のものをそれなりに長く使っているといった以上の愛着は無い。生きて戻れば予備も腐るほどある。剣なんてものは特にそうだ。なにせメード以外には需要が無い。
 それでも、手放したのは小銃だった。つまりはそういうことなのだろう。

 そしてアリウスの手を取ると、ほぼ同時に上空へと放り投げられた。

「は――?」

 容赦ない速度で、真上に。そこまで理解するのが限界だった。腕が引っこ抜かれるような重圧はそのまま内蔵も圧迫し、意識まで体から引き剥がそうと襲い来る。

「剣、天井に」

 その言葉の意味を理解するのにはかなりの時間を要した。聞き返していたかもしれない。だが少し首を上げてみれば、そこにはいつの間にやら見覚えのある土壁が迫っていた。それこそ、激突でもせんばかりの勢いで。
 左手の長剣をそこに突き立てられたのは、日頃の経験の賜物だった。少なくとも、頭で理解しての行動ではない。何せ状況を把握できたのが剣を突きたてて暫く経った後、足元をGの軍勢が走り抜けていくのを目にしてからのことだ。勿論それだけで勢いを殺せるものでもなく、残りの手足も使って天井に張り付く格好になったが。
 すぐに重力に負けて落ちそうになったところを、アリウスに再び腕を掴まれる。

「姉さん、ひょっとして乗り物とか弱いクチですか?」
「……煩い」

 どうにかそれだけを搾り出して、アルハは汚泥のような息を吐いた。ここにきて漸く、得体の知れない手法で天井まで跳ね上げられたのだと理解する。天井に叩き付けられなかったのは偶然だろう。同じことは恐らく二度はできまい。
 全て通り過ぎやや経って、アルハはアリウスの手を離した。数メートルの高さをどうにか上手く着地して辺りを見回す。蟲の軍勢が通った後には、死骸の一つも残っていない。投げ捨てた小銃も見当たらなかった。

「……酷い無茶をさせる」
「や、他に思いつきませんでしてね」

 すぐ横に降りてきたアリウスが腕に着けたパーツから伸びたワイヤーを手動でゆっくりと巻き取るのを見て、漸くからくりを理解する。巻取りが終わり今度は二つ目の投光機を取り出すした彼女を傍目に、アルハは通信機に呼びかけた。

「聞こえますか」
『……ああ、俺だ。問題ない。何かあったか?』
「数十単位でそっち行きました。撤退の準備を」
『随分な大群じゃないか。少し待て』

 通信機の向こうで暫く話し声が聞こえた後、怒声や罵倒、最後には機械を振り回したようなノイズと殴打音らしきものまで耳に届き、やがて何事もなかったように教官殿が通信を返してくる。

『分かった。それは残ったメードに当たらせて、他の連中は引き上げさせる。それで構わんな?』

 その結論を出すまでの過程には、あえて触れなかった。代わりに別の疑問を口にする。

「はて。残ったメードなどいましたっけ?」
『増援としてリスチアの主翼なんてのが来ている。そちらに向かわせる予定だったようだが、殿を頼んだほうがよさそうだ』
「然様で」

 短く応え、通信を切った後にふと、階級も無い一介の担当官がまるで指揮官でもやっているような口ぶりをしていたことに違和感を感じたが。
 すぐに思い直し、アルハは首を振った。あの教官のことだ、口うまく佐官連中を言い包めただけだろう。誰が誰を殴り飛ばしたかは想像もつかないが、まぁあちらで話が丸く収まっているのならば気にするものではない。

「終わりました?」

 呼びかけられ、通信機を仕舞いながら首を回す。小さく頷き返すと、アリウスは奥の暗がりに腕を向けた。

「では、そのまま戻りません? これより先は、何もいいこと無さそうですけど」

 その提案に、アルハは押し黙った。アリウスに示された洞窟の奥に目を凝らし……そこに何も見えない事実に嘆息する。
 彼女の提案は尤もだ。アルハ自身もそれは感じていた。あんなものが通ってくるのだ。どう控え目に見積もっても、この先は好くない。他の連中が今の群れに出くわしていたと仮定するなら、その生存も絶望的だ。

「……もう少しだけ、進んでみたいのだけど。いい?」
「本気ですか? まぁ……構いませんけど」
「悪いわね。嫌な予感がするなら、ついて来なくてもいい」
「いやぁ、ここで一人帰るのも後味悪いでしょう」

 貴方にそんな厚情があったの、とは、口には出さなかったが。
 それからの道程は不気味なほど素直に進んだ。それこそ先程の大軍勢が、全て持ち去ってしまったのかと疑うほどに。十数分ほど何事もなく歩を進め、道の先に人工的な明かりが見えたところで足を止める。
 戦闘の気配はない。
 アリウスに一度目配せして投光機の電源を切らせ、アルハは適当な岩陰に身を隠した。アリウスは隣には来ていない。別の場所に身を伏せたようだ。自然と剣の柄に手を伸ばし、今更ながらにアリウスから銃の一丁でも借りておけばよかったかと後悔する。腰の拳銃一丁では人間の形をしたもの相手なら兎も角、Gを相手取るには心許ない。
 行く先の光明は小さくはないが、まだ距離がある。その明かりはこちらに届く前に絶えてしまっていて、周囲を軽く見回してもアリウスの姿は見つけられなかった。
 声でもかければよかったのだろうが。それはせずに、アルハは辺りを警戒しながら光明へと近づいていった。害虫連中の気配はないが、人のいる様子もない。静まり返った暗闇の中、只管に状況の把握に努める。目的地までは数十メートルといったところか。既に洞窟の深部である為か風はなく、革製のブーツが地面を擦る僅かな音ですら反響して無闇に響く。人が居るならば既に聞こえている筈だ。Gでも同様だが。
 あちら側から何のアクションも無いというのは、つまりそういう意味だろう。距離が詰まるにつれ、情報も増えていく。光は正面ではなく、直角に折れ曲がった通路のその先から漏れていること。そこには人工の照明に被って、もう一つ別の、揺らぎのある光が混じっていること。やがて聞こえてきたのは、炎が鉄と石を焼いて弾ける音だ。
 曲がり角まで辿り着いて、その頃にはアリウスも隣にいた。神妙な面持ちで、その先へ顔を出すタイミングを計っている。
 先に覗いたのはアリウスだった。数秒ほど身を乗り出して、その顔を引っ込めると表情はどことなく釈然としないといった色をしている。
 剣の柄を握ったまま、今度はアルハが顔を出す。まるでそれを待っていたように、一人のメードと目が合った。
 アルハ自身常に、戦場や軍施設で女を見ればメードだろうと判断するようにしているが、それをメードと断じたのは頭につけたフリル付きのカチューシャが目に入ったからだった。まぁ、他に相手を判別できるようなものも無かったが、戦場でそんな装飾を身につけているのはメード以外にはいない。
 何処か気のない、現実離れしたような視線に見返され、アルハは暫く身動きが取れなかった。メードは金髪に見えるが、火の光に照らされて鮮やかな緋色を靡かせてもいる。炎は顔の半分だけを明瞭にしているからか、その表情な何とも表現し難い。光の側に目を向ければ笑っているようであるし、影の側から推測すれば泣いているようでもある。
 声をかけるべきか、僅かに迷ったが。
 暫しして、アルハはそれから顔を背けた。小さく首を振り、アリウスに声をかける。

「帰りましょうか」
「え、いんですか?」
「死んでしまったものに興味は無いの」

 特におかしなことを言ったつもりはなかったが。
 アリウスはかなりの時間、反応に困った様子で目をぱちくりとさせていた。その後苦渋に満ちた、或いは理解し難いものに出くわしたような渋面を作り頭を抱え、それからややあって『然様で』とだけ返してくる。
 そこから離れる前に、もう一度だけアルハは火の元に顔を向けた。転がった生首と、その後ろに広がる惨殺体の山とを一瞥して。
 そのどれ一つとっても動き出しそうもないのを確認して、足早にその場を逃れた。



 そして戻ってきてみれば、それ以上の惨状が眼前に広がっていたわけだが。

「これは酷い」

 それ以上の台詞も思いつかず、アルハは素直な感想をぽつりと漏らした。小さいものだったが、辺りは冷たさを帯びた秋の風音以外には何もない。すぐ横にいた彼には聞こえていただろう。

「何がどうなってこうなりました?」

 軍用ジープの運転席に座り、自分らを待っていたのだろう教官殿へ、アルハは問いを投げた。彼の他には軍用車両含め誰も見当たらない。周囲一帯に累々と広がるGの死骸の山は、ともすれば自分らが遭遇した遭遇した団体よりも多いのではないかと疑うほどで、その光景には笑うより他にない。
 教官殿はひょっとすると、寝ていたのかもしれなかった。こちらの質問に対する反応の悪さに、そんな疑念が頭を過ぎる。だとすれば大した大物だ。未だGの群れが居座っているかもしれない穴倉の入口に車を横付けし、エンジンまで切っていびきをかいていたのだとすれば、死にたいのかと苦言を呈したくもなる。
 そんなこちらの胸中を知ってか知らずか、彼はいつもと全く変わらない調子で答えてきた。

「見ての通りだ。いや、大した戦力を手に入れたものだよ。あの国も」
「……あぁ。そういえば先程、リスチアがどうとか」
「一人でこれだ。余所の最精鋭とも、十分に肩を並べられるのではないかな。あの国の技術が遅れているなどとは、誰の妄言だったのかね」

 教官殿が辺り一帯全てを示すかのように腕を振り、それにつられる様にアルハも改めて戦場のほうへ振り返った。どこか一箇所に死骸の山が集中している、ということはない。視界に納まる範囲一杯に、まるで地面を覆い尽くさんとばかりに散乱している。

「それと、他の連中は帰ったよ。お前も帰ってこないと思われていたしな」

 後者に関しては別にどうでもいい。寧ろ向こうとしては、その方が都合もよかったろう。
 と。
 辺りを見回している途中で、アリウスの姿が目に入った。ただそれだけの話だが、荒れ果てた戦場をぼうっと眺めるその姿、その顔は珍しいものに見えた。

「どうかしたの?」
「やー、や。なんでもありませんよ」

 声をかけられてようやっとこちらの視線に気付いたのか――それもまた、彼女にしては稀な話だが――口早にそれだけ言い残すと、早々にジープの後ろに乗り込んでしまった。

(乗っていいとは、誰も言ってないのだけど)

 忘れがちだが、彼女は同じ連合軍所属という以外は完全な部外者だ。ここでそれを指摘してやれば、相当に面白い顔を見せてくれそうではあるが。
 結局それをしなかったのは、なんのかんので彼女に十分過ぎる借りを作っていたからだろう。教官殿に促され、アルハもアリウスに続いた。
 帰還の道程に、意識は十分と保たなかった。
最終更新:2012年01月04日 02:53
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