(投稿者:Cet)
奪われ、損なわれるということ。
そこには影が落ちる。
満たされ得ない空白には、それを満たそうとする欲求が影となって落ちるのだ。
その中で人は彷徨い、諦めと苦痛が吐息となって漏れる。
しかし歩いていかなければならない。そういうものだ。
空虚な人間とはそういうものだ。常に何かを求めている。それを満たす為だけに歩いている。
◇
メードにとって死は存在しない。というのも、メードとは再利用の効く存在だからだ。だから私もまだそこにいた。肉体を失っても、またすぐに補充された。私の意識は断絶を経て、再びこの世に現界したのだ。私は今ここにいる、そして成すべきことを成さねばならなかった。
それは何か?
それはある意味では国政であった。守るべきものを守るということ。
私は国を守護する立場に置かれていた。
それは私がある種の象徴であるということだった。国家守護の象徴、かつて存在した守護聖人のように、私は武力の象徴としてそこにあり続けなければならない運命にあったのだ。私は幾つもの身体を乗り換えながら、そのようにして存在し続けていた。人生に終わりはなかった。私のことを他の誰かが必要とし続ける限りで、私は存在し続けた。
媼はもう死につつあった。人間の限界とはそういうものだ。
自分がこの世界に現界を始めてから、悠に二十年以上が経っている。
◇
時に、私のものではない声が聞こえた。夢を見る。少女の夢だった。
それは常に、私自身のある種の側面として現れた。それは影だった。私が失ってしまった何か、あるいは、私によって損なわれてしまった何かが、私の中に姿を現した。
身体を乗り換える度にその影は姿を変えた。そしてその度に私は思うのだ。私は彼女たちを傷つけ、損なっていると。私は何人もの少女を犠牲にしているのだと思う。
何故なら私は少女らとは違うからだ。少女らの目的と、私自身の目的とは、異なるものだからだ。私はエターナルコアと呼ばれる存在を寄り代にして現界しているに過ぎない。
それは機密事項として扱われている事柄だったが、しかしその存在に気づいていないメードはまずいないだろう。自分が何によって生かされているか、何によって能力を行使しているのか、そういった事柄を意識しないメードが存在しないのと同じことだ。
私はそれによって生かされていたし、そしてそれによって、私は少女たちを傷つけていた。
◇
今日も夢を見た。
少女たちの夢だ。
少女たちの屍が転がっている。
見渡す限りに少女たちの死骸が見える。そこは暗闇で、何も見えない。
しかし、彼女たちは衣服を着ていない。暗闇の中で、白い肌が見える。
何故彼女達が死ななければならなかったのか、と考える。分からない。
少女たちの中には頭の割れた死骸もある。
私は思考の内容を切り替える。
何故少女たちは死ななければならなかったのか?
でも、答えはない。回答はない。あるいはそれは私の所為なのかもしれない。ならば何故私は存在し続けるのか? それは守り続ける為だ。国家の守護者として、拠り所を存在し続けさせる為だ。それを現実にあらしめさせ続ける為だった。
暗い夢を見ていた。
川の流れる音がしていた。
暗闇の中で、それはとろとろとどこかへと流れ出す水音で、そしてその音は私をどこかへと誘っていた。あるいはどこかへと押し出していた。
私は歩いていかなければならないのだった。
私は踵を返す。そしてふと、視線を落とし、そこにいる少女の死骸を確認する。
長い黒髪の少女だった。死相には笑顔が張り付いていた。
私は視線を上げる。
川の流れが押し出す方へと歩いていく。
◇
暗闇の中で目を開ける。
椅子の上に座っている。
「鶯妃様がお帰りになられました。大変な事態になった、とシーア様をお呼びです」
「そうか」
私はふと首を揺らす。
長い黒髪がそれに従って揺れる。
夢の中で伏していた、少女の死骸に張り付いた笑みを思う。
私の口元にもまた、笑みが浮かぶ。
最終更新:2012年02月16日 13:55