(投稿者:Cet)
空は白かった。雲によって、光は分散しながら地上を包んでいた。
喧騒は慌ただしく、そのオープンカフェの賑わいは、目にも、耳にも積極的に押し寄せるものであった。長い銀髪をした女性が、白く丸いテーブルの一つに腰掛けて、また手にはお茶の入った白いカップを、両手で包むように持っていた。
テーブルの向いに座った、金髪碧眼の青年が、女性――というかその仕草の端々から、ある種の幼さを感じさせる、少女――に微笑みを投げかけるたびに、少女はどこか居心地悪そうに、カップへと極端なほどに口を近づけて、自分の表情を覆うようにした。それでも、青年のにこやかな態度は変わらないままだった。
やがて、少女はそのカップに入った茶を飲み終わり、テーブルの上に置いた。また、テーブルの上には既に料理が平らげられた後の皿が置かれている。青年の目の前には、ただ一つ白いカップだけが置かれていて、もう湯気も立っていないのに、まだまだそこには茶の嵩が残されている。
「ごちそうさま」
少女は、テーブルの手前の方に置いてあったナプキンを引っ張り上げながらに言った。
「どういたしまして」
「貴方、平日のこんな盛りに何をしてるんですか? 一応私も注意せざるを得ないんですけど」
「その日暮らし」
きっぱりとした青年の答えに、少女は些か目を伏せて、それで溜息を吐いた。それでも青年は微笑みを絶やさない。
「……時勢は混乱の真っただ中なのに」
そしてそう続けられた少女の言葉に、青年は依然表情を変えないでいた。
「君、これから一体世界はどうなると思う?」
青年の問いに、少女は肩をすくめる。
「そんなの、一介のメードなんかに分かるわけないじゃないですか、エントリヒのお偉いさんは、例の隠居暮らしの王様の死はオーヒ様によってもたらされた、って言ってるんでしょ?
でも、そんなのデタラメ決まってます。だけど、政治はデタラメであろうがなんであろうが、できるだけ誰かの都合の良いように進められるんだから、私がデタラメだのなんだのって騒いだところで、どうしようもないし……」
言いながらに少女の眉が寄り、そして表情が曇っていくのを、その経過と変遷を、青年は本当に穏やかな表情で見守っていた。こんなに美しいものはない、と言わんばかりの表情だった。
そしてその視線に気付いて、少女がむっと眉を寄せる。
「いや、君の言うことは大体ただしいんじゃないかな、俺に言われたところでどうということもないだろうけど」
少女が何かを言う前に、青年はそうやって機先を制した。
ぱくぱく、と何かを言いたげに開閉する口を、青年は、今度は少女を刺激しないように表情の変化に気を付けながら見守っている。やがて、呆れきった表情の少女は、何かを諦めたように口を閉ざす。
「――でも」
両方の手を、少女は膝の上に置いた。そして、青年から視線を逸らして、石造りのビルが立ち並ぶ空を見遣る。その一連の表情の変化を、青年は眺めている。
「どうなるんでしょう、ホント」
「どうにかするさ」
少女が再び視線を青年に戻す、眉根を寄せて。
「俺は誰かの涙が流れる前に、それを宝石に変える手はずを整えておくよ」
「なんですか、ソレ。歌?」
「まあそんなみたいなもの」
青年はそう答えて、視線をテーブルの上に落とす。
「あ」
少女が声を上げる。
「そろそろいかなきゃ」
「うん、払っておくから、行っといで」
言いながら青年は、テーブルの上にそっと紙幣を置く。
「あ、ハイ――って、なんか偉そうですね」
青年はニコニコとした笑みで、最後までどこか訝しげな表情の少女を見送った。少女は流れ続ける人混みの中に、ちらちらとした視線を残して消えていった。
足音だけが、途切れることなく続いていた。青年は、飲みかけのままで放置されたティーカップを、眺めるでもないような視線で眺めていた。オープンカフェには、新聞を広げる男性の姿が目立っていた。男二人で、それもフォーマルウェアで、談話に励んでいる姿もあった。その口調の中には、ささいな波乱のようなものが感じ取れないでもない。
しかし、青年はただティーカップを見つめていた。やがて、腰を上げて、少女と同じく雑踏に紛れて、どこかへと去っていった。
最終更新:2012年03月20日 21:43