Interviews with SPIES

(投稿者:Cet)


 ミスター”D”のことか。

 彼についてワシは多くを知らん。例のおっちょこちょいな部下の訓練だって忙しいんだ。教育担当官なる立場を引き受けてしまった以上、そんなことに今更かかずらわっている暇なんて無いんだ。お引き取り願いたい――
 ――少しの間だけでいい?
 あるいは、何か一つでも知っていることはないか、だと?

 ……まあいい。

 ――ミスター”D”。伝説的なスパイであり軍人、亡命者。
 その他、与太話と眉唾な物語の総動員。
 そんな人間がまず存在するのかどうかについてワシは疑わしく思っている。とは言え、あの男は世歴1929年以降、歴史の表舞台で活動し始めている以上、その存在や情報は完全に幻というわけではないんだろうがな。
 表の顔――そう、にっくきNSIAの局長としての顔だ。
 恐らくあの男がアルトメリアに亡命した際にもたらした情報がキーになっているんだろう。あの男は、自分の持っている情報のほんの一部を仄めかすことで、アルトメリアの情報共同体を骨抜きにしたんだ。恐らくそれは危険な情報であり、この世界の根幹に関わる情報だろう。グリーデル王国EARTHが研究中の例のコア――それについての情報をヤツはアルトメリアに提供したのではないかとワシは推測している。言わば、それがヤツのアルトメリアに対する手土産だったんだ。
 危険な男だよ。
 今でも特務部隊はヤツのことを追っている。しかし、NSIA局長を退官して以降の、ヤツの足取りは茫としており、未だ確たる情報はない。退官したのも、今から十二年前のことだ。
 そう。
 十二年前と言えば、アルトメリアで初めてGが出現したのと同じタイミングだ。その事件と共にヤツは姿を消した。恐らくはこの世界にとって重要な情報をその頭の中に詰め込んだまま。それをどこの誰にも話さずに、仕舞い込んで荷解きもしないままにな。
 特務部隊の調査によれば、ヤツが古巣に戻った可能性がある。全ての情報を総合すれば、そういう結論になる。

 ――少女?
 世歴1917年の事件?

 ああ、例の『感応実験』の子供か。
 覚えている。あの頃は、エントリヒはオカルトの研究に熱心だったんだよ――勿論、今でも永核はオカルトじみた存在ではある。しかし、それを遥かに凌駕するオカルト研究を、当時のエントリヒの情報部門は随分熱心に行ってたんだ。
 いわゆるエスパーという奴だ。
 読心術。第六感。
 実に下らんと思うよ。しかし、結果を見るに、奴らのやっていた研究も決して的外れではなかったのだろうな。


     ◇


 ああ、Dのことですか。

 いや、ボクだって多くは知りませんよ。というか、いわゆるアンタッチャブルですからね。
 彼に関する情報は、彼の出身であるこのグリーデルにあってさえ、触れてはいけない情報ということになってます。彼に関しては、もう世歴1933年の段階でデッドエンドなんですよ。そこから先の情報は、存在しないんです。
 第一、Dの現在分かっている情報を総合したところで、彼の行動原理というのは不明過ぎます。そんな人間を調査したり分析したりするのは、はっきり言って無駄なことですよ。形のないものに形を当てはめようとするようなものです。
 ――彼の幼少期の情報?
 まあ、そういうのが無くもないのは知っていますが、とは言えその情報が眉唾なのも間違いありませんね――。あれほどの諜報員が、まさか自分の過去の情報を周囲の人間に辿れるように放置しているはずがないのですから。
 とは言え、彼について周知されている情報はゼロではありません。それもまた、確かなことです。
 中流の農家の出身、十五歳で職業訓練校に入学するものの、十六歳の時点で退学。この段階から彼のパーソナリティーは謎のベールを纏い始めるのですが、恐らくこの退学の前後に彼はSSSやEARTHの前身機関によって接触を受けているはずです。そうでなければ辻褄が合いませんから。
 そこから先は、立志伝中の物語ということになります。24歳の若さでSSSの特務大隊の指揮官となり、十年間の間世界中の戦場で暗躍した後、EARTHの前身機関に特権的な待遇のもと所属。最終的に、世歴1926年、アルトメリアに何らかの交渉材料を引っ提げて亡命――。
 ここまではよく知られていることだと思います。貴方の表情が全く変化しないのは、きっと以前に同じ話を聞かされたからでしょうね。
 ふふ。
 ――ただし、問題はSSS時代の十年間です。恐らく、その十年の間に彼は軍事活動からは遠い、諜報分野の色彩が濃い何らかの作戦に参加しているはずです。
 根拠?
 まあ、ボクの勘ですよ、基本的には。もし信用して頂けないのであれば、別にそれはそれで構わないのですが。
 つまり、単純に言ってあの外部からの接触を嫌い、自身の内部完結的な組織体系に極めて執着しているEARTHが、諸手を挙げて外部の人間――しかも戦場での実戦経験が染みついた軍人――を特権的な扱いで受け入れるなんて、到底信じられることではないからです。でも、実際のところEARTHの前身機関は彼を重要な顧問的地位として迎え入れています。つまり、DはSSSに所属していた十年の間に、EARTHを骨抜きにするような何かの作戦に参加していたんです。その作戦が一体何かについては、ボクだってはっきりとは分かっていませんが。

 ――感応実験?
 ああ、例のエントリヒがやっていたテレパス実験のことですか。
 正直なところ、眉唾と言うんであればこっちの方がよっぽど眉唾と言ってもいいです。この件について真面目な調査を行っている諜報員は、大体がどこかしらの点で馬鹿馬鹿しさを覚えることになります。『こんなことを真面目に調査したところで何になる?』ってね。

 とは言え、こういった盲点にこそ本当に重要な情報が潜んでいるのかもしれませんね。
 実際のところ、この実験には中々どうして興味深い成功例が目立ったそうですよ。

 ――何を仰りたいのです?
 まあ、いいでしょう。とにかく、ポイントは彼のSSS在籍期間に起こった何らかの情報取得作戦です。エントリヒがテレパスやテレパシーといったオカルト要素に頼ってまで、是が非でも、なりふり構わず求めていたその情報。そう、それこそがDを巡る中心的な命題、その真相なんです。
 噂によれば、その作戦はエターナルコア――この世界における最重要機密に接近し得る作戦であった、との情報もあります。というよりも、この対G戦争そのもののきっかけとなるような、世界を破壊し得るような、そういう作戦であったということです。
 そもそも、Dは一体何が目的でSSSやEARTHで活動していたのでしょうね?
 きっと、そこには純粋な行動原理があるとは思うのですが、しかしこれは最初に言った通り、考えたところで詮無いことです。

 ボクから言えるのは、まあこれくらいですね。
 また、何か有力な情報がありましたら、お互いどうぞ御贔屓に。


     ◇


 貴様は……。
 何だ、私を殺しにきたわけではないのか。
 用があるならとっとと言え。宰相である私に余分な時間など無いのだから。

 ミスター”D”のこと?
 骨董品のような男じゃないか。もう、奴には以前のような国家を転覆し得る情報は存在しない。いずれ朽ち果てていくだけの男だ。
 しかし、ヤツの思想だけは評価に値する。ヤツが立っていたのは、いわば文明の防波堤だったからな。恐らく、ヤツはとっくに狂っていたのだろう、できるはずのないことをやろうとしていたのだ。だからあんなことをした。対G戦争の引き金を引いたんだ。

 馬鹿な男だ。
 人類なぞいずれ滅びることは分かり切っているだろうに。


最終更新:2022年07月01日 02:11
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