癒しの天使はかく語りき 前祝

(投稿者:レナス)



「戦場は一つではない。戦いに赴く全ての場所が戦場となる」





「ぁあ゛ああああ゛っ、痛ぇ!痛ぇよぉおお!!」

「誰かモルヒネをっ・・・もっとモルヒネを打ってくれっ、潰れた足が痛いんだ・・・っ」

「ママっ、ママー。ゴメンよ本当にゴメンよっ。パパとママがくれた大事な腕が、無くなっちまったよー・・・」

「糞ったれ! こんな所に寝転がってなんて情けないぜ。早くあいつ等を駆除して俺達の故郷を取り戻したいってのに・・!!」

「ぁぁ・・・・神よ、私は貴方に背きました。授けて下さった大地な命を此処で果ててし、ま・・・・・・・・・・」

「ベン!しっかりしろベンっ!! おい衛生兵っ、早くこいつを治してやってくれーーーーーー!!!」

「衛生兵ーー!こっちの奴の出血が止まらないんだ!!早く治療を!」

「あー、糞っ!! 腹を食われたぐらいでそんなに騒ぐんじゃねぇ! 少し小食になるだけだから我慢しろ!!」

「誰かモルヒネは無いかーーー!? 数が足りないんだ、誰かモルヒネを持って来てくれっ!!!」





グレートウォール戦線での日常。いつもの様に「G」との戦闘を終えた夕暮れ時の光景。
基地へと次々と移送されてくる負傷兵達がの悲鳴がお祭りの賑わいの如く響き渡る。
医療施設に入り切る事の無い多くの患者が路肩に敷き詰められ、衛生兵や医師達が可能な限り最善を尽くしていく。

だが患者と治療を行う人数の比率は圧倒的。常に不足する医師達の奮闘の最中に時間切れで命を落とす者達の方が圧倒的に多い。
医師の傍らで次の順番を待っていた者が息を引き取る。モルヒネを打たれて意識を朦朧とさせて心臓が眠りに就く。
「G」との戦闘で死んでいく同胞達を犠牲にして生き延びた命が、生き残れた喜びを得られずに死に行く朋の様に兵士達は憤る。

「頼む誰か!誰かこいつを助けてやってくれ! こいつには国で結婚を約束した奴が居るんだ! 誰かーー!!」

内臓が傷付き、大量の吐血で服を染め上げる友を抱き抱えて吼える兵士。
明らかに直ぐにでも集中治療室で治療しなければ助からない彼に助かる見込みは無い。
此処にまた一つ。命の炎を掻き消え様としていた。

「あいあいさ~。お困りですか~? お困りでしたら私たちにお任せを~!」

「お姉、順番を無視しては出来る治療もできないであります」

「どーせどこ行っても同じ光景ばかりなんだから順番なんて関係ないじゃん」

阿鼻叫喚の沼地にそぐわぬ明るい声。そして血塗れの地獄に映える清潔なの服装。
況してや幼い少女が三人、死を間近に控えた兵士の目の間に居るともなれば盛大な違和感を醸し出すのは必然。

「あ、あんた等は何だ・・・?」

友を抱える男が驚いて呆けたまま問い掛けた。

そしてその言葉に少女達は答える。

「あたしたちが何だと聞かれれば!」

ツインテールの元気な少女が高らかに声を上げ、

「悲鳴渦巻く戦場に、愛と癒しを届けます!」

横髪をピンで留めてる茶目っ気たっぷりな少女が可愛らしくウィンクを飛ばし、

「助けを求める貴方を助けます。治します」

テンションをフラットのままの少女の抑制の無い声で続け、


「「「私たち、ナイチンゲール三姉妹にお任せあれ!!!」」」


ポーズを決める三人の背後で何故か大爆発が起こる幻覚を見た周囲の兵士たちは目を擦る。
悲鳴が木霊すこの戦場で、この一角だけが静寂の空白を生み出していた。
ポーズを決めたまま固まる三人の少女と彼女達の奇行に沈黙の眼差しを向ける負傷兵達。

「・・・・あれ~? 何で誰も反応してくれないのかなー? 結構カッコ良かったと思うんだけどなー?」

「お姉、明らかに兵の方々はドン引きしてます。この決めポーズの廃案を提案しますです」

「でも五月蝿い声が無くなるんだから、結構効果あって良いんじゃない?
やっぱりもっとカッコいいポーズにした方が良かったかな? ほら、この前試しにやってみた、あの――」

「あれは流石に恥ずかしいです。代案の要求します」

反応の悪さにひそひそと井戸端会議を始め出す。
結局何がしたかったのか理解出来ないままに、男は恐る恐る声を掛ける。

「あんた等はもしかして―――メード、なのか?」

この場にそぐわない幼い少女たち。
そしてその身に包む服装とニットキャップに縫い付けられている赤い十字がある可能性を導き出した。

「イエースっ、ザッツライツ! こんな可愛い女の子に助けて貰えるなんてオジサン運が良いねっ!」

ツインテールの少女が親指を立てて肯定する。

「お姉、少し下品です」

「逆に立ててれば丁度良かったよね。その前に首をかっ裂く仕草をしてからだったら完璧だよねー」

二人が突っ込みを入れているが、目の前の男はそんあ事は如何でも良かった。
今必要なのは、大切な友を救える機会を得られたという事実のみ。

「頼むっ! こいつ、こいつを助けてくれ!」

「おーけぃおーけぃ! あたしたちにどんと任せない! ファニー、パシー、いっくよー!」

「了解であります、お姉」

「泥船に乗ったつもりで任せるといいですよー」

三人が顔色が完全に青白くなっている兵士の体に添えられる。
計6つの手の平より発する光がその体を淡く包み込んでいく。

「んー、随分と派手に潰れてるねー」

「肋骨の何本かが肺に刺さってます。心臓に刺さらなかったのが幸いであります」

「ひと思いに串刺っていたら楽に死ねたのにねー。運が良いのやら悪いのやら」

世間話をするかの様に三人は話しながら力を送り込み続ける。
自身の眼下で行われているその行為が理解出来ず、かと言って話しかけて邪魔をするのは憚られて不安で心を満たしたまま男は友の無事を祈り続けた。

時間にして二分弱。光が途絶え、三人が満足気に頷いた瞬間、

「――がはっ、ごほっ!!」

友が思い切り咳き込むとともに息を吹き返した。

「これでもう取り敢えずは心配無くなったであります。ですがまだ内臓や肋骨が完全に治った訳ではないので安静が必要です」

「御飯を食べて大人しくちゃんと睡眠を取るっ! これさえ守れば後は大丈夫だよー」

「そうして再び戦場で死の憂いに遭う。何という悪循環」

「それじゃーあたしたち、まだ仕事があるから失礼するね! 結婚おめでとーって伝えといてねー」

「出血多量で失血状態にあるので無理はなさらないようにお伝えください。身体的障害が残る可能性もありますのでお気を付けてなのです」

「愛しの姉達を守る為に、群がる野獣どもを処理しなければっ!」

彼女達の力をまざまざと見せつけられた周囲から救援要請の嵐が巻き起こっている。
死に掛けている兵士達はまだまだ大勢居る。多くの命を助ける為には時間という敵と戦わなければならない。
故に挨拶もそこそこに、三姉妹は己の戦場へと改めて駆け出して行く。

「よーし、誰が一番助けるか競争だー!」

「お姉、不謹慎です。ですが一番の人に御飯のデザート独占できるのでしたら肯定です」

「いっその事、何でも一回命令できるってのがいいんじゃないー?」

まるで遊び道具を与えられてはしゃぐ子供であるかの様に、彼女達は個々に負傷兵を治療していく。
あどけない少女であるにも関わらず、次々と小さな命を救って行く姿に男は頭を下げる。
絶望に彩られた中でのその異様な光景は、むしろ輝かしくて気力を蘇らせてくれていた。


「―――ありがとう、本当にありがとう・・・!」


友を抱き抱えて立ち上がった男は、一度だけ深々と彼女達に向かって頭を下げて立ち去った。





今日も戦いで多くの命が失われた。

そして助かった命も耐え切れずに枯れてしまう命もある。


「ふぇ~~~ん! 助けても助けても数が減らないよ~!?」

「お姉、それはいつもと同じであります」

「まるで群がる蟲同然だよねー。ちゃっちゃと片付けるに限るってものよ」



戦場は一つではない。幾多の戦場が存在してこそ、戦場たり得るのだ。





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最終更新:2008年09月22日 09:33
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