(投稿者:LINE様)
1
あなたは 私が生きる意味 そのものだった
棄てられた私を 優しく迎え入れてくれた
けれどこの世界にあなたはもう居ない
あの日々も まるで輝ける幻のよう
想い出が 色あせないうちに
私もここで 眠りにつこう
あなたの隣で―――
【Phase 01】
「ここは……」
私は機能を停止したはずだった。
なのに私の瞼は不意に開いて、瞳が仄暗い部屋の風景を映し出した。
それと同時に、閉ざされていた意識が、再び身体の隅々にまで染み渡っていくのを感じる。
一体なぜ? どうして?
『―――気分はどうだい』
「!?」
『服とか新調してみたんだけれども、気に入ってくれたかな?』
この薄暗い空間の中でも尚鋭く光を反射して、その奥に宿る瞳を覆い隠す丸眼鏡。
無造作に垂れ下がった長髪。
そして薄気味悪いくらいに真っ白な白衣。
見覚えがある―――いや“生みの親”の顔を忘れるはずもない。
「サーゲイ、第二皇子……」
『久しぶりだねぇノワール。 ―――いや、今はシュティーナと呼んだ方が良いのかな?』
ノワールとはまた懐かしい呼び名だ。
それは生みの親であるサーゲイから、私に与えられた開発コード。
けれども今の私に名前があるとするなら、それはシュティーナ以外にありえない。
あの方が私にくれた、大切な名前―――あれ?
私はあの方の御側で、あの方と一緒に、永遠の眠りに付いたはずだったのだ。
なのに何故、私はこんなところに居て、私を棄てたこの男と、再び対峙することになっているのか。
私にはぜんぜん分からない。
『おいおい質問は全部無視かい……ボクは悲しいよ』
相変わらず人の都合なんてお構いないらしい。
どこか幼稚な精神性。マイペース極まりない言動。その全てが焦る私の心を逆撫でていく。
この不快感が人間で言うところの“癪に障る”というやつなのだろうか。
『まぁ、仕方がないか。 キミだって事態を飲み込めていないだろうし、多少の非礼には目を瞑ってあげるよ』
見たまえ、と指を鳴らしたサーゲイの背後から現れたカプセルに、私は目を剥いた。
体中が震え上がって、目眩がして、頭の中が真っ白になって、その場に膝を付きそうになった。
だって、そこには―――
「お、お嬢、さ…ま……?」
カプセルの中には在りし日の姿のまま、最愛の主人の亡骸が収められていたのだ。
あのときから何も変わらない、今にも目を覚ましてくれそうな安らかな寝顔で。
水溶液に満たされたカプセルの中に、静かに横たわっている。
『感動のご対面ってやつかなぁ』
サーゲイの含み笑いが、遠くに離れていた私の意識を現実世界へと引き戻した。
そして同時に、抑えきれない怒りが体中から濁流のように溢れ出す。
空気をも震わせた私の怒気は具体的な衝撃波を伴って、サーゲイの眼鏡に亀裂を生じさせた。
「お嬢様に何をした!! ―――お前達は、お嬢様を離宮に閉じ込めて! 自由を奪っただけでは飽き足らないで! ただ静かに、眠ることすら許さないというのか!!」
こんな辱めが許されるはずがない。
この身を支配する怒りに任せて私は駆け出していた。
たとえ皇族であっても、否、この男が“皇族だからこそ”縊り殺してやることに、何ら躊躇いはなかった。
しかし―――
『エステルは生きてるよ』
サーゲイの喉を貫く寸でのところで、私の手刀はピタリと静止した。
「な、に…?」
『エステルはまだ生きている。 そう言ったんだ』
2
あの方は底抜けに明るくて、優しい人だった
ご自分の境遇を嘆かれることもなく、一度だって恨み言を言ったことがなかった
あの方と共に過ごすことで、一度は捨てた未来を再び見つめることができた
それなのになぜ、あの方が全てを失わなければいけなかったのか
私にはそれが悔しくて、悔しくて、たまらない
この世に神が居るというのなら
神よ、私はあなたを
恨みます
【Phase 02】
「何事だ
ジークフリート!?」
『―――お下がりください閣下。 次撃、来ます』
それは式典の最中の出来事だった。
神殿造りの屋外会場に立ち並んでいた長さ20メートルほどの巨大な石柱が、壇上で演説を行っていた神聖テラモユス帝國第一皇子《ギーレンス・ジ・メレーナ・テラモユス》目掛けて一直線に飛んできたのだ。
しかし、その超弩級の質量攻撃はギーレンを押し潰すこと敵わず、間に立ちはだかったメイドの振るった大剣によって、木っ端微塵に打ち砕かれた。
会場が悲鳴と混乱に包まれる。
「あれがジークフリート……」
豪奢な出で立ちと、それに劣らぬ圧倒的な存在感を身に纏うメイド。
加えて背丈ほどもある大剣を、まるでナイフやフォークでも扱うかのように軽々と振るう膂力。
曰く、帝國最強。
曰く、最高傑作。
曰く、戦艦斬り。
実戦投入から間も無く数多の武勲を打ち立て、その名は伝説と同義に語られているメイド。第一皇子ギーレンに仕える帝國軍の象徴、ジークフリート。
並みのメイドでは逆立ちしたって敵いっこない、現行技術の粋を集めて造られた絶対王者。
しかしシュティーナとて、それを百も承知した上で戦いを挑んでいる。
「あいつさえ倒せれば―――!!」
契約は、成立する。
………
……
…
「なん、ですって……?」
『聞こえなかったのかい? エステルはまだ生きている。 そう言ったんだよ』
にわかには信じ難いサーゲイの言葉に、シュティーナは返す言葉を失っていた。
『それに彼女の病気も完治させてあげよう。 ……安心するといい。 時間はかかるが、エステルは蘇らせることができるよ。 このボクならそれが可能だ』
それは衝撃的な言葉の羅列だった。
サーゲイはいとも簡単に言ってのけたのだ。死んだはずのエステルが生きていると。
生まれた時からその将来を絶望視され、ありとあらゆる名医が手を尽くしても治療できず、遂には肉親からも見放されたエステルの病気を治してみせると。
サーゲイは咄嗟に嘘やはったりを言うような男ではない。かつて彼の元に居たシュティーナには、サーゲイが事実を話しているとの確信があった。
だからこそ、余計に混乱してしまう。
『だけどこれは元々メイド用の治療技術を応用したものでね……そのまま人間に適用した場合、肉体は完治させることができても、その過程で生じる負担に中枢神経系、つまり“脳”が耐えられず死を選んでしまうんだ』
だからね、と一呼吸置いた上で続けられたサーゲイの言葉は、もはやシュティーナの理解を遥かに越えたものであった。
『治療の間はエステルの脳を身体から切り離して“生命活動を継続させたまま”保管しておく必要がある。 そして―――その保持者(ホルダー)に選ばれたのは、キミだ』
「―――え?」
『感じないかい? キミの中で眠っているエステルの息吹を』
お嬢様が……? 私の中に……??
『極めてヒトに近い身体を持つメイドであり、もとより複数の人工生体脳を内蔵しているキミこそが器として最適だったんだよ。 ベイロードポケット技術の応用で可逆圧縮処理を施されたエステルの脳は今、キミの頭の中で生きている』
ベイロードポケットとは帝國が誇る最先端技術の一つで、第二世代型メイドから搭載されはじめた装置のことである。
物質の質量や組成を全く損なうことなく圧縮/復元することができるため、大型火器の容易な携行を可能にさせた。
シュティーナのヘッドギア内部にも同様の技術が用いられており、テレキネシスを発現させるために圧縮された人工生体脳が内蔵されているが、セルゲイはそれと同じ処置をエステルの脳にも施したというのだ。
『しかも驚いたことに、もともとキミの自我と人工生体脳を繋いでいた連結ユニットと置き換えられたエステルの脳は、今や完璧にサイコサーキットの一部として機能し、キミ本来の潜在能力を引き出して―――』
サーゲイがなにやら興奮した面持ちで熱弁をふるっていたが、そんなことは混乱の極地にあるシュティーナの耳には、何一つ入っていなかった。
………
……
…
3
「―――ッ」
2撃目の遠距離攻撃も失敗し、シュティーナは思わず舌打ちする。
およそ10トンはある式典会場の石柱を浮揚させて、矢の如く高速で撃ち出した一撃を、ジークフリートというメイドは難なく叩き壊してみせた。
『……そこか。 見つけたぞ狼藉者』
刃のように鋭い双眸が、空中を漂っていたシュティーナの姿を捉える。
ジークフリートは地面と平行する低軌道で放たれた石柱を2度も砕きつつ、その石柱を空中から操っていたシュティーナを、いとも簡単に見つけ出したのだ。
普通ならこの式典のために集まった、五万といる群集の中を疑っておかしくないにも関わらずだ。
もう少し時間稼ぎができると思っていたシュティーナの目論みは完全に外れた。これでは空中に居るアドバンテージは失われたも同然である。
ジークフリートが空を飛ぶという話は聞いたことは無いが、彼女の代わりに、すぐさま飛行能力を持った警備のメイド達が駆けつけてくるだろう。
それは短期決戦・一騎打ちを旨とするシュティーナにとって、非常に不味かった。
「それなら私は結界を張らせてもらうわ!」
彼女は攻撃に備えてジークフリートの後ろに隠れていたギーレンが、未だステージ上に留まっていることを利用することにした。
両腕を空に開き、頭の中にイメージを描く。中世の合戦場のイメージを。千と並び揃った弓兵隊の放った矢が、戦場に降り注ぐイメージを、強く、強く、頭の中に思い描き―――現実世界へ解き放つ。
するとテレキネシスによってコントロールされた会場の石柱が次々と宙に浮かび上がり、ステージに居るギーレンとジークフリート目掛けて降り注いだ。
「ジ、ジークフリートッ!!」
『バルムンク、モードチェンジ。 ―――踊れ“サイドワインダー”』
ジークフリートの命に応じたバルムンクの刀身が幾つものブロックに分割されて、芯となるワイヤーに連結された蛇腹状の剣へと姿を変えた。
それはもはや剣というより鞭であり、ジークフリートの手首のスナップに合わせて刀身が妖しいうねりを魅せる。
変幻自在の刃をジークフリートが空に向けて振るうと、複雑な軌道を描きながら伸びたサイドワインダ-が、迫り来る石柱を次々と貫き破壊していった。
暴力の渦と言っても過言ではない、尋常ならざる密度の刃が空を舞い踊り、石柱を食らい尽くしていく。
ギーレンを直接狙った攻撃は全てサイドワインダーに撃ち落されていくものの、案の定、彼を護ることに集中していたジークフリートは“ステージの周り”に降り注いだ石柱は全て無視していた。
―――やがて爆撃のような攻撃が終わり、砕け散った石片が生み出した煙が薄れていくと、地面に突き刺さった石柱の織り成す“柵”に囲われて、一種の檻と化したステージが姿を現す。
これこそがシュティーナの狙いであった。
ギーレンがこの檻の中に居る以上、檻の外側からの攻撃や干渉は封じ込めたも同然である。
下手に外から手を出せば、中に居るギーレンをも巻き込みかねない。
『なるほど……周囲からの視界を遮ることで、迂闊に手を出せない状況を作ったというわけか』
「ご名答。 流石に頭の回転が早いわねジークフリート」
檻と化したステージに降り立ったシュティーナを出迎えたのは、ジークフリートの冷静かつ的確な現状分析だった。
破壊の限りを尽くしたバルムンクは、通常の大剣へと戻っている。
『敵戦力を分断すると同時に、ターゲットの退路を断ち、限定空間内に閉じ込める……悪くはない作戦だと思う』
だが、とジークフリートは付け加えた。
『―――それを差し引いたとしても、“空”という唯一のアドバンテージを棄てたのは最大の失敗だ』
一歩踏み込み地面を蹴ったジークフリートが “翔んだ” 。
恐るべき脚力によって踏み抜かれたステージには、まるで隕石が落下したかのような陥没が生じている。
一歩動による弾丸のごとき跳躍により、目にも止まらぬ早業でシュティーナの懐深くにもぐり込んだジークフリートが、腰溜めに構えたバルムンクを横薙ぎに振るう。
その俊敏な動きに反応すら出来なかったシュティーナは、真っ二つに引き裂かれて物言わぬ憐れな屍と成り果てた
4
―――はずだったのだが。
『な……』
そのとき初めて、ギーレンへの奇襲攻撃から今に至るまで、一度も動じる素振りを見せなかったジークフリートの双眸が見開かれた。
なんとバルムンクが“受け止められていた”のだ。
しかも武器すら持たない素手のメイド相手に。
刃が握られたわけでも、さらには“いなされた”わけでもない。
そっとかざされただけの掌によって、巡洋艦すら切り裂く渾身の剣撃が止められたのだ。
信じ難い事態に直面し、さしものジークフリートも動揺を隠せない。
さらには押した引いたりバルムンクを動かそうと両手に力を込めるものの、ピクリとも動かないことが、焦りに一層の拍車を掛けた。
「残念だけど“私に剣は効かない”」
『―――ッ』
シュティーナが口の端に笑みが浮かべたのを見た途端、突如の衝撃で、ジークフリートの身体がくの字に折れ曲がった。
バルムンクを動かそうと悪戦苦闘していた彼女のわき腹に、1基の黒い水晶体のようなものがめり込んでいたのだ。
握り締めたバルムンクとともに後方に弾き飛ばされた彼女は、それでも後ろに居るギーレンを巻き込まないよう、腕を地面に打ち付けて軌道を変更しながら壁に突っ込む。
いつの間に現れたのか、シュティーナの側にも黒い水晶体のようなフォルムのユニットが浮揚しており、ジークフリートを弾き飛ばした1基が合流。
シュティーナを中心に環状軌道を描き始めた。
「そんな……馬鹿な」
ジークフリートが―――押されている?
そんな感想を抱いたのは、ギーレンだけではなかった。
今まさにステージ上で繰り広げられているメイド同士の対決を、遥か遠方に位置する帝國軍技術本部の研究室から、監視カメラを通じて“観賞”している人物。
神聖テラモユス帝國第二皇子にして、帝國軍技術本部直属M.A.I.D.開発部主任技術者でもある異端の才児《サーゲイルクス・ヴ・N・テラモユス》だ。
「素晴らしいよノワール……かつてボクらが志した崇高な理想の残滓。 失敗作とはいえ、端役で終わらせるには勿体無いと思っていたけれど―――やっぱり彼女を起こしたのは正解だったかな?」
帝國におけるM.A.I.D.開発のトップを務めるサーゲイは、身内であるギーレンの危機にも関わらず、好物のドーナツを頬張り、笑みすら浮かべながら事態の推移を見守っていた。
それもそのはずである。
シュティーナの主人である第十皇女《エステルス・ル・ティオール・テラモユス》の蘇生と引き換えに、他の皇位継承権者及びメイドの暗殺を持ちかけたのは、他ならない彼自身だからだ。
サーゲイは皇帝の座を確実に得るためには、ライバルである他の皇族を亡き者にするのが一番手っ取り早いと考えた。
しかしそれは、発覚すれば廃嫡どころでは済まされない諸刃の剣と言える手段でもあるので、メイドは兎も角としても、暗殺対象とする皇族は極力絞り込む必要があった。
そして目下のところ実績・資質ともに抜きん出ているギーレンこそが“目の上のたんこぶ”であり、そのメイドであるジークフリートはサーゲイにとって最大の障害だった。
第一皇女のエクセルも才覚共に優れているが、こちらは皇位にあまり関心がないと聞く。
彼女を担ぎ上げる“エクセル派”なる派閥も存在してはいるが―――所詮は部外者の戯言に過ぎない。
それに皇位決定戦がメイド同士の仕合によって行われる以上、“自分のメイド”の勝利に絶対の自信を持っているサーゲイには、彼女を標的にする理由がまるで無かった。
―――だが、サーゲイ自身が開発に携わったジークフリートとなると、話は別である。
「あぁ、そう不満そうな顔をしないでおくれよハウニヴ。 結局のところノワールは只の通過点。 ボクの最高傑作である、お前の力を疑っているわけじゃあないんだよ。 けど―――」
傍らに控える自分のメイド―――無表情のままモニターに目を向けているハウニヴ―――にそう告げて、サーゲイは虚空を見上げた。
「力の質が同じなら、より大きな方が勝るのは必定。 しかし、相対するのが異質な力なら或いは……それが見てみたかったのさ、ボクは。 “本番”に備えてね」
5
世界各国におけるM.A.I.D.開発追従の動きを受けて、かつて極秘裏に進められた特殊M.A.I.D.開発計画。
開発の過程で《うるる》など数多くの失敗例は生じたものの、J国やリューク等の異なった技術体系を吸収しつつ、帝國科学による独自解釈を経て、一つの理想系を完成させるに至った。それがノワールである。
遺伝子操作によって生み出された純戦闘脳をデバイスとして備え、ノワールの意思に従い、戦闘脳が発現するテレキネシスを武器とする新基軸の精神兵器(サイコ・ウェポン)。
結果的には彼女もまた失敗作であったが、廃棄の理由となったノワール自身の頭脳と戦闘脳の連結に関する不具合は、新たに繋いだエステルの脳によって解決された。
94パーセントにも上る戦闘脳とのシンクロ率は、あの当時には到達しえなかった数値だ。
「メイドが主人を想い、主人もまたメイドに力を貸し与える……実に美しい主従関係じゃないか。 興味深いサンプルだよ」
サーゲイは神妙な面持ちで呟いていたが、やがて堪えきれなくなったのか、くっくとした笑いがこぼれ出す。
「―――こんな面白い見世物の切っ掛けを作ってくれた父上には、感謝しなくちゃいけないねぇ!」
サーゲイの高笑いが、薄暗い研究室に木霊していた。
To be continued......?
最終更新:2008年08月25日 23:39