黄昏の日々は終わりの証

(投稿者:レナス)



轟音。衝撃。爆砕。

たったの一撃により生じたそれにより、敵味方問わずしてありとあらゆる存在を拒絶した。
最前線における「G」との戦いはメードの存在を加えたとしても混迷を極める。
物量対物量。個々の戦力など広大な戦域において単なる一つの駒にしか過ぎず、大局の前にして細やかでしかない。

しかしそれは、その一撃によって単なる一つの駒は盤上の一角を一掃した。
砂塵の舞う戦場が晴れた先に存在するのはただの荒野。侵略による荒地ではなく、先の一撃による破壊。
それを成し得たメードは剣を振るい、虚空を見据えていたのである。

「――――」

清々しくも、揺蕩う雲が居わす青い蒼い空を当ても無く眺めていた。
戦場における銃声は無く、「G」による大侵攻の地響きさえも薙ぎ払ったこの場所に余計な雑音は何一つとして存在しない。

大剣を持つメードだけが一人、戦場の静寂に身を置いていた。


「―――空は、蒼いな・・・」




その少女の名はヘル。彼女はエテルネ公国が生み出したメード、ザハーラ領東部国境戦線におけるトップエースである。
彼女に授けられし栄剣『ティルフィング』による戦闘は凄まじく、その一振りで地形すら変えると言われている。

欠点としては彼女は細かな出力調整が出来ない為に味方にすら大打撃を与えてしまう。
だがそれを補うだけの実力を有し、今回の戦いにおいても多大なる戦果を齎した。
そんな誰もが畏怖するメードであるヘルの戦い以外における日常はあまり知られていない。

「・・・・・・・・・」

今もこうして戦いを終えた彼女は自室の窓辺に腰を据えて外を眺め続けている。
剣の手入れや着替えを済ませてから窓辺に居座って早数時間。太陽が地平線に沈もうとする黄昏の光を茫然と眺めていた。
風景を楽しむでも風の香りを嗜むでもなく徒々、虚空を見つめるだけ。戦場における圧倒的な破壊を齎す女神とは思えぬ程に気が抜けている。

「―――――」

そんな彼女ではあるが、ご飯ともなれば流石に目を室内へと戻すのである。
そして目に映る光景を外から内へと―――、



「どうかしましたか、ヘルさん?」

一人の女性が微笑んで声を掛けて来る。彼女は部屋のベッドに腰を掛け、優雅に紅茶を嗜んでいた。
ヘルが日がな一日空を眺めている傍らで、この女性は静かに時を過ごしている。
ヘルの有する名声や、この何をするでもない行為を問い掛けるでもなく、傍に居座っているのだ。

「――セレナ、そのお茶・・・」

「はい、少し待って下さいね。今淹れますから」

ヘルは再び外へと目を戻した。別段飲みたくなった訳ではないが、セレナと呼ばれた女性が飲んでいた物の香りに少しだけ興味が湧いただけである。
少ししてヘルが見上げる窓の小脇に紅茶が置かれた。だが彼女はそれには気が付かず、セレナもそれを指摘する事なく傍らに腰を下した。

「―――――」

セレナによってヘルの髪が梳かれる。
身嗜みに気を使う事が少ないヘルに代わって彼女が丁寧に、一本一本を扱うかの如くきめ細かに梳いていく。
されるがままのヘルであるが、実際にはボーっとしていて気が付いていないだけである。

「―――――」

そしてふと、漸く紅茶の香りに気が付いて傍らのカップを手に取って一口。
少し冷めた紅茶の味を楽しむでもなく、作業的な動作で再び元の場所に置かれた。

セレナは黙ってカップを引っ込めて新しいカップに再び紅茶を注いでまた置く。
暖かな湯気が風に揺られて舞い、室内に暖かな香りを満たしていく。
セレナによって掃除が行き届いて綺麗な室内は静けさの中の温かみを醸し出している。

「―――ヘルさん」

「―――――」

返事がない、ただの猫である。

「んー・・・・・・、えいっ♪」

「ぁう・・・?」

額に小さな衝撃。首をカクンと揺らしたヘルは意識のピントを合わせて振り返る。

「もう夕食の時間ですよ、冷めない内に頂きましょう?」

見やれば部屋の中央にあるテーブルには幾つもの料理の品が既に置かれていた。

「――ぅん、そうですね」

まだ少しピントが合い切れていないヘルにセレナ少し苦笑して小皿の準備をする。
ヘルはヘルでテーブルの席に着いて心此処に在らずといった感じでジッと待っている。
全ての準備が整うとセレナは対面へと座って微笑んだ。

「それでは頂きましょうか?」

「はい、いただきます」

恙無く進む二人だけの食事の場では会話は無い。
時折セレナがヘルの口の周りを拭いてやり、作法の心得を説いてたりするだけである。

「そうそう、これを見て下さいヘルさん。どうしょう?」

そう言って翳される鏡を見上げたヘルは映る光景に沈黙。
元より静かな部屋ではあるが今の彼女の心境はまさにこれである。

鏡に映ったヘル自身の服がドレスアップされ、髪型が整えられて顔には薄く化粧までされていた。
その姿は正しく一国の麗しい姫君の食事風景である。視線を下に向ければ確かに自身の服はいつもと違っていた。

「・・・着替えます」

「ああ、勿体ない事を?! 折角この日の為に丹精込めて作り上げたのですからまた着て下さいね?」

「―――」

「そんなに拗ねないで下さい。良く似合っていましたよ、ヘルさんは素材が良いのですから身嗜みに気を使えばより綺麗になれますのに・・・」

「――必要、ありませんから・・・」

「駄目ですよ、自分の価値を知らないのはそれだけで罪なのですから。世界中の女性から嫉妬の塊が飛んで来ちゃいます。
敢えて言わせて貰うのでしたらば、ちゃんとした食事をとって女としてのちゃんとした体格を手にすれば更に綺麗になりますよ?」

「―――」

「え、メードは成長しません? それは気の持ち様です。
もしかしたら胸の方も成長してくれるかもしれませn――ああ、そんなに落ち込まなくても・・・!?
大丈夫です、えっと、その、きっとそっち方面でも需要?はちゃんとありますから、ええ本当ですよ・・・?」



振り返った先には、薄暗い部屋しかなかった。
必要最小限の小物が部屋の隅に置かれ、小間使い達によって適度に清掃された部屋である。
テーブルには書類を書く道具がぽつねんと存在し、窓から流れ込む風が冷たくベッドの布を揺らす。

「――――――」

その光景は今まで眺めていた外と大差はなかった。
外と内。それ以外の違いは見受けられず、ヘルは徒々部屋の中を眺め続けた。

ふいに鳴る、ノックの音。
視線を上げてドアの扉へと目を向ける。

「―――セレ「夕食をお届けに参りました」・・・・・・どうぞ」

そうして入って来た女性はテーブルの上の荷物を片付けて食事の準備を事務的に進めていく。
ヘルはその光景をただひたすらに眺め、時折その視線に怯えて目を向けては逸らす女性に構わず準備を終えるまで見詰め続けた。

「そ、それでは失礼致しましたっ」

終わるや否やヘルの視線に耐え切れずして逃げる様に去って行く女性。
扉が閉じた先で走って去る足音を耳に、ジッと用意された料理を見詰めている。

メードの中でも特別な存在に位置するヘルの食事は高水準である。
とある一時期のような庶民的かつ物珍しい物が多い料理とか段違いなのだ。

「・・・・美味しい、です」

その味は美味であった。だがあの味にあった『温かさ』というものは感じられなかった。
作業的に手は進められ、以前は出来なかった作法も今では完璧に身に付けているので口周りを汚す事もない。
一方的に説かれるお話や食後の紅茶は無い。今此処に用意されたモノだけが全て。

「・・・ご馳走様でした」

(「はい、お粗末さまでした。今日のはどうでしたか? 少し調味料を変えてみたんですけど、――・・・」)

そんな声が聞こえて来たとしても、幻聴でしかないのは分かっていた。
彼女はもう、此処には居ないのだから・・・。



一人の女性がヘルの部屋に居座り出したのは何時の事だろうか。
彼女は自身をセレナと名乗り、ヘルの身の回りの世話を任されたと言う。

掃除・洗濯・ヘルのボケの補佐。戦場から帰還して部屋に戻ればそこにセレナがほほ笑んで迎えてくれた。
ヘルが虚空を眺めている傍に黙って仕え、身嗜みには少し五月蝿く注意する。
時には一緒に風呂に入り、同じベッドで寝た事もあった。一度だけ「お姉ちゃん」と言って赤面したのは二人だけの秘密だ。

そんな日々はほんの数か月だろうか?
月日が流れたある日、ヘルは戦場から部屋に戻る途中に呼び出された。
話の内容は良く覚えていないが、どうやらセレナに関する事だったと思う。

良く分からない質疑から解放されると、新しい部屋が宛がわれた。
以前の部屋はもう使えないらしい。必要な物があれば申請しろと言われた・・・気がする。


そしてセレナとは、それっきりとなった。




食事を終えたヘルはそのままベッドに身を投げた。仰向けに寝転がり、天井の木目を見詰める。
お風呂がどうとか、寝たら牛になるとか、女の子がだらしないとかの小言は無い。この部屋にはヘルただ一人だけなのだから当然だ。

「・・・・・・」

セレナに関する一切を秘匿すると言われ、セレナの行方を知る事も口外する事も出来ない。
詳細な理由を聞き出す事もままならず、セレナの存在は闇に葬られた。
彼女が使用人にしては特殊であったのはヘルも気が付いてはいたが、それが何であろうが大した問題ではなかった。

薄々ながら、セレナはメードであるのではないかと感じていた。
どうしてメードの彼女がヘルに近づいたのか。何故ヘルの世話をしていたのか等は今となっては知る由もない。
だがそれは如何でも良い事である。ヘルにとってそんな事には興味は無かった。

「―――おやすみなさい」

ただ、あの温もりをもう感じられない事に寂しさを感じる。それだけであった。
そして明日も、何も無いこの部屋で空を眺めるのである。無論、紅茶は出ないが・・・。



「・・・セレナ?」

「あ、はい。どうしましたか、アネモネ?」

「――セレナ、星空を見て何か考えてた・・・」

「ええ、少し昔を思い出していたんです」

「・・・?」

「以前住んでいた場所を離れ、宛ても無く大陸を彷徨っていた時に出会った人の事を、少し。
その人はいつも空を見上げて一日を過ごしていたんですよ? きっと今も何処かでこの空を見上げているのではないかと思いまして」

「お空を?・・・楽しいの?」

「ええ。きっと楽しいですよ。そうだ、今度みんなと一緒にピクニックに行きましょうか?」

「――――うん、行きたい」

「それでは明日は皆さんに話をして時間の都合を付けましょう。きっと楽しくなりますよ」

「うん、楽しみ・・・」

「それでは明日に備えてもう寝ましょうね?」

「ぅん、お休みなさい。セレナ」

「はい、お休みなさい。アネモネ」



注意:

このお話は執筆時点における公開設定を元に、セレナとの絡みによって派生した物語です。
ヘルはもっと喋ります、多分。誤解無くして個々の妄想に思いを馳せるよう、お願い申し上げます。



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最終更新:2008年10月01日 11:24
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