昨日こんな夢を見た。
どこまでも続く長い坂の夢。その両脇にはやはりどこまでも家が軒を連ねていて、私はそんな家々の中の一軒に住んでいる。
向かいの家には友達が住んでいるが、その子が誰だったかは解らない。でも夢の中で私はその子を友達と認識していた。
私はその子と部屋で遊んでいた。どっちの部屋でだったかな……。思い出せない、マァどっちでもいいや。
そんでもってその子が急に坂の果てを探検しに行こうって言い出したんだ。それは面白いと思って私もそれに乗った。
それから友達が坂の上を、私が坂の下の果てを目指すこととなってそれぞれ旅立った。
私を坂を下っていく。ズットズット下っていく。ただなんとなくその先を知りたいというだけの好奇心で。
曙光がゆっくりと地平線の輪郭を浮き立たせていく。次第に空が白んでいく頃、
レゲンダは寝袋にくるまってウトウトとまどろんでいた。そろそろ起床時間なのだが寝袋の温もりが自分を捕らえて離さない。周りでは先に目を覚ました同僚達がガソゴソと身支度をしている音がする。
レゲンダの目は半ば覚めてはいるが、しかし意識は半ば寝ている。起きねばと思う気持ちと、まだ寝ていたいという欲求が中途半端なところでせめぎあっていて、そうしてついついあとちょっとだけ……と睡魔に負けそうになる。
だが起きねば!!とレゲンダは自分を叱咤して睡魔を振り払い、勢いよく跳ね起きた。そして寝袋を脱ぎ捨てると素早く身支度を整えていく。これなら今日は寝坊せずに済みそうだ。口やかましい政治将校の
ベルジージュのお小言を拝聴しないですむ。
という夢をレゲンダは見ていた。
「レゲンダ起きる。遅れるとベルがまたうるさい」
そんなボソボソとした声でレゲンダを揺さぶり起こすのは、同僚の
ククーシュカ。しかしレゲンダはなにやら寝言を言うばかりで一向に起きようとしない。
そうこうするうちにククーシュカがレゲンダを起こすのに手間取ってるいると、それを見つけたベルジージュが肩をいからせながらズカズカといった足取りで近づいてきた。
そしてククーシュカを押しのけると、いまだ寝袋にくるまって健やかなる寝息を立てているレゲンダの腹のあたりをを、強かに蹴りつけた。それも鳩尾につま先を食い込ませるエグイ蹴り方で。勢いよく蹴られたレゲンダは身をくの字に折り曲げて悶絶した。
そんなレゲンダを見下ろしながらベルジージュは横柄な態度で、変に張りの効いた甲高い声で叱責を始める。
「おはよう同志レゲンダ。目は覚めたかね?今日も起床が遅れているがこれは党に対するサボタージュか!?」
そう言ってベルジージュは、鳩尾を強か蹴られて声の出ないレゲンダの眼前に、腰のベルトに吊るした懐中時計をもうこんな時間だぞとばかりにかざして見せた。そうしていつもの思想教育だの革命指導だのと称する説教がはじまる。
まず最初に不摂生な生活態度の改善云々から始まり、話がくだるにつれて、革命は階級意識に目覚めたプロレタリアートの主体的行動によって遂行される云々。といったマルクス主義に基づく革命理論が展開されていく。
そんなやり取りを見て蚊帳の外に置かれてしまったククーシュカは、生活態度の改善はいいとして革命理論云々は飛躍しすぎだろうと思ったが、しかしそれは毎度のことで、今更突っ込みを入れるまでも無いと思い直し頭の隅に瞬時に追いやった。
それにしてもアホのレゲンダにもってまわって晦渋な文言でマルキシズムを説くなど馬耳東風である。毎日寝坊するレゲンダもレゲンダだが、飽きずに説教するベルも、糞真面目なのか、はたまたレゲンダほどではないにせよオツムの出来がよろしくないのか。
いずれにせよ自分は静かに立ち去るべきだ。ボサッとしてたら何かの拍子でこちらにベルが矛先を向けるかも知れないからである。以前そうしてたら、連帯責任を問われてレゲンダともども小一時間説教されたことがある。
すでにレゲンダはベルの話を他所に鼻提灯を膨らませて舟を漕ぎ始めている。しかしベルはそれに気付づいた様子も無く一人喋ってるうちに自分の言葉に陶酔し、法悦境に浸っているようだった。
ククーシュカは自分が蚊帳の外に置かれてるうちに、そそくさとその場を立ち去り朝食を取りにいくことにした。
ヴォ連軍の朝食はいたって質素である。
空の木箱の上にベニヤ板を置いて作った簡素な食卓の上には、シチーと呼ばれるキャベツを煮込んで塩コショウで味付けしたスープが入った鍋と、チャイ(お茶)入ったヤカンが一つと人数分の黒パンが置かれている。それらを十人前後からなる班ごとに囲んでめいめい朝食を取ることになっている。
ククーシュカも自分の飯盒をもって席に着くと、傍らで既に食事を始めていた同僚の一人がにやけ面を浮かべながら、意地の悪い口調で「相方はどうした?」と言わずもがなのことを聞いてきた。ククーシュカは鍋からシチーを飯盒に盛り付けながら、黙って顎をしゃくった。
ククーシュカが顎をしゃくって指し示した方向には食事を取る一群の兵士たちを遠くにのぞんで、頬に向こう傷のある赤毛のメイドが一人ポツンと正座させられていた。物欲しげな目でこちらをみている。どうやら説教は早く終わったようだが朝食は抜きの方針らしい。
しばらくするとレゲンダは自分の膝元を凝視し始めた。そして地面を指でつついては舐めるという奇妙な行動をとり始めた。ククーシュカは訝しんでよくよく観察していると、どうやら蟻を食べているらしいといことがわかった。
「……。」
これは余談だが筆者の食したところ蟻はスイカの皮の味に良く似ており、蟻酸が効いていてほのかに酸っぱい。外見にさえ目を瞑れば食えなくも無い味である。今となっては滅多に食べることは無いが、幼い頃は常食していたことが今では懐かしく思い出される。
さてレゲンダがアリクイに精を出していると、後ろ手に腕を組んだ士官がレゲンダに向かってゆっくりと近づいてきた。その士官は大佐の階級称をつけており、その顔には能面のような無機質な笑みが張り付いている。その士官の名は
キセノン・ラサドキン大佐。レゲンダやククーシュカを始めとしたヴォ連のメイドが属する、この第五独立メイド支隊の隊長である。
レゲンダはラサドキン大佐が近づいてることに気づきもせず依然として地面を指で突付いては舐め、突付いては舐めをしている。やがて大佐はレゲンダの前で足を止める。それでもレゲンダは気付かずに蟻を食べているが、頭上から差し込んだ影にハッとして顔を上げた。
影の主がラサドキン大佐と知るや、あわてて居住まいを正して何事も無かったかのように取り繕うが、傍から見てても今更それは苦しすぎるだろうとククーシュカは思った。
ラサドキン大佐はしばしレゲンダの様子をしげしげと観察すると、不意にコートのポケットに手を突っ込こみ、おもむろに白い塊をとりだした。どうやら角砂糖のようである。
そしてラサドキン大佐はレゲンダに向かって何か話はじめたが、ククーシュカからは距離が離れすぎているため何を言っているのか聞き取れない。だがククーシュカには読唇術の心得がある。それで唇の動を読んでみると大体こんなことを言っているようである。
『同志レゲンダは蟻を食うほどに飢えてるようだね。角砂糖やろうか?』
するとレゲンダは首が千切れんばかりの勢いで首肯をした。
『いくつ欲しい?一個か?二個か?』
『うーうーうーあうーおー!!』
レゲンダはこれまた激しく首を振ってもっと欲しいと要求した。
『三個か!甘いのが三個も欲しいのか、このいやしんぼめ……では二個だ』
ラサドキン大佐がそう言うとレゲンダはもっと激しく首を振っておねだりを始めた。すると大佐はにんまりと笑みを浮かべてポケットに手を突っ込んた。
『ふふ冗談だ。では五個』とポケットから取り出した角砂糖を差し出す『五個放ってやろう。同時に口でキャッチできるかな?』
『ウアガウウガウガウガウガ!!』
『手使っちゃ駄目だぞ?』
『ヴォー!!うおううおううおいうおいあうああ!!』
『良し取ってこい!!』
そういって大佐は下半身を効かせた見事なオーバースローで、角砂糖を思いっきり遠くに投げやった。取れるわけが無い。とククーシュカは思った。角砂糖は少なくとも30メートル位は飛ぶだろう。メイドの脚力もってすれば角砂糖が地に落ちるより早く落下点に到達することは難しくない。だがあんだけ遠くに放られては五個の角砂糖はかなりの範囲にわたってバラけて落ちるようになる。
それを同時に全てキャッチするとなれば、角砂糖の散布界すべてをカバーできるでかい口が必要だ。無論レゲンダの口はそんなにでかくは無い。
しかしレゲンダの強靭な肉体はククーシュカの予想を裏切った。大佐がモーションを起こした段階ですでにレゲンダは放られた五個の角砂糖の投擲基点から、風向きや空気抵抗などで起こりうる変距、変角率を考慮に入れた散布界と落下点を予測して、五個の角砂糖がバラける前にキャッチできる最適のポジションへ向けてアクションを起こしていた。
ドシュンとレゲンダが立っていた場所が銃撃を浮けたように爆ぜた。
そしてレゲンダは角砂糖が最高到達点に達してバラける以前の、上昇段階で地を蹴って飛び上がると見事角砂糖五個を同時に空中でキャッチしたである。
「ハラショーッ!!」これは遠くからでもククーシュカの耳に届いた。
その鮮やか過ぎるキャッチに普段物静かなラサドキン大佐は柄にも無く大げさな所作で諸手を上げ、賛嘆と驚嘆が相半ばする歓声を上げた。レゲンダも得意満面の笑みを浮かべて腕を開き大佐に抱きついた。大佐も上げた手を下ろしてハグを返す。
「良ぉお~~~~~~~しッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよししよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし良くぞとったり!」
この時レゲンダは幸福に包まれていた。今自分がベルにお仕置きされてるということサッパリ忘れて。
それに気を良くしたラサドキン大佐は調子に乗ってポケットからさらに角砂糖を取り出した。
「よーし。今度は六個だ。取れるか?ん?どうだ?』
「うがー!!」
「そうかよーし取って来い!!」
そしてまたもやレゲンダは角砂糖を見事キャッチして見せた。そのつど大佐も調子を良くしてさらに七個、八個と角砂糖を増やしていく。そんな様子に周りの兵隊たちも注目し始め、大佐の放る角砂糖をレゲンダがキャッチして見せるたび歓声が上がった。
そして十四個の角砂糖を見事にキャッチして、十五個にチャレンジしようとしたその時、騒ぎを聞きつけたベルが大佐の下に駆けつけて即刻中止するよう大佐にもとめた。周りの兵士たちはレゲンダが角砂糖を何個までキャッチできるか、というチャレンジに沸き立っていたところに水を差されてどよどよと不満の声が上がる。
ラサドキン大佐にいたっては手持ちの角砂糖を切らすや、渋る従卒に命じて角砂糖を袋ごと持ってこさせてる始末である。だが石頭のベルは大佐の嘆願も頑として受け付けなかった。
結局レゲンダの挑戦は角砂糖十四個でストップさせられてしまった。兵士たちはドヨドヨと不満をもらしながら三々五々散っていった。
レゲンダには反省の色無しとされ、『餌を与えるべからず』と書かれた札を首から下げてさらに二時間ほど正座させられた。
そんな一部始終にククーシュカは溜息を一つ付き、レゲンダのために余った黒パンを一つ懐に忍ばせてその場を後にした。
朝はマァだいたいこんな感じ。
最終更新:2008年10月21日 19:47