鮮血の雨は喉を乾かす 後幕

(投稿者:レナス)



「その様な口が利けるのであれば心配無用よの。疾く戻れ、此処は吾らが押さえる故」

月夜観は刀を振るう。その一振りは新たに迫る触手の全てを斬り払った。その長さを物ともせず、振るう動作すら正面に捉えない程速い。

「―――応急手当てはちゃんとしてありますね。ただ、動いた為に内臓が弱って回復に遅れが生じてます。これ以上の戦闘は無理ですね」

「・・・わたしはまだ戦えるっ」

「無理は駄目ですよ。少なくとも治癒専門のメードに見て貰ってからでないと正面に戦闘はこなせないでしょう。此処は私達に任せて下がっていてください」

セレナは包帯の上から触診でアルヴィスの怪我の状態を確かめる。アネモネの処置は申し分なかったお陰で手間は掛からなかった。
簡単な診察を終え、月夜観と肩を並べる。フィールドを展開して一時的に触手の攻撃を空間より排除した。体に攻撃を受けてか、接近を止めている。

「どう視ますか、月夜観」

「ふむ。払っても攻撃の手を緩める気配が有らぬ。あの小っこい体からは信じられぬ程に多くの手が伸びておる。
生半可な攻撃では埒が明くまい。逸早く奴の弱点となる箇所を見付けるのが妥当。尤も大凡の見当はついておるがの。そうであろう。セレナ?」

同意見にセレナは頷く。先程より深深と伝わる大きな鼓動。焦燥にも似た身を焦がすような熱が身体の芯から伝わる。
メードとして存在する上で欠かす事の出来ない心臓部、エターナルコア。コアが震えている。

「何処かで食って食当たりでも起こしたかの。飢えた気配が嫌という程に伝わって来ておる」

共鳴にも似た鼓動は敵の体内にあるであろうコアから波動。無作為に出力し続けるエネルギーに肉体が顕著に影響を受けている。
肉体の変化は無限にに湧き続ける力が止まらない限りは留まる事は知らず、常に不足する栄養は物理的に摂取する。それが暴食と化す。

「対応し切れますか? であれば一つだけ試せる作戦があります」

「善哉。何時でも良いぞ」

腰を溜める月夜観。球体状に展開するシールドに亡者の群れの如く囲う触手。それを全て粉砕。
シールドの拮抗を飽和させ、外部に向けて解放。エネルギーの衝撃で周囲に展開していた攻撃の手を全て排除。
シールド内に保護していた背後の三人の退路も反撃の狼煙と共に確保した。

月夜観が一気に加速する。一本下駄で踏み込み、大地に喪している死屍累々を越えて行く。
「G」であろうと思わしき敵は全滅した触手の生き残った半ばを体へと戻し、新たな触手を展開して彼女を肉薄。その数は凡そ二十。
横に滑る事で躱す。勢い余って大地へと突き刺さる職種も少なくは無い。それでも数多の攻撃の手は緩む事なく追撃が続く。

「腹は減っては戦は出来ぬと言うが、将にその通りであるな」

身の丈ほどもある大太刀で払う。緩やかな躱し、追い越した触手を薙いだ。止め処なく緩急を付け、愚直なまでに獲物を追う触手は対応し切れない。
手を伸ばせば触れられる距離でそれらを見送り、口付すらも容易い物も多くある。そしてその距離にある触手を拒絶し、斬り払う。
武器は己自身。肢体を駆使して加速を行い、その力を刃に乗せて振るう。その一閃は刹那の出来事として、仁王立ちより身を地に伏せる斬り上げを成す。

虚空を貫く触手が斬り払われ、続く飛来物に跳躍。大地に突き刺さる硬質の物体を尻目に、発射元の触手を微塵切りにする。
確認は一瞬。薙ぎ払うこと数撃、自身の周りで蠢く触手を殲滅し、「G」の周囲を廻る様に旋回。
追撃をして来ない触手が現れ、それらの先端より先程と同様な硬質の物体を吐き出して攻撃をして来る。

「猪口才な。小細工を覚えたか」

その身に受け続けたであろう銃撃。遠くの獲物を仕留める有効な手段として認識したか、捕まらない餌を捉える術として認識したかは定かでは無いが、厄介な事には変わりはない。
今は慣れていない為か数は片手で数える程度。されど発する全ての触手に同様の機能が備われば月夜観とて単独で対応し切れなくなる。最早一刻の猶予もない。
故にその意を汲んでかは定かではないが「G」の遥か上空より飛来する一つの影。高さを速度に還元し、自身を砲弾と化して「G」に突き刺さる。

衝撃が木霊し、大地が砕ける。セレナが自身の能力で十二分に硬度を高めたフィールドを纏い、対応する時間すら与えない零距離へと接近。そしてダメージより回復する間も与えない斬撃を加える。
自身の手を刃に、手の平にのみ収束された高濃度のエネルギーで対象を叩き斬る。膨張する体組織を焼き溶かし、灼熱の苦痛に「G」が断末魔の叫びを発する。
斥力で緩やかに「G」の体を両断していくセレナ。死の苦しみを与える元凶を野放しにする程に本能を捨てていない「G」は触手で串刺し、薙ぎ払おうともがく。

「諦めい。冥府への門出を大人しく受け取っておく事よ」

それらを斬り落とす月夜観。脚の役割を果たしていた部位すら斬り払い、「G」は生きた屍と化した。
二人により徐々に削り落されて行く肉片。絶え間ない月夜観の剣戟と傷を焼き留める斬撃に再生する間を与えない。
そして到達したのは月夜観のよる一撃で爛爛と発光する物体が体内より視認。視覚からも確信出来る。エターナルコアだ。

「セレナ!」

「はいっ!」

彼女が出力可能な最高の威力。それを右手に集約させる。高濃度に収束し、圧縮したエネルギーがクリスタル化。
美しい透明な刃が光の根源へと突き刺さる。肉壁は何一つ障害には成らず、容易くコアへと吸い込まれる。変化は顕著に現れた。
膨大な肉壁が炸裂。二人はその圧力で弾き飛ばされる。触手の前例と共に体積と質量が何一つ釣り合わない非現実が現実の領域へと回帰した。

今までに食してきた「G」、そして鉱物や人。細かく認めなければ判らない程に細かく、原型を正面に留めている物は無い。
エターナルコアによる死を逃れる為に腹の内を肥やし続けた現実。辺りにはぶち撒けた吐瀉物の沼地を形成。終わりなき嘔吐の末に現した姿はドラッグの熟れの果て。
手足であろう線の様に細い四肢は辛うじて体を支え、太く細い角ばる胴体は血流の脈動に痙攣している。頭部は口のみ。垂れ流し続ける反吐が無残である。

「――抜かった。あれだけの攻撃手段を内包していればこの様な結末は容易く行き着いたものを・・・」

月夜観はダメージの抜けない身体を起こし、未だに顕在している「G」を見て吐き捨てた。
目立った外傷は無いが肉壁の衝撃は骨を著しく損傷させた。身体の芯から、それも全身が軋みを上げている。
起き上がろうにも力が今一つ入り切らない。口の中に入った吐瀉物を血混じりに吐き出す。刀は折れずに手の中に収まっているが、これでは止めが刺せない。

胸元に半ばめり込む形で露出している「G」のコア。幾分か歪な形をして損傷している様にも見受けられるが、元からの形かもしれない。
セレナの攻撃は直接エターナルコアを刺激をするだけに留まったのか、それとも実際に損傷してのこの結果なのかは分からない。分かるのは未だにこの「G」は生きている事実。
短時間における著しい力の消耗とダメージで月夜観以上に深刻な状態のセレナ。首だけを動かして確認した結果に顔を苦渋の色に染める。

「・・・私達のコアはこれ程までに硬いのは予想以上です。それ以前にコアの力による攻撃は逆効果だったのかもしれません」

「何れにせよ、皮をひん剥いてやったのは事実。後は成行きに任せるだけよ」

「そうですね。コアが露出しているのですから、手の打ちようは幾らでもありでしょう」

奴が動き出す。亀の如く遅く、死に掛けの蝉の様にぎこちない足取りでセレナの方へと歩み出す。
それは飢餓への欲求からか、偶然か。死に体の「G」は大きな顎を開いている。

「セレナ、動けるかの・・・?」

「・・・済みません。少々、力の入り辛いですね」

月夜観は愛刀を杖代わりに歩くが、回復が未だ不完全なお陰で走る事が叶わない。
舌打ちにも力が入らず、最悪セレナが食われてしまう。セレナの方も動こうとしているが、四肢が断続的に蠢くに留まっている。
「G」が触手や射撃を行わない様子からして二人は幸運であった。正面に身動きが取れない現状で攻撃をされていたならば、既に息絶えていた事だろう。

相手の出方が予測出来ない以上、身体の回復は急務である。セレナはそれ以前であり、月夜観は友の危機に甘んじてはいない。
最悪の場合は最後の力を振り絞っての一撃。セレナは脱力をし、最後の瞬間を見定める為に回復に努める。その様を見て月夜観もその場に座し、力の回復に努める。
「G」の鈍足からして後の数分でセレナと接触。セレナはその時は待ち、月夜観はそれを待たずして一撃を加えるべくして回復を待つ。

周囲の戦場における喧騒を二人は遠くに感じる。ダメージによる錯覚であろうが、眼前の「G」の脅威が去らない限り気にはならない。
敵の一歩。自身の鼓動。呼吸。風。あらゆる動きが嫌という程に感じられ、時間の流れが著しく低下するのを自覚する。
脳内シュミレートと現実の齟齬は回復が未だに動ける段階にまで達していない事を意味する。無理をすれば不可能ではないという話では無い。
元よりメードは人間の器でありつつも高い力を有する。その体で酷使をする事は自滅と直結する。目的を達する前に事切れては意味がない。

「G」がセレナの目前で足を止めた。単なる偶然では無く、明確に餌として認識していた様だ。
その身を屈め、頭を丸呑みをする勢いで大きな口をセレナへと近づけていく。

「―――覇っ!!」

無抵抗のままに食われる気は無いセレナは最後の一撃を浴びせる。
構えを取らない姿勢での発頸はセレナ自身も吹き飛ばす。だが「G」はセレナの目的の方角へと飛ばされていた。

「くくっ。なればその期待に応えるのが筋よな」

口の端を吊り上げ、抜刀。刀身が半ばより折れる。エターナルコアを狙った剣戟が命中するも、その硬さにを通る事は叶わなかった。
その結果に月夜観が自身の腕前を悔やむより、セレナがその様子を見届けて気絶をするより前に、「G」の頭部が粉砕する。

「やっちゃえ、アネモネ」

一度はセレナ達の言葉に従って撤退をしていたが、結局は心配で戻って来たパフィーリアによる狙撃が「G」の頭を射抜く。
そして同じく、むしろパフィーリア以上にセレナ達の危険を感じ取り、誰よりも先に現場に到着したアネモネが「G」を肉薄。
その瞳には愛するセレナを食べようとし、月夜観を傷付けた相手への怒り。そしてコアに脈動する相手の苦しみを知る哀しみに帯びていた。

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

怒号と共に繰り出す一撃。アルヴィスの剣による一閃。だがその剣は元の形よりも長く、そして美しかった。
硝子細工の剣。淡い光に帯びた透明な剣は「G」の胸元、エターナルコアを切り裂いた。衝撃でコアは砕け、眩く第二の太陽の如く発光する。
その光は拡大を続け、全てを飲み込む勢いで世界を昇華し始めた。エターナル鉱石に秘められた力の放流。指向性を有さない純粋な力が解放されていく。

この時、この戦線だけではなくアルトメリア大陸の各地でこの発光現象が目撃されていた。




「助ける身にもなって欲しいわ。何でわたしがあんな危ない光の中を動き回らなくちゃいけないかったわけっ?」

「そう腐るでない。お陰で吾も彼奴も無事に済んだのだ。感謝しておるぞ」

「・・・・・・まぁ、確かにそうだけど。その前にこっちが助けられた訳だし、あいこで良いわよ」

「宜しなに」

膨れるアルヴィスの背中の月夜観は苦笑い。力を使い果たした月夜観をアルヴィスがおぶっていた。
そしてその事実がアルヴィスを大いに不服とさせている。理由は彼女の隣を歩く存在にあった。

「何でわたしが月夜観で、アンタがセレナをおぶってんのよ?!」

問われた当のアネモネはそっぽを向いて無視を決め込む。それがアルヴィスを逆撫でる。
その様子に再び苦笑をする月夜観。その視線はアネモネの背中のセレナに注がれていた。

先の未知の「G」との戦闘は敵の消滅という形で収束した。残されたのは綺麗な半球を描いたクレーターのみ。それ以外には何も残されてはいない。
解放されたエターナルコアのエネルギーが全てを飲み込み、未知の敵の残骸や戦いの形跡そのものを消滅されてしまった。そして当然その場に倒れていたセレナと月夜観、アネモネもその危機にあった。
アネモネは月夜観を、アルヴィスはセレナを抱えてその場を離脱して事無きを得た。その過程で行けば、アルヴィスがセレナを背負って帰還するはずが、アネモネに横取りされたのである。

月夜観をパフィーリアに預け、アルヴィスを突き飛ばしてセレナの解放をし始めたのだ。これにアルヴィスが黙っているはずもなく、大口論。
普段は人と関わろうとしないアルヴィスはセレナには好意的な態度を持っているのでいつも以上にヒートアップ。そしてアネモネもセレナに関する事ならば非常に頑固になる。
最終的にはどちらがセレナを背負って戻るかに絞られ、月夜観がアルヴィスの背中に抱き付いた事で決着した。手持無沙汰であるパフィーリアは月夜観の愛刀の柄と鞘、そして狙撃銃二丁を運ぶ事で落ち着く。

周囲では未だに戦闘は継続しているが"奴"の影響で、しばらくは彼女達の居る戦域に「G」は出現しなかった。
お陰でまともな戦力を有さない面々の帰還もスムーズに進んでいる。

「それにしても何だったんだろうね、あれ。
腹が減っていただけなら奥地にずっと居れば食べ物に尽きる心配も少ない筈なのにこんな所に現れるなんて。
「G」の大群が人間との戦いで動いたのに目を付けたのかな? それともメードの持つエターナルコアの力に惹かれた・・・?」

「それは吾らの詮索する領域では無かろう。その考えはどちらも理に叶い、そして確固たる証明をする事は不可能ぞ。
出来る事は在りのままの事実を報告し、次に備えて休息を取る事よ。未だに戦いの真っ只中に居るが、吾らの出番は終りよな」

パフィーリアの推測を確かめる術は光と共に失われた。奴が何を思い、何を考えて行動したのかは誰にも分からない。もしかすれば本能に従っていただけかもしれない。

「・・・あの子は、苦しんでた。痛い、痛いって。お腹が苦しいって泣いてた―――」

アネモネの呟きを三人はその耳にはしっかりと届いていた。そして誰もがそれに返す言葉を持ち得なかった。アルヴィスでさえ、鼻を鳴らすに留めた。
セレナが起きていたら、何かしらの返事が返されたのかもしれない。だが当人が眠っている以上、それは望めない。
奴と対峙し続けている間に感じ続けたエターナルコアの鼓動。その締め付ける鼓動は生きる事への苦痛、生きる事への渇望、絶望、哀愁。

昆虫としての本能と僅かな知性でのみ生きていた「G」という群体の一匹に過ぎなかったはずの存在が、誤って口にしただけの餌が世界を変えた。
溢れる力は体を弄び、枯渇する栄養を本能が餌を求めて飽くなき飢餓の空腹を満たすべく暴食を繰り返す。望まぬ力と絶えない空腹。
奴はその中で何を思ったのであろうか。考える事すらも出来ず、絶望する時間すら無かったのかもしれない。生死を選べない現実は如何なるものかは想像すら出来ない。

判るのは、奴の心の叫びの一端を鼓動として感じ取れたという事だけ。会話は途切れ、通夜の様な沈黙が続く。
そして月夜観は体を動かさない点で頭を働かす余裕を持ち、アネモネを一瞥して別の事で思案する。
アネモネによるあの「G」への最後の一撃。その剣。セレナの高出力の刃ですら破壊たらしめなかった強固なコア。

話を聞く限りではアルヴィスの携えていた剣を使っていたはずが、対を失った剣を見る限り明らかに形状が違う。
間近で見た者として、あれはセレナのコアへの一撃で生じたクリスタル化の現象と酷似していると思われる。
アネモネが一撃を加えるに当たって剣の強度を上げ、もしくはエネルギーを刃に乗せたとも考えられる。

だがその結果として剣の形状すらも変え得るまで顕著な変化を遂げるものだろうか?
有り得ない話では無い。現にセレナの右手が苦無の様な刃を形成した。不可能と断ずる要素は無い。
ではアネモネはセレナと同様な力を有しているのだろうか。否定は出来ないが断定も出来ない。

そしてセレナ以上の出力を発揮してコアを破壊したはずのアネモネは、平然としている。
能力の使用頻度の差を鑑みても疲れを催しているはず。だが現実には軽く汗を掻いている程度。
アネモネがセレナ以上のコア出力を有しているのならば、確かに合点がいく。

そうなれば今度はそれ程のメードは一体誰が生み出したという話になる。
話を掘り出せば切りが無く、月夜観は二人の関係を別段探る趣味趣向を持ち合わせていないので考えを打ち切る。

「いずれにせよ、互いの無事を素直に喜ぶとしようぞ」

「ちょっ、人の耳を弄るな~~~~~!!!」

「あーっ。ウチも混ぜて混ぜてー」

「混ざろうとすんなーーー!!!!」

「・・・・・くすっ」

「今人の不幸を笑ったわね、アネモネ!? 背中の物を交換!今すぐ!!」

「嫌」

「こんな時ばかり明確に即答するじゃないわよ、馬鹿っ!」

沈黙をあっさり破られ、この後は口論が途切れる事なく戦線を離脱した。
少しすればこの騒ぎでセレナも目を覚まし、色々と指向性を変えながらも話題に尽きる事は無かった。




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最終更新:2008年11月10日 11:17
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