(投稿者:ニーベル)
「いい女と二人きりで酒と肴なんて、最高の贅沢だな」
「何や褒めてくれるんかいな? 嬉しいなぁ」
本音だった。
美人と二人きりの静かな夜など、そうそうないものだ。
いつもはむさ苦しいが可愛い仲間達と一緒に、娼館やら下話でもして愉しんでいるところだ。
「当たり前じゃないか。女好きの俺が嘘なんざつかんさ。今日はそんな美女とだらだらと過ごしたいが、用事ありというのが、俺には悲しくてしかたないがな」
ただ単に、イーディを誘ったわけではなかった。
そんなことをするぐらいなら、もっと大胆に、それでいて繊細に行く。無論、出来るわけがないし、するはずもないが。
「そらそうやろうなぁ、隆光がウチを個人的に呼ぶことなんかそう滅多にあらへんしな」
どことなく、色気と艶やかさを含んだ口調で、イーディが問う。
この女は酒を飲ませると、そこらの女じゃ出せないような色気が出る。
ただでさえ、現在の格好があられもない姿なのに、豊潤と言ってもいい身体。激しく自己主張する胸。その上、妖しい視線を持つ眼を見せられる。
そのどれもが、男をたまらなく惹きつけるのだ。
自分とて、イーディの事情などが無ければ、本気で契りを結びたいと思うぐらいだった。
「その前に、服をしっかり着ろ、服を」
「おんや? 隆光はこっちの方がええんやおまへんかいなぁ?」
くすくすと笑いながら、イーディがいう。
そりゃあ俺だってこっちの方が良いと、叫びたかったがそれは黙っておいた。
このままでは完全にイーディのペースだ。
「いいから服をだな」
「ほいほい、しゃあないなぁ」
まだからかい足りないようだったが、渋々と引き下がり服を着始める。
これでやっと落ち着いて喋れる。
「着たな。んじゃあまぁ、単刀直入に言おう。ファイザの件についてだ」
ファイザと聞いて、イーディが眼を曇らせる。
相棒についての話だ。それに、ファイザが兵士の間でどのように言われているかを知っている身としては当然の反応なのだろう。
「相棒は、言われとるような悪い子やないで」
「それは俺だって分かってる」
置いてあった酒に手を出し、イーディの分へ注ぐ。
「だがな、あの態度に俺の仲間も、上の方も鬱憤がたまっているぜ」
いくら戦績が優秀とはいえ、付き合いが悪く、味方の支援に礼を言わなければ兵士達からは批判の的になる。
その上に堅物ときているものだ。兵士から嫌われる要素を満たしすぎている。
「イーディ、お前が庇うのは良い。けどな、あの
どりすに、異常な対抗心を持っている女を庇う理由を聞かせてくれないか?」
これもまた本音だ。
イーディは明らかに、あの女を庇っているようにしか見えない。
相棒とはいえ、その度合いは、少し過剰だ。
「俺はお前のことを、良い女だと思ってる。そして俺らの仲間もお前のことを悪く言う奴なんざ誰もいない」
だからこそ、と続ける。
「なんでそこまでお前はアイツを庇うんだ?」
再度問う。返事は帰ってこない。
今更ながら、後悔の念が押し寄せてきた。進むべきでないところまで、踏み込んだのかも知れない。
自分の悪い癖だ。それは自覚しているが、どうにも直せないものでもある。
「……悪い」
それだけしか言えなかった。
酒を飲み直すが、その酒の味が、よく分からない。
いかんともし難い雰囲気だった。酒を飲み干すが、酔いはどこかへと消え失せてしまっている。
「隆光、アンタはあの子をどない見るんや?」
イーディが口を開いた。それも、予想もしていなかった言葉付きで、だ。
「俺が、か」
その言葉に対して、すぐに返事が出来なかった。
今まで、考えてもみなかったからだ。ファイザという女には、俺は話しかけたことすら無かった。
自分は、ほとんどのザハーラのメード達については知りあっているつもりだった。
ダチの
グエン、親しいイーディ、ぺったんこのドリル嬢ちゃん、いろいろとでかい
アピスに、あのお調子者のどりす。
男女のオッツォ。不思議っ子のテルマに、照れたら可愛い
キルシュ。そして、大人しくて可愛い翠蓮の嬢ちゃん。
どいつもこいつも、良い奴で、一癖あって、面白い奴だらけだ。
相手から、話しかけてきた場合もあるし、俺から話しかけたのもある。俺から話しかけたのは殆ど女だが。
そして、もう一つ考えた。ファイザに会う前から、自分は勝手に印象を決めていないかと。
他人から話を聞いて、それだけで判断してはいないか。
それは、自分の考えに反していることではないか。
「……そうだな。まだわかんねぇな」
「せやろ?」
イーディが微笑む。自分も笑い返す。
「女なら、一回は誘ってみた方が良いかもな」
「止めといた方がええと思うで? 相棒、冗談通じんし」
「なぁに、男は度胸。何でも試してみるもんだろう」
「……隆光のそう言うところ、ほんま馬鹿やと思うで」
呆れた顔で言われる。我ながらそう思うが、これもまた治せるようなものではない。
――とりあえず、また酒だな。
なんとなく、そう思った。
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最終更新:2008年11月23日 13:25