(投稿者:ニーベル)
「いったいどういう事だぁ?アタシを呼び出して」
思わず言う。エイフィルから見れば、当然のことだ。
朝、飯を食べて出てくるなり、童元――元楼蘭人にしては、背の高いメールに呼び出された。
何かやってはいけないようなことをしたかと、考えたが思い当たる節は無い。
氷凪も、マークスも何か分かっているのか何も言わなかった。ならばとついてきたが、呼び出されたのは庭先だった。
「で、こんなとこに連れてきてどうしようってのさ」
「少し、手合わせをしたいと思ってな」
「へ、それだけ?」
――手合わせ。
意味は分かるし、エイフィルも何度かやろうと言われてやったことはある。
大抵はやってるうちに相手が本気になり、いつもどおりの喧嘩になるわけだが。
しかし、解せなかった。なぜ、この男がいきなり手合わせなどを所望するのか。
「年寄りのお節介とでも言えば良かったか」
「いやどっちでもいいけどさ。おっさんメールだろ? アタシなんかと手合わせしたところで、おっさんが勝つに決まってるじゃん」
既に実力差ははっきりとしている。相手はメールなのだから、人間とやり合ったところで勝つのは分かり切っていることだ。
そんな、勝敗の見えている手合わせを、何故やろうとするのか。やはり分からない。
「勝敗に拘っているわけでは無い」
「勝つために戦(や)るんだろ。残念ながら、アタシは負けると分かってる喧嘩なんてしない主義なんだ」
当然のことだった。いくらエイフィル――金獅子と呼ばれる暴れん坊と言われている身だが、常識はそれなりにあるつもりだった。
決して人間がメード、メールに勝てないであろうこと。人外の力をハッキリすること。
それくらいのことは、エイフィルとて知っていることだ。
「喧嘩をしたいわけではないさ。稽古をつけたい、と。ただそれだけだ」
「どっちでも一緒だろっての。そんな事してる暇があるなら他にやる事探したらどーだい?」
「ではこうしよう。私は右手しか使わない。それに、出力を抑えてやろう。そうすれば互角にやりあえるかもしれないだろう」
出力を抑えることは、出来る。しかも右手しか使わず。
そういう童元の瞳には、どこか哀れみの視線が見えた。臆病者と言っているようにすら感じる。
「……」
「どうした?」
道着と袴姿で、暇そうにしている。
まるで、こちらなど意に介していない、ということを告げている。
「アタシはな……」
「うむ」
「負けることが大っ嫌いだ。だから負けると分かってる喧嘩はすっげえ嫌いだ。だがな……」
――舐めるな。
「舐められるのはもっと嫌いなんだよ!!」
身体が動いていた。エイフィルが、風のごとき速さで童元へと肉薄する。そして首筋へ手刀を叩き込もうとすると、童元はそれを右手で払いのけ、後方へと飛び退った。
「やはり、お前には素質がある」
「ああそうかい。そりゃどーも!」
続けて、三段蹴り。普通の人間ならバランスを崩してしまうであろうそれを、エイフィルは容易くやってのけた。
童元は、それをいなすように右腕で下へと受け流していき、避ける。見事な蹴りだったが、一発も童元には打ち込まれてすらいない。
そのままエイフィルが三段蹴りの足を戻すのと同時に、身体を前に出し、飛ぶ。
――飛び膝蹴り。
大抵の人間はこれで、止めを刺す。童元はどうなのか。
見事な腕だった。
人間で此処まで武術を極めているようなものはなかなかいない。それも才能だけで、だ。
拳を交えていると、童元にはそれが良く理解できた。いささかの嫉妬すらある。
三段蹴りなど、完全なバランスを取った上で体重を乗せて蹴れるものなどそうはいない。あれ程のキレつきでだ。
そう考えていると、間合いを詰めたエイフィルからの飛び膝蹴りが来るが、それは身体を右にそらし、避ける
いずれも、並みの人間なら回避すら出来ない攻撃だろうと思う。それが故に負け無しで来られた。
――だから、か。
確かに、鋭さも、速さも申し分のないものだ。それで殆どの者は薙ぎ倒せていたのだろうが、ある程度の腕に達したものならば、容易に軌道が読めた。
どうしても、直線的になりすぎている。実に、読めやすい。
そろそろかと、呟く。ここからは、辛いだろうが、遠慮無くやるべきだろうと思った。
膝蹴りの後、着地後に隙無く放つ回し蹴りを掴み、投げ飛ばす。エイフィルが空中で受け身を取る前に地面へと叩きつけられた。
唖然としているが、目の闘志は衰えていない。
「どうした、それで終りか」
つまらぬ。目の前で言い放つ。エイフィルの顔つきが鋭くなる。
立ち上がるなり拳を素早く、リズム良く刻むように打ってくるが、やはり捌けぬほどではない。
ある程度捌きつつ、若干勢いの落ちた腕を掴み、もう一度地面に叩きつける。
エイフィルの顔が、歪む。それでも童元は止めなかった。
一気に立ち上がろうとするエイフィルの力を利用して、反対側の地面へと再び叩きつける。また立ち上がろうとするエイフィルを叩きつける。
エイフィルの顔が苦痛に歪んでいるのはよく分かった。一旦手を離してやる。だが、止めてやるわけではない。
「所詮は女か。小娘」
エイフィルが飛びかかってきた。
「見込み違いか」
服ごとそれを掴み。
「餓鬼達の相手で、天狗になっていたようだな」
――止めと言わんばかりに地面へと叩きつけた。
痛みが身体を駆けめぐるが、それより、屈辱が身体を熱くしていた。
手も足も出なかった。本当に、何も、出来なかった。
片手で、なおかつ本当に手加減していたであろう童元に、それこそ赤子の手を捻るようにやられたのだ。
「小娘、服が千切れてしまったな」
言われて、視線を落とすと、服が千切れて下着が丸見えになっていた。慌てて、それを隠す。
「安心しろ。小娘のを見ても、欲情などせんよ」
そのまま童元が背を向ける。
「お、おい。待て」
声をかけるが、童元は振り向かない。
「おい」
そのまま、奥へと消える。
「お……い……!」
相手にすらされないほどの未熟な腕だったのか。それほどに無力だったのか。
自分は、その拳を誇っていたというのか。滑稽すぎる。
「うっ……あ……っ……!」
顔を下へと向ける。熱いのが、地面へと、ぽつり。ぽつり。
目の前が歪んできた。声は出そうにも、上手く出ない。
「ひっ……う……うぇ……ええ……!!」
いつの間にか、自分の声が嗚咽に切り替わっていることに、エイフィルは気付いてはいなかった。
エイフィルが宿泊部屋に入るのを見届けてから、童元は居間に戻ってきた。
些かやりすぎたようなような気がしなくもないが、負けの味はしっかりと噛み締めさせるべきだと思っていた。
だから、後悔はしていない。ただ、共の者には好まれるようなことはもうないだろう。あれ程の仕打ちをしたのだから、無理はない。
そう思いながら歩いていると、目の前に、女――確か氷凪といった――が立っていた。
「何か用でも、ございますかな」
「出掛ける前に、御礼をと思いまして」
御礼。その言葉に疑問を抱く前に、氷凪は言葉を発する。
「ご指導のほど、ありがとうございます。 ご安心くださいませ、私の知るエイフィルは早々に根を上げる人ではありませんから」
強い眼差しに一瞬、気圧される。言葉を発せず、童元は首を縦に振った。
その様子をみて、氷凪が微笑む。では、と言い残し去っていく氷凪を、童元は見送った。
最終更新:2008年12月13日 23:36