技師とメードと2~30m

(投稿者:安全鎚)



 朝、研究室ではキョウコが電話で誰かと話していた。冷静な彼女としては珍しく少々話し方に苛立ちが孕まれている。

「荷物?ああ、送られてきたよ。黄色に青のラインが入った弩派手なケースがな」

 彼女の傍には黄色に青のライン、それと白いスプレーで「Pungent one(刺激的な一発)」と書いてあるケースが置いてある。
 少し横長のケースは狙撃銃が納められているウェポンシステムとなっており、金属製と言うこともあってか重量感を漂わせている。
 しかもその下には、同じように狙撃銃の納められているケースはたくさん積まれている。
 キョウコがクロエ用に調整したものと外部から送られてくるものがほとんどだ。

「とりあえず、何かを試作するたびに私のところに得物を送ってくるのをやめてくれないか。私はもう軍人じゃないんだ」

 忌々しく言うと彼女は切れ長の眼を更に細め、眉間に皺を寄せる。
 電話の相手は彼女と旧知の仲であるクロッセルの技術者らしく、よく重火器や戦闘用装備を趣味で作ってはキョウコに送って試験を頼んでいるらしい。
 キョウコはそんな相手を心底嫌がっていた。よくテスターに選ばれる上に、ロクな物が送られてくる気配も無い。
 代表作は「70口径ハンドガン」「射手も目標も滅茶苦茶!5連装無反動砲」「装弾数ベルト給弾式一連1000発!脅威のリヴォルヴァーカノン」など。

「……で?なんなんだ、今回のソレは。何がPungent oneだ。……反動で肩が脱臼する?なんだ、シューターを絶滅させたいのかお前は」

 そんなことを話しているとクロエが研究室の扉を開けて入ってきた。
 普段から眠そうな眼をしているので寝起きかどうかは判断しかねるが、髪は少しボサボサだった。
 辺りをキョロキョロと見回した後、電話をしているキョウコの奥に積んであるケース群に眼をつける。

「そんなものを私に撃たせようとしていたのか?…ほぉ、愛情表現。よし、分かった。今からお前の首だけ抱きに行ってやろうか」

「……マスター」

「大体、何でお前が自分から試験しないんだ。軍に目をつけられる?そんなものを作って喜ぶか、変態が」

「……射撃しに行って良い?」

 ラボは小高い丘の上に建っており、近くには見下ろすような形で絶好の狙撃ポイントがある。
 標的は見下ろした先にある民家の庭の缶詰の空き缶。数は10。
 住人がキョウコから柱時計を修理してもらったお礼に提供してくれている。撃った缶は黒い飼い犬拾って並べ直してくれるという優れもの(?)

「ん?ああ、クロエか。射撃するなら銃は適当に持って行っていいぞ。私はこいつの処理をしないといけないからな」

 クロエに気付き、困ったように笑いながら受話器を指差すキョウコだが明らかに笑顔が笑顔ではなかった。
 クロエがコクリと頷くと同時にゴクリと喉を鳴らした。
 それを確認してキョウコはまた電話に戻る。笑顔が一瞬でしかめっ面になった。

「……いっぱい」

 山というか塔というか。上手い比喩表現が思い浮かばないその細長いケース群を見上げてクロエは悩んでいた。
 ケースの中を見て確かめようにも積まれているものを抜き出すのは難しい上、時間が掛かる。
 そこでクロエは一番上に積まれたものを持って行くことにした。

「……からふる」

 そう呟いて、身長よりやや小さい程度のケースを抱えてクロエは外へ出て行った。



「……良い天気」

 雲ひとつない晴天。
 気持ちの良いそよ風が頬を撫で、生い茂った青々しい草は波のように揺れている。
 そんな太陽が照らし出す丘の先端で、クロエは狙撃銃のメンテナンスを行っていた。

「……?変わった銃」

 チェンバーを装てんし、コッキングレバーを弾いて小気味よい金属音を立てる狙撃銃。
 だが、何故だかクロエに違和感があった。
 図太いというか無骨と言うか。パーツ同士が微妙にかみ合っておらず、精密さにかけるようなそんな雰囲気。
 いつもなら先ほどの小気味よい金属音を聞いて満足するはずなのだが何故だか満たされない。不思議。

「……」

 首を傾げたが結論は導き出せなかったので、とりあえず給弾して片膝を付く。初弾は毎回伏せずにシッティング。
 覗いたスコープの先には黒い犬が座っている民家の庭が見えた。そして長い台の上に綺麗に並んだ十個の缶。
 退屈なときに気分転換に射撃をしに来る際、いつも決まってこの光景がスコープに写る。
 黒い犬――たしか、バーニィとか言った――はもう拾わなくてもいいのに缶を拾い続ける名レシーバー。
 家の住人は年を召した男性で、退役軍人だと聞いている。優しそうな人だった。
 彼等に感謝しつつ、スコープの中央に缶を収めてからクロエは引き金に細い指をかける。
 ありがとうを指に込め、少し息を止めてから彼女はゆっくり引き金を引いた。



 クロエが引き金に指をかける数分前。
 送られてきた黄色いケースに入っている狙撃銃についての議論は続いていた。

「第一、肩が脱臼するような狙撃銃は狙撃に適していない。シッティングなら2~30m吹っ飛ぶ「だけ」で済む?何基準だ?それは」

 頭をガリガリと掻いて、溜息をつくキョウコ。議論になるといつも劣勢である。
 もう逆にその狙撃銃はどんな仕組みで構成されているのか気になり始めてさえいる。
 だが、そんな疑問など一瞬で吹っ飛んだ。

「……あっ!」

 ふと目線を移すとケースの山の一番上にあった問題の狙撃銃が入った黄色いケースが姿を消していた。
 頭をめぐらせたが、結論はスムーズに出てきた。
 射撃をするクロエが持って言ったのだ。間違いない。

「まずいな……早く知らせにいか」

 ないと。と言いおわる前にその言葉はすさまじい音と共に遮られた。
 机の正面にある窓から背中向きにクロエが突っ込んできたのだ。とっさに電話を投げ捨てて回避するキョウコだが、ガラスの破片が朝日に照らされながら降り注いできた。
 クロエの握っていた狙撃銃の銃身には「Pungent one」と記されていた。

「…っ!く、クロエ!?」

 ガラスの破片と共に横たわるクロエは綺麗だったが、急いでキョウコはそれを修復用の作業台へと運ぶ。
 その後、キョウコは片付けとクロエの治療で一日の大半を費やす事となる。投げ捨てた電話からはなにやら興奮した声が漏れていた。
 さらにその後、軍用トラックがクロッセルの某兵器工廠に盛大に突っ込んだという事件が新聞の一面を飾ったのだった。



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最終更新:2008年12月14日 23:16
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